帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第14章 異世界との交流が始まった地球文明

14.3 ジムカクの動乱2

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 マスルイル・カマズは15歳、ジュラムス市の中心街に近い学校に通っている。
「なあ、あの地球の戦闘機“しでん”に乗ってみたいなあ」
 友人のキミラウが話しかけてくる。彼らは昨日の夜のテレビ番組の話をしているのだ。

 それは、自国ザラムム帝国の首都ザカス近郊のザカス基地での“しでん”戦闘機の乗員の訓練を取材したもので、番組の前段として隣接するという世界の、マダンにおける地球同盟の強行偵察隊のサーダルタ帝国軍との戦いを放映している。

 この番組は、地球同盟軍のマダン駐留隊から提供された映像を用いており、ジムカクの現時点での技術レベルでは到底不可能な戦いであった。その映像に圧倒された後に、同国人の若者がその戦いで活躍した、“しでん”戦闘機に操縦訓練を受けている様子が撮影されている。

 実際に、地球人はサーダルタ帝国の引き上げ宣言に応じて紹介され、今後ザラムム帝国の商売上のパートナーとしてその姿を現したものである。現状では通商条約と防衛条約が交渉中であるが、サーダルタ帝国に征服されたという経験から、自国防衛を急いだザラムム帝国の強い要望で、早期のしでん戦闘機の譲渡と訓練が強力に申し込まれた。

 地球側も、ザラムム国の文明レベルを調査の上で、通商相手として十分なレベルにあると判断して、早期の自主防衛を望む立場から、しでんの譲渡と訓練部隊の派遣に応じている。当面の代価はザラムム帝国の借款であるが、地球同盟としても、原価が回収できれば良いというスタンスであるので、それほど将来の負担にはならないあでろう。

“しでん”及びらいでんの場合には特殊な金属を使わず量産体制が整っているため、かつてのジェット戦闘機に比べると価格的に1/10程度になっている。その背景の中で、そのテレビ放映には地球人の教官が訓練生に様々なことを教え込んでいる様子も映されている。地球人は、体つきも容貌もそれほど自分たちザラムム人と変わらない。

 しかし、肌色は緑がかって頭にのみ白っぽい毛のある自分たちと違って、褐色から無職まで様々な肌色で、頭にも顔にも様々な色の毛が目の上場合によってその下部にある。その点で滑稽であるが、失礼になるので黙っているがやはり違和感がある。

 その教官たちも大部分が若く、訓練生と変わらない年頃であり、お互いに談笑している姿を見るとあまり自分たちと変わらないと思える。ただ、自国の若者とその教官と比べると、すこし肌色が濃く顔をつくりに凹凸が少ないものが多い。聞くと、地球人でも『日本人』という人々が多いらしい。

 また、彼らには魔法を使えるものが多く、この私たちの世界のマダンには“マナ”という魔法で動かせる物質の濃度が濃いらしく、実際に魔法を使えるようだ。実際に、テレビの中での彼らの何人かが、身体強化でとんでもない高さを跳んで見せたり、魔法で明かりを点けたり、火を灯したり、物を動かしたりしている。ザラムム人は、殆どの者が身体強化をできるし、魔法を使える者は多い。

 ただ、身体強化は非常に有用であるが、魔法はせいぜい明かりや火を点けたり、水を出したりといった生活に便利な面はあるが、人を傷つけるほどのものではない。マスルイルは10代の男の子として、地球の“しでん”という戦闘機の動きと強さに魅せられた。アリージル帝国ではプロペラ機を経て、ジェット機を実用化しており、現在でも旅客機と貨物機は様々なタイプのものが実用化されて使われている。

 サーダルタ帝国の侵攻がある前のザラムム帝国はジェット戦闘機に、攻撃機や爆撃機も実用化されていたが、サーダルタ帝国によって廃棄されている。これらの軍用機は、ザラムム帝国がその帝国としての領土を拡大するための戦いで使われてきた。

