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第5章 5年が過ぎた
5.8 大地震来る、その前
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翌日、新聞・テレビ・インターネットとあらゆるメディアに、「7月14日、日本列島をM8.5の東海地震が襲う、続いて東南海地震(M7.8)、関東地震(M8)、さらに富士山噴火も!」という巨大な活字が躍った。
大部分の国民はすでに首相の談話を見るか聞いており、さらには、その後の夜通し放映されたテレビの特集番組を見て十分内容を知っていたが、その朝の新聞なりテレビなりを見ずにはおられなかった。
すでに、東海地震と東南海地震による震度予想と津波の波高予想は発表されていた。それで発表された震度と津波高が、すでに朝の段階でテレビや新聞に載せられているが、それらはそれほど各地の震度や波高を詳しくとらえたものではなかった。
また、東海地震による関東地震の連動については、懸念はされていたがやや確率が低いというので、朝の報道の段階では震度予想は間に合っていなかった。富士山の噴火についても、今のところ宝永大噴火のデータが示された程度であった。
朝9時に、地震予知連絡会から、12時に各地の震度予想及び津波の波高予想を発表するとの連絡があり、同時にインターネットによって、中央官庁のすべてと、都道府県庁、市町村役所のすべてに同時に送信し、1時間後に地震予知連絡会のホームベージに掲げる旨の発表があった。
いつこの情報が入手できるのか、じりじりしていた国交省、経産省、厚労省、防衛省に各地方官庁は期待より速い地震予知連絡会の動きに快哉を叫んだ。過去1年の3回の地震予知は、今回のように精密なもので、まさに予測通りのものであったが、最大でM5.5、震度4程度のもので、実際的な被害が生じるようなものではなかった。
そのため、各官庁ともそれなりの警告は出して備えはしたもののそれほどの緊張感はなかった。しかし、今回予想されている地震はそれらとは桁が違う。マグネチュードが1違うとそのエネルギーが32倍違うのだ。また耐震化が相当に進んでいる日本においても、震度5強くらいから被害が顕著になり、震度7であると耐震化していない建物はほぼ全滅、耐震化していても被害が避けられないというレベルである。
各自地体の担当職員は、大体見当がついているといっても、その予想される値によって被害が大幅に異なるので、祈るような気持ちでデータを待った。焼津市役所の土木課技師である山田洋治は「来た!」という見山係長の叫びを聞いた。そして、すぐさまコンピュータの前で画面に見入って操作している見山の席に駆け寄った。
他の職員は見山のコンピュータから送られるデータを示す、100インチのスクリーンを見ることのできる位置に場所を移した。すでに課長を始め10人ほどが待ち構えているスクリーンに、予知連絡会からのファイルが現れそれが開かれる。
そこに、東海地震、東南海地震及び関東地震の震度予想データ及び津波の波高予想データが入っており、そのデータは国土地理院から提供されている国土WEBに重ねられる。焼津市の位置がどんどんをスクロールされて、すぐに市域全部が示される。魔力によってコンピュータを操る見山の操作は鮮やかなもので、すぐに彼の説明が入る。
「まず、東南海地震だ。黄色が震度予想の線、ピンクが津波の線だ」
見慣れた地図上に黄色とピンクの線が現れるやどよめきが起きる。震度の等高線ははわずか3種類、7、6+、6のみであり、見たところ市内の面積の1/6を7が占め、1/3を6+が占め、残り半分を6が占めている。津波は海岸に沿って基準線が引かれて、波打った5m~15mの等高線が基準線を中心に引かれている。
それを見ると、焼津市では7m~9mの波高ということになる。「あー、津波はレベル1を超えるか!」叫びがあがる。焼津市はすでに数十年に1度起こるレベルの地震(レベル1地震動)による津波に対応する防潮堤の整備は終わっている。これは、高さ8から6mの護岸が海岸線を守っており、それ以下の波高であれば、津波による内陸部の被害は殆どなしに切り抜けられる。
