49 / 102
第二章 波乱の七日間
結婚式当日③
しおりを挟む
鐘が鳴る。
この鐘は、ストラリア王国では一般的な鐘だ。
結婚式が行われるときに街中で鳴らされ、近隣者も見知らぬ人も結ばれる二人のためにそっと祈る。
カトリーナとバルトが結婚する今日この日も、屋敷や近くの街では鐘が鳴らされた。その鐘の音は、舞台裏にいる二人の耳にも届いていた。
「この鐘……」
音に気付いたカトリーナはふと顔を挙げた。
すでにバルトもカトリーナも支度は万全であり、教会からやってきた神父の挨拶が終われば二人も会場に入る予定だ。前世の世界とは違い、この世界では結婚する二人は式が始まってから次の日の朝までずっと二人でいることになっている。二人の門出だからこそ、二人でいる。そうすることで最後の時まで二人のままいられると信じられていた。
今から二人を分かつその時まで一緒にいるだろうバルトを、カトリーナはぼんやりとみつめていた。
バルトは、その視線に気づき目線を下げる。
「どうした」
「なんか不思議だなぁって……」
「不思議?」
カトリーナの言葉の意味が分からず首をかしげるバルトに、彼女は慌てたように取り繕った。
「ううん! 嫌な意味じゃなくてね……私は前の婚約者の時もバルト様の時も、いつだって家のための結婚だったじゃない? でも今は違うの……。私は私のために結婚するんだって。私がずっと一緒にいたい人といるために結婚するんだなって思ったら、さっきの鐘の音が全然現実感がなくなっちゃって。本当、不思議よね」
ぎこちなく笑うカトリーナに、バルトは真剣な表情でこたえた。
「そんなことはない」
「そう?」
「俺も……結婚なんて、国の情勢次第で勝手に決まるもので自分の感情は介在しないと思っていた。だが、今は俺もカトリーナと同じ気持ちだ……。君と一緒にいたい。どんな時も、二人で乗り越えたい。愛する君と、手を取り合って生きていきたい。そんな風に思っている」
「……バルト様」
出会ったときの拒否的な様子とは打って変わったバルトの言葉に、カトリーナは恥ずかしくなって俯いた。
「まあ、君のような普通じゃない妻をもらうことは、普通じゃ体験できないことだからな。きっと面白いと思うのもある」
どこかからかうようにバルトは口角をあげた。それを聞いたカトリーナは抗議の声を挙げる。
「なによ、その言い方! どうせ普通じゃないんだから」
「ああ、そうだな。……俺にとって、世界一特別な人だから――」
そういうと、バルトはそっと唇とカトリーナの額に落とした。
「誰が何と言おうと、手放す気もない。それだけは式の前に伝えておこう」
「バルト様……」
どこかぽっーとした表情のカトリーナはぽつりと言葉をこぼす。
「なんか、似合わない」
「なに!?」
「だって! 最初は殺すとか言われてたのに! 今は、手放さないとか! そのギャップがありすぎて、なんか面白い――」
「わ、笑うな! 俺だって恥ずかしいのに必死で言ってるんだぞ!」
「い、言われたのはうれしいんだけど、ふふっ! なんか面白くて!」
カトリーナは険し顔を浮かべたバルトのよこでケタケタと笑っていた。
その笑っている姿を見ていたバルトも、次第に表情を緩め肩をすくめた。
「本当にしょうがないな、俺の妻は」
「それはそうよ。王国一恐ろしい男の妻なんだから。普通のわけないでしょ?」
「そうだな」
「そうよ」
それきり二人は大笑いをして、外にいる面々を驚かせることになるのは蛇足である。
二人は呼ばれて出ていくと、そこは拍手の海だった。
皆が祝いの言葉をかけてくれ、二人がそれに応えていく。事情ありきの結婚だったにもかかわらず、二人は仲睦まじくとても幸せそうに微笑んでいた。
時間はあっという間に過ぎていき、式辞が終わるとその後は各々自由にふるまう時間が訪れた。
二人はずっとよりそったまま、親しい人たちに挨拶をしては笑い、泣き、感謝した。
そうして終わった結婚式。
その式の中にはたくさんの感情が溢れていた。
新しい生活への喜び。
別れの辛さ。
成長を想う誇らしさと寂しさ。
変化への恐れ。
責任への覚悟。
一人ではない安心感。
一抹の不安。
言葉では言い表せないくらいの感情があっという間に行き来し、過ぎ去り、そして終わりを告げる。
カトリーナは、そんな感情の坩堝の中を、ただ揺らめきながらそれを感じていた。
その充足感こそが幸せというのかもしれないと、ぼんやりと考えながら。
そうして二人は、いつもの生活へと舞い戻ってくる。
特別な時間が一瞬なのではなく、いつもの生活そのものがこれから全部特別になるのだ。
そんな確信を持ちながら、カトリーナは寝室でバルトへ声をかけた。
「ねぇ、バルト様?」
「なんだ?」
「いつか……私たちにも家族ができるのかな?」
そのセリフに噴き出したバルトがむせ込んでいるのをみながら、カトリーナは声をあげて笑っていた。
そうして、波乱の七日間は終わりを告げるのであった。
