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第三章 王都攻防編
王都コンテスト⑪
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ヤコブに連れられてきたのは、後宮だ。
当然、王妃が住んでいる場所ではあるのだが、今は緊急事態ということで許可が下りている。王妃は、謁見の間に王と共にいるらしい。
ヤコブは、カトリーナから得た情報を王に伝え、すぐさま王城の警備体制の強化を通達した。
この後宮も、今は警備兵達が取り囲み物々しい雰囲気になっている。
ダシャなどは、あまりの事態に小さく縮こまって震えていた。
「大丈夫よ、ダシャ。きっと、バルト様が戻ってきてくれてすぐに解決してくれるわ」
「しかし、ご主人様は――」
普段勝気なダシャも、色々なことが重なり弱っているようだ。カトリーナは、ダシャの顔をぱしんと両手で挟むと、頬をむにゅむにゅと動かした。
「なにを――」
「あの人は黒獅子のバルトよ? きっと戻ってくるわ。だから大丈夫。それまでは、私が――」
そううそぶいていた矢先。
後宮の入り口あたりで大きな物音が聞こえた。
視線を向けると、そこには、傷つき倒れた兵達と、やはり我が国の騎士団達がいた。だが、掲げている旗はストラリア王国のものではない。
その先頭になっている男。
粗暴さが外見に現れているようなその男は、カトリーナとヤコブを視界に収めるとにやりと口角を上げる。
「ははっ! 標的が一か所に集まってくれているなんてなんてありがたいんだろうなぁ! まさに、天は俺に味方したってやつかぁ?」
その男は集まっている貴族達に近づこうとしていたが、その間にはすかさず警備兵達が入り込む。全員が槍を前に構えながら、防壁を作り上げていた。
対する男達の軍勢は、警備の者たちよりも多い。
あとからあとからあふれてくるように後宮へなだれ込んできた。
その人の流れもようやく終わったその時、戦闘にいた男が大声で名乗りをあげた。
「我が名はダズル・デュランデ! この国は、もうすぐヨハン殿下のものとなる! 速やかに降伏すれば命だけは助けよう!」
その声に応えるものはいない。
代わりに、静かに皆の矢面になったのはヤコブだ。
彼は、警備兵の後ろにいるとはいえども、皆の前に立ちはだかった。
「……この騒ぎはヨハンが企てたものなのか?」
「これはこれは、ヤコブ殿下。ご機嫌麗しゅう。そして、さすがの慧眼。まさにこれはヨハン殿下が考えたこと」
「なぜ関係のないものを傷つけようとする! 狙うのは俺だけでいいだろう!!」
ダズルはそれを聞くと、馬鹿にするように鼻で笑った。
「やはり、ヤコブ殿下はお優しい。ですが――」
――温い。
獰猛な笑みを浮かべた瞬間。
その巨体が瞬く間にヤコブ殿下の目の前に迫った。
だが、かろうじて、その牙を城の兵達が止めた。
「しゃらくせぇ!!」
だが、ダズルはそれを蹴散らしてヤコブへと刃を向ける。
「あんたみたいなのが王になったらこのストラリア王国は終わりだ! だがな! ヨハン殿下ならばきっと! この国に繁栄を与えてくれる!」
「そんなものは幻想だ! 暴力で掴める繁栄など、決して誰も幸せにはしない!」
「夢みてぇな妄想はうんざりなんだよ! とにかく死にさらせ!」
そういって斬りかかるダズルの剣を、ヤコブはかろうじて受け止める。
そこに割って入ったのはカルラだった。
ヤコブとカルラの二人を相手にするのはダズルも厳しかったようで、すかさず距離を取っていた。
「殿下に対して無礼であろう! 私の前では決して手を出させない!」
「はっ! 誰かと思えばバルトのペットじゃねぇか。ご主人様を失った悲しみを剣にぶつけるなんて健気だねぇ!」
「貴様――! 副隊長は死んでいない! きっと戻ってくる!」
そういって斬りかかるカルラ。
その剣をダズルは簡単にいなす。
「禁断の依頼だぞ? 王の証なんぞをあいつが持ってこれるわけねぇだろうが!」
「っ――! 来る!」
「くどい!」
そのまま周囲の兵達も巻き込み乱戦へと突入した。
カトリーナはその戦いを横目で見ながら、できる限り周囲の人々を奥へ奥へと避難させた。
だが、それも長くは続かない。
多勢に無勢。
すぐさま奥へと追い込まれたヤコブ陣営はなすすべがない。
ダズルは、兵に囲まれた彼らを見ながら悠然と歩いてくる。
「いい眺めだなぁ。なぁ、ヤコブ殿下」
「決してお前らには屈しない! ヨハンに国を任せることなどできないんだ!」
「それに抗えないのが殿下の弱さだ。遠吠えは犬だけにしてほしいもんだなぁ、まったく」
その言葉に歯を食いしばるヤコブ。
集まっている貴族達も、顔面を蒼白にさせて震えていた。
だが、カトリーナは望みを捨ててはいなかった。
きっとバルトは戻ってくると疑いなく信じていたのだ。
だからこそ。
今は、少しでも時間を稼ごうと思考を動かす。
この場での勝利条件を明確にした彼女は、地面に落ちていた剣を拾い上げそっと前に出た。途中、ヤコブと兵達に目配せをするのを忘れない。
