婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 みつび

文字の大きさ
38 / 102
第二章 波乱の七日間

三日前➉

しおりを挟む
 すでに満身創痍のエリオットと、殺気を放ち続けているバルト。
 二人はしばらくにらみ合っていった。
 
 すると、そこに横やりをいれたのは信頼できる副官だ。エミリオはどこかおどけた様子で入り口から入ってくる。

「いや、ほんと。慣れてる俺でも魔力が発露してからは意識を保つのがきついってのに。隊長。いい加減やめないと、使用人の方達の精神もやられちゃいますよ?」
「ああ、そうか……。すまないな、みんな」

 エミリオからの指摘に、バルトはふっと力を抜く。
 すると、目の前にいたエリオットは正気を取り戻したのか、腰に差していたナイフを取り出してすかさず距離をとった。そして、横に倒れている使用人に目を向ける。

「もう人質が無意味なことはわかったでしょう? 下手なことをやってると隊長よりも先に、俺がその腕斬り落とすぞ」

 バルトだけではない。
 当然、エミリオも戦場で多くの修羅場をくぐってきたのだ。そして、王国一恐ろしいといわれているバルトの横で戦ってきたエミリオが常人のはずがない。
 するどく飛ばされた殺気に一瞬エリオットは硬直し、恨みがましい視線をエミリオに向けた。

「そうそう。いい心がけだね。賢いやつは嫌いじゃない。下手に命を縮める必要はないからね」

 そういってエミリオは肩を竦めると、ちらりとバルトを一瞥する。
 視線を受けたバルトは、今度は自分の番だとばかりに、ゆっくりとエリオットに歩み寄った。

「エリオット・ゴールトン。幼少のころ、横領が発覚し没落したゴールトン家の長男であり、最近は自ら立ち上げた商会の功績により男爵位を綬爵されたと。そして、そのエリオット・ゴールトンは我がラフォン家の婚約者であるカトリーナ・リクライネンと婚約関係になった。領地ではそんな噂がまことしやかに流れているようだ」
「ふっ、当然です。なぜなら、それらはすべて事実なのですから!」
「そうだな。少なくとも、我が領地ではそのようだ。だが――」

 バルトの横から、書類を取り出したエミリオがその中身を読みはじめる。

「俺の調べによるとね。王都では全く話題になっていないし、知っているものはいなかった。それは他の領地でも同じようでね。不思議に思ってもう少し調べてみると、なんでもゴールトン家の長男は家が没落した後、他国へ亡命。そして、その地で命を落としている。さて……。俺達の目の前にいるエリオット・ゴールトンとは何者だろうか? もちろん、教えてくれるんだよね?」

 エミリオのその指摘に、エリオットは表情をぴくりとも変えずにだんまりだ。
 その様子をみていたエミリオは小さく嘆息しながら頬をかく。

「話してくれると嬉しいんだが……まあ、そういうわけにはいかないだろうね」

 部屋の中には沈黙が訪れる。
 いまだ、バルトを睨み続けているエリオットだが、その視線を受けていたバルトはさきほどよりも眉尻が下がっていた。

「……恨みか?」

 その言葉に、びくりと体を震わせたエリオット。
 それをみてバルトの表情には憐れみがおびた。

「エリオット・ゴールトンの亡命した国はブラエ王国だと聞いた。俺がこの領地を治め戦っていることと、何か関係があるのか? もしそうならすまなかったな……何が起こったか知らないが、誰かの恨みを買う覚悟はできて――」
「ふざけるな!」

 突然ナイフを差し出しバルトにとびかかったエリオットだったが、相手は歴戦の戦士。するりと交わされたたらを踏んでしまう。

「やはり……そうなのか」
「うるさいっ! あいつは! エリオットは本当にいい奴だったんだ! あいつは俺のために命をかけて死んだ! お前にぃ! お前たちに殺されたんだ!」
 
 エリオットはそのまま狂ったようにバルトに斬りかかる。だが、ナイフの切っ先は決してバルトにかすることなく、ただひたすらに空を斬る。

「だからお前も! お前も殺してやる! お前さえいなければ、あいつは死なずにすんだんだ! だから、だからっ!!」

 やはり目の前の男はエリオットではなかった。
 バルトを殺したいがゆえの、復讐の一端だったようだ。
 おそらく、目の前の男にとってカトリーナが婚約者になったのは渡りに船だったのだろう。何かの理由で本当のエリオットがカトリーナの元婚約者であることを知り、それをきっかけにラフォン家に入り込めると判断したのだ。
 
 しばらく叫びながら切りつけていたエリオットは、もう体力の限界なのだろう。肩で息をしながら手を膝についている。だが、その目に宿る憎しみは色あせることはない。
 バルトは、復讐にとらわれた彼をみてようやく重い腰を上げた。

「貴殿が何者かは知らん。だが、その憎しみは俺が直接受ける必要があるものだろう。だが、俺にも守るものがある。失いたくないものがある。お前に足りなかったものが何なのか。その身をもって知るといい」
「なめるなぁ!!!」

 バルトの言葉に、エリオットは激昂した。
 馬鹿にされたのだと思ったのだろうか。手に持っていたナイフをここぞとばかりに振り上げた。
 どこか甲高い嘆きのような咆哮とともに、彼のナイフはバルトの心臓めがけて振り下ろされる。

 そのナイフをじっと見つめていたバルトだが、ここで初めて剣を振りかぶった。
 そして、そのまま横なぎにする。
 何の気なしに振られたその剣は、エリオットのナイフを真っ二つにする。

 そのまま彼を通り過ぎたバルトの後ろでは、全身の力が抜けたようにエリオットが地面に崩れ落ちた。

「お前の恨みは俺が受け止めよう。だが、俺にも守りたいものがある。カトリーナに手を出そうとするやつに、容赦などすると思うな」

 バルトはそういいながら剣を鞘におさめた。
 そして、エミリオを見ながら疑問に思っていたことを問いかけた。

「そういえば、カトリーナはどこに? 安全な場所があったのか?」
「へ? 信号弾をみたから隊長に合流したんでカトリーナ嬢にはあってないですよ」
「嘘だろ!?」

 ここにきて、一番の焦りを見せたバルトは、その場を放ってすぐさま茂みへと走り始めた。
しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。