ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

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いけずなあいつ

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「およびでしょうか細君。」

 とっとっと、まるで跳ねるように近づいて睡蓮に並ぶと、鴨丸はくてんと首を傾げて天嘉を見上げる。ここ数年で鴨丸も実に立派になった。天嘉の腰ほどの背丈だったのに、今や化烏の親玉。人里の烏共の頂点に君臨している。

「でっかいからす!!」
「化烏の鴨丸です。ええと、どちらさまでしょう?」
「琥珀の馴染み、悪いけど足怪我してっから里まで連れてってやって。」
「えぇー!」

 天嘉の言葉に、睡蓮は長いお耳を上に引っ張られるかのようにびゃっと伸ばして仰天した。初対面の、こんなおっかない烏に運ばれるとは、もしかしたれ鷲掴まれたりするのだろうか。そんな想像をしたのがバレたのか、鴨丸は困ったように睡蓮を見た。

「俺が運ぶには籠を使います。玉兎とお見受けする、貴方なら白兎に転じられるでしょう。」
「あ、ああ!あー!!なるほど!!確かにそうですね!!」
「それに俺は、妖かしを喰らいませぬ。喰らうのは天嘉殿の手料理のみ。」
「鴨丸はおにぎり大好きだもんな。」

 くしくしと天嘉に顎の下を揉み込まれて、クルルと喉を鳴らす。こんなに大きな化烏まで手懐けているとは恐れ入る。睡蓮は、見た目以上に理性的な鴨丸にほっとすると、申し訳無さそうな顔をした。

「か、鴨丸殿、申し訳ありませぬ。僕、鷲にいじめられたことあるから、おっきい鳥はびびっちまうんです。」
「うちの息子は鳶だけど、いいんだ?」
「鷲と鳶を一緒にするなと、前に琥珀に怒られました!」

 いわく、あんなナルシスト野鳥と一緒にするなと言うことらしい。ナルシストがどういう意味なのかは測りかねたが、美食家気取りくそ野鳥と宣っていたので、琥珀も鷲に嫌な思い出があるのかと勝手に思っている。

「ああ、あいつ鳶調べちまったからなあ。」
「己の生態を知ることは戦略にも繋がりまする。いやはや、しかし人間の鳶に対する印象はいささか偏見がありますなあ。」

 籠を持ちながら、ツルバミがぺたぺたと近づいてくる。睡蓮が礼を言って受け取ると、天嘉は睡蓮の頭をわしわしと撫でた。

「睡蓮わりぃけど琥珀んこと頼むな。まあ、足がいてえんだから無理したら駄目だけど。」
「ほわっ、あ、っあ、はい!」
「では転じてくだされ。籠は睡蓮殿のそれをお借りいたしましょう。」

 鴨丸に催促をされた睡蓮は、小さく頷くとぽふんと白兎に姿を転じた。ちまこい白兎が、お行儀よく着物をめしているその姿でちょこんと立ち上がると、ぺこりと天嘉に一礼をして、籠の中に入り込んだ。

「可愛い!」
「やれやれ、ならばお帰りの際にでも姿絵を取らせてもらえばよろしいかと。いやはや、しかしツルバミよりも小さきお姿、誠に幼くていらっしゃる。」

 睡蓮は気恥ずかしそうにぴょこぴょこと跳ねて籠に収まると、鴨丸がその縁を咥えて持ち上げる。そして再び庭先で籠をおいて飛び上がったかと思えば、脚でがしりと縁を鷲掴むと、ばさりとは音を立てて飛び上がる。慣れぬ浮遊感に慌てた睡蓮は、落ちたらいけないと慌てて中で丸くなった。

「恐らく夕刻までには戻りまする。」
「て、天嘉殿!僕、いってきます!」

 籠の中から睡蓮がそう宣う。長いお耳だけちろりと見える籠に天嘉は胸を甘く鳴かせながら、いってらー!と元気に見送った。


 その頃、琥珀はというと。

「その紅よかこっちの紅のほうが似合うかね。」
「おや旦那、紅で悩むとは罪なお人だ。余程いい雌にお渡しかい?」
「おっと、詮索はよしてくんな。どこに耳があるかわからねえもんで。」

 にやりと笑ったお歯黒に、琥珀は少しだけ暗い色をした赤い紅を頼んだ。実のところ、この紅を使うのはニニギであった。以前天嘉が人里で購入をした女物の化粧品を、ニニギに贈ったことがあったのだ。その時のニニギの喜びようといったら、舞い上がって木が一本倒れるほどであった。
 天嘉としてみれば、女なんだし化粧だってしたいだろうと思っての計らいであったのだが、これが実に的を得ていた。なにせ、ニニギは立派な体躯だ。獄都ほどの大きな道幅を持つ町であれば、まあ動けることは動けるだろうが、ここらへんは道幅が狭い。だからニニギは自分の為の買い物はなかなかにしづらいのである。

