28 / 102
第二章 波乱の七日間
四日前②
しおりを挟む
そのまま三人は教会の中に入っていき、司祭に説明を受けていく。
細かいこと一つ一つに作法があり煩雑だったが、バルトはもともとの公爵家当主としての教育の賜物だろう。特に困ることなく手順をすすめることができていた。が、カトリーナはそうはいかない。
高位の貴族のみが行う手順などもあり、それらを覚えるだけでも一苦労だった。
なんとか形になってきた頃には、すでに昼過ぎ。
お腹がなりそうになるのを必死で堪えていたカトリーナは、すこしだけ司祭の前から抜け出すと水をもらい一息ついた。
本来なら、気の抜ける時間である。
だが、今はなにやら全身が重苦しい。それくらい気分が落ちていた。
「あと少しで結婚式なのに……準備ばっかりでもう嫌……」
しかも、その準備をしながらもなぜだかバルトとエリアナのいちゃいちゃやり取りを見なければならないのだ。
なんの拷問なのかとだんだん嫌気がさしていく。
結婚式は、こんな苦しい想いをしながらするものだったのかと、カトリーナは内心首をかしげていた。
それでも、バルトのことを想うと昨日までは元気ができた。
しかし、今日のバルトの様子を見ているとすこしだけ、その自信が薄らいでいく。ヤキモチをある程度やくことは仕方ないと自分でも思うが、ああ見せつけられてはどうにかなってしまいそうだ。
バルトが連れてきたエリアナ。
連れてきた理由がバルト曰くありそうなのだが、それすらわからない。
つい全部を投げ出しそうになってしまう。
「っ――。あ、だめよ。お父様とお母様にも迷惑かけられないんだから」
そう自分を律する言葉をかけながら、カトリーナは立ち上がり司祭の元へ戻ろうと歩き始めた。
そして、その途中の細い廊下。そこを歩いていた彼女だったが、突如として姿を消した。
といっても、廊下のわきにある窪みに、何者かによって引きずり込まれただけなのだが――。
「静かに」
口をふさがれたカトリーナは、咄嗟に逃げ出そうと力を入れるもその聞きなれた声に驚いた。
カトリーナが目を開くと、そこには気まずそうな表情を浮かべたバルトが立っていた。
「バルト様、どうして」
「悪かった、カトリーナ。エリアナについて言いたいことがあるのはわかってる。だが、今は事情があって言えない。それをとりあえず伝えたかったんだ」
「それは昨日も聞きましたから」
せっかくバルトが謝っていたが、カトリーナはついそれをつんとした態度で返してしまう。
だが、自分を気にしてこうやって二人で話す機会を作ってきてくれたのはとても嬉しかった。
「いくら事情があると聞いても、つらい……バルト様は、私がほかの男の人とああやっていても大丈夫なの?」
「……いや、それは絶対に嫌だ」
「なんですか、それ」
バルトのどこか矛盾した意見に、カトリーナは大きくため息をついてしまう。
そして、これだけの話ならもういいや、とどこか投げやりになりながら立ち去ろうとするが――。
「ちょっと待ってくれ!」
バルトが、カトリーナの腕をつかんで強く引き寄せた。
バルトにとってはそっとなのだが、咄嗟のことだったためか、少しだけ勢いがついてしまう。くるりと立ち位置が入れ替わった二人は、壁を背負うカトリーナとそれに覆いかぶさるように立っているバルトという位置関係になった。
はからずも、バルトとカトリーナはひどく接近して、腕さえ回せば抱きしめられるくらいには近づいていた。
カトリーナはそれに驚きバルトを突飛ばそうとするが、バルトはそんなカトリーナの両腕をそっと掴んで離さない。突然の接近に、カトリーナの顔は途端に赤く染まっていった。
まあ、当然バルトもそうなのだが。
「カトリーナ……昨日も邪魔が入ったから、続きをいいだろうか?」
「え、ちょっ、ええ!?」
触れ合ったところからは熱が伝わっていく。
もう何度目かになるそれには、いつまでたっても慣れない。だが、やはりその熱はとても心地いいのだ。
互いに熱を分け合う触れ合い。何度でも味わいたくなる麻薬のような安心感に、カトリーナの心は熱を帯びる。
「俺は、エリアナのことをどうこう思ってはいない……。俺の気持ちはあの日から……君が俺を救ってくれたあの日から何も変わっていない」
「う、ん」
「今こうして触れ合っているだけで心臓が飛び出そうなくらい緊張しているが……それを男として不甲斐なく思うが……」
赤面しながら語るバルトに、カトリーナは咄嗟に首を振る。
それを見ていたバルトは一瞬目を見開いた後、そっとほほ笑んだ。
