帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第10章 対アンノ戦争勃発

10.3 EU侵略さる

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 イギリスでは、大きな犠牲を払いながら一旦アンノを撃退したが、欧州本土としては、すでにアンノ機が我が物顔に飛び交い、少なくとも制空権は完全に握られてしまっていた。

 かって、イギリスがEUを抜けてアメリカと強く結びつき、そのことも一つの要因になってアメリカとは距離ができつつあったところに、日本発の魔法の処方が知られてきた。日本における処方の効果については、日本が特に隠していなかったこともあって、欧州にも嫌でも広まった。

 一方で魔力については、白人種は有色人に比べて小さいことから、魔力の処方については、白人には非常に効果が小さいということが一時的に信じられていた。そのこともあって、欧州の白人に、処方に嫌悪感が起き、意識的に無視をするような空気が広がった。
 従って、まず表面化した、身体強化による日本人のスポーツ面での能力の大幅な増強については、いつものように欧州主導でルールを定めて、日本人を締め出すことで無害化した。

 しかし、別の処方の効果である知力増強については、その効果が顕在化して、日本が数々のイノベーションを成し遂げていくのを見守るしかなかったが、それは、プライドの高い欧州の人々には極めて苦痛である数年間であった。そこに、アメリカが日本の支援の下に処方の補助装置を開発して、少なくとも知力増強については、日本人とも遜色のない効果が得られる方法を開発した。

 また、このきわめて重要な開発を、アメリカは日本と共に世界を2分して担当を決めて、時間をかけて普及させようとしたと欧州諸国は解釈した。実際において、日本においては、自分の国で処方を広げるのが第一で、特に海外に積極的に広げようとはしていなかった。

 とりわけ、隣の人口大国の侵略的な性向を感じており、こうした国に対しては処方の普及は、できるだけ制限しようとしたことは事実である。また、アメリカも、日本が結果的に数年間のアドバンテージを得たことによる、突出した国力の増加を見ていた。そこで、自分たちが魔法の処方の重要な技術を握った結果、技術や文化などいろんな面で差がないEU諸国に、同様なアドバンテージを得ようとしたことは事実である。

 アメリカは、最友好国であるイギリスに対しては、ほぼ自国と同じタイミングで処方の推進に協力したが、欧州のEU諸国については時間をかけようとした。当然、EU諸国は反発して、今度は日本からもその技術を手に入れようとしたが、日本もアメリカとの協定があって動けず、アメリカ・日本とEU諸国との関係は最悪になっていた。

 その流れの中で、AE励起バッテリーや発電、重力エンジンの技術もEU諸国に伝わっていることは確かだが、知力増強の恩恵を殆ど受けていないことが災いして、その実用化は遅々として進んでいなかった。その状況の中でアンノの侵略を受けたのだ。

 アンノはマナの濃度が低く使いづらい地球において、貯留したマナを使うというシステムで、欧州側の火薬や推進剤を自由に発火させることができる。これは、ハヤトが中国軍のミサイルを、爆破したのと同様な技術である。したがって、アンノにしてみれば、ミサイルや機関砲に酸化剤入りの炸薬を使っている段階で、EU諸国の戦闘機はいつでも爆破できる対象になっているのだ。

 なお、イギリスの場合は、すでに魔力に対するバリヤーが開発されて、彼らのスピット・ファイアーⅡや地上の弾薬庫はそれで守られている。また、魔力バリヤーは、アンノが持っていることは解かっていたが、その原理は不明なので、地球側のものを分析されることで場合によって戦いの趨勢を変えると見做されていた。
 従って、魔力バリヤーの技術は対アンノ防衛軍の機密になっており、その製造技術は現状では日本、アメリカのみが握っている。従って、EU諸国には当然伝わっていない。

 その結果が、今の事実上アンノに支配された状態につながるわけである。
 ブリュッセルのEU本部では、緊急の秘密会議が開かれていた。EU主要国である、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア及びベルギーの首脳が出席している。ベルギーは主要国とは言えないが本部がある国でもあり、現在のEU大統領を出している国でもあり、無視はできなかった。

