疾風バタフライ

霜月かずひこ

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第17話

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 体育館のエントランスに着くと、そこは既に多くの人でごった返していた。
 奥からはピンポン玉の心地良い音が聞こえてきて、周囲は言いようのない緊張感に包まれている。今まで大会の度に味わってきた思い出深い光景ではあるが、一つだけ今までと異なるのはその男女比だ。
 圧倒的に女子が多く、男子は数えるほどしかいない。
 やかましい野郎どもと陰キャラたちの楽園は女子によって変貌を遂げていた。
 それもそのはず、今日は女子のインターハイ2次予選だ。
 俺は出場する朝倉と今宮の応援のため、卓球部の皆と一緒に参加していた。
 俺と京介は電車が遅延した早瀬を待ってから会場へ入る。
 合流場所へ着くと、先に会場入りしていた今宮がこちらに手を振ってきた。

「よかった。来ましたわね」
「まあ、来いって言われたからな」

 実の所、俺は来る気がなかった。
 あんなことをした手前来れるはずがない。
 もちろん朝倉には次の日には謝罪している。
 しかし朝倉はあの日からずっと調子が悪く、らしくないミスが見受けられた。
 それも俺が部活に顔を出した日に限って。
 だから今日は家にいようと考えていたのだが、今宮がそれを許してくれなかったのである。

「ええ、来てもらわないと困りますもの」
「…………今宮だって俺が朝倉に何を言ったか知ってんだろ?」
「もちろん、知ってますわよ。何ならミンチにしてやりたいくらいですわ」
「っ! だったら」
「でも寧々にだって非はありましてよ。寧々は昔から少し人の気持ちに疎い所がありましたし、越谷さんが言われて怒るのもわかりますわ……もっとも、だからといって寧々に当たるのは最低としか言えませんけど」

 ……本当にその通りだぜ。
 別に不満を伝える方法などいくらでもあっただろうが。 
 今宮は下を向く俺を見てため息をつく。

「はぁ、ともかくあなたはそこで大人しく私たちの勝利を見ながら後悔してればいいんですわ」
 
 今宮が叱ってくれたおかげで少しだけ気が紛れる。
 だがそれも一瞬のこと。
 今宮の後方から朝倉が姿を見せる。

「…………こ、越谷くん。来てたんだ」
「おう」
「……じゃあ、私アップあるから行くね」

 いつもの輝く笑顔はそこにはなく、悲しげに伏せられた瞳が妙にが痛々しかった。

 ――わかってる。
 全部俺のせいだ。
 だから言い訳はしない。
 せめて朝倉が全力を出せるように、するべきことをするだけだ。

「それでは1回戦のコールを始めます」

 しばらくして開会式が終わり、すぐに1回戦の行われる台の番号が発表された。
 幸か不幸か二人の番号が離れていたかので朝倉には京介が付添い、今宮には早瀬が付添う。
 誰か一人は荷物番しなければならないため俺が残ることになった。
 俺としてはむしろ好都合だった。
 ……これなら朝倉に迷惑をかけることもねえしな。
 
 そして始まった二次予選を俺は会場の観客席から眺めていた。
 案の定、朝倉は動きが悪かったがそれでも持ち前のセンスを武器に勝ち進んでいく。今宮は普段通り圧倒的な力を発揮して悠々と突破した。 

「良かった。やっぱりあの二人はマジで強いよな」
  
 さすがは全国コンビ。
 俺とはくぐってきた修羅場が違う。
 これなら大丈夫そうだぜ。
 ほっと一息ついていると、俺に同調する声が一つ。

「そうだろう? やはり華怜は最強だ」
「…………おい、てめえ。何当然のように隣に座ってんだよ泉岳寺」

 唐突すぎてツッコミを入れずにはいられなかった。
 泉岳寺がいつの間にか俺の横で観戦しているのである。
 てか、マジなんでいんの?

