憧れの世界でもう一度

五味

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35章 流れに揺蕩う

かねてから

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夜会は、成功に終わったといっても良い物ではあったのだろう。
当初の目的であった、狩猟者ギルドの押し付けてきている面倒。そちらに対して、明確に不満があるのだと示したうえで甲斐性がなされないのであれば、今後の主な取引先としては商業ギルドと直接行うのだと示した。ついでとばかりに、オユキが主体となって進めている鞘造りにしても進めることが出来た。そうした面では、確かに開催にあたってトモエが目的としていた内容が進んだこともある。
本来であれば、少なくとも何某かの確約を狩猟者ギルドの相手から引き出したかったのだが、生憎とそこまでの時間が無かった。寧ろ、簡単に話が纏まったとみるや、そこから先はとにかく色々な相手から挨拶を受け続けて気が付けばオユキが眠る時間になったのだ。
夜会として、今回はパートナーを伴っての会であったこともあり、基本的には配偶者と。一部は子供を連れていたり、約束のある相手であったり。そうした者たちを伴ったうえでのあいさつだ。それも、今となっては四家しかない公爵家でもあり、そこに戦と武技の巫女、新興のファンタズマ子爵家が顔を出しているという。寄子の者達、一部でしかないのだろうが、公爵としても同じ寄子として顔を合わせておけとでもいうように、相応の数が夜会に参加しておりそれはもう時間がかかった。
トモエは、何故マリーア伯爵夫妻が側にいるのかと、それこそ狩猟者ギルドの人物と商業ギルドからの相手に対応する時だけではないのかと。そう考えていたのだが、寧ろ本番はそちらでは無いとばかりに多くの相手からの攻勢を受ける事になった。中には、公爵からの依頼で一日だけトモエが見た相手もいる。今一つ顔と名前が一致しない者たちではあったのだが、先方から覚えておられるかと声をかけられた上で、己が連れてきた相手を紹介させてくれと言われて。
そうしてみれば、一応は思い出せはするのだが、思い出したつもりになっているだけかもしれないなと内心では首を傾げつつ。成程、オユキが理解している、覚えているのだと、そうした振りをして見せる時はこのような心境なのかとそんな事を考えながら。挨拶で顔と名前だけをとなるかと思えば、当然そんな事は無く。王都にいる者たちに関しては、役職であり普段はどのような事をしているのか。ついでとばかりに、係累の簡単な紹介もされたりと、それはもう、実に忙しい時間であった。オユキはトモエに任せてのんびりと葡萄酒を傾けていたのだが。

「オユキさん、おはようございます」
「ああ、トモエさん」

常であれば、トモエではなくオユキが対応をしていた。今後はトモエが引き取っていくと決めたことではあるのだが、慣れるまでは大変そうだなとそんな事を考えながら。

「ええと、昨夜は」
「オユキさんは、どうにもお酒を進めてしまうと」
「一応、酒量の把握はしていたはずですが」
「ここ暫くは、確かに少しづつ増えていましたが、こちらに来たばかりの頃を思えばグラス一杯でも過ぎた量ですから」
「言われてみれば」
「それに、普段の物と言う事であれば、オユキさん用に酒精の弱い物をお出ししていますし」

実際には、薄めた物を用意しているのだ。
最初の頃は、それこそ水で薄めてとしていたものだが、アルノーが来てからは葡萄の果汁であったり、それこそ料理に合わせる形で色々と手を変え品を変えとしている。アルコールを飛ばすために、一度火を入れた物を混ぜたりとそれこそ手を変え品を変え。そうした話をしてみれば、何やら愕然とした表情でオユキがトモエを見るのだが。

「昨夜の物は、そうした用意が出来ませんでしたから」
「トモエさん」
「運動をしていない時にでも、オユキさんの許容量はグラスで二杯なのでしょうね。その、年齢の自覚もできたわけですし」
「確かに、こちらに来た時の年齢を考えたらとは思いますが」
「オユキさん」
「いえ、流石に私としても、問題があるかとは思いますが」
「お好きですからね」

いつからかと聞かれると、トモエにしても明確に覚えているわけではない。それこそ、であったころには既にオユキは覚えていたのだ。あの男がと、そんな事を考えたりもしたものだが、オユキの様子を見る限りやはりそうでは無い様子。恐らくは、元となった舞台で進められ、少しくらいは現実でもと考えて。そこからはまったのだろうと、そんな事を考えながら。
ただ、まぁ、トモエにしても散々に体を動かした後、夜の時間であったり食事に合わせてというのは確かに好んでいたものだが。

「トモエさん」
「今後の事を考えたときに、といいますか」
「ええと、私も、気をつけてはいきますが」
「確かに、今更ではありますし、あのような場で口をつけないというのが問題になるというのは、私も知ってはいますが」

過去では、大事な時間であったには違いない。今後の事、それを考えたときにもオユキにとっては大事であるには違いない。問題があるのだとすれば。

「オユキさんは、セツナ様があまり好まれていないというのは」
「それですか」
「クレド様は、気にされていないようですが」
「一応、案はありますし、知識があるにはあるのですが」
「酒造は、大変だと思いますが。それに、米にしてもこちらにあるものは」
「いえ、かつての話になりますが、国外でも育てた上でとしていたこともありますから」