 実際に、マスルイルが住んでいるのは、亜大陸レガシピを支配していたレガシピ共和国の元首都であるジュラムス市であるが、レガシピもザラムム帝国に征服された一つの国である。180年前のその戦争で、かろうじてプロペラ機を少数配備していたレガシピ共和国は全くザラムム帝国に抵抗できず、戦いにももろくも敗れ、結局大した犠牲も出さずにザラムム帝国の支配下に入っている。

 支配者として、ザラムム帝国は悪い征服者ではなく、侵攻に対する戦いがあっさり片付いたこともあって国土が荒れ果てることもなく、数年で人々の生活はもとより改善された。その意味で、従来の共和国の権力者だったものは、未だ征服されたことを根に持っているが、一般国民はむしろ良かったと思う者も多い。

 数十年経って、サーダルタ帝国という新たな支配者が現れたので、この点はなおさらである。サーダルタ帝国はそれほど過酷な主人ではない。しかし、支配者であるという点は明らかにするような政策はとっているのと、やはりその税によって生活レベルは下がらざるを得なかった点で、好意を持つことができるわけもない。

 一方で、ザラムム帝国は、征服された国として、人々のためにレガシピ亜大陸においても、それなりに人々の生活を悪化させないように努力した。その中で、人々はまずジムカク世界の者であり、かつザラムム帝国の一員としての意識を自然にもつようになった。マスルイルも自分をアザラムム帝国の一員として考えている。

「俺も、乗ってみたいよ。昔の戦闘機の映像は見たけど、あの“しでん”は性能が違うものな。大体重力を操っているから、どんな所でも降りられるし、どんなところからでも飛べるもの」
 マスルイルが言った時だった。なにかの叫びが聞こえる。

「キャー」「ギャー」というような悲鳴だ。
「何だ?」そこにいた同級生10人ほどが教室の窓に駆け寄り、わが目を疑う。学校の塀から100mほど離れたところは商店街になっており大勢の買い物客がいるが、そこに10人ほどの筋骨たくましい男女の兵士が、黒っぽい制服らしきものを着て、刀や槍を振りまわしている。

 見ている間にも、あるものは槍で貫かれ、あるものは刀で首を刎ねられ、体を袈裟切りにされて、辺りには血が飛び散っている。人々は逃げ惑っているが、兵士は銃も持っており、逃げようとするものは一人一人狙い撃ちにされている。そこには、学齢の子供は学校に行っていていないので、女性が主の大人と幼児がいてそれらの人々が犠牲になっている。兵士たちは幼児の小さい体を槍で貫くのもまったく躊躇がないようだ。

 その光景に、女性徒の多くが「「「「キャー!」」」」と悲鳴をあげると、それに気づいた兵士が銃で狙いをつけようとする。
「皆!伏せろ!」
 マスルイルが床に伏せながら叫ぶが、多くの生徒はとっさには動けない。遠くで銃声が聞こえ、「ぎゃん!」という悲鳴というかうめきとともに、数人が血をまき散らしながら、弾の勢いに後ろに飛ばされる。

「伏せろ!死にたくなければ伏せろ!」
 マスルイルは尚も叫び、凍りついて動けないて近くの女性徒を引きずり倒す。尚も遠くの銃声は響き、弾がピュンピュンと飛び込んできて、さらに数人の生徒が倒される。マスルイルが横に倒れている女生徒を見ると、胸を撃ち抜かれており、背中からどくどくと血が噴き出して、たちまちそこらあたりが血だまりになる。

 マスルイルは、この情景が現実とは思えなかった。しかし、とっさに床に伏せた自分の行為といい、皆に呼びかけた声といい、自分とは違う意識に操られている思いだった。それは、あたかも自分が小説を読んでいて、その世界に入り込んでいるような気分である。その世界の自分が、このまま蹲っていてら駄目だという強く思っている。