「そんなに驚くか? 俺が華怜の試合を応援に来るのは当然のことだ」
「いやいやお前も都大会あるだろうが。てか練習は? 泉岳寺のとこって強豪だろ? 普通練習あるよな?」

 俺の追求に対して泉岳寺は何食わぬ顔で言い放つ。

「休んだ」
「もしもし警察ですか? ここにストーカーが」
「やめろ。断じて違う。ほらこれを見ろ」

 何が違うんだよ?
 反論したくはなるが、泉岳寺がスマホを見ろとうるさいので仕方なく見てやった。
 そこには今宮から「今日応援に来てほしいな☆」的なメッセージが。
 しかも2、3行にまたがって丁寧な文体で書かれている。
 「今日来ますわよね?」と脅しを込めてきた俺の時とは大違いだ。
 むしろこの文面だけ見ると今宮が可愛く思えてくるまである。
 ……こりゃ断れないわーははっ。

「…………だからってサボるかよ普通」
「聞こえてるぞ。まあいい。自分でも少し華怜に甘いのはわかってる」

 いやいや少しどころかだいぶ甘いだろ。
 前から思ってたけどこいつ卓球への愛着が薄くねえか?
 卓球をあきらめた俺が言えたことじゃねえけど。

「ま、いいわ。一人で見るのも飽きてきたしな。お供として頼むぜ泉岳寺」
「ああ…………だがどうやら客は俺だけではないらしいぞ」

 意味深な泉岳寺の言葉に、つられて周りを見渡すとある人物が目に入った。

「久しぶりね。越谷廉太郎くん」
「新波先輩……そういや先輩も出てたんですね」
「そういやって何よ? 先輩に対して失礼じゃない? これでも朝倉寧々の次の相手なのよ」
「朝倉の次の相手なんですか!?」
「ええ。正確には次の次だけれど。もう私は勝ち上がった。後は朝倉寧々が勝ち上がるのを待つだけよ」

 含みを持たせた言い方だったので俺は、つい口を挟んでしまう。

「……朝倉なんですから絶対勝ちますよ」
「そうだといいわね。朝倉寧々は調子が悪いようだけれど」
「ど、どうしてそれを?」
「それくらい見てればわかるわ。そして越谷廉太郎、あなたを見てればその原因も容易に想像がつく。だって私も昔やられたもの」
「っ!?」

 まるで「若い若い」とからかわれているようだ。
 同情されて、自分のやった行動すべてを見透かされている気がして恥ずかしい。

「でもごめんなさいね。たとえ本調子ではなくとも負けてあげる気なんてさらさらないわ。朝倉寧々にも……そして今宮華怜にも」
「――華怜が負けるはずない」

 あからさまに挑発された泉岳寺がムキになって反応するが、先輩は余裕の表情を見せて、

「それはどうかしらね。せいぜい見ているがいいわ。努力が才能を超える瞬間をね」

 きっぱりと宣戦布告をしてから自分の所へ戻っていった。
 先輩と入れ替わるようにして帰ってきた今宮が泉岳寺に問いかける。

「誰でしたの? 今の人は」
「新波涼香っていう1つ年上の先輩」
「ふーん。そうでしたか……それよりも今日は来てくれてありがとうですわ」
「華怜の頼みなら全然…………っ! 華怜! 急に何を?」
「もー翼くんそんなに動揺しないでくださいまし」

 突然抱きしめられてあたふたする泉岳寺を今宮は面白がっていた。

 これはあれだな。
 試合前に緊張をほぐすためのおもちゃとして扱われてるな。
 頑張れ泉岳寺。
 俺だけは応援しといてやるよ。

「寧々勝ったみたいですわね」

 とわいわいやっている間に朝倉は勝ったらしく、本人からその報告を受けた今宮が安堵していた。
 それからすぐに朝倉と新波先輩の試合が決定した。

「20番の台。試合始めてください」

 コールに従って朝倉たちは台に着く。
 台の位置が近かったこともあり、次の試合を控えている今宮、暇な泉岳寺と俺は観客席から見守ることになった。
 
「よろしく。久しぶりね朝倉寧々」
「あーすみません。前にどこかで?」
「……まあそうよね、覚えてるはずがないわよね。あなたたち天才は凡人のことなんて欠片も興味がないもの」
「違います!」
「あらそう。てっきりそれが理由で揉めているのかと」
「っ!?」

 ……あからさますぎる。
 だが俺もほとんど同じことを言った手前、先輩を非難することはできない。
 鬱憤を晴らすためか勝つためか、それだけの違いだ。
 何もできない俺とは対照的に今宮は観客席から大声でエールを送る。