しかし、予測は、全体にそれを1mほど超えており、海岸近くの標高の低い地域の被害は避けられない。震度については大体予想通りであるが、これもレベル1を超えていて、震度7あるいは6+の地域では被害は避けられない。
すでに耐震補強が終わっている公共の建物については、ある程度の補強で継続使用は可能である。だが、まだ耐震補強が終わっていない、民間の建物約5千棟の内で、震度の大きい半分の地域のそのまた半分以上は全半壊するであろう。
ちなみに、津波については防潮堤の効果で内部に入り込む波の高さは1m以下であると予想され、それも海岸沿いには鉄筋コンクリート製の建物が立ち並んでいるので、ほとんどの波の衝撃はそれによって消されることになる。従って、市役所を始め標高が低い立地の建物は、水深1mの水に漬かることになるが、その衝撃で破壊されることにはならない見込みだ。
このように、国土強靭化の掛け声で国を挙げた地震対策としての耐震補強、地震対策のための改修あるいは津波対策は今までにほぼ整備が終わっており、さまざまな震災後のための資機材、食料の備蓄等、さらに避難所の準備も整えられ、避難の手法と組織建て及び訓練も終わっている。
しかし、いままでの考え方は今回のように1週間も前に予測ができているというものではなく、ある程度危険はあらかじめ予測できていても地震の規模等は起きてみないとわからないというものであった。その意味では、今回の予測は有難いと共に、その準備期間にどれだけのことができるかという課題を、市役所を始めとして消防署など関係機関に突き付けるものであった。
さらに、画面には説明の言葉と共に、東海地震の2日後に起きる、東南海地震による震度及び津波の予想、さらにその1日程度後に起きる関東地震による震度の予想が示された。焼津市については、東南海地震によっては、ごく一部の地域が震度5+で残りは震度4から4+であり、津波は3m~4mで防潮堤により防げる高さであった。続いて関東地震によっては津波の発生はなく、最大震度が3程度で特に被害は生じない見込みであった。富士山の噴火に関する予測は3日後とされている。
東南海地震については、津波では大きな問題はないで予想で、地震動は東海地震に比べると弱い。だが、強い地震の後の地震は振動は弱くても構造的に被害を受けているところを揺さぶられるので、被害が大きくなりがちである点で要注意である。さらに、この予測には東海、東南海地震の後にM6.5級の余震が起きるとしており、これについては明日予測を発表するとしている。
午後1時半、画面を見ながら喧々諤々の議論の中で慌ただしく昼食を摂った職員は、係長以上が大会議室に集合し、他のものはテレビ画面の前に集まった。58歳の地元の有力者の一族の出身である長身の衣川純一市長の訓話である。
「職員の皆さん、慌ただしい時の貴重な時間ですから手短に話をさせて頂きます。今回の予測の内容はすでに皆さんもご存知ですので、繰り返しては申しません。しかし、今回はこの地震予知会の発表にみられるように、殆ど正しいと思われる震度、及び津波の波高の予測が得られています。
その上に、過去20年に及ぶ期間、莫大な費用と労力をかけたハードとしての防潮堤、耐震補強等の耐震対策および、ソフトとしての避難対策などの減災対策があります。従って、今回の地震については未曽有の大災害ではありますが、少なくとも人命の損失は100%防げます。防げなくてはなりません。
とりわけ、お年寄りや障碍者の方々を見逃さないように避難の誘導をお願いします。さらに、財産の損失、これについては100%といかないのはわかっていますが、出来るだけ知恵を絞って最小化すべく努力してください。あと、最大の被害をもたらす東海地震までの6日間の地震に備えての様々な準備がまず必要です。
さらに東南海地震、関東地震の影響の中での東海地震による被害の復旧、また更に続く富士山の噴火、今後1ヵ月は息をつく間もない日々であろうと思います。しかし、皆さん、その中でも自分の体と精神のケアを忘れてはいけまません。
多くの職員の皆さんは魔力発現の処方を受けており、昔の基準で言えば超人的な体力と知力を持っています。その点は大変頼もしく思っていますが、無理は禁物です。ここにおられる係長以上の皆さんは、部下の体と精神のケアを第一にしてください。そして、皆さん自身も同様です。