「皆、逃げるぞ。あいつらが、ここに来る可能性が大きい。ここにいたら逃げようがない。裏から逃げよう!」
 この際は、違う自分に身を任せる思いで、彼はそう叫ぶ。
「お、おう。だけど、怪我をしている者達はどうする?」
 横に伏せている友人のキミラウが震える声でいう。

「動ける奴は、連れて行こう。動けない奴は無理だ。自分が助かることを第一に考えるぞ!」
 マスルイルは、そばのあおむけに横たわって血をどくどくと流している女性徒は無理と判断して、肩を抱えてうめいている男子生徒の手を取り、声をかける。

「逃げるぞ、引っ張るから廊下に出よう」
 彼は中腰になって、その生徒の無事な方の手を強く引くと、その生徒も膝で歩く恰好でついてくる。開いた引き戸の廊下側には教室に居なかった教師や生徒も含めて、10人以上が集まって、こわごわ教室を覗いている。

 すでに、教室には弾が飛び込んで来なくなっているのを感じてマスルイルが、戸口から外を見ると、兵士は銃を構えてこちらに歩いてくる。断続的に別の教室の窓を撃っているようだ。
『やばい!あいつらはこの校舎に大勢の生徒がいるのを見て、俺たちを殺すつもりだ』
 そう思った彼は、廊下にいる担任の女教師のミラクイに叫ぶ。

「ミラクイ先生、あの兵士たちが近づいています。裏口から逃げましょう。あいつらは手当たり次第に私たちを殺しますよ。とりあえず、ボリスの森に逃げましょう。ボリスの森だったら、あいつらも探しに来るとしても時間がかかるでしょうし、裏口から見通しの効かない道を通っていけます。ばらばらに家に帰るのは危険です」

 横たわる無残な生徒たちの姿に、真っ青になって動転している女教師はその言葉に従うしかない。
「そ、そうね。わかったわ。そうしましょう」
 その声に、彼は更に言う。

「怪我をしている者もいるので、保健室で傷の手当の薬といろんな薬は出来るだけ持って行きましょう。保健の先生に声をかけてください。でも、あいつらが先に着いたらアウトです、急いでください!」
 彼は更に、どうしていいかわからず。狼狽えている生徒たち、泣いている多くの女性徒に叫ぶ。

「急げ、走れ!あいつらが着いたら、皆殺しになるぞ。急いで裏口から、ボリスの森に逃げろ。目印は見晴らし台だ!ただし見晴らし台には登るなよ。見つかるぞ!」
 ボリスの森は、学校から500mほどの住宅街を抜けたところにある。

 そこは、1㎞四方程度の小高い丘が森として残されている。そのほぼ中央には見晴らし台があってジュラムス市の北半分が見渡せる。幸いその兵士たちは、それなりに警戒しながら校舎に近づいてきたので、約300人の生徒達が逃げる時間はあった。

 ボリスの森に集まった生徒達の人数を数えると、生徒が218人で教師が12人であり、そのうち7人が負傷していた。また、いろいろ話を総合すると、動かなかったので置いてきた生徒は10人ほどであったようだ。
「80人ほどは自分の家に帰ったようだな。無事だったらいいが……」
 集まった者達のリーダーになった、中年のレーダル副校長が沈痛な声で言う。

「それにしても、レーダル先生、あいつらは何なんでしょうか。いきなり人を殺し始めるとは」
 生徒を代表する形で最上級生でもあるマスルイルが聞く。

「多分、ミモザラ共和国のノメラという支配階級の者達だと思う。余りに狂暴であるために、アリージル帝国のみならず、サーダルタ帝国も手を出さなかった連中だ。
 しかし、亜大陸のミモザラから最も近いここまで、5千㎞もあるので、放置して置けば安全と思ってきたのだが、どうやってここまで来たのか?」
 レーダルは考え込むが、続けて言う。