そして、つかんでいた両手を離すと、バルトはそっとカトリーナを抱きしめた。
廊下の片隅で、二人の体温は重なっていく。
バルトは抱きしめたカトリーナの華奢さに驚き込めすぎた力をそっと抜き、カトリーナはその力強さに全てをゆだねそうになってしまう。
一瞬なのか、時間がたってしまったのか。
そんなものがわからなくなるようなくらい、二人は互いを感じることしかできなくなっていた。
「バルト様」
「なんだ?」
「私、すっごいびっくりしてるの……こうやって抱きしめてくれたのは初めてだから」
「そ、そうか……」
本当に目の前にあるバルトの顔が気まずげに歪められるのをみて、カトリーナはくすりを笑みをこぼした。
「でも、嫌じゃない、です……。ううん。こうやって、抱きしめられるの私、すっごい好きかも」
「俺も……君をこんなにも近くで感じられるのはこんなに心地いいなんてしらなかった」
「私も、こんなに安心できるなんて知らなかった」
互いに見合ってほほ笑みあう。
自分の感じている心地よさを、相手も感じてるなんて不思議な気分だった。
その視線は自然と絡み合い、今いる距離が少しずつ馴染んでくる。
さっきまでのようなどこかギクシャクした感じは薄れてきた。
バルトも慣れてきたのか、抱きしめる腕に力を込め、カトリーナもそれにこたえるようにぎゅっと強く抱きしめた。
「……バルト様」
「カトリーナ……」
見つめあう二人。
絡み合う視線。
二人の視線は溶け合い、顔は徐々に近づいていく。
そして、引き寄せあうように二人は向かいあい、そして互いの唇が――。
「バルトちゃん、みーつけた」
重なり合う寸前で、バルトの後ろから声が聞こえる。
とっさに離れる二人が見たものは、楽し気にほほ笑んでいるエリアナの姿だった。
「バルトちゃん?」
聞きなれない言葉に、カトリーナが首をかしげると、エリアナは取り繕うように言葉を重ねた。
「あ、いや、その、バルト様! こんなところにいるんですもの! エリアナ、寂しかったです!!」
そう言いながら、エリアナはバルトの腕を掴んでしなを作り始めたのだった。
あまりの不自然さに、カトリーナは訝し気な視線を向けるとともに、邪魔をされたことに対するいら立ちが当然のことながらエリアナに向いていくのであった。
細かいこと一つ一つに作法があり煩雑だったが、バルトはもともとの公爵家当主としての教育の賜物だろう。特に困ることなく手順をすすめることができていた。が、カトリーナはそうはいかない。
高位の貴族のみが行う手順などもあり、それらを覚えるだけでも一苦労だった。
なんとか形になってきた頃には、すでに昼過ぎ。
お腹がなりそうになるのを必死で堪えていたカトリーナは、すこしだけ司祭の前から抜け出すと水をもらい一息ついた。
本来なら、気の抜ける時間である。
だが、今はなにやら全身が重苦しい。それくらい気分が落ちていた。
「あと少しで結婚式なのに……準備ばっかりでもう嫌……」
しかも、その準備をしながらもなぜだかバルトとエリアナのいちゃいちゃやり取りを見なければならないのだ。
なんの拷問なのかとだんだん嫌気がさしていく。
結婚式は、こんな苦しい想いをしながらするものだったのかと、カトリーナは内心首をかしげていた。
それでも、バルトのことを想うと昨日までは元気ができた。
しかし、今日のバルトの様子を見ているとすこしだけ、その自信が薄らいでいく。ヤキモチをある程度やくことは仕方ないと自分でも思うが、ああ見せつけられてはどうにかなってしまいそうだ。
バルトが連れてきたエリアナ。
連れてきた理由がバルト曰くありそうなのだが、それすらわからない。
つい全部を投げ出しそうになってしまう。
「っ――。あ、だめよ。お父様とお母様にも迷惑かけられないんだから」
そう自分を律する言葉をかけながら、カトリーナは立ち上がり司祭の元へ戻ろうと歩き始めた。
そして、その途中の細い廊下。そこを歩いていた彼女だったが、突如として姿を消した。
といっても、廊下のわきにある窪みに、何者かによって引きずり込まれただけなのだが――。
「静かに」
口をふさがれたカトリーナは、咄嗟に逃げ出そうと力を入れるもその聞きなれた声に驚いた。
カトリーナが目を開くと、そこには気まずそうな表情を浮かべたバルトが立っていた。
「バルト様、どうして」
「悪かった、カトリーナ。エリアナについて言いたいことがあるのはわかってる。だが、今は事情があって言えない。それをとりあえず伝えたかったんだ」
「それは昨日も聞きましたから」
