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第二章 波乱の七日間
五日前②
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カトリーナはその時、既に畑で雑草を摘んでいた。
まだ、村人達は手伝いに来ておらず外も薄暗いが、目が覚めてしまったためにこうして畑に出てきたのだ。
淡々と作業を続けるカトリーナの横では、ダシャがあくびを押し殺しながら目をこすっている。
「あの、私部屋に戻って朝の準備をしなければ。帰ってもいいですか?」
「朝の準備なんていいのよ。私も手伝うから、お願い。一緒にいてよ」
「はぁ……どこの甘えん坊さんですか。そんなに気になるなら、昨日のうちにいろいろ聞いておけばよかったのでは?」
「それはそうだけど……」
カトリーナもバルト同様、昨日のことを後悔していた。
訳の分からない元婚約者エリオットを軽はずみに屋敷にいれたのはたしかに良くなかったし、エリアナの安い挑発に乗ってあのような言葉を投げつけてしまったのもよくない。
バルトが連れてくるのだから自分と無関係な令嬢ではないはずなのに、ついヤキモチをやいてしまったのだ。
自分以外に親しい女性がいるだなんて知らなかったから。
カトリーナは、嫉妬からつい怒鳴ってしまったことを謝ろうと思っていた。
だが、あれだけバルトを怒らせてしまった手前、簡単には話しかけられない。
ましてや、手の甲への口づけする瞬間を見られたことが、カトリーナの心を臆病にさせていた。
「でも、バルト様だってひどいと思わない? 頭ごなしに怒っちゃってさ」
「そう思うなら、このままでもいいのではないですか? 別に、結婚を取りやめたりはしないと思いますよ」
「けっこう冷たいのね、ダシャ」
「お互いにヤキモチやいて喧嘩するほど想いあっているんでしょう? お二人が少し大人になれれば解決する問題ですから、そんなに関心はありません」
「ぐ……」
たしかに。
嫉妬から怒るということは、自分のことを少なからず想ってくれているということだ。
それはわかるのだが、もう少し言い方とか、話を聞くとかあってもいいとカトリーナは思っていた。
けれど、このままじゃいけない。
結婚式も控えているのに気まずいままじゃ周囲にも迷惑をかける。なにより、自分が落ち着かないし気分もあまりよくはない。
「やっぱり、ちゃんと話したほうがいいよね」
「はい。というわけで、邪魔者はいきますね。きっと、バルト様は庭園にいるんでしょうから」
そういって、ダシャはさっさと屋敷に戻っていってしまった。
その動きの素早さに、カトリーナは追いすがることすらできなかった。
「薄情者!!」
ダシャの後ろ姿に叫んだカトリーナだったが、いつのまにか少しだけ気が楽になっている自分に気が付いた。
いろいろなことに気づかせてくれたメイドに感謝の気持ちを向けつつ、カトリーナは立ち上がって腰を伸ばした。
そして、バルトが来てくれるであろう庭園にゆっくりと向かっていく。
庭園に行くと、バルトはすでに花の世話を始めていた。
彼は端のほうでしゃがみ込んでおり、なにやらちまちまやっている。
(本当に似合わないよね)
大柄なバルトが小さな花を優しく扱っている姿はいつ見ても違和感しかない。しかし、そんなバルトを見ているとどこか可愛らしく思ってしまうのだから、やはり自分は病にかかっているのだろう。
そう思ってそっとカトリーナはバルトの隣にしゃがみ込んだ。
ちらり、とバルトを見ると、彼は目を見開いてカトリーナを見つめていた。
「もう、起きていたのか」
「はい……おはようございます」
「ん……ああ、おはよう」
カトリーナもすぐに作業をはじめ、バルトも引き続き土やら雑草やらをいじっていた。
挨拶以降言葉は続かない。
しばらく手元の物音しかしないまま時間は過ぎた。
だが、唐突に二人の手は止まる。
そう、いつまでもこうしていては、話はまったく進まないのだ。
意を決してカトリーナはバルトへ話しかけようとするが、同じようにバルトも彼女のほうを向いていた。
「「あのっ――」」
全く同時に声を掛け合った二人は、すぐさま視線を逸らし俯いた。