「私は、あれほど屈辱を忍んでも、アメリカから魔法関連の技術を入れようと言ったのに、対アンノ防衛軍にも加わらず結局アンノに制空権を取られてしまった。アンノに対しては今後は何を言われても飲むしかないぞ」
 フランス大統領のロムランが言った。

「いまさら言っても、手遅れだ。アメリカは我がEUに対して、魔法の処方を事実上封鎖している。処方による知力増強を受けられないまま、他の世界が技術革新にまい進しているなか、EUが取り残される状態で、いきなり対アンノ防衛軍なるものに従属的な立場に加われと言われたのだ。それも半年で準備をするとか、馬鹿なスケジュールを言われても応じることはできなかった」

 ドイツのマニエル首相が言い返す。
「その前のことだ。魔法の処方をEUに導入する交渉の時に、どんな屈辱的な条件でも飲むべきであった。それを……。いやぐちだ。意味はない、要はこの状態でどうするかだ。イギリスは明らかにアンノの攻撃を跳ね返しつつある。それなりの犠牲を払ってであるが。これで、アメリカや日本の応援があれば、完全に跳ね返しそうだね。
 結局、対アンノ防衛軍の装備はアンノに対して有効であったわけだ。一方で我々は完全に空を支配されて、どう跳ね返せるかだ」

 ロムラン大統領が言うのに対し、顔色の悪いEU統合軍の司令官であるローエル大将が言う。
「残念ながら、アンノの戦法は、我が軍の火薬・炸薬を自由に爆発させることです。我が軍の戦闘機及び対空ロケット、対空砲は全てそれでやられました。そういう意味ではわが軍の軍備は全て火薬発射式であり、残った戦車や大砲、兵が持つ銃にいたるまで同じですから、相手に対する兵器になりえません。
 要は、対アンノ防衛軍が実用化している魔力バリヤーとレールガンが必要ですが、レールガンの技術供与そのものは受けており、現在量産準備中というところで、今回には全く手遅れです」

「ローエル将軍、要するに軍に打つ手は無いということですか?」
 マニエル首相が厳しく追及する。
「はい、残念ながら。フランス軍が持つ核兵器をお考えかもしれませんが、あれも結局核分裂を起こすためには火薬による爆発が必要です。ですから、逆にいつミサイル・サイロで爆発されるか分からない状態にあります。それで、独断ではありますが、イギリス軍のサイマービル大将に、イギリスからの救援の可能性について問い合わせました。
 その結果は、イギリスは一旦アンノの攻撃を退けたものの、主力兵器の戦闘機とアンノ機母艦への攻撃機の損害が馬鹿にならなかったそうです。また彼らは、次の攻撃に備えなくてはならないので、今は全くこちらに割ける機はないということです」

 彼は一旦言葉を切って、出席者を見渡して続ける。
「ただ、日本から援軍を出すという返事があったそうです。しかし、秘密保持の観点から、その規模は解らないようです。ですから、その規模によっては、また日本の遠征軍の司令官が同意すれば、こちらにも回せる可能性があるということです」
 軍の司令官の言葉に沈黙が落ちた。

 やがて、イタリアの大統領のロマーノが口を開く。
「要は、わがEU合同軍はアンノに対して完全に無力であり、一方でイギリスの対アンノ防衛軍の兵器は、有効であることがすでに証明されている。また、忘れてはならんのは、すでに我が国もそうだが、欧州上空はアンノ機に覆われていて、イギリスが対アンノ機の迎撃を始める前に比べ、大幅に状態が悪いということだ。
 イギリスは迎撃には成功したが、アンノ機の撒いた爆弾によって大きな被害を受けている。さらに、アンノ機及び母艦の撃墜によって、落ちてきたそれらによる被害も大きい。まだ被害が集計されていないが、死者のみで10万人を超える可能性はあるとみている」

