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第二章 波乱の七日間

六日前③

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「何をやっている」

 ひどく冷えた声が応接室に響く。
 カトリーナはとっさに手を引くと、後ろめたい行動を隠すように口づけをされた手を胸元で抱きしめた。

 だが、バルトはそれを違う意味に捉えたようだ。眉間のしわの深さはさらに増していく。

「この家の主人に無断で見知らぬ男を屋敷にあげるとは……プリ―ニオがいてどういうことだ」
「ご主人様。そこはいろいろとありまして。ご説明しますが、まずは旅の汚れを落としたらどうですかな? 早馬でかけてきたのでしょうから疲れたでしょう」
「そうか……わかった」

 そういうと、バルトは踵を返して去っていった。
 おそらく湯あみにでも行ったのだろう。だが、出会った当初を思わせる冷たい視線を思い出してカトリーナは身震いした。
 単純な凄みが怖かったということもあるが、以前の様にまた心を閉ざされたら――そう思うと血の気が引くような想いだった。

 自分の想い人が去ってしまう。
 そんな恐怖が途端にカトリーナを襲った。
 同時に、この状況を生み出した目の前の男に湧きたつ憎しみのような感情を、押しとどめることはできなかった。

「どうしてくれるのよ! せっかくバルト様が帰ってきたのに、こんなところ見せて!」
「こんなところ? それは、私の婚約者が想いを受け入れてくれた瞬間のことですか? むしろ、もっと見せつけたほうがいいと思うんですよ。私達は婚約者なんですから」
「違う!!」

 否定の叫びをあげても、エリオットはひるむ様子はない。
 むしろ、どこか楽し気であり鼻歌まで漏れ出そうな様子だ。
 カトリーナは、その場違いな態度に苛立ちを募らせる。

「私はバルト様の婚約者よ!? 結婚のための準備も進めているし、今更婚約者だって言われても困るわ! 経緯を聞くと、正式な書状があるわけでもないじゃない! 無効よ、無効!」
「カトリーナ嬢は無情なことをいうのですね。今は亡き私の父親の想いをくみ取っていただけると本当にうれしいのですが」
「それとこれとは話が別。そういう話は、直接私のところじゃなくて、まずは御父様に言うのが筋じゃないの? 父親同士の取り決めに、私達だけで話していても不毛だわ。」
「確かに。でしたら、リクライネン子爵卿にも連絡をとるとしましょう。きっと色よい返事をいただけると思いますが」

 どこまでも余裕の笑みを絶やさないエリオットから視線を逸らすと、カトリーナは立ち上がりプリ―ニオに詰めよった。

「それよりも、ねぇ、バルト様怒ってたかな? いや、怒ってるよね。あの感じ。私がここにいた時のまんまだったし。どうすればいいんだろ……プリ―ニオ。どうすればいいのかな?」
「誤解を解きましょう。私やダシャもいますから、きっと大丈夫ですよ」
「そ、そうよね。なら、まずはこの訳の分からない男を放り出して、すぐバルト様をもてなす準備をしなくちゃ!」
「訳の分からない男って、結構カトリーナ嬢は容赦がないね」

 ここにきて初めて顔をしかめたエリオットの言葉だが、カトリーナには全く届いていない。
 彼女は、ダシャを一瞥すると、アイコンタクトを交わしてすぐに部屋から出ようとする。

「カトリーナ嬢、どこへ?」
「あなたと話している暇はないの。あとは、適当にラフォン家の使用人達がもてなしてくれるわ。好きにしたらいい」
「冷たいですね」
「それは、そのまま私の気持ちを表しているとおもっていいわよ。どうしてこうなったかは、自分の胸に聞いてちょうだい」
「ははっ、そんなつんけんしたカトリーナ嬢も素敵です」

 どこまでもおめでたい頭を持っているのだろうか。エリオットに舌打ちしたい気持ちを堪えつつ、カトリーナは部屋をでる。
 ――はずだったのだが。

 なにかがそれを拒んでいた。
 
 見ると、そこには見慣れない令嬢がたたずんでいた。
 
 カトリーナよりも年下だろうか。くりくりと丸い目がカトリーナを見上げている。
 そして、美しい金髪はパーマがかけられており、くるんくるんと可愛らしい。水色のパステルカラーのドレスは令嬢の可愛らしさにひどくマッチしていた。
 可愛い! を体現している女の子を目の前にして、カトリーナは状況がつかめなかった。

「あの、どな――」
「思ったより平凡な顔よね。どうしてこんな人がバルト様の婚約者なのかしら」
「は?」
「そっちの男とくっついちゃえばいいのに。そしたら、私はバルト様と結婚するから」

 そう言って、可憐な笑顔を浮かべる令嬢をみて、カトリーナは絶対に友達になれないと、それだけは確信を抱いていた。
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