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第三章 王都攻防編
閑話 聖夜の調べは
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「クリスマスですか? ちょっとわかりません」
ダシャはカトリーナから聞かれた言葉にぴんとこなかったのか、首を傾げて問い返した。
それを聞いて、カトリーナはドヤ顔を浮かべながら人差し指をあげて左右にゆらす。
「ちっちっち。甘いわね、ダシャ。今日は十二月二十五日。それはクリスマスという名の聖なる夜。サンタクロースという名の幸せを届ける使者が皆に喜びを届ける日なのよ!」
「サンタ……クロース? 幸せを届ける?」
「そう……かの者は赤い服を纏い、空を駆け世界を周る。一晩で世界中の人々に幸せを届けるの。夢のある話でしょう?」
「そんな超人、怖くて仕方がないんですが」
「まあ、最近はイブにプレゼントを運ぶのが普通みたいだけど、そこまではこだわらないわ!」
嬉々として語るカトリーナの様子をみて、ダシャはやや引き気味だ。
どうしてか、と思いながらひとまずは屋敷中の人にこのことを伝えなければとカトリーナは走った。
「あ! ダシャ! とにかく御馳走をたくさん用意しておいて! ありったけだからね!」
そういって視界から消えるカトリーナをみながら、ダシャは小さくため息をついた。
「また妙なことを……そんな超人がくるのなら、御馳走は貢物ってことかしら?」
ダシャはどうにもサンタクロースのことがつかめないまま、とりあえず調理場に相談しに行くのだった。
「あ! リリ! ララ! 今日はクリスマスよ! しっかりおしゃれして、皆で楽しみましょう!」
「あ、あの奥様! クリスマスってなんですか!?」
「詳しくはダシャに聞いてほしいんだけど……そうね。サンタクロースっていう人がトナカイにのってやってくるのよ!」
「ト、トナカイニ!?」
「そう! 楽しみにしててね!」
カトリーナは知らなかった。
この世界でトナカイというと、ひどく狂暴な魔獣のことを指すのだと。
リリとララはトナカイに乗っているサンタクロースを想像したのか、さっと顔色が青く染まった。
「リ、リリ、どうしよう!? そんな怖い人がくるってことは避難しておかないとだめなのかな!?」
「だ、大丈夫よ! この屋敷はご主人様が守ってるのよ!? 黒獅子様がいて、お、恐れる事なんてないわ!」
「でも、じゃあどうしてカトリーナ様はあんなことを!? おしゃれってどうして!?」
「きっとあれはサンタクロースに気付かれない暗号よ! おしゃれっていのは避難の準備ってことじゃない?」
「なら、早く支度しないと!」
「急ぐわよ!」
二人の姉妹は、そんなやり取りをしながら自室へと走った。
カトリーナはすでにその場から立ち去った後だった。
「あ! 見つけた!」
「ん? どうしましたかな?」
カトリーナは、プリーニオとセヴェリーノを見つけると駆け足で二人に追いつく。
そして、息を切らしたままクリスマスについて説明していく。
「あのね! クリスマスでね、サンタクロースがきて、それで――」
「カトリーナ様、落ち着いてください。どうしたのですか? 聞きなれない言葉が多いですが」
困惑顔のプリ―ニオに、セヴェリーノが割って入った。
「執事長。少し聞いたことがあります。なんでも、遠方の祭りの一種で――」
セヴェリーノの言葉をきいたカトリーナは、思わず身を乗り出し彼の手を握った。
「まぁ! この世界にもあるのね! そう、そのお祭りよ、クリスマスよ! 知ってるなら話が早いわ! セヴェリーノに準備を任せようかしら! 私はちょっと実家に行ってくるから! 皆で今日はお祭りよ! あ!、サンタクロースはバルト様にやってもらおうかしら! 楽しみだわ!」
そういうと、カトリーナは颯爽とその場から去っていった。
セヴェリーノは、その背中を見送りながら険しい顔で考え込む。
「どうしたんだ、セヴェリーノ。クリスマスの準備と言っていたが、どういうことだ?」
「はい……正直、奥様が何をやろうとしているのかさっぱりで。クリスマスというのは、その地域では狩猟の神に祈る儀式と言われているのですが……そのやり方が特殊で」
「ほぅ……どんなふうにやるのだ?」
「それが、その……」
セヴェリーノが語る祭りの内容を聞いたプリーニオは渋い顔を浮かべて顔を手で覆った。
