婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 みつび

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第三章 王都攻防編

貴族の戦い③

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 その歪んだ笑みは蛇のようにカトリーナをとらえて離さない。
 あまりに軽い雰囲気からは到底考えられないような迫力。
 カトリーナはごくりと唾を飲み込みながら最善を探った。

「また、ご冗談を。私など、所詮は夫の添え物のような女です。殿下のためにできることなどありません」
「そうか? 俺はあの野郎を知ってるからな。政や内政に才能のあるやつじゃない。戦うしか能のないあいつに、あんなことができるか? いや、できない。なら何がラフォン家をそうさせたか……そりゃ決まってるよな。新しい風である、お前だ。カトリーナ」
「買いかぶりでございます。それよりも……夫がいないのなら私はこれで――」

 そういって立ち上がろうとしたカトリーナの行く手をを阻むように、ヨハンはソファに足をかけた。
 そしてそのままカトリーナの足を払い、ソファへと押し倒す。
 獰猛な獣が覆いかぶさり、カトリーナは瞬時に動きを封じられた。
 護衛が反応する間のない早業。カトリーナは全身から冷や汗が吹きだした。

「カトリーナ様!?」
「殿下、何を!?」

 止めに入ろうとした護衛を、ヨハンは一喝した。

「うるせぇよ!! お前らに俺の行動を止める権利があんのか? あぁ? 一族ごと葬られたくなかったら黙って立ってろ。この女が頷かないのが悪いのさ。だから、既成事実を作るしかないんだろうがよ」

 どこかめんどくさそうに、ヨハンはカトリーナのスカートをたくし上げる。当然、カトリーナは抵抗した。
 いまだ生娘であるカトリーナは、早々簡単に体を許すほど軽くはない。

「ちょ――」

 咄嗟にカトリーナはヨハンの腹を蹴り上げた。
 膝は鳩尾に入り、足の先はまたぐらへ。
 悶絶するヨハンを押しのけると、すかさず彼女は走った。
 こんなにも近いドアがこんなにも遠く感じるとは思わなかった。必死になって手を伸ばし、あと少しでここから出られる。
 だが――。

 彼女の方が乱暴に捕まれ、そして後ろへ倒された。
 苦痛に顔を歪めつつ見上げると、そこには眉を吊り上げたヨハンが立っていた。

「ふざけんじゃねぇぞ……殺す」
「突然、淑女を襲うなど言語道断ではないですか! 何を考えているのですか!?」

 そこでようやく護衛達がカトリーナの前に立ちふさがった。
 それをみて、ヨハンが眉をひそめた。

「あぁ? さっき言ったよな。とりあえず、お前らの一族全員血祭にあげてやる。お前らを殺したら次はそこの女だ。俺をこけにした代償くらいは払ってもらわねぇとな」
「カトリーナ様! お逃げ下さい!」
「あとは、私たちが!」
「でも! そうしたら、あなたたちは!」

 彼らをおもんばかる声をかけると、護衛達はぎこちない笑みを浮かべながらカトリーナを一瞥した。

「いいのです。この身はラフォン家に忠誠を誓った身。ご主人様の奥方様をお守りできずなにが護衛か」
「そうですとも。ここでひいてはご主人様に顔向けができませぬ。さぁ、行ってくださいませ!」
「はは! かっこいいねぇ、お二人さん。まあ、こんな遊びに本気になられても、笑えやしねぇや!」

 そういて抜剣したヨハン。
 そして、そのまま剣を振りかぶると、口角をあげ獰猛な笑みを浮かべた。

「あとで言い訳は考えてやるからよ」

 そう言いながら、護衛めがけて剣を振り下ろした。
 そして部屋に響く甲高い音。
 それは金属同士がぶつかり合う、特有の音だった。

 とっさに目を閉じていたカトリーナ。
 音がしたきり何も起こらないため目を開けると、そこにはさっきまではいなかった大柄な男が立っていた。

「ヨハン殿下。少々、お戯れが過ぎるのではないのですか?」
「バルト様!?」

 そこには、護衛の前におどりでてヨハンの剣を受け止めていたバルトがいた。
 バルトは、一見涼しい顔でヨハンの剣を軽く叩き落すと、自らの剣も鞘に納める。

「貴様……」
「私の愛する妻に何の用があったかわかりませんが、ご迷惑をおかけしたのなら謝罪を……。あとは、ラフォン家の当主である私がうけおいましょう。詳しい話はまた後日。それでは失礼。お前らも、行くぞ」
「はっ、はい!!」
「失礼します」

 驚きで言葉を発せないカトリーナをその胸に抱きかかえると、バルトは颯爽とその部屋から出ていった。
 ドアが閉まる直前、ヨハンの悔しそうな顔がカトリーナの視界の端にうつっていた。
 カトリーナはその視線に寒気を覚え、思わずバルトの胸に顔をうずめた。
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