婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 みつび

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1巻

1-2

「一体何があった!?」
「一体何があったの!?」

 サーフェに指摘されたくらいだから傍目はためにもわかる変化だと思っていたが、両親は今まで大して気にしていなかったらしい。
 二人の表情が面白くて、カトリーナは思わず笑ってしまう。
 しかしまさか『前世の記憶を取り戻したの』と言うわけにもいかない。冷や汗をかきつつ、彼女は誤魔化すように微笑んだ。

「内緒です」

 とはいえ両親も一度気になったからには、簡単に納得しない。突然向けられた探るような視線に、カトリーナは居心地が悪くなった。
 誤魔化すのも面倒になり、素早く立ち上がる。

「あ、あら。もうこんな時間。そろそろ休むことにいたしますわ。おやすみなさい、お父様、お母様」
「待ちなさい、カトリーナ」

 父親が呼び止めるが、カトリーナはそそくさと扉に向かう。

「おやすみなさいませ!」

 居間を出ると、素早く自室に戻った。
 今日は両親といろいろと話せて楽しかった。家族のきずなが深まった気がする。
 しかし、両親を悲しませたことはどうしようもなく申し訳ないし、心が痛い。

(サーフェ様……何度考えても、最低な男ね。せめてちゃんと話をしてくれたらよかったのに、あんな風に一方的に責めて、私たちの気持ちをないがしろにするなんて……絶対に許せない)

 もちろん、彼に復讐ふくしゅうしようなどということは、まったく考えていない。零細貴族令嬢のカトリーナにできることはないのだ。
 けれど、その胸の内に『サーフェ許すまじ』という小さな決意が宿やどったのは、確かだった。


     ◆


「ばあや。お野菜持ってきたけど、ここでいいかしら?」
「ありがとうございますね、お嬢様。もう大丈夫でございますよ。後は、ばあやがやっておきますから」

 王城の夜会から数日経ったある日の昼下がり、カトリーナは屋敷の厨房ちゅうぼうで、唯一の使用人であるばあやの手伝いをしていた。
 本来ならば貴族令嬢がやるような仕事ではないが、ばあやには小遣い程度の給料しか払えていない。彼女はほとんど厚意でつかえてくれているのだ。手は足りていないけれど、これ以上使用人を増やすことなどできない。
 必要があれば、お嬢様だって働くのである。

「いいのよ。どうせ私は暇だから。この野菜は、いておけばいいかしら?」
「あらあら。野菜の皮剥かわむきなんて今までなさったことがないでしょう? できるのですか?」
「任せて! 野菜の皮剥かわむきくらいできなくちゃね!」
「ふふっ、急にお転婆てんばになられたのですね、お嬢様は。お願いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん!」

 前のめりに申し出たものの、子爵令嬢カトリーナは、野菜の皮剥かわむきなどやったことがない。包丁を使うのが怖くて、できなかったのだ。
 しかし今の彼女は、前世の記憶を持っている。前世では自炊をしていたし、レストランのキッチンでアルバイトをしたこともあった。
 カトリーナは前世の感覚を頼りに、野菜の皮を次々といていく。
 その手さばきに、ばあやは目を見開いた。

「おやおやおや。いつの間にお嬢様はメイド教育を受けたのですか?」
「えっと、急に才能が目覚めることもあるものよ? さ、早くやってしまいましょう?」

 少なくとも前世の記憶が戻る前にはできなかったことだ。それが今や、セミプロみである。前世の知識と経験おそるべし。

「でも、こんな時に魔法でも使えたら便利なのにな」

 カトリーナはつぶやきながら目をつぶった。
 魔法。それは、魔力というエネルギーを媒介にして発生させる、摩訶まか不思議な現象のことだ。
 この世界の人間は、ほとんどの者が魔力を有している。しかし、それを利用して魔法を使えるのは一握りの人間だけである。
 魔法が使えるか使えないかは生まれながらにして決まり、全国民は魔法が使えるかどうか必ず検査を受ける。
 魔法を使える人間は、とても重宝された。
 その人間離れした力は政治的、軍事的に利用されている。
 多くの者は軍部に身柄を引き取られ、軍人になるのだ。
 中には後天的に魔法が使えるようになる人間もいるらしいが、かなり珍しい。
 カトリーナとばあやは、当然のことながら使えない。

