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第二章 波乱の七日間
三日前➉
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すでに満身創痍のエリオットと、殺気を放ち続けているバルト。
二人はしばらくにらみ合っていった。
すると、そこに横やりをいれたのは信頼できる副官だ。エミリオはどこかおどけた様子で入り口から入ってくる。
「いや、ほんと。慣れてる俺でも魔力が発露してからは意識を保つのがきついってのに。隊長。いい加減やめないと、使用人の方達の精神もやられちゃいますよ?」
「ああ、そうか……。すまないな、みんな」
エミリオからの指摘に、バルトはふっと力を抜く。
すると、目の前にいたエリオットは正気を取り戻したのか、腰に差していたナイフを取り出してすかさず距離をとった。そして、横に倒れている使用人に目を向ける。
「もう人質が無意味なことはわかったでしょう? 下手なことをやってると隊長よりも先に、俺がその腕斬り落とすぞ」
バルトだけではない。
当然、エミリオも戦場で多くの修羅場をくぐってきたのだ。そして、王国一恐ろしいといわれているバルトの横で戦ってきたエミリオが常人のはずがない。
するどく飛ばされた殺気に一瞬エリオットは硬直し、恨みがましい視線をエミリオに向けた。
「そうそう。いい心がけだね。賢いやつは嫌いじゃない。下手に命を縮める必要はないからね」
そういってエミリオは肩を竦めると、ちらりとバルトを一瞥する。
視線を受けたバルトは、今度は自分の番だとばかりに、ゆっくりとエリオットに歩み寄った。
「エリオット・ゴールトン。幼少のころ、横領が発覚し没落したゴールトン家の長男であり、最近は自ら立ち上げた商会の功績により男爵位を綬爵されたと。そして、そのエリオット・ゴールトンは我がラフォン家の婚約者であるカトリーナ・リクライネンと婚約関係になった。領地ではそんな噂がまことしやかに流れているようだ」
「ふっ、当然です。なぜなら、それらはすべて事実なのですから!」
「そうだな。少なくとも、我が領地ではそのようだ。だが――」
バルトの横から、書類を取り出したエミリオがその中身を読みはじめる。
「俺の調べによるとね。王都では全く話題になっていないし、知っているものはいなかった。それは他の領地でも同じようでね。不思議に思ってもう少し調べてみると、なんでもゴールトン家の長男は家が没落した後、他国へ亡命。そして、その地で命を落としている。さて……。俺達の目の前にいるエリオット・ゴールトンとは何者だろうか? もちろん、教えてくれるんだよね?」
エミリオのその指摘に、エリオットは表情をぴくりとも変えずにだんまりだ。
その様子をみていたエミリオは小さく嘆息しながら頬をかく。
「話してくれると嬉しいんだが……まあ、そういうわけにはいかないだろうね」
部屋の中には沈黙が訪れる。
いまだ、バルトを睨み続けているエリオットだが、その視線を受けていたバルトはさきほどよりも眉尻が下がっていた。
「……恨みか?」
その言葉に、びくりと体を震わせたエリオット。
それをみてバルトの表情には憐れみがおびた。
「エリオット・ゴールトンの亡命した国はブラエ王国だと聞いた。俺がこの領地を治め戦っていることと、何か関係があるのか? もしそうならすまなかったな……何が起こったか知らないが、誰かの恨みを買う覚悟はできて――」
「ふざけるな!」
突然ナイフを差し出しバルトにとびかかったエリオットだったが、相手は歴戦の戦士。するりと交わされたたらを踏んでしまう。
「やはり……そうなのか」
「うるさいっ! あいつは! エリオットは本当にいい奴だったんだ! あいつは俺のために命をかけて死んだ! お前にぃ! お前たちに殺されたんだ!」
エリオットはそのまま狂ったようにバルトに斬りかかる。だが、ナイフの切っ先は決してバルトにかすることなく、ただひたすらに空を斬る。
