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第三章 王都攻防編
ピンぼけ夫婦の奮闘⑤
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最近、バルトは騎士団の宿舎に泊まることが多くなった。
なにやら、一気に事務仕事を片付けようとしているようだ。少し寂しいけれど、バルトがやりたいことはしっかりと応援したい。
そのためにも、カトリーナは計画していることを実現したいと思っていた。
「バルト様も頑張っているのだから、私も頑張らないとね!」
朝からちゃきちゃきと畑仕事や庭園の世話を終えると、何やら書斎に行き書類を調べ始めた。
リリはそんなカトリーナの様子を見て腕を組んで首を傾げる。
「それで、奥様は一体なにをやっているのですか?」
いつもは仏頂面のリリも、普段と違うカトリーナの様子に興味津々なのだろう。珍しく質問が飛んできた。
「今わね、この王都にいる人たちの統計を見ているのよ」
「統計?」
「ええ。この王都にはどれだけの人が住んでいるのか、男の人はどれくらいで、女の人はどれくらいか。働いている人は、子供は、商人は、冒険者は、農民は……今はどんな人がどれだけ住んでいて、どんな暮らしをしているの調べているのよ」
「そんなものを調べて一体なにを――」
一緒に書類を覗き込んでいるリリをみて、カトリーナはほほ笑んだ。
「まずは私がいろんな人のことを知らないと、私のことも好きになってもらえないでしょ? だから、私はリリやララのことを知りたいなって思ってるし、私のことももっと知ってほしいな」
「っ――」
カトリーナがそういうと、リリは頬を赤らめて顔を逸らした。
そして、少しだけぶっきらぼうにつぶやいた。
「別に……奥様のことを嫌いなわけじゃないですから」
「ふふ。なら、もっと好きになってもらえるようにがんばらないとね」
「なっ!? 別に、好きだなんて言ってないんだから!」
今度こそ顔を真っ赤にしたリリを見て、カトリーナは声を出して笑った。
「はいはい、そうね。なら、なんとしてもこれを成功させて大好きになってもらおうかな」
「だから私は――」
一瞬、感情が高ぶったのか大声を上げたがすぐに落ち着きを取り戻し、そっと言葉を紡いだ。
「……すいません。けど、私は、別に奥様がすごいことをしなくてもいいと思っています」
急な雰囲気の変化に、カトリーナも茶化すのをやめてじっと聞いていた。
「奥様は、ご主人様のことをお金目当てなんかじゃなくてちゃんと好きだってわかりましたから……それだけで、もう大丈夫なんです」
「そうね……王都での私の評判は今でもあんまりみたいだし」
「それも、きっと奥様のことを知ってもらえれば――って、あ!?」
何かに気づいたリリは顔を勢いよくあげて、カトリーナをみる。その表情は、先ほどとは違う熱気に染まっていた。
「そういうこと! 私達貴族も平民の人達も同じ人間なの。だから、私とリリみたいにきっとわかりあえるのよ」
「はい!」
「そこで! 実は、リリとララには頼みたいことがあってね?」
そう言ってカトリーナはリリに耳打ちをする。
それを聞いたリリは先ほどまでとは違うやる気に満ちた表情を浮かべながら、カトリーナと一緒に資料を読んでいくのだった。
◆
その日の午後。
カトリーナは、セヴェリーノを自室へと呼び出した。そこにはダシャとプリ―ニオがおり、やや重い雰囲気であった。
セヴェリーノは中の様子をみて、眉をひそめている。
「皆さまお揃いで一体なんのつもりですか?」
その声色は固い。
カトリーナはそんなセヴェリーノを見据えながら口を開いた。
「ごめんね、仕事中に。どうしても確かめたいことがあったの。実は、あなたのことを調べたわ。デュランデ家で雇われていたと聞いたけど元は孤児だったようね」
そうカトリーナが言った瞬間、セヴェリーノから漏れ出る雰囲気は剣呑さが増した。
まるで刃物のような視線をカトリーナに向けて両手を強く握りしめている。
そのまましばらく互いに黙ったまま視線を合わせていたが、しびれを切らしたのかセヴェリーノが口を開いた。