「おやまぁ。魔法をこんなことに使うお人なんていないでしょうに。お嬢様は面白いことをおっしゃいますね」
「そうかな? 私に魔法の才能があったら、使うけど。もし水を操ることができたら野菜を洗うのは一瞬だし、風を操ることができたら皮剥かわむきも一瞬よ? あー、私に才能があればなぁ」
「ふふふ。そんなことになったら、私はお役御免ですねぇ。お嬢様が魔法を使えなくてよかったですよ」
「ふふ、そうね。魔法が使えたら、きっと軍に召集されて一生戦わなきゃいけなくなっちゃうし……やっぱり魔法はいらないかも?」
「そうです、そうです。さぁ、あと少しですから頑張りましょう、お嬢様」
「そうね」

 その時、カトリーナがふと窓の外を見ると、すさまじい速さで馬車が走っていた。しかもそれは、屋敷の前で停まる。
 貧乏子爵家に来客などめったにないから、王城に出かけていた父が帰ってきたのだろう。
 カトリーナが何事かと思っていると、ドタバタと足音が聞こえてきた。すぐに厨房ちゅうぼうのドアが開かれ、父が入ってくる。

「カトリーナ!!」

 父は叫びながら、彼女につかみかかった。
 いきなりの出来事に驚いたカトリーナは、慌てて野菜とナイフを離す。そして父の手を振りほどこうとしたが、力が強すぎてできなかった。

「お父様!?」
「カトリーナ! 大変! 大変なんだ! とにかく大変で!! 何がどうって、本当に大変なことが起こったんだ!!」

 カトリーナの肩をがくがくと揺らしながら叫ぶ父。
 そのうろたえように、カトリーナは驚いた。

「どうしたの? お父様がそんなに慌てるなんて珍しい」
「本当にっ、まずいことになったんだ! どうすればいい!? 逃げるか!? 戦うか!? でも私なんかではあの男に勝てるはずもない!」
「戦うとか逃げるとか、なんの話をしているの!?」

 わけのわからないことを言いはじめた父をとりあえず椅子に座らせて、水を飲ませる。
 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた母も、厨房ちゅうぼうにやってきた。
 父はようやく落ち着いてきたが、その表情はけわしく、顔色も悪い。
 カトリーナは慌てさせないよう、穏やかに問いかける。

「落ち着いた?」
「ああ、すまなかったな……だが、本当にまずいことになったんだ。聞いてくれるか?」
「何があったの? 今日はお城に行ってきたのよね」
「ああ。陛下と謁見えっけんする機会があってな……。そこで言われたのだよ。この前の婚約破棄の話について」
「えっ、陛下がその話をご存じだったの?」
(どういうこと? 子爵家と伯爵家の婚約が破棄されたことが、なぜ陛下の耳に? しかもお言葉まであるなんて……)

 国王陛下にとって、下級貴族の結婚など些事さじ。耳に入ることすらありえない。
 思いがけない話に、カトリーナも母も驚く。
 父は宙を見つめながら眉間のしわを深くした。

「陛下は私たちが困っていることもご承知でな。それで、持ちかけられたのだよ、新しい縁談の話を」
「新しい縁談!? ちょっと、あなた。どういうこと? 陛下から直接縁談の話をいただくなんて……」

 戸惑とまどう母に、父も困惑気味にうなずく。

「私だって驚いたさ。しかも……しかもだ! 相手が公爵家の当主というからまた驚きでな――」
「「公爵家の当主ですって!?」」

 カトリーナと母親の言葉が綺麗に重なる。もはや全員が混乱状態だ。
 子爵家の令嬢が公爵家にとつぐということが、そもそもありえない。身分が釣り合わないからだ。
 愛し合う者同士であれば不可能ではないにしても、あまり現実的な話ではない。とりあえずカトリーナは、聞いたことがない。
 そんな不釣り合いな縁談を、陛下から持ちかけられるなど、異例中の異例である。