この鐘は、ストラリア王国では一般的な鐘だ。
結婚式が行われるときに街中で鳴らされ、近隣者も見知らぬ人も結ばれる二人のためにそっと祈る。
カトリーナとバルトが結婚する今日この日も、屋敷や近くの街では鐘が鳴らされた。その鐘の音は、舞台裏にいる二人の耳にも届いていた。
「この鐘……」
音に気付いたカトリーナはふと顔を挙げた。
すでにバルトもカトリーナも支度は万全であり、教会からやってきた神父の挨拶が終われば二人も会場に入る予定だ。前世の世界とは違い、この世界では結婚する二人は式が始まってから次の日の朝までずっと二人でいることになっている。二人の門出だからこそ、二人でいる。そうすることで最後の時まで二人のままいられると信じられていた。
今から二人を分かつその時まで一緒にいるだろうバルトを、カトリーナはぼんやりとみつめていた。
バルトは、その視線に気づき目線を下げる。
「どうした」
「なんか不思議だなぁって……」
「不思議?」
カトリーナの言葉の意味が分からず首をかしげるバルトに、彼女は慌てたように取り繕った。
「ううん! 嫌な意味じゃなくてね……私は前の婚約者の時もバルト様の時も、いつだって家のための結婚だったじゃない? でも今は違うの……。私は私のために結婚するんだって。私がずっと一緒にいたい人といるために結婚するんだなって思ったら、さっきの鐘の音が全然現実感がなくなっちゃって。本当、不思議よね」
ぎこちなく笑うカトリーナに、バルトは真剣な表情でこたえた。
「そんなことはない」
「そう?」
「俺も……結婚なんて、国の情勢次第で勝手に決まるもので自分の感情は介在しないと思っていた。だが、今は俺もカトリーナと同じ気持ちだ……。君と一緒にいたい。どんな時も、二人で乗り越えたい。愛する君と、手を取り合って生きていきたい。そんな風に思っている」
「……バルト様」
出会ったときの拒否的な様子とは打って変わったバルトの言葉に、カトリーナは恥ずかしくなって俯いた。
「まあ、君のような普通じゃない妻をもらうことは、普通じゃ体験できないことだからな。きっと面白いと思うのもある」
どこかからかうようにバルトは口角をあげた。それを聞いたカトリーナは抗議の声を挙げる。
「なによ、その言い方! どうせ普通じゃないんだから」
「ああ、そうだな。……俺にとって、世界一特別な人だから――」
そういうと、バルトはそっと唇とカトリーナの額に落とした。
「誰が何と言おうと、手放す気もない。それだけは式の前に伝えておこう」
「バルト様……」
どこかぽっーとした表情のカトリーナはぽつりと言葉をこぼす。
「なんか、似合わない」
「なに!?」
「だって! 最初は殺すとか言われてたのに! 今は、手放さないとか! そのギャップがありすぎて、なんか面白い――」
「わ、笑うな! 俺だって恥ずかしいのに必死で言ってるんだぞ!」
「い、言われたのはうれしいんだけど、ふふっ! なんか面白くて!」
カトリーナは険し顔を浮かべたバルトのよこでケタケタと笑っていた。
その笑っている姿を見ていたバルトも、次第に表情を緩め肩をすくめた。
「本当にしょうがないな、俺の妻は」
「それはそうよ。王国一恐ろしい男の妻なんだから。普通のわけないでしょ?」
「そうだな」
「そうよ」
それきり二人は大笑いをして、外にいる面々を驚かせることになるのは蛇足である。
二人は呼ばれて出ていくと、そこは拍手の海だった。
皆が祝いの言葉をかけてくれ、二人がそれに応えていく。事情ありきの結婚だったにもかかわらず、二人は仲睦まじくとても幸せそうに微笑んでいた。
時間はあっという間に過ぎていき、式辞が終わるとその後は各々自由にふるまう時間が訪れた。
二人はずっとよりそったまま、親しい人たちに挨拶をしては笑い、泣き、感謝した。
そうして終わった結婚式。
その式の中にはたくさんの感情が溢れていた。
新しい生活への喜び。
別れの辛さ。
成長を想う誇らしさと寂しさ。
変化への恐れ。
責任への覚悟。
一人ではない安心感。
一抹の不安。
言葉では言い表せないくらいの感情があっという間に行き来し、過ぎ去り、そして終わりを告げる。
カトリーナは、そんな感情の坩堝の中を、ただ揺らめきながらそれを感じていた。
その充足感こそが幸せというのかもしれないと、ぼんやりと考えながら。
そうして二人は、いつもの生活へと舞い戻ってくる。
特別な時間が一瞬なのではなく、いつもの生活そのものがこれから全部特別になるのだ。
そんな確信を持ちながら、カトリーナは寝室でバルトへ声をかけた。
「ねぇ、バルト様?」
「なんだ?」
「いつか……私たちにも家族ができるのかな?」
そのセリフに噴き出したバルトがむせ込んでいるのをみながら、カトリーナは声をあげて笑っていた。
そうして、波乱の七日間は終わりを告げるのであった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。