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2章

高杉くんの疲れる午後

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「悪阻ないのまじでいいなぁ。体調も平気なの?」
「うん、構えてた割にはまったく。あ、そうだ。俺も妊娠のマーク貰ったんだ…へへっ」
「うんうん、なんか証があると嬉しくなっちゃうよねえ。」

翌日、葵さんちに凪と高杉くんをつれて遊びに来た僕は、照れくさそうに微笑む様子になんともほっこりとした気持ちを味わっていた。

「というか、なんで俺が…」

居心地悪そうに仕事着のままお誕生日席に座らされた高杉くんは、白手袋を外して葵さんが焼いたクッキーを食べている。困惑してる割にはもそもそと一番食っている気がするぞ、葵さんがその様子を嬉しそうに見ていた。

「葵さんきいてよ、こいつ気になる子デートにすら誘えないんだってよ。」
「え、好きな子できたの高杉くん。」
「す、好きとか…?わ、わかんねーしそういうの。」
「ね?」
「ね。」

その反応は明らかなそれじゃんと顔を見合わせて笑う。凪がじっと高杉くんの顔を見つめているので、きっと素直になれよとでも思っているに違い無い。

「青木くんからアクションないの?」
「…そういやこの間、文化祭来ませんか?って来てたな。」
「え、なんて返したの?」
「気まずいから行かないって返した。」
「高杉くん、それは駄目なやつだと思うなぁ…」

葵さんもなんとも言えない顔をしている。まじかよこいつ。せっかく青木くんが誘ってくれたっつーのに。大方、学やサッカー部のメンバーに会いたくないからとかだろう。気まずいのはわかるけど、一歩踏み出せないのを周りの環境のせいにするのは良くないと思うね僕は。

「なら僕と葵さんが文化祭いくから、送ってよ!ほんで帰り青木くんとドライブすりゃいーじゃん。」
「は?送んのは仕事だからいいけど、帰りどーすんだよ。」
「俺は悠也と帰るよ。きいちくんもでしょ?」
「もち。」
「し、職務放棄はさすがに…」
「雇い主の番の言うことがきけないのかぁ!」
「お、お前ってたまにたちわりぃよな…」

引きつった顔で笑う高杉くんをみて、僕の勝利を確信する。だってそらそうでしょ、こうでもしなきゃずっともやもやするのだ。いい加減僕に縛られてないでさっさと幸せになればいいのだ。

「今年もするのかな、ミスコン。」
「俊くんが食券目当てのクラスメイトに勝手に応募されたらしいよ。ミスターの方だけど。」
「まじかよぉ!!僕聞いてねーんだけど!!」
「きいちもでりゃあいいじゃん。ミスのほうで。」
「ええ、流石にそれは無理。」

もそ、とクッキーを食べながら首を振る。だって貧相な体で女裝とか地獄でしかないじゃない。とむうっと唇を尖らすと、そういうもん?と首を傾げられる。どうやら単純にやりたくないだけと思われていたらしく、正すのも変なのでそういうことにしておいた。

「ぁう、ぅゅ」
「おっと、飯はまだかタイムですわ。」
「部屋使う?」
「へーきへーき!おっきめの服着てきたし。」

気を配ってくれた葵さんにお礼を言うと、マタニティのときに着てた緩めのカットソーの中に腕を引っ込めて凪を服の中で抱いた。
高杉くんは絶対に使い方違うぞそれ、といっていたが面倒なのでこれでいいのだ!
ちゅむちゅむしている凪の背中を撫でながら、興味津々といった顔で見つめてくる葵さんの様子が面白い。

「みたい?こんなかん、」
「待て待て待て待て!!!!」

片腕出して捲くろうとしたら高杉くんが慌てて服の裾を引っ張ってきて阻止される。葵さんは若干照れながら、見たいけど今度にすると言った。

「え?別に減るもんじゃないよね?葵さんならいっかなって。」
「俺もいるだろうが!」
「というか全員同じもんぶら下げてんだから何を今更。」
「そうだけど、そうじゃないんだよなぁ。」

危機感がなくて困るとぷんぷんする高杉くんはほっておく。別に俊くんに見られるわけでもないのにへーんなのっと凪を片手で支えながら袖を通すと、そのままげっぷをさせようとして服からだしたら引っ掛かってぺろんと捲れた。

「わ゛ーー!!」
「おっと失礼。」
「わっ、凪くん大胆。」

高杉くんはまるで思春期の童貞のような反応をして慌てて手で顔を隠すと反対方向を向く。おいお前こそ見たことあるでしょうがとべしりと頭を叩くと、耳を赤くしながら唸る。

「お前マジでいい加減にしろよくそが。」
「うける超口悪くなってんじゃん。」

顔赤くしながらキレるという面白いことをする高杉くんに、凪に引っ掛かっちゃったんだもんねぇー。と事故だというと、葵さんがおずおずと僕のお腹をぺたりと触る。
犯人である凪はけぷっとしたあと、満足そうにウニャウニャ言っていた。

「うん?」
「あ、ごめん…いや、ほんとにここにいたんだなって。」
「んふふ、お腹おっきくなったら妊娠線出る前にクリーム塗っといたほうがいいよ。」
「あ、うん…その時はおすすめ教えて。」

というか…と続けると、今度は両手で腰を掴むように触る。そのまましばらく首を傾げたりして、なにか思い至ったのか僕を見て言った。

「細い細いとは思ってたけど、またさらに痩せた?」
「え。」
「俺も思った。服で隠してるけど栄養とられてってんじゃねーの。」
「ま、まじで?やっぱわかる?」

新庄先生以外からも言われるとは…、と引きつり笑みになってしまう。とにかく肉食えと筋肉バカみたいなことを言い出してきた高杉くんだが、葵さんの方はしばらく考え込んだあと、戸棚からプロテインを取り出して僕に渡してきた。

「これ、カズ隊長おすすめのやつなんだけど、貧血予防にもなるらしくて…妊夫も飲めるし赤ちゃんにも栄養になるらしいから、よかったら。」
「え、そんな…まじ?もらっていいの?」
「勿論、俺もまだストックあるし、きいちくんにはいろいろ助けてもらってるしね。」
「へぇ、良かったじゃん。」

どうやら高杉くんもしっている有名メーカーらしい。ココア味のそれは飲みやすくていいよとお墨付きをもらった。なるほど、プロテインか。なんとなく美味しくなさそうなイメージだったけど、赤ちゃんの粉ミルクの大人用だと思えばいける気がする。

「筋肉欲しくて買って飲んでたんだけど、トレーニングする前に妊娠したからさ…。でも、俺も増えなかったんだけど、プロテイン飲んだら体重増えたからオススメ。」
「えー!やった、ためしてみる!ありがと。」
「いえいえどういたしまして」

葵さんちでの一時でまさかの収獲である。高杉くんは疲れたような顔をしながら、俺がここに来たこと益子たちにも言わないでもらえます?と交渉していた。
いわく、アルファ持ちのオメガの中にいるだけで気を使うらしい。
葵さんも僕もイマイチピンと来なくてきょとんとしてると、これだから天然は!!!とやきもきしていた。

「僕らのこと気にするより自分のこと気にすりゃいいのにぃ。」
「やかましいわ!」

言いたいことがわかったのか、顔を赤くしながら吐き捨てられた。解せぬ。

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