憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

観光の時間

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「とすると、あちらにあるのが始まりの。」
「ええ。最も時の流れには耐えられるはずもなく。折に触れて、新しくしている物ではありますが。」

ヴィルヘルミナは自由な時間が多くあったため、存分に王都の観光を既に楽しんでいる。過去はプレイヤーであれば自由に出入りできた場所にしても、無法を働いていたとも言えるが、そこの確認も行った様で、立ち入りに許可がいる場所をこの機会にとねだられた。
そして、どうした所でこれからの用意に誰も彼もが忙しくしている王城以外は、実に簡単に最高権力者によって叶えられている。

「良い風の吹く丘ですね。」

そして、本来であればオユキとトモエだけが同席する予定であった所に、フスカもちゃっかりと座っている。これから国交を樹立しようと、新たに得た奇跡を十全に使うために手を借りる種族。その中で最も齢を重ねているとされている人物が。門の管理、少なくとも神国に於ける物は頼まねばならず、種族としてかつての神が係るものを、ただ他の者達に任せることは出来ぬと言われれば、結局国を巻き込む騒動に発展することになった。
それを差し置いて、他の事ばかりとカナリアが大いにお叱りを受けたのだと、そのような事を恨み言交じりにトモエとオユキに語って聞かせてくれたものではある。

「王祖様の眠る地です。」
「未開の地を拓いた、その息吹が新しい風を常に生むのでしょう。本当に心地よい事。」
「以前神殿の観光を叶えていただいた折に、王太子様から簡単には伺いました。しかし、それを思うのであれば、彼の神殿から、あまりに距離があるようにも。」
「始まりの事が有ったからです。王祖様の遺した記録によれば、己はこれからも魔物を狩らねばならず、彼の神の好まぬものを地に満たす。そうであるならと。」

文化の保護者。歴史を盾に、人の上に立つ存在だ。だからこそ、始まりの記録にしても実に淀みなく。数千年に及ぶそれを、聞かれて直ぐに応えられるように。かつての世界のように、記録された機械で簡単に参照なども出来ないというのに、本当に頭の下がる思いだ。
だからこそ、この町に刻まれた人々の営みというのが何処までも色づいて聞こえるという事でもある。許可を得てではあるが、ヴィルヘルミナがあちらこちらで実に色々と歌声を披露している。
トモエとオユキの観光とはいう物の、少し離れて庇護者であるマリーア公爵もついて来ているし、オユキ達と同様、功績の大きいメイと少年たちも。そちらも、何となれば同席してもとそのような話も出たのだが、残念ながら。オユキとトモエにしても、本人の希望であり王妃がそれを認めたからと許されているに過ぎない。異邦人であるという、ここぞとばかりの言い訳が役に立っているともいうのだが。

「成程。確かにもどかしい関係であったと、そう聞きましたが。」
「ええ。何分始祖である御方。やはり、全ての事が手探りであったのです。」
「王祖様は、どのような来歴でこちらに。」

であれば、王祖であるその人は、一体何処からここまでたどり着いたのか。

「貴方方も良く知っている場所です。始まりの町。全てはそこから。」

だからこそ、この国にとっても、あの町は始まりの町なのだと。国を興したもの、それが何処から来たのかと言えば、そう呼ばれる町から。王都からはあまりにも離れている。道中、確かにあの場がそう呼ばれるにふさわしい町であったのなら、他に拠点もないような場を切り開き、進んできた物だったのだろう。

「だとすれば、領主館が。」
「ええ。流石に建て替えが何度も行われていますが。」

貴族としての区画と、それ以外。確かに分かれている。しかし町の中央は教会であり、正門から見てその裏手にメイの使う屋敷があるのだ。他の貴族たちに向けては、そこからさらに広がっていくことになる。管理の都合と思えば、正しく来歴がという事であるらしい。

「何とも。歴史を感じられる物ですね。」

この場で主体として、色々と話を強請っているのはトモエだ。時にはフスカが嘴を挟むこともあるが、やはり個々の事柄に思いを馳せる事を好むのは、昔から変わらず。オユキの方では、やはり聞くともなしに王妃の語る諸々の来歴に耳を傾けながらも、ただ広がる景色にこそ意識が向く。

「ほう。異邦の巫女の目には、どのように見えますか。」
「王城を臨む、この地。騎士団の訓練場所の不足なども聞きました。しかし、こうして静かな場が、ここまで近くに。どれだけの方が、この場を大事にしているのだろうかと。それが大事な事だと伝えてきたのだろうかと。」

王祖の墓も、この緑の芝生の美しい丘にある。勿論、離れているとはいえ、立派な碑が立てられているため、何処にあるかの確認は出来るというものだ。そして、その周囲を囲むように、それよりも大きさとしては劣るものが。

「激動の時を生きたからこそ、静かな眠りを。愛されているのでしょうね。」
「生憎と、我らでは分からぬ感覚であるな。」
「寿命でそれを得る事が無いわけですし、定命の者の想いというのは、まぁ理解が難しいでしょうとも。」
「逆もまた、そうなのであろう。何とも、この先に問題を抱え込みそうなものだな。」
「それを超えたからこそ、激動と呼び、懐かしんでいるのです。」

新しいものを、何処までも好む相手にかけられる言葉は、あくまで一般論でしかない。そこに何処まで個人のあれこれを乗せたとして、種族差もあり難しいというのは分かっている。