「それで……何を言いたいのですか?」
セヴェリーノの問いかけにカトリーナは首を横に振った。
「言ったでしょ? 確認だって。でも、あなたの様子には少し驚いたわ。自分が孤児出身だということがそんなに嫌?」
カトリーナの問いかけに、セヴェリーノは今度こそ表情に怒りを露わにした。
「嫌なのは奥様のほうでは?」
「どうしてそう思うの?」
「当たり前ではないですか……孤児院の子供などただの使い捨ての道具同然です。私は運よく取り立ててもらえましたが、そうじゃない子供は多い。常に見下され、慰み者され、それでも耐えて生きていくしかできないっ――。どうせ疎んじているのでしょう? 孤児だった私を」
カトリーナは立ち上がる。
そして、ゆっくりセヴェリーノに近づいていった。
彼女の手がセヴェリーノの頭上に来た時、彼は体を縮こませて目をつぶった。
そんな怯える彼を、カトリーナはそっと抱きしめる。
優しく、そして強く。
「私はね。食べ物がなくても食べられない飢えをしっているわ。そのあたりに生えている雑草をどうにか食べようと試行錯誤したこともある。綺麗な服にあこがれていたし、楽しいおもちゃをみてほしいってずっと思ってた」
「奥様……」
「今はバルト様と出会えて幸せだけど、私はそんな思いをする人が少なくなってほしいって思ってるの。もちろん、全員は助け出せないかもしれない。けれど、いつかその状況から抜け出せるかもしれないっていう希望だけは持たせてあげたい。だからね、セヴェリーノ」
――そのためにはあなたが必要なの。孤児だったあなたの力が。
カトリーナがそっとセヴェリーノを体から離すと、彼は心底驚いたのか目をぱっちりを見開いている。
その様子がおかしくなり笑みをこぼしながらカトリーナは続けた。
「私は、あなたが必要なのよ。だからね、一緒にスラム街へ行きましょう」
「え? ……スラム街に?」
「そう! まずは作らないと! ラフォン家主催のお祭り実行委員会をね!」
自信満々にカトリーナはそういうと、セヴェリーノはもちろん、後ろに控えていたダシャもプリ―ニオも一斉に首をかしげたのだった。
なにやら、一気に事務仕事を片付けようとしているようだ。少し寂しいけれど、バルトがやりたいことはしっかりと応援したい。
そのためにも、カトリーナは計画していることを実現したいと思っていた。
「バルト様も頑張っているのだから、私も頑張らないとね!」
朝からちゃきちゃきと畑仕事や庭園の世話を終えると、何やら書斎に行き書類を調べ始めた。
リリはそんなカトリーナの様子を見て腕を組んで首を傾げる。
「それで、奥様は一体なにをやっているのですか?」
いつもは仏頂面のリリも、普段と違うカトリーナの様子に興味津々なのだろう。珍しく質問が飛んできた。
「今わね、この王都にいる人たちの統計を見ているのよ」
「統計?」
「ええ。この王都にはどれだけの人が住んでいるのか、男の人はどれくらいで、女の人はどれくらいか。働いている人は、子供は、商人は、冒険者は、農民は……今はどんな人がどれだけ住んでいて、どんな暮らしをしているの調べているのよ」
「そんなものを調べて一体なにを――」
一緒に書類を覗き込んでいるリリをみて、カトリーナはほほ笑んだ。
「まずは私がいろんな人のことを知らないと、私のことも好きになってもらえないでしょ? だから、私はリリやララのことを知りたいなって思ってるし、私のことももっと知ってほしいな」
「っ――」
カトリーナがそういうと、リリは頬を赤らめて顔を逸らした。
そして、少しだけぶっきらぼうにつぶやいた。
「別に……奥様のことを嫌いなわけじゃないですから」
「ふふ。なら、もっと好きになってもらえるようにがんばらないとね」
「なっ!? 別に、好きだなんて言ってないんだから!」
今度こそ顔を真っ赤にしたリリを見て、カトリーナは声を出して笑った。
「はいはい、そうね。なら、なんとしてもこれを成功させて大好きになってもらおうかな」
「だから私は――」
一瞬、感情が高ぶったのか大声を上げたがすぐに落ち着きを取り戻し、そっと言葉を紡いだ。