「陛下はおっしゃった。『リクライネン家の令嬢は、とても美しいと聞いている。だが、先日婚約を相手方から破棄されたそうだな』と。その時、宰相様はなぜか執拗しつように私をにらみつけていて、とても恐ろしかった」

 父は言葉を切り、ブルリと身震いした。そして話を再開する。
 陛下はこう続けたらしい。『よい男がいるのだが、そなたの娘の結婚相手にどうか、と思ってな。その男は公爵家当主で、年は二十七だ。そなたの娘の九歳上だが、そうおかしな年齢差でもないだろう。そやつは特段、結婚というものに興味がないようでな。王命であるならしたがうと言ってはいるのだが……まあ悪いやつではない。むしろ、リクライネン家の経済事情と公爵家後継者問題をかんがみると、双方に利点があると考えておる』と。

「絶対に断るなというオーラが、陛下の全身からあふれ出していたのだ。……あそこで断ったら、私、打ち首にされていたよ……」

 震えて言葉も出なかった父を、陛下は『無理やりにとは言わん。だが少し考えてみてくれんかな?』となだめたという。
 父はバンッとテーブルに両手を叩きつけ、突然叫んだ。

「それを無理やりっていうんだ、コノヤロー!!!」

 その表情はいかりに満ちており、母は不安げに彼を見つめる。

「それであなた……お相手はどなたなの?」

 父はしばらくためらったあと、口を開いた。

「……あのラフォンなんだ」
「ラフォン?」

 聞いたことのない家名だ。カトリーナは首をかしげたが、母とばあやは途端に顔を青くする。
 カトリーナは何事かとおびえた。

「えっと、そのラフォン家って有名なの?」
「ああ……。ラフォン家という家名そのものはそこそこだが、現ラフォン公爵が有名なのだ。おそらく、この国では知らぬ者がいない。……お前もきっと知っているぞ? カトリーナ」
「え? 本当? でも、聞き覚えがなくって――」

 すると母が、しぼり出すように声を出す。

「あなたも聞いたことあるでしょう? 暗黒の騎士の名を」

 その瞬間、カトリーナの頭に雷が落ちたような衝撃が走った。
 その二つ名ならば、知っている。父が言った通り、この国では知らぬ者がいないほど有名だ。

「嘘……ですよね? お父様。まさか、あの暗黒の騎士、ですか?」
「ああ」
「そんな、そんな……」

 暗黒の騎士と結婚するのならば、浮気男のほうがまだましだ。
 そう思うほど、暗黒の騎士については恐ろしい噂しか聞かない。
 カトリーナは震え出し、自身を抱きしめる。
 両親とばあやは途方に暮れたように、彼女を見つめるだけだった。


 暗黒の騎士バルト・ラフォン。
 彼は国王の末子だが、幼い頃、辺境に領地を持つラフォン公爵家に養子として引き取られた。
 王族が養子に出されるなんて、異例中の異例。そんなことがおこなわれたのは、彼が王城内で迫害を受けていたせいだという。
 なんでも彼の母親は娼婦で、彼を産んですぐに姿をくらましたらしい。彼はその出自から、多くの王族にうとまれていたそうだ。
 子どもがいなかった前ラフォン公爵は、命じられるままにバルトを引き取った。そして彼は、そのまま地方に封じ込められる――はずだった。
 だが不幸にも、数年後に前公爵が他界。バルトが爵位を継いだものの、幼い彼に公爵家をきりもりできるはずがない。
 そのため、王国から派遣された代官が、領地運営をおこなうことになった。
 権利も仕事も与えられなかったバルトは、成人の年に騎士団への入団を希望した。
 そんなことは当然、公爵家当主に許されるはずがない。
 しかし、バルトを厄介払いしたいという王族の手回しがあったのだろうか、彼はなぜか騎士団への入団が認められた。
 そこで彼は、徐々に頭角を現すことになる。
 戦場に立った彼は無敵だった。
 目の前の敵をり伏せ、血の海を作り、敵という敵をしかばねにして越えていった。
 よろいは赤黒い血に染まり、その剣身はつやを失う。
 そのような状態にあってなお敵の命を奪い続ける様子を見て、誰かが彼をこう呼んだ。
 ――暗黒の騎士、と。
 そして、その功績を認められた彼は、地方騎士団の団長として今も辺境で戦い続けている。




