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第二章 波乱の七日間
三日前⑤
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泣き名がらカトリーナを糾弾したメイドは、ほかの同僚に肩を抱かれ今もすすり泣いている。
その周囲にいるメイド達は、やや困惑した表情でカトリーナを見つめていた。
当然他の使用人達も同様である。
その視線には、先ほどよりも強く非難の色が混じり込んでおり、見つめられているカトリーナにとっては居心地の悪い雰囲気だ。
「わ、私っ、黙っていようかと思ったんです! でも、でも、ご主人様のことや探してる皆のことを考えるとどうしても黙っていられなくて、申し訳ありません、申し訳――!」
そのメイドはそのまま床にしゃがみ込んでしまう。
周囲もその悲痛さに、心を痛めているようだった。
しばらくメイドの泣き声だけがその場に響く。そして、唐突に彼女は立ち上がりバルトに向かって口をひらいた。
「あ、で、でも! いくらカトリーナ様がもっていったとしても、元々カトリーナ様のものですもの! 罪にはならないのではないでしょうか!?」
すると、横にいた別の執事が口を挟む。
「だが、将来自分のものになるものでも、あるべき場所からなくなったのだから……」
「そんな!? そうしたら、カトリーナ様は!?」
カトリーナはそのメイドや使用人の話していることを見ながら湧いてくる困惑と苛立ちに挟まれて口を開くことができない。
なぜ目の前のメイドはこんな嘘をついているのか。
そして、なぜいつのまにか自分がやったことになっていて、罪がどうのと言われているのか。
あまりの展開に全くついていけてなかった。
彼女がバルトをみると、彼は険しい表情で一部始終を眺めている。
ダシャもプリ―ニオも同様だ。
その横顔からは、彼らの考えていることは全く推し量れない。
そう思った瞬間、カトリーナはひどく怖くなってしまった。
もし、バルトの視線が、ダシャやプリ―ニオの視線が自分に向いた時、自分のことを疑っていたとしたら?
その視線がいつも通りでも、心の片隅で疑われていたら?
そんなことを考えると、途端にこの場にいるのが怖くなってしまった。
リクライネン家からラフォン家に嫁いだカトリーナ。
ここまでくるのに多くの苦難を乗り越えてきた。それこそ命を懸けてまで。
そうして築き上げてきた信頼をこんなことで失うのか。身に覚えのない盗難事件ですべてを失うのか。
それが脳裏によぎった瞬間、カトリーナは思わず一歩、後ずさった。
「わ、私じゃない……」
そして、ひとたび不安が流れ始めると、その流れは止まることなくあふれ出る。
「私じゃないわ! 指輪のことだってどこにあるなんて知らなかったし、準備で忙しくてそれどころじゃなかったのだから!」
カトリーナの声は部屋の中に響き渡る。
だが、向けられる視線はすでに冷たいものだった。
泣いていたメイドも、すでに立ち上がりカトリーナをじっと見つめていた。ダシャも、プリ―ニオも同じように温度のない視線を向けている。
じり、じり、とその視線に耐えきれなくなったカトリーナは、咄嗟にその場から駆け出した。
とにかく逃げたかったのだ。
ダシャやプリ―ニオだけじゃない。
言葉を交わし笑いあった使用人達から向けられる疑いの目に耐えられなくなったのだ。
いつの間にか自分がやったように仕立て上げられていた。
自分がしていないのに、疑われ、否定しても意味をなさないだろう現状がとにかく怖かった。
そして、カトリーナが部屋から出るその時、彼女の行く手を阻むものがいた。
エリオットだ。
「待つんだ、カトリーナ嬢」
温和な笑みを浮かべたエリオットは、カトリーナを抱きとめる。
そして、部屋の中に視線を向け、再びカトリーナをみつめた。
「しっかりと罪は償わなければいけないと思います。そう――人のものを盗んだら犯罪だ。牢屋に入れられる運命は免れない。だが、今この場で謝罪をし、公爵家から出ていくとなれば話は別でしょう。得られる恩恵をすべて捨て去り罪を償えば、きっとここにいる方たちも許してくださる。そう思いませんか?」
とんでもない提案をするエリオットに目を見開いたカトリーナ。