「バルト様にそんなことをやらせるのか?」
「奥様はそのつもりのようですよ?」
二人の執事の間にはどんよりとした空気が充満した。
準備と言ってもどうすればいいのか、というセヴェリーノの小さなつぶやきを、プリーニオは敢えて聞き流してその場から立ち去ったのだった。
そうして、屋敷の者たちにクリスマスパーティーをやると告げたカトリーナはバルトの部屋に向かう。しかし、バルトは不在であったため、とりあえずは実家に戻ってクリスマスのことを告げることにしたのだった。当然、両親もクリスマスのことは知らなかったが、カトリーナはしっかり説明しタキシードまで着せた。
随分慌てて説明してきてしまったなぁ、と思い返しながら彼女は両親が準備を進めていくのをみて頬を緩ませた。
「楽しみだな、クリスマス。素敵な夜になるといいなぁ」
そんなカトリーナの願望は、そのすぐ後に打ち砕かれることになる。
◆
カトリーナは緑色のドレスに、母親は薄いベージュのドレス、父親はしっかりとしたタキシードを着て公爵家にお邪魔したが、目の前の光景に三人は固まってしまった。
「な……なにこれ」
カトリーナは茫然としていた。
なぜなら、屋敷の雰囲気が明らかに怪しく、自分が思っていた空気感とは違ったからだ。
メイド達は皆が背中に大きな荷物を背負い、今にも夜逃げをしそうな雰囲気である。リリとララと目があったが、なにやらわかっていますという雰囲気で大きく頷き、自信満々に胸を張る。彼女達も、しっかりと荷物を背負い、すぐにで冒険にでかけてしまいそうな雰囲気だ。
ダシャまでも同じような格好をしていて血の気が引いたのか、くらりと身体がふらついた。
何とか近くの壁につかまり、姿勢を正す。
わけがわからないまま視線をずらすと、ダイニングの真ん中にはなにやら生肉が積みあがっていた。
明らかに人間が食べられるようにはできていない。
量と野性味が重視されたその料理と呼んでいいか分からないものを見て、カトリーナはすがるように両親を見た。
「どういうこと……?」
「いや、分からないが、本当に私達はこの格好でいいのかね?」
「すっかり浮いているような気がするんですが」
両親も困り顔だ。
カトリーナはダシャに詰め寄ると、こうなった経緯を問いかけた。
「どういうこと!? どうしてこんな風に――」
「はい。セヴェリーノから聞きました。なんでも地方では、捕まえてきた獣の血肉を体に振りかけ、全身を真っ赤に染めた男が人々に襲い掛かるのだとか。逃げきれたものが祈りをささげ神に祈ると聞きましたので、神への供え物としてふさわしそうなものをご用意しました」
「え? え?」
「それにトナカイが来るんですから! 避難の準備もばっちりです!」
「まあ、奥様にしては指示が早かったと思います」
「ええぇ!?」
驚いているカトリーナの元に、この場を取り仕切ったセヴェリーノが近づいてきて淡々と報告をしていく。
「指示しようとしたらすでに贄の用意ができてるとは、さすがは奥様です。博識ですね。どうですか? イメージ通りでしょうか」
「ええええぇぇぇぇぇぇ!!」
クリスマスの全貌は彼らには全く伝わっていなかった。
どこの世界に、クリスマスに皆が避難準備をして、ダイニングの真ん中には生肉が積み上がるというのか。ショックで茫然とすることしかできなかったカトリーナの元には、最後の禍が降り注いだ。
おもむろに開かれる扉。
軋む音に皆が視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。
その男は、頭の上から絵具でもかぶったように赤く染まっており、滴らせながら部屋に入ってくる。
大きくガタイのいい男は、くぐもった声を突然発する。
「ガ、カトリーナ」
名前を呼ばれたカトリーナは、全身が硬直したように動かなくなり膝も震えだした。
一体なんだというのか。
全身を血で染めたような目の前の男はまっすぐカトリーナの元に向かってくる。
その風貌は怪しさしかなく、発せられる圧力でカトリーナは後ずさり、そして絨毯につまづきしりもちをついてしまう。
そんなカトリーナの元にどんどん近づいてくる男から逃げようと、彼女は咄嗟に走り出した。
「あ! 奥様!?」
「待つんだ、カトリーナ」
ララと父親がカトリーナを引き留めようと声を上げるが、カトリーナは止まらない。
ただ、心の中で叫んでいた。
――バルト様、助けて!
