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第二章 波乱の七日間
六日前⑤~五日前①
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黒獅子バルト。
王都に行けば、誰もが振り返るほど整った顔を持ちながら、どう猛さを秘めている公爵家当主。
その名声はすでに王都に広まり、英雄と称えられていた。
そんなバルトがこうまで感情をあらわにすることはほとんどない。それこそ、戦場でくらいしか。
そのバルトがピリピリとした空気を醸し出しつつ睨みつけているのはカトリーナだ。
普通の令嬢ならばその迫力に腰が抜けてもおかしくはない。だが、ここにいる子爵令嬢は一か月半の間、ずっとバルトと向かい合ってきたのだ。
今更、この程度の威圧を受けてひるむことはなかった。
反対に、これでもかと怒りを瞳にのせていた。
隣にいたプリ―ニオでさえ一瞬怯むような、そんな迫力を携えながら真正面からバルトと向かい合っている。
二人の間に生まれるのは火花と雷鳴。
そんな物騒なものが幻視されるくらいには、バチバチしていた。
「こっちのセリフ、ですか? それはおかしいですよ。私がこの男性と会ったのは今日が初めてですし、やましいことは何もありません。事情を聞かずにイライラするなんてあんまりでは? それよりも、なんですかその方は。王都から連れてきたお知り合いの方でしょうか?」
「やましいことはないだと? 手の甲に口づけを受けて顔を赤らめていただろう? それに、事情を聞かないのはそっちも同じじゃないか。確かに俺が連れてきたが、こっちこそやましいことなんてない」
二人が言葉を交わすと、すかさず割り込んできたのがエリオットとエリアナだ。
「そうです。やましいことなんてないですよ。ただ、私はこのカトリーナ嬢と婚約者だから当然のように愛情を表現しただけですから」
「ねぇ、バルト様。このような怖い方ではなく、私と一緒にお茶でもしませんか? 私、もっとバルト様と一緒にいたいのです」
二人の言葉は、バルトとカトリーナの怒りに油を注いだのだろう。
競うように、額に青筋を浮かび上がらせる彼らは、さらに一歩近づき視線を戦わせた。
「こんな可愛い美少女に一緒にいたいって言われて、さぞ気分がいいんでしょうね。私はどうせ怖い人みたいですし」
「別に気分などよくはない。君こそ、言い寄られてうれしそうだったが」
言いあいながらにらみ合い。
二人は反発しあうように離れると、「ふんっ」などと言いながら離れていく。バルトはすさまじい速さで自室に向かっていくし、カトリーナも同じだ。かろうじて、その速さにダシャはついていくことができたが、残されたエリオットやエリアナ、プリ―ニオはあまりの剣幕にしばらく黙り込んでいた。
だが、あれだけの言い合いに口をはさむことができた彼らだ。
すぐに落ち着きを取り戻すと、各自言いたいことを言い始める。
「カトリーナ嬢も行ってしまったし、また明日来ることにします。その時には色よい返事が聞けるとよいのですが。では失礼」
「あぁ、……行ってしまわれました。ま、いっか。あ、プリ―ニオ。とりあえず部屋を用意してもらえる? もう疲れちゃった」
勝手な物言いに、プリ―ニオはため息でもつきたくなる。が、ここは長年ラフォン家で仕えてきた執事魂の見せ所だ。涼しい顔でどちらへも対応していった。
まもなく、エリオットは屋敷から出ていき、エリアナは客人用の部屋に通されご満悦。
二人をさばき終えたプリ―ニオは、ようやく大きく息を吐き出すことができた。
「エリアナさまも相変わらず困ったものだ……それよりも、あの男は一体――」
どこか違和感のあるあの男。
その引っかかりが何かはわからなかったが、用心するにこしたことはないと、執事プリ―ニオは主人であるバルトの部屋へと急いだ。
「それにしても、二人の喧嘩はいささか激しいですな……これからどうなることやら」
少しだけ楽しそうに呟いた彼だったが、次の瞬間にはすぐに表情を戒め通常運転となる。
まだまだ未熟な主人への、助言を胸に秘めながら。
◆
「まずいことになった……」
二人が喧嘩をした次の日。
バルトはベッドの上で体を起こしながら頭を抱えていた。
というのも、昨日のことを激しく大後悔していたからだ。
今だから思えることは、まずはカトリーナの話を聞かなかったのがよくなかった。
きっとあの男を入れたことには理由があるのだろうし、カトリーナがあの愛の囁きを受け入れたような態度ではたしかになかった。