「お待ちください」
言葉と共に、震える足を踏み出した。
当然、王妃が住んでいる場所ではあるのだが、今は緊急事態ということで許可が下りている。王妃は、謁見の間に王と共にいるらしい。
ヤコブは、カトリーナから得た情報を王に伝え、すぐさま王城の警備体制の強化を通達した。
この後宮も、今は警備兵達が取り囲み物々しい雰囲気になっている。
ダシャなどは、あまりの事態に小さく縮こまって震えていた。
「大丈夫よ、ダシャ。きっと、バルト様が戻ってきてくれてすぐに解決してくれるわ」
「しかし、ご主人様は――」
普段勝気なダシャも、色々なことが重なり弱っているようだ。カトリーナは、ダシャの顔をぱしんと両手で挟むと、頬をむにゅむにゅと動かした。
「なにを――」
「あの人は黒獅子のバルトよ? きっと戻ってくるわ。だから大丈夫。それまでは、私が――」
そううそぶいていた矢先。
後宮の入り口あたりで大きな物音が聞こえた。
視線を向けると、そこには、傷つき倒れた兵達と、やはり我が国の騎士団達がいた。だが、掲げている旗はストラリア王国のものではない。
その先頭になっている男。
粗暴さが外見に現れているようなその男は、カトリーナとヤコブを視界に収めるとにやりと口角を上げる。
「ははっ! 標的が一か所に集まってくれているなんてなんてありがたいんだろうなぁ! まさに、天は俺に味方したってやつかぁ?」
その男は集まっている貴族達に近づこうとしていたが、その間にはすかさず警備兵達が入り込む。全員が槍を前に構えながら、防壁を作り上げていた。
対する男達の軍勢は、警備の者たちよりも多い。
あとからあとからあふれてくるように後宮へなだれ込んできた。
その人の流れもようやく終わったその時、戦闘にいた男が大声で名乗りをあげた。
「我が名はダズル・デュランデ! この国は、もうすぐヨハン殿下のものとなる! 速やかに降伏すれば命だけは助けよう!」
その声に応えるものはいない。
代わりに、静かに皆の矢面になったのはヤコブだ。
彼は、警備兵の後ろにいるとはいえども、皆の前に立ちはだかった。
「……この騒ぎはヨハンが企てたものなのか?」
「これはこれは、ヤコブ殿下。ご機嫌麗しゅう。そして、さすがの慧眼。まさにこれはヨハン殿下が考えたこと」
「なぜ関係のないものを傷つけようとする! 狙うのは俺だけでいいだろう!!」
ダズルはそれを聞くと、馬鹿にするように鼻で笑った。
「やはり、ヤコブ殿下はお優しい。ですが――」
――温い。
獰猛な笑みを浮かべた瞬間。
その巨体が瞬く間にヤコブ殿下の目の前に迫った。
だが、かろうじて、その牙を城の兵達が止めた。
「しゃらくせぇ!!」
だが、ダズルはそれを蹴散らしてヤコブへと刃を向ける。
「あんたみたいなのが王になったらこのストラリア王国は終わりだ! だがな! ヨハン殿下ならばきっと! この国に繁栄を与えてくれる!」
「そんなものは幻想だ! 暴力で掴める繁栄など、決して誰も幸せにはしない!」
「夢みてぇな妄想はうんざりなんだよ! とにかく死にさらせ!」
そういって斬りかかるダズルの剣を、ヤコブはかろうじて受け止める。
そこに割って入ったのはカルラだった。
ヤコブとカルラの二人を相手にするのはダズルも厳しかったようで、すかさず距離を取っていた。
「殿下に対して無礼であろう! 私の前では決して手を出させない!」
「はっ! 誰かと思えばバルトのペットじゃねぇか。ご主人様を失った悲しみを剣にぶつけるなんて健気だねぇ!」
「貴様――! 副隊長は死んでいない! きっと戻ってくる!」
そういって斬りかかるカルラ。
その剣をダズルは簡単にいなす。
「禁断の依頼だぞ? 王の証なんぞをあいつが持ってこれるわけねぇだろうが!」
「っ――! 来る!」
「くどい!」
そのまま周囲の兵達も巻き込み乱戦へと突入した。
カトリーナはその戦いを横目で見ながら、できる限り周囲の人々を奥へ奥へと避難させた。
だが、それも長くは続かない。
多勢に無勢。
すぐさま奥へと追い込まれたヤコブ陣営はなすすべがない。
ダズルは、兵に囲まれた彼らを見ながら悠然と歩いてくる。
「いい眺めだなぁ。なぁ、ヤコブ殿下」
「決してお前らには屈しない! ヨハンに国を任せることなどできないんだ!」
「それに抗えないのが殿下の弱さだ。遠吠えは犬だけにしてほしいもんだなぁ、まったく」
その言葉に歯を食いしばるヤコブ。
集まっている貴族達も、顔面を蒼白にさせて震えていた。
だが、カトリーナは望みを捨ててはいなかった。
きっとバルトは戻ってくると疑いなく信じていたのだ。
だからこそ。
今は、少しでも時間を稼ごうと思考を動かす。
この場での勝利条件を明確にした彼女は、地面に落ちていた剣を拾い上げそっと前に出た。途中、ヤコブと兵達に目配せをするのを忘れない。
「お待ちください」
言葉と共に、震える足を踏み出した。
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