   第二章 貧乏令嬢、暗黒の騎士に喧嘩を売る


 国王命令を受けた一週間後の朝。
 屋敷の玄関で、カトリーナはそれまでに何度も見た両親のやりとりを、またも目の前にしていた。

「あぁ、暗黒の騎士……。国王陛下としては、王家の血を引く彼をいつまでも独身でいさせるわけにはいかないのだろうね。がリクライネン家が婚約破棄されたと聞いた陛下は、ちょうどいいとばかりに、暗黒の騎士にカトリーナをあてがおうと――だあああぁぁぁ! 腹が立つ!」
「ほら、あなた。落ち着いてくださいませ。カトリーナの前ですよ?」

 激昂げきこうする父を母がなだめる。その隣には、苦笑するばあや。
 カトリーナは思わずため息をついたが、なんとか笑みを作った。

「大丈夫よ。私ももう心の整理がついたし、これでリクライネン家が助かるのなら、何よりだわ」
「……すまないね、私が体を壊していなければ」

 申し訳なさそうにする父を励ますように、カトリーナは明るく言う。

「大丈夫よ! 暗黒の騎士だって人間なんだから。そんなに怖がる必要ないわ。――きっとね」
「でも、私たちの力不足で、カトリーナに苦労をかけて……」

 両親は寄り添い、涙を流す。
 その気持ちもわからなくはないけれど、カトリーナは両親ほど悲観的になっていなかった。
 というのも、それは前世の記憶がそうさせるのだ。

(人の噂なんてあくまで噂。この世界で情報を伝える手段は基本的におしゃべりによる噂話と絵だけなのよ。どこまで本当のことかわからないわ)

 伝言ゲームは正確に伝わらないものなのだから、暗黒の騎士だって噂とは違う人かもしれない。
 そんなふうに、思っていた。
 それに、暗黒の騎士は戦場にいることが多いという。それならば、カトリーナは妻として屋敷を守ることが主な仕事になるのだろう。退屈かもしれないが、それならそれでかまわない。
 亭主元気で留守がいい。前世には、そんな言葉もあったくらいだ。
 カトリーナは自分に言い聞かせるように心の中で何度も繰り返す。
 あくまで今回の結婚は親のため、家のため。サーフェが相手だろうと暗黒の騎士が相手だろうと、何も変わらない。
 そんなことを考えていると、玄関の扉をノックする音が聞こえた。
 扉を開けると、馬車の御者ぎょしゃが立っている。ラフォン公爵家が送ってくれた使いの者だ。

「お迎えに上がりました」

 今からカトリーナは、ラフォン公爵領に旅立つ。
 王命にしたがう旨の返事をしたら、すぐさま婚約を結ばれ、結婚の準備を進めるよう言われたせいである。
 本来であれば、多くの嫁入り道具を持参品として持っていかなくてはいけないが、リクライネン家の経済事情はすでに知られている。数日前にラフォン公爵から、『その身一つで来ればいい』という書簡が届いていた。

「じゃあ、お父様、お母様。行ってくるわね」
「元気にするんだぞ! 体には気をつけろよ!」
「カトリーナ。つらかったら戻ってきても――」

 ラフォン家に雇われた者に聞かれたら、不敬だと思われかねない母のセリフを、カトリーナは慌ててさえぎった。

「安心して! 手紙書くから!」

 そして振り返らずに馬車に乗り込む。その瞬間、さっきまで浮かべていた笑みが消えた。

「鬼が出るかじゃが出るか、か……。私ってば、つくづくついてないなぁ」

 つい本音を漏らしながら、カトリーナは窓の外を見る。
 青い空にそよそよと揺れる葉――その光景は、彼女の心境とは裏腹に、とてつもなくのどかだった。


     ◆


 リクライネン家からラフォン家までは、馬車で二日かかる。
 その道中、カトリーナは移り変わっていく景色を十分に楽しんだ。王都の都会的な雰囲気から徐々に牧歌的な雰囲気へ移り、ラフォン公爵領に入ったら大自然が広がっていた。
 遠くに見える山々は壮大で、王都暮らしのカトリーナにとっては新鮮だ。
 特に夕日に照らされた畑は、きらきらと輝いて彼女を魅了みりょうした。

