婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 みつび

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第二章 波乱の七日間

結婚式当日③

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 鐘が鳴る。

 この鐘は、ストラリア王国では一般的な鐘だ。
 結婚式が行われるときに街中で鳴らされ、近隣者も見知らぬ人も結ばれる二人のためにそっと祈る。
 カトリーナとバルトが結婚する今日この日も、屋敷や近くの街では鐘が鳴らされた。その鐘の音は、舞台裏にいる二人の耳にも届いていた。

「この鐘……」

 音に気付いたカトリーナはふと顔を挙げた。
 すでにバルトもカトリーナも支度は万全であり、教会からやってきた神父の挨拶が終われば二人も会場に入る予定だ。前世の世界とは違い、この世界では結婚する二人は式が始まってから次の日の朝までずっと二人でいることになっている。二人の門出だからこそ、二人でいる。そうすることで最後の時まで二人のままいられると信じられていた。
 今から二人を分かつその時まで一緒にいるだろうバルトを、カトリーナはぼんやりとみつめていた。
 バルトは、その視線に気づき目線を下げる。

「どうした」
「なんか不思議だなぁって……」
「不思議?」
 
 カトリーナの言葉の意味が分からず首をかしげるバルトに、彼女は慌てたように取り繕った。

「ううん! 嫌な意味じゃなくてね……私は前の婚約者の時もバルト様の時も、いつだって家のための結婚だったじゃない? でも今は違うの……。私は私のために結婚するんだって。私がずっと一緒にいたい人といるために結婚するんだなって思ったら、さっきの鐘の音が全然現実感がなくなっちゃって。本当、不思議よね」

 ぎこちなく笑うカトリーナに、バルトは真剣な表情でこたえた。

「そんなことはない」
「そう?」
「俺も……結婚なんて、国の情勢次第で勝手に決まるもので自分の感情は介在しないと思っていた。だが、今は俺もカトリーナと同じ気持ちだ……。君と一緒にいたい。どんな時も、二人で乗り越えたい。愛する君と、手を取り合って生きていきたい。そんな風に思っている」
「……バルト様」

 出会ったときの拒否的な様子とは打って変わったバルトの言葉に、カトリーナは恥ずかしくなって俯いた。

「まあ、君のような普通じゃない妻をもらうことは、普通じゃ体験できないことだからな。きっと面白いと思うのもある」

 どこかからかうようにバルトは口角をあげた。それを聞いたカトリーナは抗議の声を挙げる。

「なによ、その言い方! どうせ普通じゃないんだから」
「ああ、そうだな。……俺にとって、世界一特別な人だから――」

 そういうと、バルトはそっと唇とカトリーナの額に落とした。

「誰が何と言おうと、手放す気もない。それだけは式の前に伝えておこう」
「バルト様……」

 どこかぽっーとした表情のカトリーナはぽつりと言葉をこぼす。

「なんか、似合わない」
「なに!?」
「だって! 最初は殺すとか言われてたのに! 今は、手放さないとか! そのギャップがありすぎて、なんか面白い――」
「わ、笑うな! 俺だって恥ずかしいのに必死で言ってるんだぞ!」
「い、言われたのはうれしいんだけど、ふふっ! なんか面白くて!」

 カトリーナは険し顔を浮かべたバルトのよこでケタケタと笑っていた。
 その笑っている姿を見ていたバルトも、次第に表情を緩め肩をすくめた。

「本当にしょうがないな、俺の妻は」
「それはそうよ。王国一恐ろしい男の妻なんだから。普通のわけないでしょ?」
「そうだな」
「そうよ」

 それきり二人は大笑いをして、外にいる面々を驚かせることになるのは蛇足である。
 
 二人は呼ばれて出ていくと、そこは拍手の海だった。
 皆が祝いの言葉をかけてくれ、二人がそれに応えていく。事情ありきの結婚だったにもかかわらず、二人は仲睦まじくとても幸せそうに微笑んでいた。
 時間はあっという間に過ぎていき、式辞が終わるとその後は各々自由にふるまう時間が訪れた。
 二人はずっとよりそったまま、親しい人たちに挨拶をしては笑い、泣き、感謝した。

 そうして終わった結婚式。
 その式の中にはたくさんの感情が溢れていた。

 新しい生活への喜び。
 別れの辛さ。
 成長を想う誇らしさと寂しさ。
 変化への恐れ。
 責任への覚悟。
 一人ではない安心感。
 一抹の不安。

 言葉では言い表せないくらいの感情があっという間に行き来し、過ぎ去り、そして終わりを告げる。

 カトリーナは、そんな感情の坩堝の中を、ただ揺らめきながらそれを感じていた。
 その充足感こそが幸せというのかもしれないと、ぼんやりと考えながら。

 そうして二人は、いつもの生活へと舞い戻ってくる。
 特別な時間が一瞬なのではなく、いつもの生活そのものがこれから全部特別になるのだ。
 そんな確信を持ちながら、カトリーナは寝室でバルトへ声をかけた。

「ねぇ、バルト様?」
「なんだ?」
「いつか……私たちにも家族ができるのかな?」

 そのセリフに噴き出したバルトがむせ込んでいるのをみながら、カトリーナは声をあげて笑っていた。

 そうして、波乱の七日間は終わりを告げるのであった。
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