冷静に考えればわかるにも関わらず、あの時は全くもって精神状態を保てなかった。
あの男がカトリーナの手を握っているのを見た瞬間、全身の血が沸騰したかのように沸き立った。
理由はわからないが、とてつもなく嫌な気持ちになった。
本当なら、自分が好きであり、自分を救い上げてくれたカトリーナには優しくしたいし喜んでほしい。だが、あの瞬間思ったことは自分以外を見てほしくないという醜い感情だ。
さらに言うならば、それを昨日謝罪せず、今日まで持ち越したこともまずい。
自分が悪いのはわかっていた。だが、もしあの一件で嫌われたら、また一人になったらと思うと体がすくむ。当然、結論を先延ばしにすればするほど泥沼にはまっていくのはわかっているのだが、どうしても体が動かなかった。
「今日のカトリーナの予定は……」
「洋服の採寸やアクセサリー選びをするらしいですよ。というか、だから言ったのです。昨日のうちに謝罪をしたほうがよいと」
お茶を入れて涼し気にほほ笑んでいるプリ―ニオは、苦しむバルトに声をかけていた。
「わかっている。しかし……」
「バルト様。今まで女性とのかかわりがあまりなかったのはわかります。そして、どう接していいかわからないことも……今私が一つだけ言えることは、自分の本当の気持ちに耳を傾けるということです。昨日のバルト様は醜い嫉妬からカトリーナ様にひどい態度をとってしまいました。けれど、それは本当にバルト様のしたいことだったのですか? 本当のバルト様はどうしたかったのでしょうか。そこを見失わなければ、きっと大丈夫ですよ。どんな戦いも切り抜けてきた黒獅子のバルト様ならば」
プリ―ニオはそういうと一礼をして部屋から出ていった。
バルトは、残されたお茶をそっと口に含み、プリ―ニオの言葉をかみしめる。
「醜い嫉妬か……全くその通りだな」
自嘲するような笑いがこぼれる。
せっかくカトリーナが自分の心の扉を開いてくれたのだ。
にもかかわらず、自分の感情にばかり固執してひどい態度をとってしまった。確かに、自分のやりたかったこととは違う。
バルトは大きく深呼吸をするとおもむろに立ち上がった。
「庭園でなら、静かに話せるか……」
そう呟きながら、バルトは日課ともいえる土いじりへと出かけて行った。
王都に行けば、誰もが振り返るほど整った顔を持ちながら、どう猛さを秘めている公爵家当主。
その名声はすでに王都に広まり、英雄と称えられていた。
そんなバルトがこうまで感情をあらわにすることはほとんどない。それこそ、戦場でくらいしか。
そのバルトがピリピリとした空気を醸し出しつつ睨みつけているのはカトリーナだ。
普通の令嬢ならばその迫力に腰が抜けてもおかしくはない。だが、ここにいる子爵令嬢は一か月半の間、ずっとバルトと向かい合ってきたのだ。
今更、この程度の威圧を受けてひるむことはなかった。
反対に、これでもかと怒りを瞳にのせていた。
隣にいたプリ―ニオでさえ一瞬怯むような、そんな迫力を携えながら真正面からバルトと向かい合っている。
二人の間に生まれるのは火花と雷鳴。
そんな物騒なものが幻視されるくらいには、バチバチしていた。
「こっちのセリフ、ですか? それはおかしいですよ。私がこの男性と会ったのは今日が初めてですし、やましいことは何もありません。事情を聞かずにイライラするなんてあんまりでは? それよりも、なんですかその方は。王都から連れてきたお知り合いの方でしょうか?」
「やましいことはないだと? 手の甲に口づけを受けて顔を赤らめていただろう? それに、事情を聞かないのはそっちも同じじゃないか。確かに俺が連れてきたが、こっちこそやましいことなんてない」
二人が言葉を交わすと、すかさず割り込んできたのがエリオットとエリアナだ。
「そうです。やましいことなんてないですよ。ただ、私はこのカトリーナ嬢と婚約者だから当然のように愛情を表現しただけですから」
「ねぇ、バルト様。このような怖い方ではなく、私と一緒にお茶でもしませんか? 私、もっとバルト様と一緒にいたいのです」
二人の言葉は、バルトとカトリーナの怒りに油を注いだのだろう。
競うように、額に青筋を浮かび上がらせる彼らは、さらに一歩近づき視線を戦わせた。
「こんな可愛い美少女に一緒にいたいって言われて、さぞ気分がいいんでしょうね。私はどうせ怖い人みたいですし」
「別に気分などよくはない。君こそ、言い寄られてうれしそうだったが」
言いあいながらにらみ合い。