「寧々! 気にしないでくださいまし! 今は集中あるのみですわ」
「う、うん。ありがとう華怜ちゃん。頑張るね」

 答える朝倉の表情にはいつもの元気が少しだけ戻っている。
 どうやら親友の励ましは効いたようだ。

「へえー面白い友情ね。まあいいわ。始めましょう」

 先輩は不敵に笑うと台でピンポン玉をバウンドさせて朝倉の注意を惹いた。
 誘うようなしぐさに朝倉は不機嫌そうにうなずく。
 まさに一触即発。
 不穏な空気の中、先輩が先に仕掛けた。

「――いくわよ」

 初球から速い上回転系のサーブで先輩は畳みかけていく。
 朝倉は得意のカットで応戦。
 上回転を乱発する単調な展開のせいか、調子が悪そうな朝倉でも余裕を持って対応できているようにすら思える。
 その結果、第1セットは朝倉が先取した。
 しかし第2セットなると少しずつ様子が変わってくる。

「甘いわ!」

 朝倉が変化をつけようとカットの回転を緩めたのを新波先輩は見事に強打して見せた。
 予想外だったのか、朝倉は反応できていない。
 
「嘘だろ」

 今宮以外に朝倉のカットをああも容易くぶち抜いた奴なんて見たことねえ。

「まずいですわね。あの女、今までは情報収集に徹してたんですわ」
「マジかよ、じゃあもうカットは…………」
「完全に見破られていますわ。たぶんカットの変化じゃ崩せない……でも大丈夫ですわ。寧々の強みはそこじゃありませんもの」

 そうだ。
 朝倉はカットだけじゃない。
 打ち合いにも強い超攻撃型のカットマンだ。
 それに度肝を抜くようなスーパープレイだってできる。
 だからまだっ……!

「……それはどうだろうな」

 希望を捨てていない俺たちに泉岳寺の言葉が強く響いた。

「見てみろ。あれは打ってるというより打たされているという感じだ」
「ですが……いえ確かに翼くんの言う通りですわね」

 さっきから朝倉はカットでは不利になるからとドライブに切り替えたところを執拗に狙われている。
 タイミングが完璧に読まれているのだ。
 いくら朝倉と言えども何度も打ちづらい急所に打ち込まれ続けたら限界が来る。
 
 ――しかもそれだけじゃない。

「上ね」
「っ!?」
「次は順横、フォア手前」

 新波先輩は複雑な朝倉のサーブに全く動じていないどころか、100点満点の返球をしている。
 まるで朝倉が何をするかが事前にわかっているみたいだった。

「こっからだよっ!」

 追い詰められた朝倉はついカットを捨ててドライブ一本に切り替える。
 カットからドライブの切り替えを狙われなくなったおかげで状況は改善した。
 それでも劣勢に変わりはないが、朝倉ならまだやれるに決まってる。

「……がんばれよ朝倉」
「寧々! !まずは一本ですわ!」

 俺につられてか今宮も再び声援を送ると、それに応えるように朝倉はその才能を爆発させた。

「うおおお!」
「すげええ!」

 途端に沸き立つ場内。
 一度抜かれかけた所を腕を回して打ち返したり、誰もが追いつけないと思った所から打ち返したり、朝倉は存分にらしさを発揮している。
 その後も随所でゼロバウンドを繰り出すなどなど非凡な才能を見せる。
 だがそれでも二人の差は一向に縮まない。
 試合は着々と進んでいくばかりで、

「……はやくっ、追いつかなきゃ」

 スコアボードを見てそう呟く朝倉を新波先輩は鼻で笑った。

「無駄よ。誤魔化してる卓球じゃ私は倒せないわ」
「誤魔化してなんか……」
「自分でも昔よりカットができないことくらい気付いているでしょ」
「ど、どうしてそれを?」
「わかるわよ。カットの質が明らかに違うもの。今のあなたができるカットはせいぜい2種類。分析することすら諦めそうになったあの頃のあなたとはわけが違う。今のあなたはいい的だわ」

