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#7 永久の流転
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友庭さんと交際して分かったことは、彼女が有言実行の人であるということだ。確かに会える時間は僅かで、デートもセックスも数えるほどしか出来なかった。一番の思いでは真冬の星川に全裸で入水したことだろうか。そうして、立成十九年の三月、卒業式の後にさよならを残して……友庭さんは私の前から姿を消した。
ほどなくして私は高校生になった。告白してきた後輩と付き合ったこともあるが、キスに留まる清い仲だったし受験が近付くと……平凡な私を慕ってくれた後輩を見捨ててまで私は勉強に没頭した。そうまでして掴み取ったのは中京圏にある国公立大学の薬学部への合格。友庭さんの言葉に従ってというよりかは……安定を求めての進学だった。やはり私は普通で、特別な人には終ぞなれなかったのだ。
薬学部の学部生として六年を中京圏で過ごし、卒業後は中京圏に根付いたドラッグストアに就職した。学部二年で付き合い始めた二歳年上の男性と二十五歳で結婚した。二浪して医学部に入った彼ももう立派な小児科医で、暮らしは安泰。妊娠をきっかけに職を辞した私は少しハーブが好きなだけのただの主婦になった。
立成三十二年、私は地元空の宮に帰ることになった。夫が空の宮で開業医として自分のクリニックを持つことになったことと、私の出産が理由だ。
「そろそろ空の宮だね。いやぁ、曇ってて山が見えないのが残念だ」
空の宮へ向かう車中、夫はラジオをつけた。県内のローカル局にチューニングする。ちょうど始まった番組は、空の宮市に縁があるゲストを招いてトークする番組のようだ。
『本日のゲストは歌姫とも称されるアイドル声優のクイーン、見滝百合葉さんです』
「うわ、ゆりりんかよ。ラッキー。万和はゆりりんの後輩なんだろう?」
「まぁ、文化祭のステージくらいしか生で見たことないけれどね」
「いやぁ、それすら羨ましいぜ」
歌って踊れてバラエティでも大活躍、声優――見滝百合葉。その人気そして声量は今でも衰えない。とはいえ、顔出しの機会は減った気がする。国民的アニメのサブキャラや、長寿番組のナレーション、最近では振付師あるいは作詞家作曲家として後進の育成にも携わっているという。
『今でも高いパフォーマンスを発揮するためにこだわっていることはありますか?』
『そうですね、やはり睡眠が重要だと最近は考えています。今はアレ使っているんですよ』
『もしやスリープストリームですか?』
パーソナリティの質問に肯定するゆりりん。スリープストリームはここ二年ほどで人気を爆発させている国産ウォーターベッドだ。あっという間に眠りに流されるという意味を込めて名付けられたそのウォーターベッドは、天才の作だと名高い。私は……きっとあの人の作ったものだろうと思っている。実際、私も使っている。
「お、空の宮に入ったぞ。結婚の報告以来だから……三年ぶりか。木代家ますます賑やかになってるよな、年賀状を見る限り」
私が学生の頃から大所帯だった木代家は今や、私の両親、一美姉さん、志十兄さん、百香姉さんと、それぞれの配偶者、甥姪は合せて十人。上は十七歳から下は二ヶ月まで。流石に大家族過ぎて千宗兄さんは関東で仕事をしている。
「百香姉さんは子供六人目だからね、ほんと……大概にして欲しいよ」
挙げ句四人目までと五人目からで父親が違うから、百香姉さんらしい。東京でバンド活動をしていたが、大成せず二人目の夫を連れて実家に帰ってきた。
『――では、百合葉さんの今の夢はなんですか?』
『私の夢は今も昔も、笑顔を届けることです。今日はありがとうございました』
『本日のお相手はわたくし清水と、ゲストのぉ』
『見滝百合葉でした!』
『また来週!』
インターチェンジを下り、下道を走りながら空の宮市内を北上しているうちにラジオは終わってしまった。