さて、こちらは皆さんもご存知の清水大学の危機対応が御専門の皆川先生です。無理にお願いして、これから一連の災害の間は、大部分の期間、わが市に御滞在してご指導いただけることになりました。先生、今回の災害についての職員のやるべきことについて簡単にお願い致します」
衣川市長は皆川准教授にマイクを譲り、壇から降り、それに代わって壇にあがった若く小柄な皆川が話し始める。
「はい、皆川です。多くの方とはすでに何度かお話をさせて頂きました。そして、この焼津市役所にはすでに立派な地震時の行動を示したマニュアルもありますし、それにそって訓練も何度も積んでおられます。
基本的にはそのマニュアルに沿って準備と、当日の行動をして頂けれらばいいので、自信を持っていただきたいと思います。ただ、マニュアルが作られた時点では地震の日時、震度、津波の予測がここまで正確にできるとは想定していなかったので、準備段階でかなり違った面があります。
それは主として財産の保全という面です。人命を守るための行動は、あらかじめ余裕を持って出来ますので問題はないでしょう。財産を保全については、すでに今の予知連絡会の予測モデルが完成した時から、こうなることは解かっていましたので、何度かはお話しさせて頂いています。
それは、要は建物の緊急補強と財産の避難ですね。特に津波の衝撃を受ける海に面した鉄筋コンクリート製の建物の窓や出入口の補強や防水が必要です。また、冠水する家の家具や畳などを避難させる、あるいは地震動対策として建物の中の家具等の固定や外に運び出し、建物が持つかどうか怪しい場合には外に運び出すなどが必要です。
さらに、今算定されている地震動では確実にもたない場合は取り壊すことも選択肢に入ります。まあ、以上のようなことを建設業者さんの力を借りてどう組織立ってやっていくか、そのあたりを早急に話し会って決めたいと思います。では、皆さん、今市長さんが言われたように自分の体と精神をいたわりながら頑張りましょう」
土木課技師である山田洋治は画面を見ながら話を聞いていたが、会議が終わって出席者が部屋を去るのを見て、「さあ、頑張るぞ!」と気合を入れた。
間もなく、課長と係長3名が帰って来て、11名の職員による課内会議が始まった。彼らの役割は、土木課として管理する道路や橋、危険な傾斜部等について可能な限り補強をすること、さらに海沿いのいわばバリヤーの役割をする家の出入口や窓の補強・防水を行うことになっている。
これらについては、すでに危険個所・必要箇所のチェックは終わっており、基本的な手当ての方法も決まっていた。各々の課員の作業内容の割り当てが決まり、16時に呼んでいた土建業者が集まっていたので、彼らと協議に入る。これらの土建業者は、市と協定を結んでいて、こうした場合には、市職員の指揮下で地震前の様々な準備と地震後の復旧に従事するのだ。
翌日から具体的な作業に入るが、今日はゆっくり休むようにという課長の指示で早めに家に帰る。彼の家は藤戸川に近い2階建ての家であり、28歳の彼と56歳の父及び54歳の母と住んでいる。彼には30歳の姉もいるが、東京に住んでいてすでに結婚している。18時半に帰った時、地元の漁協に勤めている父はすでに帰っており、風呂に入っていた。
父が風呂から上がって、明日からの話になった。
「俺は、明日から組合のことが忙しくて場合によっては泊まり込みになる。たぶん2日に一度程度しか帰れんだろうと思う」
市役所でのことを説明した洋治に父が言い、彼の顔を見て付け加える。
「洋治、お前も忙しいだろうが、できるだけ澄江のために帰ってやって欲しい」
「うん、多分毎日家に帰るのはできると思う。役所には泊まるなと言われているからね」
洋治の答えに母の澄江が言う。
「いいのよ、そんなに気を遣わななくても、どのみち当日は避難所で泊まるし、それまでに1階の畳と家具やらを2階に上げるのは業者さんが来てくれるのよね?」
「いや、出来るだけは帰るよ。それから、そうだよ、ここは弱められてはいるけど、藤戸川を上ってくる津波のため1.2m冠水の予想だからね。だから、いま役所で手配している業者さんかボランティアから2人ほど派遣されるよ。
しかし、前だったら畳もひっくるめてタンスとかを2階に上げるのに、2人というのは考えられなかったけど、今は身体強化があるからね。しかし、父さん、2階はその重量は大丈夫かな?」
