20261月末に非公開予定 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです。

だいきち

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カルマイン編

ドッペルゲンガー

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 この世にはそっくりさんが三人はいるという。しかし深夜の国にはミラージュという姿を真似る魔物がいるので、三人のうちの一人はそれに違いないと、シグムントは思っている次第だ。
 しかし、ジズは確かに口にしていた。なんでも、シグムントによく似た存在が身近にいるという。どうせ会うこともないだろう。何せ、世界はシグムントが思っている以上に広くて雑多なのだから。

 そう思っていたのは、ほんの数分前の話だ。

「お待ちください、アルガン様」

 イェネドの優秀な耳が人の気配を感じ取った。なので、大慌てで茂みに隠れたまではよかった。

「ジズは先に行かせてある。スヴェンダイン、お前も先に向かえばよかっただろ」
「お戯を。あなた様をお守りする護衛騎士は四人で行動することが決まりなはず。それを、貴方様が蔑ろにすると誰が思いますか」
「ならジズは私のいうことを聞かずに、余のそばにいることが正解だったとでも」
「貴方の御心に背く術を、私たちは存じ上げません。だからこそ、そういった命をされないようにお願い申し上げたはずです」
「全くだ。少しは貴方の立場というものを御自覚なさいませ」

 暗い森に、薄ぼんやりとした白い光が見えた。シグムントは、それが噂に言う幽霊だと思ったのだが、どうやら違うようだ。魔導ランプの光に照らされたそれが白の外套だと気がついたのは、本格的に怯える前だった。
 思わずイェネドと顔を見合わせる。炎の蝶も、まるで姿を隠すように木の幹に止まっていた。

「どうやら、よくない状況のようだなイェネド」
「アウン」
「ここは彼らが通り過ぎるのを待ってみるか。うむ、そうしよう」

 息をひそめてこしょこしょと話す。イェネドとピッタリとくっついたまま、シグムントは茂みに隠れてやり過ごす。口喧嘩をしているようにも聞こえるが、どうやら真ん中の白い人物が口うるさく嗜められているようだった。
 木々が遮って、人物の顔がよく見えない。興味はあったが、屈強な三人の男に囲まれる姿を見る限り、高貴な存在なのだろう。
 冷たい夜の風がびゅうと吹いて、白い外套のフードを攫う。溢れたのは、美しく長い銀色の髪であった。

「王よ」
「構うな、一人でできる」

 壮年の騎士の一人が差し伸べた手を払う。晒されたその顔を前に、シグムントは時が止まったように動けなくなった。

「早く向かわねばジズがうるさい。やつは今かいまかと余の到着を待ち侘びているだろうよ」
「いいですか王よ、貴方が己の足で歩くなどと申さなければ、もうすでにジズの元についていたのです」
「箱の中ばかりでは息が詰まる。それに、森に魔物が出ようとも、お前らが肉の盾になるのは明白だ」

 不遜な物言いをしながら、それでも侍らす騎士には慕われているようだった。シグムントは息を潜めたまま、しばらくその背を見送っていた。
 
 
 ようやく同じ体勢から解放されたのは、アルガンとその連れの姿が完全に見えなくなっってからだ。

シグムントもイェネドも、しばらくはそこから動くことはできなかった。なぜなら、アルガンという名に聞き覚えがあったからに他ならない。
 王とも呼ばれていた。もしかしたら、彼が太陽の国の国王アルガンとでもいうのだろうか。
 イェネドの赤い目が伺うようにシグムントを見上げて、へたりと耳を下げる。言いたいことは十分にわかっているつもりだ。何せ、アルガンの姿は……

「生き別れの兄弟……と言われた方が納得する」
「クゥン」

 性格の違う、己のようだった。あの時のジズの反応にも、ようやっと理由がついた。あれは、シグムントをアルガンと見間違えたからだろう。
 箱の中と言っていた。アルガンの言葉から察するに、普段国王は御簾の中に姿を隠しているのだろう。だからジリオンはシグムントを前にしても、ジズのような態度を取らなかったのだろう。
 イザルはそのことを知っているのだろうか。そう考えて、首を振る。

「もし俺がアルガンに似ていることを知っていては、あいつは仲良くはしてくれなかっただろうな」

 くしくしとイェネドの毛並みを撫でる。一人ごちれば、イェネドの鼻先がシグムントの手のひらを押し返した。
 黒い影がイェネドの体を包み込み、あっという間に人型に戻る。シグムントの白い手を握りしめれば、むすりとした顔で宣った。

「俺のボスは、そんな薄っぺらな男じゃないぞ」
「イェネド、お前人に戻っていいのか」
「俺だって、人間のふりできるんだ。耳と尻尾隠すのが苦手なだけだし……こっちの方が、シグムントだって一人じゃないって思えるだろ」

 ふんすと鼻息荒く宣うイェネドに、思わずあっけにとられる。
 イェネドは体は大人だが、思考までは成長しきっていない。だから、どこか琴線に触れることをシグムントがいうと、むすっとした顔で言い返す。
 それでもイェネドの言い分に、少しだけ救われたのも事実だった。

「ありがとうイェネド。そうだな……あいつはそんなみみっちい男じゃないな。ただ、ケチくさいだけの男だ」
「そうだぞ、ボスはケチで怖くて、性格がちょっと……問題しかないだけだ!」

 イザルが聞いたら、二人揃ってゲンコツでもくらいそうなことを言ってのける。顔を見合わせて、ふすっと笑う。イェネドの手がシグムントの手を取って、ぎゅっと握る。シグムントは友情の握手だと思っているが、イェネドからしたら徘徊防止のための手綱がわりであることは伏せておく。