「……すいません。けど、私は、別に奥様がすごいことをしなくてもいいと思っています」
急な雰囲気の変化に、カトリーナも茶化すのをやめてじっと聞いていた。
「奥様は、ご主人様のことをお金目当てなんかじゃなくてちゃんと好きだってわかりましたから……それだけで、もう大丈夫なんです」
「そうね……王都での私の評判は今でもあんまりみたいだし」
「それも、きっと奥様のことを知ってもらえれば――って、あ!?」
何かに気づいたリリは顔を勢いよくあげて、カトリーナをみる。その表情は、先ほどとは違う熱気に染まっていた。
「そういうこと! 私達貴族も平民の人達も同じ人間なの。だから、私とリリみたいにきっとわかりあえるのよ」
「はい!」
「そこで! 実は、リリとララには頼みたいことがあってね?」
そう言ってカトリーナはリリに耳打ちをする。
それを聞いたリリは先ほどまでとは違うやる気に満ちた表情を浮かべながら、カトリーナと一緒に資料を読んでいくのだった。
◆
その日の午後。
カトリーナは、セヴェリーノを自室へと呼び出した。そこにはダシャとプリ―ニオがおり、やや重い雰囲気であった。
セヴェリーノは中の様子をみて、眉をひそめている。
「皆さまお揃いで一体なんのつもりですか?」
その声色は固い。
カトリーナはそんなセヴェリーノを見据えながら口を開いた。
「ごめんね、仕事中に。どうしても確かめたいことがあったの。実は、あなたのことを調べたわ。デュランデ家で雇われていたと聞いたけど元は孤児だったようね」
そうカトリーナが言った瞬間、セヴェリーノから漏れ出る雰囲気は剣呑さが増した。
まるで刃物のような視線をカトリーナに向けて両手を強く握りしめている。
そのまましばらく互いに黙ったまま視線を合わせていたが、しびれを切らしたのかセヴェリーノが口を開いた。
「それで……何を言いたいのですか?」
セヴェリーノの問いかけにカトリーナは首を横に振った。
「言ったでしょ? 確認だって。でも、あなたの様子には少し驚いたわ。自分が孤児出身だということがそんなに嫌?」
カトリーナの問いかけに、セヴェリーノは今度こそ表情に怒りを露わにした。
「嫌なのは奥様のほうでは?」
「どうしてそう思うの?」
「当たり前ではないですか……孤児院の子供などただの使い捨ての道具同然です。私は運よく取り立ててもらえましたが、そうじゃない子供は多い。常に見下され、慰み者され、それでも耐えて生きていくしかできないっ――。どうせ疎んじているのでしょう? 孤児だった私を」
カトリーナは立ち上がる。
そして、ゆっくりセヴェリーノに近づいていった。
彼女の手がセヴェリーノの頭上に来た時、彼は体を縮こませて目をつぶった。
そんな怯える彼を、カトリーナはそっと抱きしめる。
優しく、そして強く。
「私はね。食べ物がなくても食べられない飢えをしっているわ。そのあたりに生えている雑草をどうにか食べようと試行錯誤したこともある。綺麗な服にあこがれていたし、楽しいおもちゃをみてほしいってずっと思ってた」
「奥様……」
「今はバルト様と出会えて幸せだけど、私はそんな思いをする人が少なくなってほしいって思ってるの。もちろん、全員は助け出せないかもしれない。けれど、いつかその状況から抜け出せるかもしれないっていう希望だけは持たせてあげたい。だからね、セヴェリーノ」
――そのためにはあなたが必要なの。孤児だったあなたの力が。
カトリーナがそっとセヴェリーノを体から離すと、彼は心底驚いたのか目をぱっちりを見開いている。
その様子がおかしくなり笑みをこぼしながらカトリーナは続けた。
「私は、あなたが必要なのよ。だからね、一緒にスラム街へ行きましょう」
「え? ……スラム街に?」
「そう! まずは作らないと! ラフォン家主催のお祭り実行委員会をね!」
自信満々にカトリーナはそういうと、セヴェリーノはもちろん、後ろに控えていたダシャもプリ―ニオも一斉に首をかしげたのだった。
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