洋治の話に父が答える。
「ああ、この家は結構丈夫に作っているから大丈夫だ。心配ない」
このようにして、焼津市の地震の準備は着々と進んでいった。
大部分の国民はすでに首相の談話を見るか聞いており、さらには、その後の夜通し放映されたテレビの特集番組を見て十分内容を知っていたが、その朝の新聞なりテレビなりを見ずにはおられなかった。
すでに、東海地震と東南海地震による震度予想と津波の波高予想は発表されていた。それで発表された震度と津波高が、すでに朝の段階でテレビや新聞に載せられているが、それらはそれほど各地の震度や波高を詳しくとらえたものではなかった。
また、東海地震による関東地震の連動については、懸念はされていたがやや確率が低いというので、朝の報道の段階では震度予想は間に合っていなかった。富士山の噴火についても、今のところ宝永大噴火のデータが示された程度であった。
朝9時に、地震予知連絡会から、12時に各地の震度予想及び津波の波高予想を発表するとの連絡があり、同時にインターネットによって、中央官庁のすべてと、都道府県庁、市町村役所のすべてに同時に送信し、1時間後に地震予知連絡会のホームベージに掲げる旨の発表があった。
いつこの情報が入手できるのか、じりじりしていた国交省、経産省、厚労省、防衛省に各地方官庁は期待より速い地震予知連絡会の動きに快哉を叫んだ。過去1年の3回の地震予知は、今回のように精密なもので、まさに予測通りのものであったが、最大でM5.5、震度4程度のもので、実際的な被害が生じるようなものではなかった。
そのため、各官庁ともそれなりの警告は出して備えはしたもののそれほどの緊張感はなかった。しかし、今回予想されている地震はそれらとは桁が違う。マグネチュードが1違うとそのエネルギーが32倍違うのだ。また耐震化が相当に進んでいる日本においても、震度5強くらいから被害が顕著になり、震度7であると耐震化していない建物はほぼ全滅、耐震化していても被害が避けられないというレベルである。
各自地体の担当職員は、大体見当がついているといっても、その予想される値によって被害が大幅に異なるので、祈るような気持ちでデータを待った。焼津市役所の土木課技師である山田洋治は「来た!」という見山係長の叫びを聞いた。そして、すぐさまコンピュータの前で画面に見入って操作している見山の席に駆け寄った。
他の職員は見山のコンピュータから送られるデータを示す、100インチのスクリーンを見ることのできる位置に場所を移した。すでに課長を始め10人ほどが待ち構えているスクリーンに、予知連絡会からのファイルが現れそれが開かれる。
そこに、東海地震、東南海地震及び関東地震の震度予想データ及び津波の波高予想データが入っており、そのデータは国土地理院から提供されている国土WEBに重ねられる。焼津市の位置がどんどんをスクロールされて、すぐに市域全部が示される。魔力によってコンピュータを操る見山の操作は鮮やかなもので、すぐに彼の説明が入る。
「まず、東南海地震だ。黄色が震度予想の線、ピンクが津波の線だ」
見慣れた地図上に黄色とピンクの線が現れるやどよめきが起きる。震度の等高線ははわずか3種類、7、6+、6のみであり、見たところ市内の面積の1/6を7が占め、1/3を6+が占め、残り半分を6が占めている。津波は海岸に沿って基準線が引かれて、波打った5m~15mの等高線が基準線を中心に引かれている。
それを見ると、焼津市では7m~9mの波高ということになる。「あー、津波はレベル1を超えるか!」叫びがあがる。焼津市はすでに数十年に1度起こるレベルの地震(レベル1地震動)による津波に対応する防潮堤の整備は終わっている。これは、高さ8から6mの護岸が海岸線を守っており、それ以下の波高であれば、津波による内陸部の被害は殆どなしに切り抜けられる。
しかし、予測は、全体にそれを1mほど超えており、海岸近くの標高の低い地域の被害は避けられない。震度については大体予想通りであるが、これもレベル1を超えていて、震度7あるいは6+の地域では被害は避けられない。