「おう、包んでくんな。女が好きそうな洒落っ気のあるやつで頼む。」
「なら巾着にでもいれてやろう。あんたみたいな伊達男に贈り物をされる女になってみたいもんだねえ。」

 鱒を買いに来たついでに、世話になったニニギへの贈り物を購入した琥珀は相変わらずの振る舞いで、品物を渡してきたお歯黒の白い手をとった。

「なにいってんだ、あんただって充分いい女だろう。俺見てえな若造にゃあ勿体ねえさ。」
「あらいやだよ、年増誂って悪いお人。」
「さて、男磨いて出直すかね。ありがとよ。また頼むわ。」
「あいよ。」

 無い顔を綻ばせてお歯黒が笑えば、琥珀は品物を着物の合わせ目にしまい込む。こうやって市井で顔を売っておけば、何かと力になってくれるのだ。蘇芳が築いた土台の上にあぐらばかりかいてはいられない。天嘉からも、感謝を忘れるなと教え込まれている。琥珀は実に軽薄で遊び人的な風貌なおかげか、勘違いをされやすい。しかし天嘉によって躾けられた社交性は、年の割には実に洗練されていた。

「さて、ニニギの土産も買ったし、あとは鱒かね。」

 しかしその前に昼餉にでもしようか。琥珀はふむと一つ頷くと、ならば小太郎のとこの団子でも食って人心地つくかと決めたらしい。高下駄をごきげんに鳴らしながら、通い慣れた通りに入ろうとした時だった。

「あん?」

 聞き慣れた羽の音がして、導かれるように顔を上げる。上空に立派な体躯の大烏を認めると、その足に掴んでいる籠を見てツルバミが買い出しに来たのかと思った。

「鴨丸!お前またパシリか!」
「またわからぬ言葉を言う。ちがうよ、琥珀にお届けものだ。」

 バサバサと羽根を羽ばたかせて勢いを殺すと、琥珀は鴨丸の持っていたひと抱えはありそうな籠を抱きしめた。

「まだ何も悪いこっちゃしてねえよ。」
「まだ何も言っていないが。」

 呆れた目の鴨丸が、ちょこんと地べたに降り立つと、まるで覗き込むことを促すように、嘴で籠の底を持ち上げた。すると当然琥珀の方に傾いた籠のなかから、ぴゃあっという間抜けな白兎の情けない声が聞こえてくる。

「なんだあ?あ?なんでお前こんなとこに。」

 妙竹林な声に、つい籠の中を覗き込む。中には長いお耳を抑えて震えている白兎、もとい睡蓮が縮こまっていた。琥珀はわけがわからぬまま、籠の中に手を突っ込む。むんずと首の後ろの柔らかい肉を摘んで持ち上げれば、赤い目をお手々で隠した睡蓮が、かわいいあんよをぱたぱたして身悶えた。

「こは、琥珀!鱒は買うな!僕が天嘉殿に持っていったから!」
「おう、そいつはありがとうだけどよ。お前さん態々そんなことを告げにきたのかい?」
「あ、あ、ええと、ええっと、」

 ワタワタとちんまい前足で必死に説明をしようとしているが、この頭の足りない兎は恐らくそれ以上の理由は無いのだろうなあと慮ると、琥珀はその身を地面におろしてやった。

「天嘉殿に頼まれたのさ。鱒以外のものを買ってこいと。」
「そう!そうだ!それだ!」
「あ?足怪我してるお前にか?だから鴨丸…なるほどなあ。」

 どうやら天嘉が変な気を回したらしいと理解した琥珀は、溜息一つ。ぼりぼりと頭を掻くと、つまらねえことを頼んで悪かったなと鴨丸を労った。
 大方世話好きな天嘉が、睡蓮が己のことを好いていると勘違いしたのだろう。この玉兎は義理堅い。だからこうしてせこせこと琥珀に借りを返す機会を伺っているだけだというのにだ。

「お前も律儀に鱒寄越したんだ。んなきにするこたねえってのに。」
「えええ!」

 妙なところで驚いて、なぜだか落ち込み始めた睡蓮を見て琥珀が首を傾げる。鴨丸は、なんであの二人の息子なのに己のこととなると斯うも鈍感なのだろう。そんなことを思いながら、やれやれとため息を吐いたのだ。
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