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第12話 診断
しおりを挟む「一条さん、すみませんが、もう一度腹部の触診をさせて頂いてよろしいですか?」
沙耶香はこくりとうなずく。
山本は左側から一箇所一箇所、ゆっくり押し込んでは離し、痛みを確認しながら、右側に移っていく。
そして、最後に右下腹部の触診を行う。
「あいた」
沙耶香は右下腹部の触診で痛みを訴えた。
1時間前の触診ではなかった所見である。
「一条さん、お腹を押したときと離したとき、どちらが痛かったですか?」
「うーん、離したとき」
沙耶香の言葉に栄一郎は目を丸くして驚いた。
腹部の触診で、押したときよりも離したときに痛みが強くなることを反跳痛と言い、腹膜炎を起こしていることを意味する。
そして、右下腹部の反跳痛は急性虫垂炎を強く示唆する。
「一条さん、検査結果と今の腹部所見を総合すると、虫垂炎にまず間違いありません」
「ほ、本当ですか?」
沙耶香は、驚きながらも、どこかほっとしたような表情をしている。
「本当です。一条さん、すみません。先ほど間先生との議論の中でも言いましたが、早期の虫垂炎は診断が難しいんです。1時間前の状態ではとても虫垂炎とは言いがたかった。しかし、現在の状態ならば、ほとんどの医者が虫垂炎と考えるでしょう」
医者の世界には「後医は名医」という言葉がある。
病気の発症初期は、症状や所見が断片的にしかでないため、診断や重症度を見誤ることがあり、後日別の医者が診察した頃には、症状や所見が顕在化しており、より正確な診断を行い易いということからきている。
「治療ですが、選択肢は2つあります。手術で虫垂を切除してしまうか、抗菌薬で炎症を抑え込むかです。どちらも入院してもらうことにはなりますが」
「うーん、手術は、ちょっと怖いなー」
「わかりました。現在の病状ならば、抗菌薬で治癒できる可能性があります。ですが、病気の勢いがどんどん強くなり抗菌薬で抑え込めなくなった場合、最終的に手術になることもあるので、その点はご了承ください」
山本はカーテンの外にいる看護師に病床の手配を指示した。
「それでは、入院の準備を進めるので、しばらくお待ちください。間先生、一条さんの既往歴やアレルギーなど、臨床背景の詳細な問診をお願いします」
山本はぽんぽんと栄一郎の肩をたたき、「お手柄だ」と栄一郎の耳元で小声で呟き、部屋を出ていった。
「あー、良かったー!間の診断が外れてなくて!本当ヒヤヒヤしたわ!って、なんで私入院になるのに喜んでるのよ!もう、間のせいだからね!」
沙耶香は起き上がって、栄一郎の背中をばんばんと叩いて喜んでいる。
しかし、栄一郎は全く喜んでおらず、呆然とした表情をしている。
「間?」
栄一郎が喜んでいないことに気づき、沙耶香は栄一郎の顔を下から覗き込む。
栄一郎は何もない空中の一点を見つめている。
どういうことだ?
なんで……
コイツは……
まだ、ここにいるんだ?
そう、沙耶香に取り憑いた死神は、今も沙耶香の傍に佇んでいた。
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