すでに耐震補強が終わっている公共の建物については、ある程度の補強で継続使用は可能である。だが、まだ耐震補強が終わっていない、民間の建物約5千棟の内で、震度の大きい半分の地域のそのまた半分以上は全半壊するであろう。
ちなみに、津波については防潮堤の効果で内部に入り込む波の高さは1m以下であると予想され、それも海岸沿いには鉄筋コンクリート製の建物が立ち並んでいるので、ほとんどの波の衝撃はそれによって消されることになる。従って、市役所を始め標高が低い立地の建物は、水深1mの水に漬かることになるが、その衝撃で破壊されることにはならない見込みだ。
このように、国土強靭化の掛け声で国を挙げた地震対策としての耐震補強、地震対策のための改修あるいは津波対策は今までにほぼ整備が終わっており、さまざまな震災後のための資機材、食料の備蓄等、さらに避難所の準備も整えられ、避難の手法と組織建て及び訓練も終わっている。
しかし、いままでの考え方は今回のように1週間も前に予測ができているというものではなく、ある程度危険はあらかじめ予測できていても地震の規模等は起きてみないとわからないというものであった。その意味では、今回の予測は有難いと共に、その準備期間にどれだけのことができるかという課題を、市役所を始めとして消防署など関係機関に突き付けるものであった。
さらに、画面には説明の言葉と共に、東海地震の2日後に起きる、東南海地震による震度及び津波の予想、さらにその1日程度後に起きる関東地震による震度の予想が示された。焼津市については、東南海地震によっては、ごく一部の地域が震度5+で残りは震度4から4+であり、津波は3m~4mで防潮堤により防げる高さであった。続いて関東地震によっては津波の発生はなく、最大震度が3程度で特に被害は生じない見込みであった。富士山の噴火に関する予測は3日後とされている。
東南海地震については、津波では大きな問題はないで予想で、地震動は東海地震に比べると弱い。だが、強い地震の後の地震は振動は弱くても構造的に被害を受けているところを揺さぶられるので、被害が大きくなりがちである点で要注意である。さらに、この予測には東海、東南海地震の後にM6.5級の余震が起きるとしており、これについては明日予測を発表するとしている。
午後1時半、画面を見ながら喧々諤々の議論の中で慌ただしく昼食を摂った職員は、係長以上が大会議室に集合し、他のものはテレビ画面の前に集まった。58歳の地元の有力者の一族の出身である長身の衣川純一市長の訓話である。
「職員の皆さん、慌ただしい時の貴重な時間ですから手短に話をさせて頂きます。今回の予測の内容はすでに皆さんもご存知ですので、繰り返しては申しません。しかし、今回はこの地震予知会の発表にみられるように、殆ど正しいと思われる震度、及び津波の波高の予測が得られています。
その上に、過去20年に及ぶ期間、莫大な費用と労力をかけたハードとしての防潮堤、耐震補強等の耐震対策および、ソフトとしての避難対策などの減災対策があります。従って、今回の地震については未曽有の大災害ではありますが、少なくとも人命の損失は100%防げます。防げなくてはなりません。
とりわけ、お年寄りや障碍者の方々を見逃さないように避難の誘導をお願いします。さらに、財産の損失、これについては100%といかないのはわかっていますが、出来るだけ知恵を絞って最小化すべく努力してください。あと、最大の被害をもたらす東海地震までの6日間の地震に備えての様々な準備がまず必要です。
さらに東南海地震、関東地震の影響の中での東海地震による被害の復旧、また更に続く富士山の噴火、今後1ヵ月は息をつく間もない日々であろうと思います。しかし、皆さん、その中でも自分の体と精神のケアを忘れてはいけまません。
多くの職員の皆さんは魔力発現の処方を受けており、昔の基準で言えば超人的な体力と知力を持っています。その点は大変頼もしく思っていますが、無理は禁物です。ここにおられる係長以上の皆さんは、部下の体と精神のケアを第一にしてください。そして、皆さん自身も同様です。
さて、こちらは皆さんもご存知の清水大学の危機対応が御専門の皆川先生です。無理にお願いして、これから一連の災害の間は、大部分の期間、わが市に御滞在してご指導いただけることになりました。先生、今回の災害についての職員のやるべきことについて簡単にお願い致します」
