憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

一つの形

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「その、想定外の列席者が増えた事については、申し訳なく思っています。」

王都に起きたあまりに明らかな変事、その布告と合わせて三日ほどしっかりと観光を楽しみ、残りの日程はそれぞれに過ごすこととなった。オユキはどうした所で煩雑な事務仕事や、色々と後ろ暗い所があるものたちが上手く口車に乗って公爵の庇護を求めたいと、そう申し出があれば、神々から敵視はされていないのだと、そうとりなす形をとるために同席の必要も相応にある。何より、観光の最終日に、随分と予定が前倒しになった門の作成、それでしっかりとため込んだマナと功績を持っていかれたため、休まなければいけないという事もあった。
なので、最後の調整とばかりにトモエが少年たちを連れ回すその場には、基本的にどうこうすることが出来なかった。

「ま、ファルコの奴に一緒に行ったときほどじゃないしな。」
「国王陛下に献策するわけですから、それは、そうでしょうとも。」

そして、今は列席者の中に顔を並べているファルコ。彼に求められて、添え物とはいえ国王陛下の前に、この少年達も顔を出したのだ。聞けば、少し話しかけられてという事もあったらしい。すっかりと作法や口上が緊張で飛んだらしく、暫くの間少女達からあれこれと言われていたが。
ただ、それについては公爵夫人がとりなした通りというものだ。急な事であり、何処までも足りていない。寧ろ、今回ばかりは事前の取り決めを無視し、ファルコやシグルドに声をかけた国王陛下その人の不作法というものだと。

「以前、お約束しましたね。」
「ああ。覚えてる。」

少年たちに渡すための武器は、始まりの町から此処迄運んできた。そして、今はそれをオユキが管理している。パウに渡す予定の物が少々愉快な重量となっているため、全てをオユキが持てる訳でも無い為、アベルの手も借りている。

「ならば良し。準備運動、これまではあくまでそれです。それが十分であるか、改めてこの場で。
 最低限は十分と、試すには十分とそう考えています。だからこそ、これから試します。この先に足を置くだけのものがあるのか。」
「ま、暫く機会もないわけだしな。」

トモエが、普段通りではない。練習用として分けている武器でも、ましてや木で形だけ真似た物では無く。普段使いの武器を抜き放てば、それに真っ先に応えるのは、シグルドだ。

「今、出来ない事を言うさ、俺は。いつだってそのつもりでいるって、そう決めたからな。」
「その覚悟やよし。」
「弱いけど、強い相手に勝つために。なら、俺は勝ちたい。」
「準備運動の少し先、それをお見せしましょう。」

これまで、何処までも止めて終わりとしていた。その先は、口にしたところで少年たち相手に実演はしてこなかった。そして、それを為すというのなら、オユキはまだ許可が出ていない所も含まれる。所詮目録しか持たぬ身であり、準備運動の先を見てもいいのは、印可を得てから。師範の代わりとして、教えを授ける事が出来る、その許しが無ければならない。

「ただ、やはり間が空くので。」
「あー、面倒、かけてるよな、やっぱ。」
「数ヶ月でまた少し背も伸びるでしょう、筋力も増すでしょうから、已むを得ません。あなた達の確かな成長の結果です。」
「じゃ、また会った時には、喜んでもらわなきゃな。今も。」
「では、オユキさん。」

合図を任されたため、オユキは互いに準備が整うのを待って、少しの間を置く。その時間でも、駆け引きが生まれる。合図があってから、試合が始まるわけでは無い。合図はあくまで動いても良いと、それを許可する声である。そのように初めて聞かされた時は、同情の先輩たちに笑われる程愉快な顔をしたようではあるが。

「はじめ。」

そして、あえて向き合う二人から意識を外したうえで適当な時間を見て、声をかける。

「は。」

そして、今回は動くのはトモエから。懸待、準備運動の内は何処までも分かりやすいそれを。しかし、少年たちに何度となく語っているように、オユキの新しく模索する道にもそれはある。己から動く、相手に対応を強いる。そして、その結果として生まれる相手の動きに対して、己の決め手に近づけるためにとさらに進めるのだ。どうにも、上手く伝わっていない、その理解はあった。しかし、細かく説明できる段階にないからと、放って置いた。懸待、懸命に待つのではなく、相手に懸かる意志と、相手を待つ呼吸。そのどちらも持てとそう説いているのだ。
決め手は、用意されている。故に、己から動こうが、相手に合わせようが。何処まで行っても、そこに着地させるのだと。人相手。同じく互いに考える相手との対戦の経験が足りていない。そう語る理由の最たるものがこれだ。
ただ、後の先を。それだけを考えてしまえば、相手が何もしなければいよいよ手詰まりとそうなる。
数百年にわたる研鑽、その中に、それに対して行う為の理屈が生まれぬわけもないだろう。
勿論ある、どれほど本筋と外れているように見えようが、本筋に存在する確かな一手、それを叶えるための手練手管。数多くの先達が、共に学ぶ者達が。互いに思い付きを試し続け、そうして磨き続けた物が、確かにある。流派の皆を伝えられている。それらの研鑽ですら、己の掌中にある。