「夢、かぁ。あなたはどうして医者になろうと思ったの?」
今も昔も、という言葉に薬剤師になることを思い立ったあの日を思い出す。夕暮れ、路地、口づけ。
「人を救う特別な仕事をしたかった、なんて言ったらちと子供っぽいか」
「ううん。人は誰しも特別に憧れるから。じゃあ、今の夢は?」
夫の少し子供っぽくて――
「男の子も欲しいな。それから犬を飼って――」
そして普通なところが、きっと一緒にいて飽きない理由なんだと思う。
「あなたのその普通なところ、好きよ。ほっとするから。私も普通で良いんだって。あ、犬を飼うのは反対。実家で亡くなった犬を思い出すから」
実家で飼っていた柴犬の時五郎は私が中三の、大晦日の夜に亡くなった。寿命だったとは言え、産れたころからずっと一緒だった愛犬の死は辛かった。
「医者としては子に命の大切さを伝える上で……まぁ、分かるよ。うちもそうだったから。じゃあ、万和にとって今の夢はなんだ?」
私はあの日、似たような質問をされて一番難しいのは薬剤師になることだと思った。けれど、やりたいことは何だろうと……あの時の二倍の年齢になって分かった。理解した。
「やりたいこと、全部やることが今の私の夢。子育てもするし、ハーブも育てる。永木庵も手伝うし、天寿の中途採用で研究者を目指すっていうのもありだと思う」
自分でも我が儘かもしれないと思う。けれど、特別ではない私は一芸を極めるより足掻いて何でも取り組んだ方がいい。私はそう思っているし、
「いいな、それ。応援するよ」
支えてくれる人が側に居る。だから私は挑戦できる。
そして出産の時。市内の産婦人科で、私の娘は産声を上げた。私が親になるなんて、十四年前の私は信じてくれるかな。
「元気な女の子ですよ。お名前はもう決まっているんですか?」
子を取り上げてくれた女性が、声をかけてくれる。あぁ、小さくて可愛い私の娘。
「この子の名前は、朝の庭と書いて……ともに。ハッピーバースデー、私の特別……ともに」
あの人は友達が少なかったから、敢えて友という字は変えてしまった。早朝に産れてくれて丁度良かったかもしれない。朝のような明るい人生を誰かと共に生きてくれる人になって欲しい。
私が諦めてしまった特別……愛は、想いは流転する。きっとそれは、絶え間ない営みなのだろう。
ほどなくして私は高校生になった。告白してきた後輩と付き合ったこともあるが、キスに留まる清い仲だったし受験が近付くと……平凡な私を慕ってくれた後輩を見捨ててまで私は勉強に没頭した。そうまでして掴み取ったのは中京圏にある国公立大学の薬学部への合格。友庭さんの言葉に従ってというよりかは……安定を求めての進学だった。やはり私は普通で、特別な人には終ぞなれなかったのだ。
薬学部の学部生として六年を中京圏で過ごし、卒業後は中京圏に根付いたドラッグストアに就職した。学部二年で付き合い始めた二歳年上の男性と二十五歳で結婚した。二浪して医学部に入った彼ももう立派な小児科医で、暮らしは安泰。妊娠をきっかけに職を辞した私は少しハーブが好きなだけのただの主婦になった。
立成三十二年、私は地元空の宮に帰ることになった。夫が空の宮で開業医として自分のクリニックを持つことになったことと、私の出産が理由だ。
「そろそろ空の宮だね。いやぁ、曇ってて山が見えないのが残念だ」
空の宮へ向かう車中、夫はラジオをつけた。県内のローカル局にチューニングする。ちょうど始まった番組は、空の宮市に縁があるゲストを招いてトークする番組のようだ。
『本日のゲストは歌姫とも称されるアイドル声優のクイーン、見滝百合葉さんです』
「うわ、ゆりりんかよ。ラッキー。万和はゆりりんの後輩なんだろう?」
「まぁ、文化祭のステージくらいしか生で見たことないけれどね」
「いやぁ、それすら羨ましいぜ」
歌って踊れてバラエティでも大活躍、声優――見滝百合葉。その人気そして声量は今でも衰えない。とはいえ、顔出しの機会は減った気がする。国民的アニメのサブキャラや、長寿番組のナレーション、最近では振付師あるいは作詞家作曲家として後進の育成にも携わっているという。