せっかくバルトが謝っていたが、カトリーナはついそれをつんとした態度で返してしまう。
だが、自分を気にしてこうやって二人で話す機会を作ってきてくれたのはとても嬉しかった。
「いくら事情があると聞いても、つらい……バルト様は、私がほかの男の人とああやっていても大丈夫なの?」
「……いや、それは絶対に嫌だ」
「なんですか、それ」
バルトのどこか矛盾した意見に、カトリーナは大きくため息をついてしまう。
そして、これだけの話ならもういいや、とどこか投げやりになりながら立ち去ろうとするが――。
「ちょっと待ってくれ!」
バルトが、カトリーナの腕をつかんで強く引き寄せた。
バルトにとってはそっとなのだが、咄嗟のことだったためか、少しだけ勢いがついてしまう。くるりと立ち位置が入れ替わった二人は、壁を背負うカトリーナとそれに覆いかぶさるように立っているバルトという位置関係になった。
はからずも、バルトとカトリーナはひどく接近して、腕さえ回せば抱きしめられるくらいには近づいていた。
カトリーナはそれに驚きバルトを突飛ばそうとするが、バルトはそんなカトリーナの両腕をそっと掴んで離さない。突然の接近に、カトリーナの顔は途端に赤く染まっていった。
まあ、当然バルトもそうなのだが。
「カトリーナ……昨日も邪魔が入ったから、続きをいいだろうか?」
「え、ちょっ、ええ!?」
触れ合ったところからは熱が伝わっていく。
もう何度目かになるそれには、いつまでたっても慣れない。だが、やはりその熱はとても心地いいのだ。
互いに熱を分け合う触れ合い。何度でも味わいたくなる麻薬のような安心感に、カトリーナの心は熱を帯びる。
「俺は、エリアナのことをどうこう思ってはいない……。俺の気持ちはあの日から……君が俺を救ってくれたあの日から何も変わっていない」
「う、ん」
「今こうして触れ合っているだけで心臓が飛び出そうなくらい緊張しているが……それを男として不甲斐なく思うが……」
赤面しながら語るバルトに、カトリーナは咄嗟に首を振る。
それを見ていたバルトは一瞬目を見開いた後、そっとほほ笑んだ。
そして、つかんでいた両手を離すと、バルトはそっとカトリーナを抱きしめた。
廊下の片隅で、二人の体温は重なっていく。
バルトは抱きしめたカトリーナの華奢さに驚き込めすぎた力をそっと抜き、カトリーナはその力強さに全てをゆだねそうになってしまう。
一瞬なのか、時間がたってしまったのか。
そんなものがわからなくなるようなくらい、二人は互いを感じることしかできなくなっていた。
「バルト様」
「なんだ?」
「私、すっごいびっくりしてるの……こうやって抱きしめてくれたのは初めてだから」
「そ、そうか……」
本当に目の前にあるバルトの顔が気まずげに歪められるのをみて、カトリーナはくすりを笑みをこぼした。
「でも、嫌じゃない、です……。ううん。こうやって、抱きしめられるの私、すっごい好きかも」
「俺も……君をこんなにも近くで感じられるのはこんなに心地いいなんてしらなかった」
「私も、こんなに安心できるなんて知らなかった」
互いに見合ってほほ笑みあう。
自分の感じている心地よさを、相手も感じてるなんて不思議な気分だった。
その視線は自然と絡み合い、今いる距離が少しずつ馴染んでくる。
さっきまでのようなどこかギクシャクした感じは薄れてきた。
バルトも慣れてきたのか、抱きしめる腕に力を込め、カトリーナもそれにこたえるようにぎゅっと強く抱きしめた。
「……バルト様」
「カトリーナ……」
見つめあう二人。
絡み合う視線。
二人の視線は溶け合い、顔は徐々に近づいていく。
そして、引き寄せあうように二人は向かいあい、そして互いの唇が――。
「バルトちゃん、みーつけた」
重なり合う寸前で、バルトの後ろから声が聞こえる。
とっさに離れる二人が見たものは、楽し気にほほ笑んでいるエリアナの姿だった。
「バルトちゃん?」
聞きなれない言葉に、カトリーナが首をかしげると、エリアナは取り繕うように言葉を重ねた。
「あ、いや、その、バルト様! こんなところにいるんですもの! エリアナ、寂しかったです!!」
そう言いながら、エリアナはバルトの腕を掴んでしなを作り始めたのだった。
あまりの不自然さに、カトリーナは訝し気な視線を向けるとともに、邪魔をされたことに対するいら立ちが当然のことながらエリアナに向いていくのであった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。