「構えが出来て、ようやく準備運動が終わるのです。」
「あー、成程な。」

トモエが、腕だけで、しかしシグルドが全力でなければ対応できない速さを持った太刀を誘いに。それに対応しようと動き出したところに、改めて。首を狙って走る太刀、それに対応するために間合いを外そうと逃げたそこに、更にトモエが距離を詰める。そこでそのままいいようにはされず、どうにか己の首を守るためにと、構えた両手剣を間に入れようと動くところまでは良し。問題は、やはりそこにトモエがその後どうするのかという想定が無い所だ。逃げるだけでなく、対応のために、その場でシグルドが動いたのだ。ならば、後の先が成立する。仕掛けに合わせて動いた。そこに仕掛けを行うのだとばかりに。
結果として、いつものように動こうとした己の動きを乱され、剣を地に落とされ切っ先が喉元に。そこで、試合は終了だ。

「まぁ、シグルド君相手は、以前も向けていますからね。」
「あの時より、怖さは無かったけどな。」
「それはそうですよ。あの時は、試合の結果次第、今回は何処までも鍛錬の内ですから。」
「その辺り、正直よくわかってないんだよな。」
「分からないうちは、あなた達だけで打ち合いを行うのは、禁止しなければならないんですよね。」

そのシグルドの言葉には、トモエとしても難しいと笑うしかない。
間違いなく、この少年が生来持っている勝気さというのは、いい方向に働いている。それがあるからこそ、今という結果を得たといってもいい。ただ、目を離した先でとなれば、指導者としてコントロールが無い状況ではと、そう考えざるを得ない。

「ま、俺らもなんだかんだで、こう、あれこれ違うしな。」
「そればかりでもありませんが。」
「あれだな。今度会うと気には、流石になんかこう、驚かせるくらいはって思うけど。」
「ええ。楽しみにしていますとも。オユキさん。」

そして、呼ばれたオユキがシグルドに渡す武器をアベルから受け取って、トモエに渡す。
こと今回、それぞれに渡す武器についてはトモエが大いに頭を悩ませた。
果たして、流派として至上押している形を渡すのか、教えている物の延長にするのか。最終的には、何処まで行っても実用として、象徴としてというのであればこそ、使える物が良いだろうと。
流石に、両手剣では、太刀と全く御暗示用にとはいかないが、それでも可能な限り、似た扱いでオユキはトモエに特別に誂えた両手剣を渡す。鞘ばかりは、流石に間に合わずトロフィーとして散々に得た鹿の皮を縫い合わせた物になっている。ただ、それ以外では、トモエが実に細かくウーヴェに指定を出したものだ。現状では、どのように振るのが最も体格に、それぞれの慣れにあっているのか。少し先、それを創造した時はどうであるのか。そこまでを踏まえた物として、まさに一点物。

「何度でも繰り返しましょう。これは、容易く命を奪う道具です。」

そして、装飾に関しては、オユキと公爵からもそれぞれ。柄頭に付けられた飾り紐の先には、公爵の予定にあるトモエの教えを受けた物を示す功績と、メイにも慮ってリース伯爵家の紋章の一部を借りている。加えて、トモエとオユキの家を表す紋章と、巫女として使う事を許されている紋章も加えて。あまりにわかりやすく、この武器を持つものが、誰に連なるのかを示す、その証が付随する武器だ。だからこそ、列席者が多いのだ。

「何処まで行っても、これに出来る事は、殺す事だけ。それだけです。」

そして、今一度、トモエは語るのだ。心構えを。武器を手に取る、それが如何なる事かを。

「ですが、持つものは違います。これまで、散々に体感したでしょう。魔物を殺し、そこから得た糧は、確かに多くの人を潤したでしょう。皆で狩りをする。その中で振るった刃、切り捨てた相手、そこに生まれた空間が、他の誰かを助けたでしょう。」

武器は、道具。これを振るった結果として、起きる事は決まっている。しかし、理由は違う。何を求めて、その結果を起こすのか。そこにあまりに大きな差が生まれるのだ。

「これでなにが出来るのか、何を置こうなうのか。それは、今後あなたが探す事です。
 ですが今は、かつての約束通り。準備運動、そこまでは出来るようになったのだと。その分かりやすい形として。」

トモエが、そこまで行って、シグルドに改めて両手剣を突きだす。
これまでの彼が扱っていたものよりも、少し先が広くなり、重量の配分も変わったそれを。合わせて、持ち手にしても、もう少し背も伸びても大きくなるだろうからと、ふと目に作られている。

「重いな。これ。」

今となっては、そんな事を感じないだけの物は、既に身に着けている。

「ええ。私がそれを渡すという事は、これまで当流派を繋いできた方々、その歴史を振り返って遜色ないと。」
「そっか。」
「ですから、不足があると。やはり間違いであったと思えば、勿論。」

その時には、トモエ自ら取り上げに行くと、そうした警告も含めて。

「ああ。でも、どうすっかな。」
「どうか、しましたか。」
「なんで使わないんだって思ったけどさ、万が一を考えたら。」
「己の使う武器、それすら守れぬものなど。」

身の丈に合わぬものを使い、持ち歩くものを守るだけの力が無いほうが悪いとトモエがそこから。その言葉に頷くものもいれば、ただ伝来として倉庫に保管している者達が目を逸らしたりと。
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