 彼は一旦言葉を切り、嫌そうに続ける。
「つまり、仮に日本からくる援軍が、我が上空のアンノ機を一掃しようとすると、我々自身が人質になる可能性が強いということだ。実際、アンノ機が我が欧州の都市部を意図的に攻撃した場合、犠牲者は場合によって1億を超える可能性がある。
 また、アンノがそれをしなくても、我々の上空で戦いが行われて、アンノ機が一掃されるくらいの闘いが行われた場合には、その犠牲も少なくとも1千万人に達すると思う。我々は施政者としてそれを許容できるかな?」

 さらに沈黙が落ちたが、今度はロムラン大統領が口を開く。
「結局この状態に持ち込まれた時点で、負けということだな。異世界人が地球人の人命を尊重する理由はない。現実には撃墜したようだが、イギリスではアンノ機は大都市をめがけて巨大ミサイルを発射したという。間違いなく、日本機などが、我がEUでアンノ機を打ち落とそうとすると、アンノは都市部を攻撃するだろうな。
 フランス政府としてそれを是とは言えない」

 ロムランはドイツのマニエル首相を皮肉に見て続ける。
「我々は、かって他国に占領されていた。しかし、国際社会の援助の下に自国の抵抗活動もあって、独立を取り返した。しかし、今度の征服者は異世界人だ。どのようなことになるかはわからないが、少なくとの今のところは故意の破壊行為はしていない。
 また、イギリスの結果を見れば、人類側が全体を征服される可能性は低いだろう。我々は、降伏せざるを得ないだろうが、できるだけ早期の解放を目指して抵抗は止めない」
 ロムランの最後の言葉は、自分に言い聞かせるごときであった。

 その暫くの後であった。EU本部及び各国に対してテレビ・ラジオ全チャンネルに放送があった。
テレビ写ったのは、机の後ろに座った、肌色が薄緑の、整った顔立ちの、男性か女性か定かでない人である。画面には胸から上の軍服のような服を着て、胸にひときわ目立つ宝石をはめ込んだ胸章をつけているが、何よりの特徴はその尖った耳である。

「エルフだ!」
「エルフだよ」とたちまち騒がれることになった。

 彼(または彼女)は口を開いた。
「私は、地球区総督のアヌラッタ・シジンである。私は、栄えあるサーダルタ帝国の、キーセリャム・マガリス・シタームム皇帝陛下の御指示により、この地球と言う惑星にサーダルタ帝国の栄光ある治政を及ぼすために来た。さしあたっては、このヨーロッパという地方を私はが治政を及ぼす最初の地として選んだものだ。この地の住民は光栄に思うように」

 地球総督と言うアヌラッタは、そのよく光る眼でカメラを見つめる。
「さて、この地の住民は、帝国地球区の所属になる訳であるので、帝国臣民としての義務を負う。それは、納税であり、さらに残りの地球の地方に帝国治政の栄光を及ぼすための兵士としてのものである。その結果、この地方のものは、この地球において1級市民の称号と立場を得ることができる」

 この辺まで来ると、スクリーンに対して口々に罵るものが出てくる。
「何言ってんだ。この野郎!地球の裏切るものになれと?ふざけるな!」
 しかし、当然アヌラッタには聞こえもせず、彼(?)は平然と続ける。

「さて、当然この地を統治するためには、統治総官とその部下である統治官が配置される。統治官に逆らうものはそれなりに罰を与えるし、もし彼らは傷つけた者は死刑である。また無論、帝国の統治に逆らう企みをしたものも死刑である。細かい規則等については統治官が布告するが、主な仕組みは以上である」

 彼は言葉を切って再度カメラを正面から見つめる。
「わが、統治官どもが、各担当の地に降り立つのは、2日後のお前たちの言う正午である。現在の施政者に告げておく。我々はお前たちのような、軟弱な統治はしない。もし、集団で我々に逆らう姿勢を見せた者には容赦はしない。とりわけ、お前たちの武器を統治官に向けた者は直ちに殲滅することを断っておく。以上だ」

 新たな、欧州の支配者(予定)の話が終わった。
その話を受けて、放送の直後からEUの総会が開かれたが、議論の応酬のみが続いて、何も決まることがなかった。
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