婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 みつび

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第三章 王都攻防編

ピンぼけ夫婦の奮闘④

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 禁断の依頼。
 それは、古くから冒険者ギルドに張られていた一枚の依頼。
 その依頼は何度も多くの冒険者が挑戦していたが、誰一人として達成したものはいない。
 過去に一度、騎士団の精鋭達で依頼を受けたことがあるのだが、その時は多大な被害を受けて敗走してきたらしい。
 それ以来、その依頼は王国預かりとなり、誰一人として挑戦したものはいない。
 今ではその依頼の存在自体、タブー視され知っているものすら少ない。
 バルトはそれに挑戦したいと言ってきたのだ。

 近衛騎士団長は渋い顔を浮かべてバルトの言葉を聞いている。
 渡された請求書の金額を考えると、この依頼こそバルトの本命だということがわかった。

「お前……知ってんのか? この依頼の内容を」
「ええ。文献は数多く残っています。大まかには」
「じゃあ、何で依頼を受けるんだ?」
「簡単なことです。この依頼を達成すれば、俺は自分の力を示せるし、殿下の力添えにもなる」
「たかだかそんなことのために命をかけると?」
「ああ。俺は戦うことしかできない。だから、いろいろなものを守るためにはこの依頼を受けるべきだと思ったんですよ。それに、この依頼を達成できれば、殿下はいずれ王になる。だとすれば、全く無駄なことではない」

 バルトは近衛騎士団長をまっすぐ見据えながら堂々と告げた。
 目の前の近衛騎士団長は憮然とした表情を浮かべて腕を組んでいた。

「で……、王城や王都の警備体制を決める権限をもつ俺を脅迫しに来たってわけだな」
「そういうことです。それで……どのような返事をいただけるので?」

 近衛騎士団長はぐしゃぐしゃと髪の毛かきむしりながらため息をついた。

「お前はしらねぇんだよ。この依頼の恐ろしさをな」
「文献も読みましたし内容は明らかでは?」
「そんなもんじゃねぇんだ……もし強いだけで潜り抜けられると思ったら大間違いだぞ」

 近衛騎士団長がここまでいうには訳がある。
 この依頼内容は、ある場所に行ってあるものを取ってくること。そのあるものとは王の証。それを手に入れることができれば、真の王になることができると実しやかに伝えられている。
 だが、その王の証を守るのは、この世界で最も気高く強い存在であるエンシェントドラゴンが守っているという。
 バルトはこの依頼に挑戦しようと決意していたのだ。

「全く。お前が中央にきたばっかりだってことで時間はあるんだよな。くそっ。めんどくせぇこと言い出しやがって。こんなんじゃ、仕事おしつけるんじゃなかったぜ」
「そっちのほうが俺にもありがたかったです。しかし、この依頼を達成することは王国の悲願では?」
「まぁ、そうなんだけどよ……」

 煮え切らない近衛騎士団長の様子をしびれを切らしたバルトは、踵を返し出口に向かう。

「じゃあ、あとはよろしくお願いします。俺は、準備を進めておきますから。あ、もしお金を払うなら今日中です。延滞は認めません」
「はぁ!? おい、ちょっとまて! おい、バルト――」

 後ろで近衛騎士団長が叫んでいたが、お構いなしに扉を閉じた。
 おそらくはなんとかしてくれるだろうと楽観的観測の元、バルトは執務室に戻っていく。

 ――これが達成できれば……カトリーナは肩身の狭い思いをせずに済むんだ。

 そのスケールの小さな決意こそ、バルトの原動力になっているということは誰にも想像はつかなかった。

 ◆

 一方カトリーナは、バルトのためになる計画を少しずつ練り上げていた。
 まあ、大まかな構想はあったため、まずは使用人一同にそれを説明することから始めた。

「プリーニオ。さっきお茶会を開くって言ってたけど、それだとどれくらいの人が私の味方になってくれそう?」
「人数……ですか? 難しい質問ですが、穏健派で一番爵位の高いラフォン公爵家夫人という立場ですから……この国の貴族の三分の二はカトリーナ様に協力してくれるでしょう」
「全体の三分の二……。なら、人数的には多くても数百といったところかしら? 味方になってくれるのは当主の方だけではないからね」
「まあおそらくは」