そうしてオユキが話してみるのだが、トモエがなにやら不安げにしているのはそればかりではないと気が付いて。

「期間、ですよね」
「はい。成功して、今後残すのかという問題もありますから」
「エステール様、いえ、この場合はローレンツ様のほうが良いですか」
「子爵家の行いとしますか」
「昨夜、商業ギルドの方とも面識を得られましたから。一応、こちらにもないかと探してはいたのですが」
「お米の活用は、進んでいない様子ですからね。ですが、麹は、オユキさん」

こちらでも、菌類とでもいえばいいのだろうか。以前に、オユキが風邪を引いたことを考えても、そうした物が存在しているのはトモエも理解している。そもそも、葡萄酒と言うものが存在しているのだ。発酵という行為が、当然のように行えるのだと、その理解はトモエにある。
だが、どうにもオユキの話を聞いている限りでは、既に目途が立っているとそうした様子でもあるため。

「あの、トモエさん」
「オユキさん」

軽く、頬を抑えて。
隠し事がありますよねと、トモエがオユキを問い詰める様に、普段よりも少し力を入れて頬を抑えながら。そろそろ、起き上がって朝の日課を、そんな事をオユキが考えているのは分かるのだが、やはりその前に問い詰めなければならない事というのもあるのだ。
ここ暫く、確かにトモエとオユキが離れて動く時間もあった。その時間で、てっきりオユキは刺繍にばかり励んでいると、そう考えていたのだが。

「トモエさん、こちらの醤油や味噌が」
「そちらもですか」
「私も、少し懐かしい味がとも思いますし」
「オユキさんは、そうでは無いでしょう」

言ってしまえば、オユキがこうした振る舞いをするのは、やはりトモエのためなのだろう。

「醤油に関しては、こちらにある魚醤が基本とされているのもそうですし、こう、大豆を使っている物は」
「そうですね。魚醤に寄せる形で、かなり癖が強い物になっていますからね」
「薄めてと言う事も考えては見たのですが、やはりそれでもこう、記憶にあるものと違うといいますか」
「オユキさんは、そこまで長期的な物を考えていないと、考えないと、そう思っていましたが」

そう、これまで、オユキはそういった事柄を避けていたはずなのだ。
だというのに、こうしてトモエに話しているのだから。気が変わったのだろうかと、そんなはずはないだろうと、オユキの目をしっかりとのぞき込んで。そうしてみれば、何かあったのだと分かる。それこそ、先ほどオユキが口にしていたように、今後の事を考えてと言う事なのだろう。エステールに、ローレンツに子爵家をそのまま預けるのだと考えたときに、今のままと言う訳にはいかないのだとそう考えたからなのだろう。

「そうなると、私の預かっている物が」
「それ、なんですよね。トモエさんは、その」
「間に合いはしないでしょう。ローレンツ卿にそのままとするにしても、レジス候に話を通さねばなりませんし」

オユキは、最早隠す心算も無く。

「では、一度としましょうか。その時には、ローレンツ様も」
「分かりました。オユキさん、今後は公言するのですね」

トモエが、はっきりと。其処だけは、確かにトモエも理解しているのだが確認をさせてくれと。オユキの瞳をまっすぐに覗き込んだうえで、改めて言葉を作る。
そうしてみれば、オユキははっきりと疲れたように、泣き出すかのように顔を無理やり崩れた笑顔にして。

「ええ。時間は、有限だとお伝えしましょう、方々に」
「だからこそ、止めてくれるなと、そういう事なのでしょう」

オユキが、トモエに対して約束を使った一つ。それが、今後オユキに対して頼まれる巫女としての、オユキ自身を使いつぶすような頼みごとについて。トモエが許せぬのだとしても、オユキが良しとしたのであればどうかそのようにと。

「では、そのようにしますか」
「トモエさん」
「今後の事、そうですね、オユキさんはこのファンタズマ子爵家を遺す心算があるのですね」
「はい。なんだかんだと、引き受けている方々もいますから。何より、今後を考えたときに、ですね」
「そうなんですよね」

そう、オユキにしても人手が必要だとそれは理解しているのだ。だが、それをこれまで行っていなかった理由、それに関して明確な物がある。今後、残るつもりが無い。一時期は、それもオユキは考えたのだろうが、それにしてもトモエが断ればと考えていた。だが、今はオユキ自身が望んでいない。だからこそ、オユキは考えていなかったのだが、今となってはエステールがいる。シェリアもいる。今後、それを話すときに後を頼める者たちが、それを望む者たちがいる。

「オユキさん」
「あの、トモエさん」
「やはり、家の中の事だけは、退屈ですか」

だからこそ、今後あまり移動をしなくても良いとなった今だからこそ。オユキは、そうして新しく考えることも増えてきているのだろう。今は刺繍に忙しくしているには違いないのだが、それだけではと考えているのだろうから。
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