「だからお前も! お前も殺してやる! お前さえいなければ、あいつは死なずにすんだんだ! だから、だからっ!!」
やはり目の前の男はエリオットではなかった。
バルトを殺したいがゆえの、復讐の一端だったようだ。
おそらく、目の前の男にとってカトリーナが婚約者になったのは渡りに船だったのだろう。何かの理由で本当のエリオットがカトリーナの元婚約者であることを知り、それをきっかけにラフォン家に入り込めると判断したのだ。
しばらく叫びながら切りつけていたエリオットは、もう体力の限界なのだろう。肩で息をしながら手を膝についている。だが、その目に宿る憎しみは色あせることはない。
バルトは、復讐にとらわれた彼をみてようやく重い腰を上げた。
「貴殿が何者かは知らん。だが、その憎しみは俺が直接受ける必要があるものだろう。だが、俺にも守るものがある。失いたくないものがある。お前に足りなかったものが何なのか。その身をもって知るといい」
「なめるなぁ!!!」
バルトの言葉に、エリオットは激昂した。
馬鹿にされたのだと思ったのだろうか。手に持っていたナイフをここぞとばかりに振り上げた。
どこか甲高い嘆きのような咆哮とともに、彼のナイフはバルトの心臓めがけて振り下ろされる。
そのナイフをじっと見つめていたバルトだが、ここで初めて剣を振りかぶった。
そして、そのまま横なぎにする。
何の気なしに振られたその剣は、エリオットのナイフを真っ二つにする。
そのまま彼を通り過ぎたバルトの後ろでは、全身の力が抜けたようにエリオットが地面に崩れ落ちた。
「お前の恨みは俺が受け止めよう。だが、俺にも守りたいものがある。カトリーナに手を出そうとするやつに、容赦などすると思うな」
バルトはそういいながら剣を鞘におさめた。
そして、エミリオを見ながら疑問に思っていたことを問いかけた。
「そういえば、カトリーナはどこに? 安全な場所があったのか?」
「へ? 信号弾をみたから隊長に合流したんでカトリーナ嬢にはあってないですよ」
「嘘だろ!?」
ここにきて、一番の焦りを見せたバルトは、その場を放ってすぐさま茂みへと走り始めた。
二人はしばらくにらみ合っていった。
すると、そこに横やりをいれたのは信頼できる副官だ。エミリオはどこかおどけた様子で入り口から入ってくる。
「いや、ほんと。慣れてる俺でも魔力が発露してからは意識を保つのがきついってのに。隊長。いい加減やめないと、使用人の方達の精神もやられちゃいますよ?」
「ああ、そうか……。すまないな、みんな」
エミリオからの指摘に、バルトはふっと力を抜く。
すると、目の前にいたエリオットは正気を取り戻したのか、腰に差していたナイフを取り出してすかさず距離をとった。そして、横に倒れている使用人に目を向ける。
「もう人質が無意味なことはわかったでしょう? 下手なことをやってると隊長よりも先に、俺がその腕斬り落とすぞ」
バルトだけではない。
当然、エミリオも戦場で多くの修羅場をくぐってきたのだ。そして、王国一恐ろしいといわれているバルトの横で戦ってきたエミリオが常人のはずがない。
するどく飛ばされた殺気に一瞬エリオットは硬直し、恨みがましい視線をエミリオに向けた。
「そうそう。いい心がけだね。賢いやつは嫌いじゃない。下手に命を縮める必要はないからね」
そういってエミリオは肩を竦めると、ちらりとバルトを一瞥する。
視線を受けたバルトは、今度は自分の番だとばかりに、ゆっくりとエリオットに歩み寄った。
「エリオット・ゴールトン。幼少のころ、横領が発覚し没落したゴールトン家の長男であり、最近は自ら立ち上げた商会の功績により男爵位を綬爵されたと。そして、そのエリオット・ゴールトンは我がラフォン家の婚約者であるカトリーナ・リクライネンと婚約関係になった。領地ではそんな噂がまことしやかに流れているようだ」
「ふっ、当然です。なぜなら、それらはすべて事実なのですから!」
「そうだな。少なくとも、我が領地ではそのようだ。だが――」
バルトの横から、書類を取り出したエミリオがその中身を読みはじめる。