と。
咄嗟に逃げてしまったが大丈夫だろうか。
あのような恐ろしい男が皆に襲い掛かったとしたら。
しかし、とりあえずは狙っているのはカトリーナのようだ。だとしたら、少しでも逃げて時間を稼ぎバルトを待つしかない。
カトリーナはそう決心した。――が、逃げるどころか赤い男は真後ろにひっついて離れない。
「きゃあああぁぁぁぁ!!」
慌てて猛ダッシュするも、全く振り切れないのだ。
「どうして! どうして! どうして! どうして! やばい! どうしよう! バルト様!」
独り言を叫びながら、カトリーナは逃げる。
だが、男は追いかけてくる。
つい癖で庭園まで来てしまったが、その目の前に来たところで腕がつかまれた。
「嫌っ! 離して!」
「ま、まて」
「待たない! どうして、私を狙うのよ! あなたは誰なの!?」
「お、俺だ……」
「俺なんて人知らない! 離してったら……あれ? バルト様?」
カトリーナが顔を上げると、たしかに全身が赤く染まっているが、その奥に見えるのは見慣れたバルトの顔だった。
彼は、赤い顔を歪ませながらカトリーナをじっと見つめている。
「えっと……なにしてるんです?」
「何って……カトリーナが言い出したんだろう? クリスマスをやると」
「でも……なんでそんな恰好を?」
「皆から聞いたんだ。なんでも――」
そこで詳しいことを聞き、自分の説明が全く持って伝わっていなかったことを知ったカトリーナ。彼女は、その場で声高に笑い声をあげた。
「何よ、それ! どこの世界に血みどろの男が人を追いかけ回して、その男は世界を一瞬でかける超人で決して逃げられず、さらには恐ろしいバケモノにのってやってくるっていうのよ! それじゃただの悪夢じゃない!」
「皆の話をまとめるとそうなったんだ……まあ流石に血を浴びるのはどうかと思ったから、これはトマトだが」
「たしかに。いい匂いね」
「こっちはそんないいものじゃないがな」
そこで視線を合わせた二人は、思わず笑い声をあげてしまった。
「ふふっ、本当は皆で楽しく料理を食べてプレゼントを交換したり楽しく歌を歌ったりする日なのに」
「ははっ! これじゃあ、本当に悪夢だな!」
そんなことを言い合いながら、二人は笑いあう。そして地面に寝ころんだ。
外は寒いが、走り回ってすっかり体が熱くなったのだ。地面に熱が逃げ涼しく感じた。
すると、バルトが全身真っ赤なまま立ち上がると、いつものような穏やかさでほほ笑みかけた。
「そういえば、ダシャが言っていた。サンタクロースは幸せを届けるのだったな」
「そうね。でも、今のバルト様に届けられるのは恐怖くらいしかないんじゃないかしら?」
「いってくれる」
バルトは不敵にほほ笑むと、後ろの庭園にカトリーナを誘った。
何事かと思って中を見ると、そこには赤いポインセチアが庭園の中央に丸く並べられていた。
「これって……」
「この時期に出回る珍しい植木だ。あの赤いのは花ではなく葉っぱらしい。今日、知り合いの園芸屋から入荷したと連絡があってな。少し分けてもらったんだ。これを、カトリーナに贈ろうと思う」
「バルト様……」
それは、図らずもクリスマスらしいものだ。
きっとバルトは知らなかったと思うが、急にクリスマスっぽくなった雰囲気に、カトリーナの胸には嬉しさがこみ上げる。
そして、トマトだらけのバルトに飛びつくと、カトリーナは満面の笑みでバルトに話しかけた。
「お、おい! 今おれにくっつくとドレスが――」
「ううん、いいの。……バルト様、ありがとう」
汚れるのも厭わずに抱き着いてくるカトリーナにバルトも思わず目じりを下げた。
「ああ。喜んでもらえて何よりだ」
二人で抱き合っていると、後ろから皆がやってきた。
その表情は、先ほどとは打って変わって楽しそうだ。
「カトリーナ様。事情は子爵卿や子爵夫人に聞き撒いた。そうならそうと早くいってくださいませ。今、料理は作り直している途中です。さっきのお肉は最高級品ですからね。きっとおいしい料理ができますよ」
「カトリーナ様! パーティーですね! 楽しみです!」