「す、すいません! バルト様、なんでしょうか……」
「いや、君のほうからでいいんだが……」
恥ずかしさがカトリーナの心を埋めていく。
せっかく意を決して話しかけようとしたのに、タイミングがかぶってしまうとは。
これでまた、気まずい時間がながれるのか、とおもった次の瞬間。
バルトが、そっと手を重ねてきたのだ。お互いに土で汚れているが、温もりは伝わってくる。
まさかの行動に、カトリーナはつい言葉がどもってしまう。
「バ、バババババルト様!? 何を――」
慌てるカトリーナがバルトの顔をみると、彼の顔も紅色に染まっている。その様は、黒獅子の名とは程遠いほど初心な様子だ。
手から伝わってくる熱が、徐々に熱さを帯びていく。
カトリーナと決して目が合わせない、否、合わせられないバルトは恥ずかしさを堪えるように言葉を絞り出した。
「カトリーナ。ずっと二人で話がしたかった……王都に行ってから、ずっと話していなかったから。君と、話がしたかったんだ」
バルトの表情を見る限り、嘘はいっていないようだった。
徐々にカトリーナの手を握りしめる手に力が入ったバルトは言葉を重ねていく。
「それに、昨日のこともそうだ。俺はどうしても言葉が足りない。忍耐も足りない。君と夫となる身として至らないことも多い……。だが、わかってほしいんだ。俺は、君のことが――」
ここでようやくバルトの視線がカトリーナへと向く。
カトリーナも、跳ねる心臓を必死で押さえつけながらその視線に応えた。
「カトリーナ……俺は、君が――」
「ああ、こんなところにいたんですね、二人とも。おはようございます。昨日ぶりですね」
突然かけられた言葉に、バルトはとっさに手を引いてしまう。
そして振り返った二人がみたものは、朝からあまり見たくもない顔であった。
「バルト・ラフォン公爵閣下。昨日は自己紹介もまだでしたので。お初にお目にかかります。カトリーナの本当の婚約者であるエリオット・ゴールトンです。以後お見知りおきを」
涼しい顔でそう言い切るエリオットをみて、思わず眉をひそめてしまったのは当然のことだ。
「タイミング悪すぎでしょ。……最悪」
そんな恨み節もなんのその。エリオットは、爽やかな笑顔を浮かべてカトリーナに手を差し出していた。
まだ、村人達は手伝いに来ておらず外も薄暗いが、目が覚めてしまったためにこうして畑に出てきたのだ。
淡々と作業を続けるカトリーナの横では、ダシャがあくびを押し殺しながら目をこすっている。
「あの、私部屋に戻って朝の準備をしなければ。帰ってもいいですか?」
「朝の準備なんていいのよ。私も手伝うから、お願い。一緒にいてよ」
「はぁ……どこの甘えん坊さんですか。そんなに気になるなら、昨日のうちにいろいろ聞いておけばよかったのでは?」
「それはそうだけど……」
カトリーナもバルト同様、昨日のことを後悔していた。
訳の分からない元婚約者エリオットを軽はずみに屋敷にいれたのはたしかに良くなかったし、エリアナの安い挑発に乗ってあのような言葉を投げつけてしまったのもよくない。
バルトが連れてくるのだから自分と無関係な令嬢ではないはずなのに、ついヤキモチをやいてしまったのだ。
自分以外に親しい女性がいるだなんて知らなかったから。
カトリーナは、嫉妬からつい怒鳴ってしまったことを謝ろうと思っていた。
だが、あれだけバルトを怒らせてしまった手前、簡単には話しかけられない。
ましてや、手の甲への口づけする瞬間を見られたことが、カトリーナの心を臆病にさせていた。
「でも、バルト様だってひどいと思わない? 頭ごなしに怒っちゃってさ」
「そう思うなら、このままでもいいのではないですか? 別に、結婚を取りやめたりはしないと思いますよ」
「けっこう冷たいのね、ダシャ」
「お互いにヤキモチやいて喧嘩するほど想いあっているんでしょう? お二人が少し大人になれれば解決する問題ですから、そんなに関心はありません」
「ぐ……」
たしかに。
嫉妬から怒るということは、自分のことを少なからず想ってくれているということだ。
それはわかるのだが、もう少し言い方とか、話を聞くとかあってもいいとカトリーナは思っていた。
けれど、このままじゃいけない。