 新波先輩が言うならその通りなのだろう。
 かつては七色のカットとまで称された朝倉のカット。
 怪我で使う手を変えたことで失われてしまったんだ。
 カットマンにとってカットは生命線。
 それが衰えたのはあまりにも大きすぎる。
 
 けどカットを2種類使い分けられるのだってよっぽどすごいんだぜ?
 ましてや今まで使ってこなかった右手でだ。
 だいたい朝倉が本調子ならここまで圧倒されることはなかった。

「…………ちくしょう」 

 自分にも、そして先輩にも腹が立つ。
 先輩が過去に朝倉にどんな屈辱を味合わされてきたかは知らねえ。
 でもだからと言って朝倉を貶していいはずがねえんだ。
 後悔と共に懺悔の念が込み上げてきて吐きそうになる。
 しかし先輩が今やっていることは先日の俺がしたのと同じである以上、俺は口出しできない。
 
「私に言われせれば、今のあなたの戦型は打たれ弱いカットを誤魔化しているだけに過ぎないわ。勝てるとしたら十八番のトリックショットくらいだけど……いくらそれが得意だって言っても毎回はできないわよね」

 事実上の勝利宣言をすることで心を折りに来る先輩に朝倉は俯く。
 だが、 

「…………確かにあなたの言う通りかもしれない。でも、それでもっ! それでもね。皆が応援してくれてるんだよ。だから私は負けられない!」

 強い。
 朝倉はまだ諦めていなかった。
 それどころか気合を入れなおして、先輩に対峙している。

「まず一本!」

 朝倉は悪い雰囲気を吹っ切るようにサーブを繰り出した。
 どうせ読まれているのならと回転量を重視したサーブを連発して、一気にペースを取り戻す。
 
「いっけえええ!」

 大きく空いたフォアに渾身のドライブを放つ朝倉。
 諦めない彼女の意思を感じさせる一撃は先輩のフォアを貫いて、

「そう。殊勝な心掛けね……でも私には届かない」

 待ち構えていた先輩が朝倉のドライブを打ち返した。
 ボールが床に転がるのと同時に審判が事務的な声で言う。
 
「勝者、新波涼香!」 

 結果は3対1。
 奇跡は起こらなかった。

 
「寧々!」 

 試合が終わるなり今宮は朝倉の下へ駆け寄っていく。
 俺と泉岳寺も後に続いた。

「ごめんね。私負けちゃった」
「いいんですわ。気にしないでくださいまし」
「……華怜ちゃん。ごめんね、ごめんね」
 
 顔を今宮の肩にうずめて、朝倉は声を震わせていた。
 
「あさく……っ」

 ……っ何やってんだ。
 この原因を作ったのは俺じゃねーか。
 思わず朝倉に声を掛けそうになったが、寸前で思いとどまった。
 きっと彼女は俺の声など聴きたくはないだろうから。 

「……元気かしら」

 呆然としていると新波先輩が台の向こう側からやって来た。

「……性格悪いですね」
「あら? これくらい普通よ。私は勝つために必要なことをしただけだわ」
「っ! こんなんで才能を超えたなんて言っていいんですか?」
「言っていいわよ。別にこれくらい盤外戦術のようなものだわ。真剣勝負に調子が悪いなんて言い訳は通じないわよ」
「……」

 先輩が反則をしたわけじゃないのはわかっている。
 それだけに反論できないことが悔しかった。

「それより……次はあなたよ今宮華怜。敗北の苦渋を……」
「寧々行きましょう。ここは少し騒がしいですわ」

 新波先輩が今宮に話しかけようとすると、今宮は朝倉を抱きかかえたまま立ち上がってその場から去ろうとする。
 先輩は行かせまいと二人の前に立った。

「無視する気? ねえ? あなた」
「ちょっとお口が過ぎましてよ三下。後で相手しますから……そこでひっこんでろ」

 ……今まで聞いたことがないくらいドスの効いた声だった。
 今宮は気圧されて硬直している先輩の横を悠々と通っていく。

「っ! やべっ」

 俺も初めて見る今宮の表情に驚いて動きが遅れてしまった。
 慌てて二人の後を追いかける最中、不意に泉岳寺の声が聞こえてきた。

「新波涼香、あんた負けるよ……あんたは華怜を怒らせすぎた」
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