「短い命であるからこそ、積み上げが。私たちの営みが無聊を慰めるというのであれば、こうして礎を思う心があればこそ。そのような物ではないのかと。」
「守るのが何処までも難しく、手の届かぬこともあまりに多く有りはしましたが。」
「成程。確かに、我らの時間と異なり、あまりに早く移ろう。されど方向性があるというのであれば、積み上げているのだろうな。」

勿論、積み上げた物が崩れることもある。新しく始めることもある。

「さて、では改めて王城について。勿論王祖様の折には、間に合っては居りませんでした。」

そして、王都の中にある小高い丘、そこから威容を余すことなく楽しめる王城に話は移る。
最も古い一角、それについては流石に見る事も叶わないという言葉から始まり、外観として楽しめる場所、それらがそれぞれ何代の王の頃に、どういった意図があって作られた物なのか。

「となると、城下町と呼べばよいのでしょうか。」
「現在となっては、貴族区画に。しかし市場はやはり残そうと。」
「成程。以前はあまりに広い為、日々の品を求める場が近くにと、そのようにも聞きましたが。」
「表向きには、納得のしやすい理由としてはそれですね。そもそも、使用人までを含めれば、ああして歩いて楽しむような量ではどうにもなりません。」

だとすれば、市場で未だに一件だけ。氷菓を扱うあの人物にしても、アルゼオ公爵家が。
そうして、のんびりと話を聞けば、また次へと場所を移す。今度の移動はいよいよ、町の中を別ける壁の外に。流石に側に迄という不作法は無いが、当然の如く付き従う者達は多い。オユキやトモエが招いたという訳ではないが、それを望む者達も相応にいて、配慮があった結果であろう。そう言った者達を引き連れて、いよいよ雑多な場所に出ればそこから先は同行者が増える。

「確かに、公にとは言いましたが。」

ただ、まぁ、これこそ不意打ちの類ではと、オユキから。

「翼人種の暮らす場が、王都の上空に突然現れたのです。」
「その布告は、既に行ったとか。」
「改めて、こうして。その必要性は分かるでしょう。」
「異空と流離の神が、かつての世界から持ち込んだ我らの暮らしていた土地。それこそ彼の神が力を失わぬ限りは、落ちる事などありえぬというのに。」

フスカが実に不満げに零す。オユキにしても、こういった世界であれば、馴染んでいても等とは考えていたが。

「オユキさん。世界の在り方など、これまで聞いた事しか無い方にとってみれば。」
「確かに、不安は生まれますか。」

そもそも、この世界は平面の大地が樹木に支えられているという、かつての世界における物理に全力で喧嘩を売っている宇宙観なのだ。それこそ、断崖を飛び降りた時にも、根がどうなっているかを見る事も出来なかった。
世界樹が大地を支えるというのは、どうにか飲み込んだとしても。では、その世界樹が何処に根を下ろしているのか、どうやって大地を支えるだけの力をと疑問しか浮かばない。カナリアとの話し合いの結果として、拠点というのが主要な根に沿う形で神々から指示をされ、教会が作られる場所もそうであるだろうと、そのような話にはなっている。

「人心を鎮めるのも、確かに仕事のうちではありますか。」
「オユキが持ち込んだ事でもあります。」
「さて、彼の神より力の一端を。そう決めたのは、神々の配剤ではあるかと。」

今となっては、周囲を以前に王都でも見た装備を身に着けた者達が固めている。以前は気楽にメイの緊張であったりを子供たちと眺めた物だが。今度ばかりは、オユキとトモエもその役をしなければならないらしい。

「フスカ様は。」
「話には聞いていました。顔見せも必要でしょう。今後、こちらの神殿で手伝う者はまた選びますが。」
「そう言えば、どれほどの数が。」
「世界の崩壊を超えて、そうなりましたから、あまり多くはありませんよ。他を見て回ることを選んだものを除けば、高々一万と少々です。」

一種族の総数、そう考えれば確かに少ない。だが、それほどの人数が一度にというのは、また大きな問題でもある。カナリアを基準に考えていたものだが、空を飛ぶのだ。運動量というのは、それはそれは愉快な量であり、カナリアとは比べ物にならない程よく食べるのだ。そして、これまではいよいよ人里と隔絶されていた場所で暮らしていたこともあり、生来の好奇心の旺盛さというものもある。未だ調整中ということもあり、この長老である人物と種族の神が語った言葉もあるため、カナリアを案内役に頼むという事は守られている。

「実際には、こちらに我らの住処は残らないのですが。」
「おや、そうなのですか。」
「ええ。新しく神域を作る場、その側に。私たちも頼まれた事が有りますから。」
「橋を建てることに、ご協力いただけるのですね。」
「それと、そちらに私たちの好む肉となる魔物が増えるとも聞いていますし。」

種族として、分かりやすい欲を持ってくれている相手というのは、有難い事ではある。交渉事、そこで使える明確な手札があるという事でもあるのだから。ただ、またメイにかかる負担が増えるという事でもあり、また何か言われそうでもある。勿論、今後の予定がお互い立て込んでおり、真っ当に会話をする機会はいよいよ先になる。つまりは、次に会うときには積もったものが出来ているという事でもあるのだが。
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