結婚式も控えているのに気まずいままじゃ周囲にも迷惑をかける。なにより、自分が落ち着かないし気分もあまりよくはない。
「やっぱり、ちゃんと話したほうがいいよね」
「はい。というわけで、邪魔者はいきますね。きっと、バルト様は庭園にいるんでしょうから」
そういって、ダシャはさっさと屋敷に戻っていってしまった。
その動きの素早さに、カトリーナは追いすがることすらできなかった。
「薄情者!!」
ダシャの後ろ姿に叫んだカトリーナだったが、いつのまにか少しだけ気が楽になっている自分に気が付いた。
いろいろなことに気づかせてくれたメイドに感謝の気持ちを向けつつ、カトリーナは立ち上がって腰を伸ばした。
そして、バルトが来てくれるであろう庭園にゆっくりと向かっていく。
庭園に行くと、バルトはすでに花の世話を始めていた。
彼は端のほうでしゃがみ込んでおり、なにやらちまちまやっている。
(本当に似合わないよね)
大柄なバルトが小さな花を優しく扱っている姿はいつ見ても違和感しかない。しかし、そんなバルトを見ているとどこか可愛らしく思ってしまうのだから、やはり自分は病にかかっているのだろう。
そう思ってそっとカトリーナはバルトの隣にしゃがみ込んだ。
ちらり、とバルトを見ると、彼は目を見開いてカトリーナを見つめていた。
「もう、起きていたのか」
「はい……おはようございます」
「ん……ああ、おはよう」
カトリーナもすぐに作業をはじめ、バルトも引き続き土やら雑草やらをいじっていた。
挨拶以降言葉は続かない。
しばらく手元の物音しかしないまま時間は過ぎた。
だが、唐突に二人の手は止まる。
そう、いつまでもこうしていては、話はまったく進まないのだ。
意を決してカトリーナはバルトへ話しかけようとするが、同じようにバルトも彼女のほうを向いていた。
「「あのっ――」」
全く同時に声を掛け合った二人は、すぐさま視線を逸らし俯いた。
「す、すいません! バルト様、なんでしょうか……」
「いや、君のほうからでいいんだが……」
恥ずかしさがカトリーナの心を埋めていく。
せっかく意を決して話しかけようとしたのに、タイミングがかぶってしまうとは。
これでまた、気まずい時間がながれるのか、とおもった次の瞬間。
バルトが、そっと手を重ねてきたのだ。お互いに土で汚れているが、温もりは伝わってくる。
まさかの行動に、カトリーナはつい言葉がどもってしまう。
「バ、バババババルト様!? 何を――」
慌てるカトリーナがバルトの顔をみると、彼の顔も紅色に染まっている。その様は、黒獅子の名とは程遠いほど初心な様子だ。
手から伝わってくる熱が、徐々に熱さを帯びていく。
カトリーナと決して目が合わせない、否、合わせられないバルトは恥ずかしさを堪えるように言葉を絞り出した。
「カトリーナ。ずっと二人で話がしたかった……王都に行ってから、ずっと話していなかったから。君と、話がしたかったんだ」
バルトの表情を見る限り、嘘はいっていないようだった。
徐々にカトリーナの手を握りしめる手に力が入ったバルトは言葉を重ねていく。
「それに、昨日のこともそうだ。俺はどうしても言葉が足りない。忍耐も足りない。君と夫となる身として至らないことも多い……。だが、わかってほしいんだ。俺は、君のことが――」
ここでようやくバルトの視線がカトリーナへと向く。
カトリーナも、跳ねる心臓を必死で押さえつけながらその視線に応えた。
「カトリーナ……俺は、君が――」
「ああ、こんなところにいたんですね、二人とも。おはようございます。昨日ぶりですね」
突然かけられた言葉に、バルトはとっさに手を引いてしまう。
そして振り返った二人がみたものは、朝からあまり見たくもない顔であった。
「バルト・ラフォン公爵閣下。昨日は自己紹介もまだでしたので。お初にお目にかかります。カトリーナの本当の婚約者であるエリオット・ゴールトンです。以後お見知りおきを」
涼しい顔でそう言い切るエリオットをみて、思わず眉をひそめてしまったのは当然のことだ。
「タイミング悪すぎでしょ。……最悪」
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