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第三章 王都攻防編
王都コンテスト⑫
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よく通る声がその場に響く。
場違いなカトリーナの登場に、ダズルは一瞬鼻白んだ。
しかし、彼女が誰だか認識すると、先ほどよりもさらに獰猛な笑みを浮かべる。
「誰かと思えば……バルトの女か。で? いきなり出てきてどうしようってんだ?」
「このような凶行にでてどうするおつもりですか? これ以上の殿下に対する狼藉は見過ごせません」
ダズルはだらりと剣を下すと、ゆっくり近づいてくる。
それをみてダシャやカルラは慌ててカトリーナに駆け寄ろうとするが、彼女はそれを手で制した。
「ヨハン殿下が次の王にふさわしいと思っているのはわかりました。ですが、もし本当にそうだったら正々堂々とヤコブ殿下よりも優れていると示せばいいではないですか! それができず、暴力に訴えようとしている時点でどのような結果になるかはお察しでしょうけど」
「なに?」
いきなりの挑発。
その発言に、周囲の面々はざわめく。
「カトリーナ様! お下がりください! 危険です!」
「そうよ! カトリーナ! 戻って!」
背後から受ける声に振り向くと、カトリーナは笑顔を浮かべて諭すように語り掛ける。
「どうせ後ろにいてもこの状況よ? 大して変わらないわ」
そういうと、再びダズルと相対する。
目の前には、青筋を浮かべたダズルが立っている。
「いい度胸じゃねぇか……だがな。ヨハン殿下に対してのその発言。許せねぇ」
「許せない? 事実じゃないですか。真っ向から勝負しては敵わないと思ったのでしょう? 魔物をけしかけた混乱の陽動。それに合わせた襲撃。やることが山賊と一緒です。本当に陳腐な作戦ですね」
「ふざけるな!」
並び立てるカトリーナの言葉に、どんどんと顔を赤くするダズル。
周囲の面々はどうなることかと戦々恐々だ。
ダズルは、そのままカトリーナに詰め寄ると、胸元を掴み引き上げた。
「お前になにがわかる! あの方は! 俺の力を認めてくれたんだ! くだらねぇバルトの野郎を持ち上げる王家と違って、あの方は、俺の力を欲しいと言ってくれた! 目の曇ったやつらとは違う! ヨハン殿下は俺を――」
興奮した様子で叫ぶダズルをみるカトリーナの視線は、どんどんと冷たいものに変わっていく。
そして、彼の言葉を遮るかのように、その一言を告げた。
「――くだらない」
ダズルは目をむいた。
「ヨハン殿下のことを持ち上げるわりに、あなたから伝わってくるのはバルト様への嫉妬と自分自身の承認欲求だけ。まるで甘い言葉に心が動く少女のよう……いくら剣が優れていても、腕っぷしが強くても、これじゃあヨハン殿下もとんだ貧乏くじをひいたものだわ」
そう言い捨てるカトリーナを、ダズルは無言で放り投げた。
そして、手に持っていた剣を振りかざすと、その剣にすべての気迫をのせていく。
「殿下を……そして俺を愚弄したことを悔いるがいい」
絶体絶命の状況の中。
カトリーナはさりげなく、ヤコブがこの場から離脱するのを確認した。
この場での勝利条件は、穏健派の筆頭であるヤコブを逃がすこと。そうするためには、主犯であるダズルたちの目線を他に向ける必要があった。
そのための挑発であったのだが、思いのほかダズルの怒りの閾値は低かった。
ヤコブを逃がせた安堵とともに、急激に襲ってくる死への恐怖。
彼女はダズルを見上げる。
「あの世でバルトによろしく言っといてくれよ。じゃあ――死ね」
「させない!!」
その間に滑る込むカルラ。
後ろから護身用のナイフを投げるダシャやプリ―ニオ。
その全てを片手で振り払ったダズルは、獣のような叫び声を上げながら剣を振り上げた。
カトリーナの思考に浮かび上がるのはバルトの笑顔だ。
庭園で、やや汗ばみながら小さく微笑む彼を思い出し、死にたくないという想いがあふれ出す。
国のため、ラフォン家のためと気を張ってここまで来たが、どんなに気丈にふるまおうともカトリーナと死への恐怖はあるのだ。
思わず目をつぶる。
(バルト様っ!!)