彼女がみたエリオットの口元は、細く赤い三日月のように、暗く鈍く光っているように見えた。
その周囲にいるメイド達は、やや困惑した表情でカトリーナを見つめていた。
当然他の使用人達も同様である。
その視線には、先ほどよりも強く非難の色が混じり込んでおり、見つめられているカトリーナにとっては居心地の悪い雰囲気だ。
「わ、私っ、黙っていようかと思ったんです! でも、でも、ご主人様のことや探してる皆のことを考えるとどうしても黙っていられなくて、申し訳ありません、申し訳――!」
そのメイドはそのまま床にしゃがみ込んでしまう。
周囲もその悲痛さに、心を痛めているようだった。
しばらくメイドの泣き声だけがその場に響く。そして、唐突に彼女は立ち上がりバルトに向かって口をひらいた。
「あ、で、でも! いくらカトリーナ様がもっていったとしても、元々カトリーナ様のものですもの! 罪にはならないのではないでしょうか!?」
すると、横にいた別の執事が口を挟む。
「だが、将来自分のものになるものでも、あるべき場所からなくなったのだから……」
「そんな!? そうしたら、カトリーナ様は!?」
カトリーナはそのメイドや使用人の話していることを見ながら湧いてくる困惑と苛立ちに挟まれて口を開くことができない。
なぜ目の前のメイドはこんな嘘をついているのか。
そして、なぜいつのまにか自分がやったことになっていて、罪がどうのと言われているのか。
あまりの展開に全くついていけてなかった。
彼女がバルトをみると、彼は険しい表情で一部始終を眺めている。
ダシャもプリ―ニオも同様だ。
その横顔からは、彼らの考えていることは全く推し量れない。
そう思った瞬間、カトリーナはひどく怖くなってしまった。
もし、バルトの視線が、ダシャやプリ―ニオの視線が自分に向いた時、自分のことを疑っていたとしたら?
その視線がいつも通りでも、心の片隅で疑われていたら?
そんなことを考えると、途端にこの場にいるのが怖くなってしまった。
リクライネン家からラフォン家に嫁いだカトリーナ。
ここまでくるのに多くの苦難を乗り越えてきた。それこそ命を懸けてまで。
そうして築き上げてきた信頼をこんなことで失うのか。身に覚えのない盗難事件ですべてを失うのか。
それが脳裏によぎった瞬間、カトリーナは思わず一歩、後ずさった。
「わ、私じゃない……」
そして、ひとたび不安が流れ始めると、その流れは止まることなくあふれ出る。
「私じゃないわ! 指輪のことだってどこにあるなんて知らなかったし、準備で忙しくてそれどころじゃなかったのだから!」
カトリーナの声は部屋の中に響き渡る。
だが、向けられる視線はすでに冷たいものだった。
泣いていたメイドも、すでに立ち上がりカトリーナをじっと見つめていた。ダシャも、プリ―ニオも同じように温度のない視線を向けている。
じり、じり、とその視線に耐えきれなくなったカトリーナは、咄嗟にその場から駆け出した。
とにかく逃げたかったのだ。
ダシャやプリ―ニオだけじゃない。
言葉を交わし笑いあった使用人達から向けられる疑いの目に耐えられなくなったのだ。
いつの間にか自分がやったように仕立て上げられていた。
自分がしていないのに、疑われ、否定しても意味をなさないだろう現状がとにかく怖かった。
そして、カトリーナが部屋から出るその時、彼女の行く手を阻むものがいた。
エリオットだ。
「待つんだ、カトリーナ嬢」
温和な笑みを浮かべたエリオットは、カトリーナを抱きとめる。
そして、部屋の中に視線を向け、再びカトリーナをみつめた。
「しっかりと罪は償わなければいけないと思います。そう――人のものを盗んだら犯罪だ。牢屋に入れられる運命は免れない。だが、今この場で謝罪をし、公爵家から出ていくとなれば話は別でしょう。得られる恩恵をすべて捨て去り罪を償えば、きっとここにいる方たちも許してくださる。そう思いませんか?」
とんでもない提案をするエリオットに目を見開いたカトリーナ。
彼女がみたエリオットの口元は、細く赤い三日月のように、暗く鈍く光っているように見えた。
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