「綺麗ね……」

 思わず独り言をこぼしてしまうカトリーナ。

「まあ……行きつく先は地獄じごくでしょうけど」

 そんなことを言うのは、自分に期待させないため。期待して後で裏切られると、とてつもなくつらいのだ。
 常に最悪を想定するのは、彼女自身の心を守るためである。


 そうして二日後、ラフォン家の屋敷にたどり着いた。使用人たちが勢ぞろいで彼女を迎えてくれる。
 玄関前にずらりと並んだ使用人たち。彼らは頭を下げる角度までキチッとそろっていた。
 その数の多さと大仰おおぎょうさに、カトリーナはめまいを覚える。
 ちなみにざっと見た限り、ラフォン公爵――暗黒の騎士はいないようだ。

「いらっしゃいませ、カトリーナ様」

 声さえもそろってしまう彼らに、思わず身震いした。

(こんな人たちを相手に、私……『奥様』をやらなきゃならないの?)

 今さらながら、その重圧に押しつぶされそうだ。
 来た途端に憂鬱ゆううつになった気持ちを、必死でふるい立たせる。
 なぜなら、まずはお試し期間とも言われる一月ひとつきを、乗り切らなければならないからだ。
 ――お試し期間。
 それは、ストラリア王国独自のしきたりである。結婚前、花嫁はとつぎ先でまず一か月過ごす。そして、その期間で問題なく結婚生活を送れるかを見極めた後、挙式するという手はずになっている。
 そうすることで、妻はその家のしきたりを学び、その家の真の一員となれると言われている。
 ちなみにサーフェのトラリス家とは、まだ正式に結婚の日取りを決めていなかったため、このお試し期間をやっていない。つまり、今回がカトリーナにとって初めてお試し期間だ。
 お試しと言っても、大抵の場合は送り返されるようなことはない。
 ただ、この期間でうまくやらないと、その後肩身が狭くなってしまうのは確かなようだ。
 カトリーナは背筋を伸ばして、必死に仮面をかぶって笑みを浮かべる。

「お初にお目にかかります。カトリーナ・リクライネンです。公爵夫人として精一杯務めますので、よろしくお願いします」

 すると、一番前に立っていた執事服の老人が、微笑みながら答えた。

「私は執事長のプリーニオと申します。よろしくお願いいたします。では、荷物は私どもが運び入れますのでどうぞ、こちらへ」
「ええ、ありがとう」

 さて、この一か月どうなるか。

(ここが勝負どころよ、カトリーナ)

 カトリーナはみずからをふるい立たせながら屋敷に足を踏み入れた。


 ラフォン公爵家の屋敷の第一印象は、『なんか、地味だな』というものだ。
 公爵家の本邸であるにもかかわらず、装飾品は少なく、絨毯じゅうたんなどは色あせている。
 掃除はすみずみまで行き届いていて清潔感があるが、それだけだ。
 屋敷の大きさは違えど、質素さという点では、カトリーナの実家とそう変わらないように見えた。
 歩きながら内装を見ていると、前を歩くプリーニオが振り向く。

「……あまりに質素で驚いたのではないですかな?」

 彼の髪はロマンスグレーで、年齢を感じる。ちらりと向けられた目は、カトリーナのすべてを見透みすかしているかのようにも思えた。
 カトリーナはどきりとしながらも答える。

「いいえ。さすがはラフォン家の屋敷と感心していたところです。質のいいものを大切に扱われていらっしゃるのでしょう」
「ははは、お世辞もお上手なようですな……。気を遣われなくても結構でございます。質素だと思われたでしょうが、この屋敷は、ご主人様の意向でこうして整えさせているのです」
「ご主人様って、バルト様の……?」

 その名前を聞いたプリーニオは、先ほどより柔らかい声色で応じた。


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