「ちょっと、ララ! あなたははしゃぎすぎよ!」
「それはそうと、バルト様。その姿を大旦那様が見たらなんというか……くくっ、きっと喜びますな」
「これって参加は必須ですか?」
皆が口々に言いながら外に出てくる。その後ろからは、カトリーナの両親がサムズアップしていた。
今更ながら、思っていた通りのにぎやかさを取り戻したラフォン家に、カトリーナはついついほほ笑んでしまう。そして、バルトを見つめてお決まりの言葉を教えた。
「バルト様。クリスマスの日はお決まりの挨拶があるんです。一緒にしてみませんか?」
「ああ、そうだな。それで、なんといえばいいんだ?」
「メリークリスマスと言えばいいですよ。せーの、で言いませんか?」
「そうだな、じゃあ、せーの――」
いざ口を開こうとした瞬間、カトリーナはそっとバルトの唇にキスをした。
当然、バルトは固まりトマトよりもさらに赤くなってしまう。
それを見たカトリーナは照れ隠しにほほ笑むと、耳元でそっと言葉を紡いだ。
「メリークリスマスです。バルト様」
そのセリフだけを残して、カトリーナは皆がいるところへ走っていった。バルトは、そのまま茹でトマトになったまま、しばらく固まっていたのだった。
後日、エミリオとカルラはこの日のことを知ってひどく拗ねてしまったのはまた、別の話。
**********************************
こういう時事的な話、やってみたかったんです。
が、忙しい+推敲不足ということで、近々消す予定です。
本編も頑張って更新するので、皆さまよろしくお願いします。
ではでは。
ダシャはカトリーナから聞かれた言葉にぴんとこなかったのか、首を傾げて問い返した。
それを聞いて、カトリーナはドヤ顔を浮かべながら人差し指をあげて左右にゆらす。
「ちっちっち。甘いわね、ダシャ。今日は十二月二十五日。それはクリスマスという名の聖なる夜。サンタクロースという名の幸せを届ける使者が皆に喜びを届ける日なのよ!」
「サンタ……クロース? 幸せを届ける?」
「そう……かの者は赤い服を纏い、空を駆け世界を周る。一晩で世界中の人々に幸せを届けるの。夢のある話でしょう?」
「そんな超人、怖くて仕方がないんですが」
「まあ、最近はイブにプレゼントを運ぶのが普通みたいだけど、そこまではこだわらないわ!」
嬉々として語るカトリーナの様子をみて、ダシャはやや引き気味だ。
どうしてか、と思いながらひとまずは屋敷中の人にこのことを伝えなければとカトリーナは走った。
「あ! ダシャ! とにかく御馳走をたくさん用意しておいて! ありったけだからね!」
そういって視界から消えるカトリーナをみながら、ダシャは小さくため息をついた。
「また妙なことを……そんな超人がくるのなら、御馳走は貢物ってことかしら?」
ダシャはどうにもサンタクロースのことがつかめないまま、とりあえず調理場に相談しに行くのだった。
「あ! リリ! ララ! 今日はクリスマスよ! しっかりおしゃれして、皆で楽しみましょう!」
「あ、あの奥様! クリスマスってなんですか!?」
「詳しくはダシャに聞いてほしいんだけど……そうね。サンタクロースっていう人がトナカイにのってやってくるのよ!」
「ト、トナカイニ!?」
「そう! 楽しみにしててね!」
カトリーナは知らなかった。
この世界でトナカイというと、ひどく狂暴な魔獣のことを指すのだと。
リリとララはトナカイに乗っているサンタクロースを想像したのか、さっと顔色が青く染まった。
「リ、リリ、どうしよう!? そんな怖い人がくるってことは避難しておかないとだめなのかな!?」
「だ、大丈夫よ! この屋敷はご主人様が守ってるのよ!? 黒獅子様がいて、お、恐れる事なんてないわ!」
「でも、じゃあどうしてカトリーナ様はあんなことを!? おしゃれってどうして!?」
「きっとあれはサンタクロースに気付かれない暗号よ! おしゃれっていのは避難の準備ってことじゃない?」
「なら、早く支度しないと!」
「急ぐわよ!」
