婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 みつび

文字の大きさ
77 / 102
第三章 王都攻防編

ピンぼけ夫婦の奮闘③

しおりを挟む
 次の日の朝。
 バルトを見送った後、カトリーナはゆっくりと朝食をとっていた。
 本来ならば一緒に食べることが多かったのだが、最近はバルトは朝早くから出かけている。カトリーナと同様にバルトにも思うところがあったようで、疲れているのはかわらないが、その瞳に宿る熱は依然よりもすさまじい。
 そんな夫の情熱を毎夜受け止めながら、愛おしさとともにバルトの背中を見送るのだ。

「それでね。昨日セヴェリーノと話して思いついたことがあるの。皆にも協力してほしいんだけどいいかしら?」

 唐突な切り出しに、プリ―ニオ、ダシャ、リリ、ララは困惑顔を浮かべた。
 セヴェリーノはこの時間、別の仕事をしている。

「あの、奥様。それで何を思いついたんでしょうか? 協力って、いったい何を」

 ララがそう聞くと、カトリーナはどこか自慢げに胸を張る。

「今私がすべきことってなんだかわかる?」
「……いいえ」
「この前、みんなに聞いたことと関係しているんだけど、やっぱり貴族としての力を付けなきゃなって思うの。そうすることで、バルト様を支えることができるし、みんなを守ることもできる」
「そこまではいいのです。それで、結局どういうことなんですか?」
 
 いつも通り、ややつんとした態度のリリの言葉に、カトリーナは頷いた。

「私がやるべきことは人脈を作ること。多くの人にラフォン家を好きになってもらって、協力していく関係を作ること。それがやるべきことで、私でもやれそうなことだと思ったのよ」
「ほぅ……。確かに人の繋がりは大事ですな。それで……とりあえずお茶会でも開きますかな? 信頼できるお方を一人、味方につけることでなんでもやりやすくなるでしょう」
 
 プリ―ニオが助言をするが、カトリーナはその言葉にぽかんとしながら首をかしげる。

「え? どうしてお茶会なんかひらくの?」
「む? あの、カトリーナ様。お言葉ですが、それが一番早いのでは? まずはラフォン家を寄親とする貴族家に声をかけて味方に付いてもらわねば――」
「そうですよ、カトリーナ様。執事長のいうことは正しいです。もしカトリーナ様が人脈を作りたいとお考えであれば有効な手段かと」

 プリ―ニオに続き、ダシャまでもがお茶会を開けと言ってくる。
 そんな状況に、カトリーナは腕を組んで考え込んでしまった。

 お茶会を開くことで、確かに貴族の令嬢とは仲良くなる機会ができるかもしれない。
 そして、それは力となるだろう。
 だが、そんな力を得て何になるのか。
 それで役立つことは、せいぜい貴族の社会で後ろ指を刺されずに、思う通りに女社会を練り歩くことくらいだろうか。
 それとも、それぞれの家に便宜を図りながら、何かの折には融通してもらえるようになることだろうか。
 
 そんなことを考えていたカトリーナは静かに首を振る。
 先日の穏健派で出会った伯爵夫人は確かにそういった力をもった頂点に近い人間ではあるのだろう。だが、彼女の力をもってしても第二王子を失墜させることはできないし、第一王子の立場を確固たるものにすることはできない。 
 ましてや、バルトの立場を支え、バルトの行く道を全力で後押しする力になど到底なりはしない。
 それならばいらないとばかりに、カトリーナは小さく零す。

「……いらないわ」
「えっと、カトリーナ様?」
「いらないのよ。そんな力は。私が欲しい力はそんなものじゃないの。夜会で大きな顔をするための力じゃない。そうね……なんていえばいいのかしら――」
 
 カトリーナは立ち上がり、腕を組みながらうろうろと歩き回る。
 すると、ようやくぴんとくる答えが見つかったのだろう。片手を勢いよくテーブルに叩きつけてにやりと口角をあげた。

「いっそ、バルト様を国王にできるくらいの! そんな力が私は欲しいのよ!」

 突拍子のないその言葉に、プリ―ニオをはじめとした使用人一同は、ぽかんと口を開けるのだった。

 ◆

 そのころバルトは、中央軍にある自分の執務室で仕事をしていた。
 その部屋の中にはエミリオとカルラだけではない。多くの文官達が忙しなく動いていた。

「副隊長! こっちの書類はどうしますか?」
「ああ。それはあっちで処理してもらってくれ。目は通している」
「では、こちらは」
「それは俺が処理をしよう。それより、近衛隊長には通達はいっているか?」
「はい。それは抜かりなく」
「わかった。なら、エミリオは討伐依頼のほうを頼む。この仕事も数日で終わるだろう。そうしたら、動くぞ」
「はい!」

 バルトとエミリオはまずは書類仕事を終わらせるために、金にものを言わせて中央の文官達を期間限定でごっそり雇ったのだった。書類仕事は、自分の分は終わっても次から次へと押し付けられていく。それを終わらせるためには、普通の規模では難しい。
 雇ったその数は十数人。彼らに、昼夜問わず仕事をさせることであっというまにたまっていた仕事は片付いていく。
 そうしてようやく前任から押し付けられた仕事を終わらせると、バルトは向かう。その先は、その前任であった現近衛隊長の部屋だ。彼は普段は自分の部屋で過ごしているのをバルトは知っていた。
 一応の先触れを出しながら、その先触れに追いつくかのようにバルトは颯爽と歩いていた。

 程なくして、バルトは近衛隊長の部屋の前にたどり着く。
 そして、すぐさま扉を開け放った。

「失礼します」

 中には、おそらくは先ぶれを知らせていた文官と、バルトの姿をみて驚いた近衛隊長がいる。
 近衛隊長は驚いてはいたが、すぐに平静を取り戻し問いかけた。

「バルトか。久しぶりだな。急にどうした? 先ぶれと同時に訪問などやや礼儀にかけると言われてもおかしくないぞ?」

 その言葉を聞いて、バルトはおもむろに口を開く。

「近衛隊長。取り急ぎこの勝利を受けとってもらいたく。以前、私に引き継いだ仕事ですが予想以上に費用と時間がかかってしまいまして。ここに来たのは、その費用を払ってもらうおうと思って参りました」
「ん? 引き継いだ仕事ってあれか。まあ、あれは慣例みたいなもんだ。おとなしく受けていろ」

 近衛隊長の言に、バルトは眉をひそめた

「まあ、お聞きください。そしてその前に……これが請求書です」

 目の前の近衛隊長はその内容をみて声をあげる。

「って、とんでもなく多いじゃないか! こんなの俺の稼ぎじゃ払えるはずないだろう!?」
「そうでしょうか? まあ、妥当な金額だと思います」
「馬鹿いってんじゃねぇよ! どこのあの仕事を屋敷を立てるような値段つける馬鹿がいるんだよ!」

 突拍子のない値段に近衛隊長が大声を上げた。
 その瞬間、バルトは近衛隊長が持っていた請求書毎、机に手をたたきつけた。

「何を――」
「もし払えないなら願いを一つ聞いてもらいたい。それは――」

 ――禁断の依頼。それを受けたいんだ。

 バルトの言葉に、近衛隊長は絶句した。
しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。