衣川市長は皆川准教授にマイクを譲り、壇から降り、それに代わって壇にあがった若く小柄な皆川が話し始める。
「はい、皆川です。多くの方とはすでに何度かお話をさせて頂きました。そして、この焼津市役所にはすでに立派な地震時の行動を示したマニュアルもありますし、それにそって訓練も何度も積んでおられます。
基本的にはそのマニュアルに沿って準備と、当日の行動をして頂けれらばいいので、自信を持っていただきたいと思います。ただ、マニュアルが作られた時点では地震の日時、震度、津波の予測がここまで正確にできるとは想定していなかったので、準備段階でかなり違った面があります。
それは主として財産の保全という面です。人命を守るための行動は、あらかじめ余裕を持って出来ますので問題はないでしょう。財産を保全については、すでに今の予知連絡会の予測モデルが完成した時から、こうなることは解かっていましたので、何度かはお話しさせて頂いています。
それは、要は建物の緊急補強と財産の避難ですね。特に津波の衝撃を受ける海に面した鉄筋コンクリート製の建物の窓や出入口の補強や防水が必要です。また、冠水する家の家具や畳などを避難させる、あるいは地震動対策として建物の中の家具等の固定や外に運び出し、建物が持つかどうか怪しい場合には外に運び出すなどが必要です。
さらに、今算定されている地震動では確実にもたない場合は取り壊すことも選択肢に入ります。まあ、以上のようなことを建設業者さんの力を借りてどう組織立ってやっていくか、そのあたりを早急に話し会って決めたいと思います。では、皆さん、今市長さんが言われたように自分の体と精神をいたわりながら頑張りましょう」
土木課技師である山田洋治は画面を見ながら話を聞いていたが、会議が終わって出席者が部屋を去るのを見て、「さあ、頑張るぞ!」と気合を入れた。
間もなく、課長と係長3名が帰って来て、11名の職員による課内会議が始まった。彼らの役割は、土木課として管理する道路や橋、危険な傾斜部等について可能な限り補強をすること、さらに海沿いのいわばバリヤーの役割をする家の出入口や窓の補強・防水を行うことになっている。
これらについては、すでに危険個所・必要箇所のチェックは終わっており、基本的な手当ての方法も決まっていた。各々の課員の作業内容の割り当てが決まり、16時に呼んでいた土建業者が集まっていたので、彼らと協議に入る。これらの土建業者は、市と協定を結んでいて、こうした場合には、市職員の指揮下で地震前の様々な準備と地震後の復旧に従事するのだ。
翌日から具体的な作業に入るが、今日はゆっくり休むようにという課長の指示で早めに家に帰る。彼の家は藤戸川に近い2階建ての家であり、28歳の彼と56歳の父及び54歳の母と住んでいる。彼には30歳の姉もいるが、東京に住んでいてすでに結婚している。18時半に帰った時、地元の漁協に勤めている父はすでに帰っており、風呂に入っていた。
父が風呂から上がって、明日からの話になった。
「俺は、明日から組合のことが忙しくて場合によっては泊まり込みになる。たぶん2日に一度程度しか帰れんだろうと思う」
市役所でのことを説明した洋治に父が言い、彼の顔を見て付け加える。
「洋治、お前も忙しいだろうが、できるだけ澄江のために帰ってやって欲しい」
「うん、多分毎日家に帰るのはできると思う。役所には泊まるなと言われているからね」
洋治の答えに母の澄江が言う。
「いいのよ、そんなに気を遣わななくても、どのみち当日は避難所で泊まるし、それまでに1階の畳と家具やらを2階に上げるのは業者さんが来てくれるのよね?」
「いや、出来るだけは帰るよ。それから、そうだよ、ここは弱められてはいるけど、藤戸川を上ってくる津波のため1.2m冠水の予想だからね。だから、いま役所で手配している業者さんかボランティアから2人ほど派遣されるよ。
しかし、前だったら畳もひっくるめてタンスとかを2階に上げるのに、2人というのは考えられなかったけど、今は身体強化があるからね。しかし、父さん、2階はその重量は大丈夫かな?」
洋治の話に父が答える。
「ああ、この家は結構丈夫に作っているから大丈夫だ。心配ない」
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