二人の姉妹は、そんなやり取りをしながら自室へと走った。
カトリーナはすでにその場から立ち去った後だった。
「あ! 見つけた!」
「ん? どうしましたかな?」
カトリーナは、プリーニオとセヴェリーノを見つけると駆け足で二人に追いつく。
そして、息を切らしたままクリスマスについて説明していく。
「あのね! クリスマスでね、サンタクロースがきて、それで――」
「カトリーナ様、落ち着いてください。どうしたのですか? 聞きなれない言葉が多いですが」
困惑顔のプリ―ニオに、セヴェリーノが割って入った。
「執事長。少し聞いたことがあります。なんでも、遠方の祭りの一種で――」
セヴェリーノの言葉をきいたカトリーナは、思わず身を乗り出し彼の手を握った。
「まぁ! この世界にもあるのね! そう、そのお祭りよ、クリスマスよ! 知ってるなら話が早いわ! セヴェリーノに準備を任せようかしら! 私はちょっと実家に行ってくるから! 皆で今日はお祭りよ! あ!、サンタクロースはバルト様にやってもらおうかしら! 楽しみだわ!」
そういうと、カトリーナは颯爽とその場から去っていった。
セヴェリーノは、その背中を見送りながら険しい顔で考え込む。
「どうしたんだ、セヴェリーノ。クリスマスの準備と言っていたが、どういうことだ?」
「はい……正直、奥様が何をやろうとしているのかさっぱりで。クリスマスというのは、その地域では狩猟の神に祈る儀式と言われているのですが……そのやり方が特殊で」
「ほぅ……どんなふうにやるのだ?」
「それが、その……」
セヴェリーノが語る祭りの内容を聞いたプリーニオは渋い顔を浮かべて顔を手で覆った。
「バルト様にそんなことをやらせるのか?」
「奥様はそのつもりのようですよ?」
二人の執事の間にはどんよりとした空気が充満した。
準備と言ってもどうすればいいのか、というセヴェリーノの小さなつぶやきを、プリーニオは敢えて聞き流してその場から立ち去ったのだった。
そうして、屋敷の者たちにクリスマスパーティーをやると告げたカトリーナはバルトの部屋に向かう。しかし、バルトは不在であったため、とりあえずは実家に戻ってクリスマスのことを告げることにしたのだった。当然、両親もクリスマスのことは知らなかったが、カトリーナはしっかり説明しタキシードまで着せた。
随分慌てて説明してきてしまったなぁ、と思い返しながら彼女は両親が準備を進めていくのをみて頬を緩ませた。
「楽しみだな、クリスマス。素敵な夜になるといいなぁ」
そんなカトリーナの願望は、そのすぐ後に打ち砕かれることになる。
◆
カトリーナは緑色のドレスに、母親は薄いベージュのドレス、父親はしっかりとしたタキシードを着て公爵家にお邪魔したが、目の前の光景に三人は固まってしまった。
「な……なにこれ」
カトリーナは茫然としていた。
なぜなら、屋敷の雰囲気が明らかに怪しく、自分が思っていた空気感とは違ったからだ。
メイド達は皆が背中に大きな荷物を背負い、今にも夜逃げをしそうな雰囲気である。リリとララと目があったが、なにやらわかっていますという雰囲気で大きく頷き、自信満々に胸を張る。彼女達も、しっかりと荷物を背負い、すぐにで冒険にでかけてしまいそうな雰囲気だ。
ダシャまでも同じような格好をしていて血の気が引いたのか、くらりと身体がふらついた。
何とか近くの壁につかまり、姿勢を正す。
わけがわからないまま視線をずらすと、ダイニングの真ん中にはなにやら生肉が積みあがっていた。
明らかに人間が食べられるようにはできていない。
量と野性味が重視されたその料理と呼んでいいか分からないものを見て、カトリーナはすがるように両親を見た。
「どういうこと……?」
「いや、分からないが、本当に私達はこの格好でいいのかね?」
「すっかり浮いているような気がするんですが」
両親も困り顔だ。
カトリーナはダシャに詰め寄ると、こうなった経緯を問いかけた。
「どういうこと!? どうしてこんな風に――」