「もうちょっと歩いたらお屋敷に着くぞ! ちゃんと俺がシグムントのお散歩に付き合ったって言わなきゃダメなんだからな」
「そういえばおしっこはいいのか」
「おしっこはまだ出ない!」

 まだこの森を抜けるまで、イェネドが自身に課した護衛の任務は終わらない。さあと意気込んで進行方向に体を向ければ、橙の光がホワホワと視界にちらついた。

「そういえば……この蝶は目的地に着くまでついてくるつもりかな」
「うむ、ジズによる炎の造形魔法と聞いているが……実に見事なものだ」
「だけど……こんな色だったっけ。なんかもっと、赤かったような……」

 イェネドが首を傾げる。二人が最初に見た蝶は、もっと赤々と終えていたように思う。それが今は、時折黄色の炎が混ざるようになったのだ。
 シグムントがそっと指を近づけて、ちょんと蝶に触れる。炎は無効化される体なため、特に熱や痛みなど当然感じることもない。
 炎の色が変化し、やがて消えるのだろう。そう思ったその時だった。
 ボワッと空気が燃える音がして、二人の目の前で炎の蝶が白く燃え上がった。それは随分と大きく、熱気が肌を撫でるように迫るほどだった。
 セタンナの精霊、フレアディモンテの浄化の炎を思い出す。造形魔法なら、炎の蝶のように環境に合わせて有利な性質を得ることはないだろう。
 シグムントの指に痛みが走る。見れば、先ほど触れた場所が不自然に爛れていた。

「い、イェネドっ」
「わ、わかってる逃げるよシグ‼︎」
「ドワっ」

 イェネドの腕に抱え上げられて走り出す。背後から迫る光はどんどんと膨れ上がっていた。確かめるように背後を振り向けば、周りの木に影響はないようだった。
 巨大な光源が追いかけてくるのに、森の動物たちも静まり返っている。つまり、炎の蝶の性質は今、精霊だ。

「ぞ、造形魔法が精霊の性質得ることある⁉︎」
「あるわけがないだろう! やはりあれは、本物の炎の蝶だったんだ‼︎」

 魔物と精霊の性質を併せ持つ、深夜の国だけに生息する炎の蝶。知能や言語を持たない魔力を宿した元素たちのほとんどは、天敵によって性質を変える。ほとんど無害なそれらが敵になる時、それは元素たちが召喚者に使役されている場合のみだ。

「やはりあのジズとかいう男、普通の人間ではない!!  己の魔力から性質元素だけを抽出したとでもいうのか⁉︎ だとしたら、あいつ自身が炎を司る魔族でしかありえぬ!」
「待って⁉︎ じゃあシグムントもやろうと思えばできるの⁉︎」
「俺はそんな繊細な術はできぬ、魔族の中でも一つの属性に固執した魔族でなければな‼︎」
「マジでえええ‼︎」

 いくつもの白い光が伸びて、逃げる二人を捕らえようとしてくる。対策はただ一つ。水魔法をぶつけて元素自体を消滅させることのみだ。初級魔法でも容易く処理できる。しかし、同じ性質を持つ魔族や水魔法を持たない魔族なら、炎の蝶は脅威にしかならないのだ。
 イェネドの黒い尾の毛先が光に触れる。じゅうっと音がして、尾の一部が焦げる匂いがした。声のない悲鳴をあげる二人の視界の端に、塔が映る。ほとんど叫ぶような声で、イェネドが言った。

「うおおお焼けたくないよおおお‼︎」
「ちょ、ま、そっちは入っちゃダメなとこ……‼︎」
「はげるよりメイディアに怒られる方が何倍もマシ‼︎」

 そう言って、ほぼ転がり込むように塔の中へと逃げ込んだ。幸い、隙をつくことができたらしい。蝶型でよかった。あの白炎さえ避けきれれば、炎の蝶は走って撒けるのだ。

「俺ちょっとお……本気で水魔法覚えようとか思っちゃった……」
「おしっこ引っ掛ければよかったんじゃないか」
「いやだよちんちん出してる間に燃えちゃうよ‼︎」

 二人揃って息切れはあるものの、こうして冗談を言えるくらいには回復はした。イェネドは壁に持たれたまま、焦げた尻尾の先を労るようにぺろぺろ舐める。
 シグムントはぐったりともたれかかったまま、老骨にはすぎた体験だったと静かに思った。
 しかし、やはりいくつかの疑問は残った。炎の蝶が本物だと理解した今、おそらく王とその一派が目の前を過ぎ去った時までは守ってくれたのだろう。出なければ、あの護衛騎士の誰がしかにバレて、今頃はイェネドもシグムントも剣の錆になっていたに違いない。
 となれば、一体いつ二人が敵と認識されたかである。グスグスと鼻を啜る音がして横を見る。イェネドがメソメソしながら、肌色が見える尻尾の先端に塗り薬を塗っていた。

「もしかして、お前が人型に戻ったからじゃないのか?」
「ええ?」
「ほら、普通の人間は犬から人には変身しないだろう。だから、炎の蝶もそれでお前が魔族だと判断したのではないか」
「じゃあなんでシグムントは……って、魔力ないからか……」

 人間も魔族も魔物も、皆等しく同じ魔力が流れている。おそらく使役された炎の蝶は、あらかじめ敵となる相手の基準を覚えさせられたのだろう。今思い返せば、攻撃はイェネドにだけに向けられていたかのように思う。シグムントが放り出されていたら、おそらく炎の蝶は魔力のないシグムントだけを守ることに徹していただろう。

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