 カトリーナはプリ―ニオの顔を覗き込んで口角をあげる。

「なら……。この国の、いえ、この王都にいる人口でいいわ。何人いるかしってる?」
「王都は……たしか十五万人ほどだったと……」
「市民登録しているものたちはね。おそらくはそれに加えて数万人がいるとおもうわ。つまり、貴族の人を味方に付けたとして、この王都にいる一パーセントにも満たない。私の言いたいことわかるかしら?」

 カトリーナが向ける笑顔に、プリ―ニオは渋い顔をして考え込んでしまった。
 そこに口を挟んだのはダシャだ。

「しかしカトリーナ様。貴族と平民とではもっている力が違うでしょう? 平民の数と貴族の数を比較することに意味があるのですか?」
「そうね。確かにダシャの言っていることは一理あるわ。じゃあ、こっちも質問ね。貴族の力って何から生まれるの? どうして貴族が力を持っているか、考えたことある?」
「え……どうしてって。そんなの、生まれや血が――」
「そんなものが力を持つの? それこそ養子となったバルト様のような方はたくさんいるわ。生まれや血というのなら、バルト様は力がないことになってしまう。どうかしら?」

 今度はダシャが押し黙ってしまう。
 リリとララは既に思考を放棄してぽかんと呆けている。
 カトリーナは小さく息を吐くと、部屋の外――廊下に向かって声をかけた。

「セヴェリーノ? あなたは何か考えがあるかしら?」

 カトリーナが声をかけると、廊下の陰からセヴェリーノが顔をだした。
 別の仕事をしているといっていたが、途中から聞き耳を立てていることに気づいたのだ。カトリーナは気まずそうにうつむいているセヴェリーノに再び質問をする。

「さぁ。セヴェリーノはわかるかしら? 平民と貴族の持つ力の違いについて」

 押し黙るセヴェリーノだが、カトリーナは静かに待った。
 すると、ぽつり、ぽつりと彼は言葉を零し始めた。

「貴族の力……それは、権力だと思います。陛下から授かったその権力は何者にも代えがたい力。それを用いて貴族は領地を運営している」
「そうね。じゃあ、その税を納めるのは誰? 領地が豊かになるには何が必要なの?」
「それは……人です。人が多ければ税は増えます。農地が豊かになり、それは貴族の豊かさにつながります」
「じゃあ……もしその力を与えてくれる平民すべてが自分の味方だとしたら? いえ、すべてじゃなくていい。半分でも心をつかむことができたらそれはどれだけの力になるか想像がつくかしら?」

 カトリーナはなんでもないように告げるが、プリ―ニオをはじめとしてダシャやセヴェリーノも背筋が凍るほどの戦慄を感じていた。

「私は公爵夫人としての力がある。けど、戦場に放り出されれば一瞬で命を失うでしょう。だからこそ、市民の方々の心をつかむ必要があるの。服従ではなく協力を。上下関係ではなく同じ目線である仲間を。私が求めるのは、同志よ。バルト様を支えたいと思う同志をたくさん集めたいの。それはバルト様の支えに必ずなるわ!」

 カトリーナが見つめるのは、一介の貴族が見据える視界ではない。
 それは、その場にいる誰もが感じていた。
 
 多くの人の心をつかみ、皆で誰かを支えたいと思う。
 その規模が大きくなればなるほど、支えられたものは大きな力を得るだろう。
 その力は何人も寄せ付けない力となり、いずれは一つの集合体となる。
 
 人は、その集合体を国と呼び、その頂点に立つ人を王と呼ぶのだ。
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