「まあ、しかし、ノメラだったら、ああいうやり方も頷ける。わがザラムム帝国も、サーダルタ帝国も武力で言えば簡単に征服できたのだが、あいつらは支配している種族を盾に使うので、大量に彼らを犠牲にするのは躊躇われたのだ。だから、文明人たるわが帝国も、まあ文明人であるサーダルタ帝国も手を出せなかったという訳だ。
 しかし、厄介なことになった。残虐なノメラではあるが、間違いなく戦士としての能力は非常に高いという。その彼らが、すでに人口が150万人に及ぶこのジュラムス市に入りこんだということは、簡単に排除できないだろう。
 ああやって、人々を殺して見せたというのは、彼らは躊躇いなく人々を殺すということを見せつけるためだろう。つまり、今後彼らは人々を人質にするつもりだと思うが、少しでも彼らの意向に逆らうと簡単に殺すということだ」

 沈痛な顔のレーダルをみて、女性徒がまた泣き始める中、今度はミラクイ女教師が聞く。
「助けは、助けは来ないのでしょうか?」
「来ると思う。君らも映像は見たと思うが、あの“しでん”戦闘機だ。あれだったら、どんなところにも下せるからね。ただ、問題は人質を取られて、あまり効果的に動けないのではないかと思う」

 果たして、ザラムム帝国のザカス基地で、新生アリージル軍と政府首脳部及び地球同盟の短時間の協議の結果、“しでん”と“らいでん”で兵士を送り込むことが決定された。詰め込めば、“しでん”には5人、“らいでん”には12人の兵士を武装と共に乗せられる。

 現在アリージル帝国への譲渡が決まって、乗員の訓練中の“しでん”が200機、地球同盟の“しでん”が150機、“らいでん”が15機ある。母艦の“むさし”は地球へ協議と場合によって援軍を連れてくるために帰っている。
 従って、マダンにいる“しでん”と“らいでん”を使えば、1回で2千人弱の兵を送り込むことができるのだ。無論、ザラムム帝国にある旅客機でも移送は可能であるが、現状で入っている連絡では、すでにレガシピの飛行場は占拠されているので500㎞離れた都市ピスカイの飛行場しか使えない。

 この場合には準備を含めて片道が8時間以上を要する。それよりもどこでも自由に降りることができ、片道1時間を要しない“しでん”と“らいでん”を全面的につかうことになった。
 また、ザラムム人の操縦する“しでん”の50機は、地上兵の支援にあたることになったので、300機のしでん、15機のらいでんの一往復で1680人を輸送する。急きょ、戦闘訓練をある程度積んでいる警察官で軍に籍を移したものが集められ武装された。

 武装は、サーダルタ帝国に征服される前に使われていた自動小銃と拳銃であり、急きょ生産され始めたものである。ただ、ノメラが魔法により炸薬を発火させることが出来る可能性もあるので、ボーガンと槍及び刀も用意されている。
 また、地球同盟軍からも駐留していた陸戦隊150名が加わった。彼らについては電磁銃で武装されており、その小銃には銃剣が取り付けられている。電磁銃は1秒に1発しか撃てないという速射性に欠ける欠点があるが、その弾速が圧倒的に高いことから有効射程が極めて長いという利点もある。

 また、陸戦隊中の半数の80名は日本人と台湾人であり身体強化を使えるが、殆どの人は身体強化ができるジムカクでは、その中でも戦闘能力が高いというノメラには歩が悪いかもしれない。従って、陸戦隊はその銃の長射程を生かして遠距離攻撃に徹することが言明された。

 最終的にジュラムス市に送り込まれた地上兵は、ザラムム帝国軍3千人と地球同盟軍150人であったが、彼らの役割りは人質を増やさないように行動することで、人質を抱えた敵とは対峙しないことになっていた。さらに、ノメラが人質を抱えていない時は遠慮なく射殺することになっていた。
 また、最終的には“しでん”が300機位置について、これら地上要員の支援に当たったが、半数はザラムム帝国の訓練生である。
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