『今でも高いパフォーマンスを発揮するためにこだわっていることはありますか?』
『そうですね、やはり睡眠が重要だと最近は考えています。今はアレ使っているんですよ』
『もしやスリープストリームですか?』
パーソナリティの質問に肯定するゆりりん。スリープストリームはここ二年ほどで人気を爆発させている国産ウォーターベッドだ。あっという間に眠りに流されるという意味を込めて名付けられたそのウォーターベッドは、天才の作だと名高い。私は……きっとあの人の作ったものだろうと思っている。実際、私も使っている。
「お、空の宮に入ったぞ。結婚の報告以来だから……三年ぶりか。木代家ますます賑やかになってるよな、年賀状を見る限り」
私が学生の頃から大所帯だった木代家は今や、私の両親、一美姉さん、志十兄さん、百香姉さんと、それぞれの配偶者、甥姪は合せて十人。上は十七歳から下は二ヶ月まで。流石に大家族過ぎて千宗兄さんは関東で仕事をしている。
「百香姉さんは子供六人目だからね、ほんと……大概にして欲しいよ」
挙げ句四人目までと五人目からで父親が違うから、百香姉さんらしい。東京でバンド活動をしていたが、大成せず二人目の夫を連れて実家に帰ってきた。
『――では、百合葉さんの今の夢はなんですか?』
『私の夢は今も昔も、笑顔を届けることです。今日はありがとうございました』
『本日のお相手はわたくし清水と、ゲストのぉ』
『見滝百合葉でした!』
『また来週!』
インターチェンジを下り、下道を走りながら空の宮市内を北上しているうちにラジオは終わってしまった。
「夢、かぁ。あなたはどうして医者になろうと思ったの?」
今も昔も、という言葉に薬剤師になることを思い立ったあの日を思い出す。夕暮れ、路地、口づけ。
「人を救う特別な仕事をしたかった、なんて言ったらちと子供っぽいか」
「ううん。人は誰しも特別に憧れるから。じゃあ、今の夢は?」
夫の少し子供っぽくて――
「男の子も欲しいな。それから犬を飼って――」
そして普通なところが、きっと一緒にいて飽きない理由なんだと思う。
「あなたのその普通なところ、好きよ。ほっとするから。私も普通で良いんだって。あ、犬を飼うのは反対。実家で亡くなった犬を思い出すから」
実家で飼っていた柴犬の時五郎は私が中三の、大晦日の夜に亡くなった。寿命だったとは言え、産れたころからずっと一緒だった愛犬の死は辛かった。
「医者としては子に命の大切さを伝える上で……まぁ、分かるよ。うちもそうだったから。じゃあ、万和にとって今の夢はなんだ?」
私はあの日、似たような質問をされて一番難しいのは薬剤師になることだと思った。けれど、やりたいことは何だろうと……あの時の二倍の年齢になって分かった。理解した。
「やりたいこと、全部やることが今の私の夢。子育てもするし、ハーブも育てる。永木庵も手伝うし、天寿の中途採用で研究者を目指すっていうのもありだと思う」
自分でも我が儘かもしれないと思う。けれど、特別ではない私は一芸を極めるより足掻いて何でも取り組んだ方がいい。私はそう思っているし、
「いいな、それ。応援するよ」
支えてくれる人が側に居る。だから私は挑戦できる。
そして出産の時。市内の産婦人科で、私の娘は産声を上げた。私が親になるなんて、十四年前の私は信じてくれるかな。
「元気な女の子ですよ。お名前はもう決まっているんですか?」
子を取り上げてくれた女性が、声をかけてくれる。あぁ、小さくて可愛い私の娘。
「この子の名前は、朝の庭と書いて……ともに。ハッピーバースデー、私の特別……ともに」
あの人は友達が少なかったから、敢えて友という字は変えてしまった。早朝に産れてくれて丁度良かったかもしれない。朝のような明るい人生を誰かと共に生きてくれる人になって欲しい。
私が諦めてしまった特別……愛は、想いは流転する。きっとそれは、絶え間ない営みなのだろう。
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