幾度となく心の中で繰り返される愛しい人の名前。
カトリーナは全身を小さくさせて、ひたすらに彼の名を呼んでいた。
黒獅子である国の英雄。
こどもっぽいところもある愛しい人。
夫であり、支えあう存在である彼の名を。
彼女はひたすらに繰り返した。
「――バルト様っ!!!」
そう叫んだ瞬間、すさまじい音が後宮に響いた。
その場にいた全員が音に振り向くと、後宮を覆っていた屋根が全て吹き飛んでいる。
「な、なんだ!?」
あまりの事態にダズルさえも茫然としてた。
当然である。
大きな建物の屋根が突然吹き飛ぶことなど普通はあり得ない。
だが。
カトリーナにはすぐに分かった。
太陽を背にして、その影しか見えなかったが、その姿を認識して先ほどととは異なる涙が溢れた。
吹き飛んだ屋根の縁。
そこには、大きな翼をもった生き物と、その上にまたがる影がうつっている。
まもなく、その影は浮かび上がると、カトリーナ達のもとへと降りてきた。
「うわあぁぁぁぁ!」
「なんだあれは!? やばい! 引け!」
詰め寄っていたダズル陣営はすぐさま後宮の入り口あたりまで撤退し降りてきた大きな生物を警戒する。
あっという間に降りてきたそれは、すぐに光にさらされその姿を露にした。
「……バルト様」
「遅くなったな、カトリーナ」
なんと。
そこに降り立ったのは、大きなドラゴンに跨ったバルトだった。
場違いなカトリーナの登場に、ダズルは一瞬鼻白んだ。
しかし、彼女が誰だか認識すると、先ほどよりもさらに獰猛な笑みを浮かべる。
「誰かと思えば……バルトの女か。で? いきなり出てきてどうしようってんだ?」
「このような凶行にでてどうするおつもりですか? これ以上の殿下に対する狼藉は見過ごせません」
ダズルはだらりと剣を下すと、ゆっくり近づいてくる。
それをみてダシャやカルラは慌ててカトリーナに駆け寄ろうとするが、彼女はそれを手で制した。
「ヨハン殿下が次の王にふさわしいと思っているのはわかりました。ですが、もし本当にそうだったら正々堂々とヤコブ殿下よりも優れていると示せばいいではないですか! それができず、暴力に訴えようとしている時点でどのような結果になるかはお察しでしょうけど」
「なに?」
いきなりの挑発。
その発言に、周囲の面々はざわめく。
「カトリーナ様! お下がりください! 危険です!」
「そうよ! カトリーナ! 戻って!」
背後から受ける声に振り向くと、カトリーナは笑顔を浮かべて諭すように語り掛ける。
「どうせ後ろにいてもこの状況よ? 大して変わらないわ」
そういうと、再びダズルと相対する。
目の前には、青筋を浮かべたダズルが立っている。
「いい度胸じゃねぇか……だがな。ヨハン殿下に対してのその発言。許せねぇ」
「許せない? 事実じゃないですか。真っ向から勝負しては敵わないと思ったのでしょう? 魔物をけしかけた混乱の陽動。それに合わせた襲撃。やることが山賊と一緒です。本当に陳腐な作戦ですね」
「ふざけるな!」
並び立てるカトリーナの言葉に、どんどんと顔を赤くするダズル。
周囲の面々はどうなることかと戦々恐々だ。
ダズルは、そのままカトリーナに詰め寄ると、胸元を掴み引き上げた。
「お前になにがわかる! あの方は! 俺の力を認めてくれたんだ! くだらねぇバルトの野郎を持ち上げる王家と違って、あの方は、俺の力を欲しいと言ってくれた! 目の曇ったやつらとは違う! ヨハン殿下は俺を――」
興奮した様子で叫ぶダズルをみるカトリーナの視線は、どんどんと冷たいものに変わっていく。
そして、彼の言葉を遮るかのように、その一言を告げた。
「――くだらない」
ダズルは目をむいた。
「ヨハン殿下のことを持ち上げるわりに、あなたから伝わってくるのはバルト様への嫉妬と自分自身の承認欲求だけ。まるで甘い言葉に心が動く少女のよう……いくら剣が優れていても、腕っぷしが強くても、これじゃあヨハン殿下もとんだ貧乏くじをひいたものだわ」
そう言い捨てるカトリーナを、ダズルは無言で放り投げた。
そして、手に持っていた剣を振りかざすと、その剣にすべての気迫をのせていく。
「殿下を……そして俺を愚弄したことを悔いるがいい」
絶体絶命の状況の中。
カトリーナはさりげなく、ヤコブがこの場から離脱するのを確認した。
この場での勝利条件は、穏健派の筆頭であるヤコブを逃がすこと。そうするためには、主犯であるダズルたちの目線を他に向ける必要があった。
そのための挑発であったのだが、思いのほかダズルの怒りの閾値は低かった。
ヤコブを逃がせた安堵とともに、急激に襲ってくる死への恐怖。
彼女はダズルを見上げる。
「あの世でバルトによろしく言っといてくれよ。じゃあ――死ね」
「させない!!」
その間に滑る込むカルラ。
後ろから護身用のナイフを投げるダシャやプリ―ニオ。
その全てを片手で振り払ったダズルは、獣のような叫び声を上げながら剣を振り上げた。
カトリーナの思考に浮かび上がるのはバルトの笑顔だ。
庭園で、やや汗ばみながら小さく微笑む彼を思い出し、死にたくないという想いがあふれ出す。
国のため、ラフォン家のためと気を張ってここまで来たが、どんなに気丈にふるまおうともカトリーナと死への恐怖はあるのだ。
思わず目をつぶる。
(バルト様っ!!)
幾度となく心の中で繰り返される愛しい人の名前。
カトリーナは全身を小さくさせて、ひたすらに彼の名を呼んでいた。
黒獅子である国の英雄。
こどもっぽいところもある愛しい人。
夫であり、支えあう存在である彼の名を。
彼女はひたすらに繰り返した。
「――バルト様っ!!!」
そう叫んだ瞬間、すさまじい音が後宮に響いた。
その場にいた全員が音に振り向くと、後宮を覆っていた屋根が全て吹き飛んでいる。
「な、なんだ!?」
あまりの事態にダズルさえも茫然としてた。
当然である。
大きな建物の屋根が突然吹き飛ぶことなど普通はあり得ない。
だが。
カトリーナにはすぐに分かった。
太陽を背にして、その影しか見えなかったが、その姿を認識して先ほどととは異なる涙が溢れた。
吹き飛んだ屋根の縁。
そこには、大きな翼をもった生き物と、その上にまたがる影がうつっている。
まもなく、その影は浮かび上がると、カトリーナ達のもとへと降りてきた。
「うわあぁぁぁぁ!」
「なんだあれは!? やばい! 引け!」
詰め寄っていたダズル陣営はすぐさま後宮の入り口あたりまで撤退し降りてきた大きな生物を警戒する。
あっという間に降りてきたそれは、すぐに光にさらされその姿を露にした。
「……バルト様」
「遅くなったな、カトリーナ」
なんと。
そこに降り立ったのは、大きなドラゴンに跨ったバルトだった。
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