婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 みつび

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第二章 波乱の七日間

四日前②

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 そのまま三人は教会の中に入っていき、司祭に説明を受けていく。
 
 細かいこと一つ一つに作法があり煩雑だったが、バルトはもともとの公爵家当主としての教育の賜物だろう。特に困ることなく手順をすすめることができていた。が、カトリーナはそうはいかない。
 高位の貴族のみが行う手順などもあり、それらを覚えるだけでも一苦労だった。

 なんとか形になってきた頃には、すでに昼過ぎ。
 お腹がなりそうになるのを必死で堪えていたカトリーナは、すこしだけ司祭の前から抜け出すと水をもらい一息ついた。
 本来なら、気の抜ける時間である。
 だが、今はなにやら全身が重苦しい。それくらい気分が落ちていた。

「あと少しで結婚式なのに……準備ばっかりでもう嫌……」

 しかも、その準備をしながらもなぜだかバルトとエリアナのいちゃいちゃやり取りを見なければならないのだ。
 なんの拷問なのかとだんだん嫌気がさしていく。

 結婚式は、こんな苦しい想いをしながらするものだったのかと、カトリーナは内心首をかしげていた。
 それでも、バルトのことを想うと昨日までは元気ができた。
 しかし、今日のバルトの様子を見ているとすこしだけ、その自信が薄らいでいく。ヤキモチをある程度やくことは仕方ないと自分でも思うが、ああ見せつけられてはどうにかなってしまいそうだ。
 バルトが連れてきたエリアナ。
 連れてきた理由がバルト曰くありそうなのだが、それすらわからない。

 つい全部を投げ出しそうになってしまう。

「っ――。あ、だめよ。お父様とお母様にも迷惑かけられないんだから」

 そう自分を律する言葉をかけながら、カトリーナは立ち上がり司祭の元へ戻ろうと歩き始めた。
 そして、その途中の細い廊下。そこを歩いていた彼女だったが、突如として姿を消した。

 といっても、廊下のわきにある窪みに、何者かによって引きずり込まれただけなのだが――。


「静かに」

 口をふさがれたカトリーナは、咄嗟に逃げ出そうと力を入れるもその聞きなれた声に驚いた。
 カトリーナが目を開くと、そこには気まずそうな表情を浮かべたバルトが立っていた。

「バルト様、どうして」
「悪かった、カトリーナ。エリアナについて言いたいことがあるのはわかってる。だが、今は事情があって言えない。それをとりあえず伝えたかったんだ」
「それは昨日も聞きましたから」

 せっかくバルトが謝っていたが、カトリーナはついそれをつんとした態度で返してしまう。
 だが、自分を気にしてこうやって二人で話す機会を作ってきてくれたのはとても嬉しかった。

「いくら事情があると聞いても、つらい……バルト様は、私がほかの男の人とああやっていても大丈夫なの?」
「……いや、それは絶対に嫌だ」
「なんですか、それ」

 バルトのどこか矛盾した意見に、カトリーナは大きくため息をついてしまう。
 そして、これだけの話ならもういいや、とどこか投げやりになりながら立ち去ろうとするが――。

「ちょっと待ってくれ!」

 バルトが、カトリーナの腕をつかんで強く引き寄せた。
 バルトにとってはそっとなのだが、咄嗟のことだったためか、少しだけ勢いがついてしまう。くるりと立ち位置が入れ替わった二人は、壁を背負うカトリーナとそれに覆いかぶさるように立っているバルトという位置関係になった。

 はからずも、バルトとカトリーナはひどく接近して、腕さえ回せば抱きしめられるくらいには近づいていた。

 カトリーナはそれに驚きバルトを突飛ばそうとするが、バルトはそんなカトリーナの両腕をそっと掴んで離さない。突然の接近に、カトリーナの顔は途端に赤く染まっていった。
 まあ、当然バルトもそうなのだが。

「カトリーナ……昨日も邪魔が入ったから、続きをいいだろうか?」
「え、ちょっ、ええ!?」

 触れ合ったところからは熱が伝わっていく。
 もう何度目かになるそれには、いつまでたっても慣れない。だが、やはりその熱はとても心地いいのだ。
 互いに熱を分け合う触れ合い。何度でも味わいたくなる麻薬のような安心感に、カトリーナの心は熱を帯びる。

「俺は、エリアナのことをどうこう思ってはいない……。俺の気持ちはあの日から……君が俺を救ってくれたあの日から何も変わっていない」
「う、ん」
「今こうして触れ合っているだけで心臓が飛び出そうなくらい緊張しているが……それを男として不甲斐なく思うが……」

 赤面しながら語るバルトに、カトリーナは咄嗟に首を振る。
 それを見ていたバルトは一瞬目を見開いた後、そっとほほ笑んだ。

 そして、つかんでいた両手を離すと、バルトはそっとカトリーナを抱きしめた。
 廊下の片隅で、二人の体温は重なっていく。
 バルトは抱きしめたカトリーナの華奢さに驚き込めすぎた力をそっと抜き、カトリーナはその力強さに全てをゆだねそうになってしまう。
 一瞬なのか、時間がたってしまったのか。
 そんなものがわからなくなるようなくらい、二人は互いを感じることしかできなくなっていた。

「バルト様」
「なんだ?」
「私、すっごいびっくりしてるの……こうやって抱きしめてくれたのは初めてだから」
「そ、そうか……」

 本当に目の前にあるバルトの顔が気まずげに歪められるのをみて、カトリーナはくすりを笑みをこぼした。

「でも、嫌じゃない、です……。ううん。こうやって、抱きしめられるの私、すっごい好きかも」
「俺も……君をこんなにも近くで感じられるのはこんなに心地いいなんてしらなかった」
「私も、こんなに安心できるなんて知らなかった」

 互いに見合ってほほ笑みあう。
 自分の感じている心地よさを、相手も感じてるなんて不思議な気分だった。
 その視線は自然と絡み合い、今いる距離が少しずつ馴染んでくる。
 さっきまでのようなどこかギクシャクした感じは薄れてきた。
 バルトも慣れてきたのか、抱きしめる腕に力を込め、カトリーナもそれにこたえるようにぎゅっと強く抱きしめた。
 
「……バルト様」
「カトリーナ……」

 見つめあう二人。
 絡み合う視線。
 二人の視線は溶け合い、顔は徐々に近づいていく。

 そして、引き寄せあうように二人は向かいあい、そして互いの唇が――。

「バルトちゃん、みーつけた」

 重なり合う寸前で、バルトの後ろから声が聞こえる。
 とっさに離れる二人が見たものは、楽し気にほほ笑んでいるエリアナの姿だった。

「バルトちゃん?」

 聞きなれない言葉に、カトリーナが首をかしげると、エリアナは取り繕うように言葉を重ねた。

「あ、いや、その、バルト様! こんなところにいるんですもの! エリアナ、寂しかったです!!」

 そう言いながら、エリアナはバルトの腕を掴んでしなを作り始めたのだった。
 あまりの不自然さに、カトリーナは訝し気な視線を向けるとともに、邪魔をされたことに対するいら立ちが当然のことながらエリアナに向いていくのであった。
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