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第二章 波乱の七日間
三日前⑨
しおりを挟むエリオットは、公爵家の部屋の中でくつろいでいた。
バルトの使用人達が用意したお茶や菓子に舌鼓を打ちつつ、いつバルトやカトリーナが帰ってくるかと心待ちにしていたのだ。
というのも、彼、エリオットは文字通り使用人達を人質に取っている。
昔から持っていた精神操作の魔法を駆使して、皆を操っていたからだ。今、使用人達は自分の命令ならなんでも聞く。死ねといわれれば即座に命を絶つくらいには。
おそらくは、あの二人のことだから使用人を傷つけさせるような真似はしないだろう。
そんな確信とともに、この数日の苦労を振り返っていた。
「ようやくここまできた……あとは、あいつを――」
そう呟きながら拳を握る。
思い出されるのは、バルトの顔だ。
最初から、彼を操れればよかったのだがそれはできなかった。いくら魔法の繋がりを作ろうと思ってもそれは叶わなかった。
そもそも、この魔法は相手の魔力によって抵抗力が変わってくる。
明らかに自分よりも魔力が多いバルトには、自分の魔法が通じなかった。
だが、他のものはそうでもない。
一度強い暗示さえかけてしまえば、その後は魔法の繋がりを経ってもしばらくは魔法が持続する。
使用人全員に魔法をかけるためにここまで時間がかかってしまったが、それがようやく実を結ぶ時がきたのだ。
そう。
彼の恨みを晴らす、その時が。
思わずエリオットは歯を食いしばる。だが、力の入りすぎた自分に気づきすぐさま肩の力を抜いた。
「落ち着け。大丈夫だ。だから、落ち着けばいい」
そう自分に言い聞かせていると、途端に背筋に怖気が走った。
唐突なそれに思わず振り向くと、部屋の入り口にバルトが立っていた。
「何が、大丈夫だって?」
そう問いかけてくるバルトはさも当然という風にその場に立っていた。
エリオットは慌てながらも冷静さを失わない。使用人達に即座に指示を飛ばす。
「そこの二人は自分の喉元にナイフを! あとは全員でバルトを押さえつけなさい!」
言われた通りに動く使用人達に安堵しながらバルトを見た。
すると、そこには普段と変わらないバルトが立っているはずだった。はずだったのだが――。
急に部屋に重くるしい空気が流れる。
その空気はまるで圧縮されたようで息をするのも難しい。
全身の肌が粟立ち、震えが止まらない。歯は食いしばろうにも震えで音を鳴らし、武器を取ろうにも持つことすらままならない。
バルトに視線を向け目が合うと、そこから連想されるのは「死」という一文字のみ。
死、からの絶望を感じたエリオットは思わず意識を手放してしまいそうになる。
現に、周囲の使用人達は皆、バルトの圧力に気を失って倒れていた。
「こ……これが……」
絞り出すように発せられるのはこれが限界だった。
思わずしりもちをついたエリオットだが、目の前のバルトはその圧力のままゆっくり彼に近づいてくる。
震えながら必死で後退るが、すぐに壁に遮られてしまった。
近づいてくる悪魔のようなバルトに、エリオットは恐れをなしていた。
バルトはエリオットの目の前でおもむろに剣を抜く。
その剣は漆黒に染まっており、バルトの異名を際立たせた。
その剣を見たエリオットは突然恨みにその顔を染め、ぎりぎりと食いしばりながら言葉を振り絞る。
「暗黒の騎士め」
「違う、黒獅子だ」
バルトの剣は、エリオットの首筋に添えられ、その役目を待っていた。
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