「俺の調べによるとね。王都では全く話題になっていないし、知っているものはいなかった。それは他の領地でも同じようでね。不思議に思ってもう少し調べてみると、なんでもゴールトン家の長男は家が没落した後、他国へ亡命。そして、その地で命を落としている。さて……。俺達の目の前にいるエリオット・ゴールトンとは何者だろうか? もちろん、教えてくれるんだよね?」
エミリオのその指摘に、エリオットは表情をぴくりとも変えずにだんまりだ。
その様子をみていたエミリオは小さく嘆息しながら頬をかく。
「話してくれると嬉しいんだが……まあ、そういうわけにはいかないだろうね」
部屋の中には沈黙が訪れる。
いまだ、バルトを睨み続けているエリオットだが、その視線を受けていたバルトはさきほどよりも眉尻が下がっていた。
「……恨みか?」
その言葉に、びくりと体を震わせたエリオット。
それをみてバルトの表情には憐れみがおびた。
「エリオット・ゴールトンの亡命した国はブラエ王国だと聞いた。俺がこの領地を治め戦っていることと、何か関係があるのか? もしそうならすまなかったな……何が起こったか知らないが、誰かの恨みを買う覚悟はできて――」
「ふざけるな!」
突然ナイフを差し出しバルトにとびかかったエリオットだったが、相手は歴戦の戦士。するりと交わされたたらを踏んでしまう。
「やはり……そうなのか」
「うるさいっ! あいつは! エリオットは本当にいい奴だったんだ! あいつは俺のために命をかけて死んだ! お前にぃ! お前たちに殺されたんだ!」
エリオットはそのまま狂ったようにバルトに斬りかかる。だが、ナイフの切っ先は決してバルトにかすることなく、ただひたすらに空を斬る。
「だからお前も! お前も殺してやる! お前さえいなければ、あいつは死なずにすんだんだ! だから、だからっ!!」
やはり目の前の男はエリオットではなかった。
バルトを殺したいがゆえの、復讐の一端だったようだ。
おそらく、目の前の男にとってカトリーナが婚約者になったのは渡りに船だったのだろう。何かの理由で本当のエリオットがカトリーナの元婚約者であることを知り、それをきっかけにラフォン家に入り込めると判断したのだ。
しばらく叫びながら切りつけていたエリオットは、もう体力の限界なのだろう。肩で息をしながら手を膝についている。だが、その目に宿る憎しみは色あせることはない。
バルトは、復讐にとらわれた彼をみてようやく重い腰を上げた。
「貴殿が何者かは知らん。だが、その憎しみは俺が直接受ける必要があるものだろう。だが、俺にも守るものがある。失いたくないものがある。お前に足りなかったものが何なのか。その身をもって知るといい」
「なめるなぁ!!!」
バルトの言葉に、エリオットは激昂した。
馬鹿にされたのだと思ったのだろうか。手に持っていたナイフをここぞとばかりに振り上げた。
どこか甲高い嘆きのような咆哮とともに、彼のナイフはバルトの心臓めがけて振り下ろされる。
そのナイフをじっと見つめていたバルトだが、ここで初めて剣を振りかぶった。
そして、そのまま横なぎにする。
何の気なしに振られたその剣は、エリオットのナイフを真っ二つにする。
そのまま彼を通り過ぎたバルトの後ろでは、全身の力が抜けたようにエリオットが地面に崩れ落ちた。
「お前の恨みは俺が受け止めよう。だが、俺にも守りたいものがある。カトリーナに手を出そうとするやつに、容赦などすると思うな」
バルトはそういいながら剣を鞘におさめた。
そして、エミリオを見ながら疑問に思っていたことを問いかけた。
「そういえば、カトリーナはどこに? 安全な場所があったのか?」
「へ? 信号弾をみたから隊長に合流したんでカトリーナ嬢にはあってないですよ」
「嘘だろ!?」
ここにきて、一番の焦りを見せたバルトは、その場を放ってすぐさま茂みへと走り始めた。
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