「はい。セヴェリーノから聞きました。なんでも地方では、捕まえてきた獣の血肉を体に振りかけ、全身を真っ赤に染めた男が人々に襲い掛かるのだとか。逃げきれたものが祈りをささげ神に祈ると聞きましたので、神への供え物としてふさわしそうなものをご用意しました」
「え? え?」
「それにトナカイが来るんですから! 避難の準備もばっちりです!」
「まあ、奥様にしては指示が早かったと思います」
「ええぇ!?」
驚いているカトリーナの元に、この場を取り仕切ったセヴェリーノが近づいてきて淡々と報告をしていく。
「指示しようとしたらすでに贄の用意ができてるとは、さすがは奥様です。博識ですね。どうですか? イメージ通りでしょうか」
「ええええぇぇぇぇぇぇ!!」
クリスマスの全貌は彼らには全く伝わっていなかった。
どこの世界に、クリスマスに皆が避難準備をして、ダイニングの真ん中には生肉が積み上がるというのか。ショックで茫然とすることしかできなかったカトリーナの元には、最後の禍が降り注いだ。
おもむろに開かれる扉。
軋む音に皆が視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。
その男は、頭の上から絵具でもかぶったように赤く染まっており、滴らせながら部屋に入ってくる。
大きくガタイのいい男は、くぐもった声を突然発する。
「ガ、カトリーナ」
名前を呼ばれたカトリーナは、全身が硬直したように動かなくなり膝も震えだした。
一体なんだというのか。
全身を血で染めたような目の前の男はまっすぐカトリーナの元に向かってくる。
その風貌は怪しさしかなく、発せられる圧力でカトリーナは後ずさり、そして絨毯につまづきしりもちをついてしまう。
そんなカトリーナの元にどんどん近づいてくる男から逃げようと、彼女は咄嗟に走り出した。
「あ! 奥様!?」
「待つんだ、カトリーナ」
ララと父親がカトリーナを引き留めようと声を上げるが、カトリーナは止まらない。
ただ、心の中で叫んでいた。
――バルト様、助けて!
と。
咄嗟に逃げてしまったが大丈夫だろうか。
あのような恐ろしい男が皆に襲い掛かったとしたら。
しかし、とりあえずは狙っているのはカトリーナのようだ。だとしたら、少しでも逃げて時間を稼ぎバルトを待つしかない。
カトリーナはそう決心した。――が、逃げるどころか赤い男は真後ろにひっついて離れない。
「きゃあああぁぁぁぁ!!」
慌てて猛ダッシュするも、全く振り切れないのだ。
「どうして! どうして! どうして! どうして! やばい! どうしよう! バルト様!」
独り言を叫びながら、カトリーナは逃げる。
だが、男は追いかけてくる。
つい癖で庭園まで来てしまったが、その目の前に来たところで腕がつかまれた。
「嫌っ! 離して!」
「ま、まて」
「待たない! どうして、私を狙うのよ! あなたは誰なの!?」
「お、俺だ……」
「俺なんて人知らない! 離してったら……あれ? バルト様?」
カトリーナが顔を上げると、たしかに全身が赤く染まっているが、その奥に見えるのは見慣れたバルトの顔だった。
彼は、赤い顔を歪ませながらカトリーナをじっと見つめている。
「えっと……なにしてるんです?」
「何って……カトリーナが言い出したんだろう? クリスマスをやると」
「でも……なんでそんな恰好を?」
「皆から聞いたんだ。なんでも――」
そこで詳しいことを聞き、自分の説明が全く持って伝わっていなかったことを知ったカトリーナ。彼女は、その場で声高に笑い声をあげた。
「何よ、それ! どこの世界に血みどろの男が人を追いかけ回して、その男は世界を一瞬でかける超人で決して逃げられず、さらには恐ろしいバケモノにのってやってくるっていうのよ! それじゃただの悪夢じゃない!」
「皆の話をまとめるとそうなったんだ……まあ流石に血を浴びるのはどうかと思ったから、これはトマトだが」
「たしかに。いい匂いね」
「こっちはそんないいものじゃないがな」
そこで視線を合わせた二人は、思わず笑い声をあげてしまった。