二人は反発しあうように離れると、「ふんっ」などと言いながら離れていく。バルトはすさまじい速さで自室に向かっていくし、カトリーナも同じだ。かろうじて、その速さにダシャはついていくことができたが、残されたエリオットやエリアナ、プリ―ニオはあまりの剣幕にしばらく黙り込んでいた。
だが、あれだけの言い合いに口をはさむことができた彼らだ。
すぐに落ち着きを取り戻すと、各自言いたいことを言い始める。
「カトリーナ嬢も行ってしまったし、また明日来ることにします。その時には色よい返事が聞けるとよいのですが。では失礼」
「あぁ、……行ってしまわれました。ま、いっか。あ、プリ―ニオ。とりあえず部屋を用意してもらえる? もう疲れちゃった」
勝手な物言いに、プリ―ニオはため息でもつきたくなる。が、ここは長年ラフォン家で仕えてきた執事魂の見せ所だ。涼しい顔でどちらへも対応していった。
まもなく、エリオットは屋敷から出ていき、エリアナは客人用の部屋に通されご満悦。
二人をさばき終えたプリ―ニオは、ようやく大きく息を吐き出すことができた。
「エリアナさまも相変わらず困ったものだ……それよりも、あの男は一体――」
どこか違和感のあるあの男。
その引っかかりが何かはわからなかったが、用心するにこしたことはないと、執事プリ―ニオは主人であるバルトの部屋へと急いだ。
「それにしても、二人の喧嘩はいささか激しいですな……これからどうなることやら」
少しだけ楽しそうに呟いた彼だったが、次の瞬間にはすぐに表情を戒め通常運転となる。
まだまだ未熟な主人への、助言を胸に秘めながら。
◆
「まずいことになった……」
二人が喧嘩をした次の日。
バルトはベッドの上で体を起こしながら頭を抱えていた。
というのも、昨日のことを激しく大後悔していたからだ。
今だから思えることは、まずはカトリーナの話を聞かなかったのがよくなかった。
きっとあの男を入れたことには理由があるのだろうし、カトリーナがあの愛の囁きを受け入れたような態度ではたしかになかった。
冷静に考えればわかるにも関わらず、あの時は全くもって精神状態を保てなかった。
あの男がカトリーナの手を握っているのを見た瞬間、全身の血が沸騰したかのように沸き立った。
理由はわからないが、とてつもなく嫌な気持ちになった。
本当なら、自分が好きであり、自分を救い上げてくれたカトリーナには優しくしたいし喜んでほしい。だが、あの瞬間思ったことは自分以外を見てほしくないという醜い感情だ。
さらに言うならば、それを昨日謝罪せず、今日まで持ち越したこともまずい。
自分が悪いのはわかっていた。だが、もしあの一件で嫌われたら、また一人になったらと思うと体がすくむ。当然、結論を先延ばしにすればするほど泥沼にはまっていくのはわかっているのだが、どうしても体が動かなかった。
「今日のカトリーナの予定は……」
「洋服の採寸やアクセサリー選びをするらしいですよ。というか、だから言ったのです。昨日のうちに謝罪をしたほうがよいと」
お茶を入れて涼し気にほほ笑んでいるプリ―ニオは、苦しむバルトに声をかけていた。
「わかっている。しかし……」
「バルト様。今まで女性とのかかわりがあまりなかったのはわかります。そして、どう接していいかわからないことも……今私が一つだけ言えることは、自分の本当の気持ちに耳を傾けるということです。昨日のバルト様は醜い嫉妬からカトリーナ様にひどい態度をとってしまいました。けれど、それは本当にバルト様のしたいことだったのですか? 本当のバルト様はどうしたかったのでしょうか。そこを見失わなければ、きっと大丈夫ですよ。どんな戦いも切り抜けてきた黒獅子のバルト様ならば」
プリ―ニオはそういうと一礼をして部屋から出ていった。
バルトは、残されたお茶をそっと口に含み、プリ―ニオの言葉をかみしめる。
「醜い嫉妬か……全くその通りだな」
自嘲するような笑いがこぼれる。
せっかくカトリーナが自分の心の扉を開いてくれたのだ。
にもかかわらず、自分の感情にばかり固執してひどい態度をとってしまった。確かに、自分のやりたかったこととは違う。
バルトは大きく深呼吸をするとおもむろに立ち上がった。
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そう呟きながら、バルトは日課ともいえる土いじりへと出かけて行った。
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