「ふふっ、本当は皆で楽しく料理を食べてプレゼントを交換したり楽しく歌を歌ったりする日なのに」
「ははっ! これじゃあ、本当に悪夢だな!」
そんなことを言い合いながら、二人は笑いあう。そして地面に寝ころんだ。
外は寒いが、走り回ってすっかり体が熱くなったのだ。地面に熱が逃げ涼しく感じた。
すると、バルトが全身真っ赤なまま立ち上がると、いつものような穏やかさでほほ笑みかけた。
「そういえば、ダシャが言っていた。サンタクロースは幸せを届けるのだったな」
「そうね。でも、今のバルト様に届けられるのは恐怖くらいしかないんじゃないかしら?」
「いってくれる」
バルトは不敵にほほ笑むと、後ろの庭園にカトリーナを誘った。
何事かと思って中を見ると、そこには赤いポインセチアが庭園の中央に丸く並べられていた。
「これって……」
「この時期に出回る珍しい植木だ。あの赤いのは花ではなく葉っぱらしい。今日、知り合いの園芸屋から入荷したと連絡があってな。少し分けてもらったんだ。これを、カトリーナに贈ろうと思う」
「バルト様……」
それは、図らずもクリスマスらしいものだ。
きっとバルトは知らなかったと思うが、急にクリスマスっぽくなった雰囲気に、カトリーナの胸には嬉しさがこみ上げる。
そして、トマトだらけのバルトに飛びつくと、カトリーナは満面の笑みでバルトに話しかけた。
「お、おい! 今おれにくっつくとドレスが――」
「ううん、いいの。……バルト様、ありがとう」
汚れるのも厭わずに抱き着いてくるカトリーナにバルトも思わず目じりを下げた。
「ああ。喜んでもらえて何よりだ」
二人で抱き合っていると、後ろから皆がやってきた。
その表情は、先ほどとは打って変わって楽しそうだ。
「カトリーナ様。事情は子爵卿や子爵夫人に聞き撒いた。そうならそうと早くいってくださいませ。今、料理は作り直している途中です。さっきのお肉は最高級品ですからね。きっとおいしい料理ができますよ」
「カトリーナ様! パーティーですね! 楽しみです!」
「ちょっと、ララ! あなたははしゃぎすぎよ!」
「それはそうと、バルト様。その姿を大旦那様が見たらなんというか……くくっ、きっと喜びますな」
「これって参加は必須ですか?」
皆が口々に言いながら外に出てくる。その後ろからは、カトリーナの両親がサムズアップしていた。
今更ながら、思っていた通りのにぎやかさを取り戻したラフォン家に、カトリーナはついついほほ笑んでしまう。そして、バルトを見つめてお決まりの言葉を教えた。
「バルト様。クリスマスの日はお決まりの挨拶があるんです。一緒にしてみませんか?」
「ああ、そうだな。それで、なんといえばいいんだ?」
「メリークリスマスと言えばいいですよ。せーの、で言いませんか?」
「そうだな、じゃあ、せーの――」
いざ口を開こうとした瞬間、カトリーナはそっとバルトの唇にキスをした。
当然、バルトは固まりトマトよりもさらに赤くなってしまう。
それを見たカトリーナは照れ隠しにほほ笑むと、耳元でそっと言葉を紡いだ。
「メリークリスマスです。バルト様」
そのセリフだけを残して、カトリーナは皆がいるところへ走っていった。バルトは、そのまま茹でトマトになったまま、しばらく固まっていたのだった。
後日、エミリオとカルラはこの日のことを知ってひどく拗ねてしまったのはまた、別の話。
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こういう時事的な話、やってみたかったんです。
が、忙しい+推敲不足ということで、近々消す予定です。
本編も頑張って更新するので、皆さまよろしくお願いします。
ではでは。
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公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
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