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桜の嵐

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* * * * *


 ――あぁ、やっとあの家から出て行ける。

 ひらひらと舞う薄紅色を見上げて、少女は眩しげに目を細めた。

 時折、強い風が吹くたびに視界がその色に染まる。
 まだ3月だと言うのに、不安定な気候のせいで狂い咲いた桜は既にその花弁を散らし始めていた。昼間の陽射しは暖か過ぎて、外でもコートがいらないくらいだ。
 サラサラと靡く栗色のロングヘアを耳にかけながらポニーテールにすれば良かったと後悔する。もう、なんなら暑いほど。

「……大学の入学式の時にはもう葉っぱかもね。まぁセーラー服と舞い散る桜で映える・・・からイーけど」

 それにそこまで行きたい学校なわけでもないし。
 あそこは両親に一人暮らしを認めさせるためだけに選んだ場所だ。

 特に思い入れのない大学の入学式より、高校生活の締めくくりの今日に咲いていてくれてた方が嬉しい。

(なんか、気温まで私の門出をお祝いしてくれてるみたいじゃない? なんて)

 慣れた仕草でカメラアプリをセルフィーモードに切り替え、少女は何枚もシャッターをタップしていく。画面をスワイプするたびに磨かれた爪が視界に入って気分が上がった。

(一人暮らし始めたらSNSで話題になってたあのサロンに行ってネイルしてもらうんだ。髪も、インナーカラー入れたりパーマかけたりしてさ。家にいたらできなかったこと、全部しよう……!)

 白い長袖のセーラー服。
 この冬服を着て写真を撮るのも、今日が最後だ。

 画面の中の自分は校舎を背景に証書ホルダーに頬を寄せ、誇らしげに微笑んでいる。そこに散る桜が加工無しでも美しい。

(私、頑張ったよね)

 グレージュの襟とスカート。学年カラーの赤いスカーフが可愛いこの制服は、彼女のお気に入りだった。画像フォルダの中は制服姿で撮った写真でいっぱいだ。

(……もっと上のレベルに行って欲しかったお母さんはこの制服キライだったみたいだけど)

 決して毒親というわけではないけれど。
 それでも弟に向ける期待と、自分への諦めの混ざった視線を思い出すと喉の奥が苦しくなる。

絵麻えま~! 今こっちで皆で集合写真撮るから、絵麻もおいでー!」

 名前に反応し呼びかけられた方を見れば、いつものメンバーに男子や別のクラスの同級生も加わってスマホを向けあっている。

「あ、行く行くー! 全員でなんかお揃いのポーズしよう~!」

 そう少女――絵麻が友人の元へ駆け出そうとした時。
 ザッ……! と音がするほどの強い風が吹いた。
 黒いローファーの足元から、花弁が舞い上がっていく。

 ――いや、まるで地面から止めどなく湧き出しているのかと思うほどの花弁の洪水。

「え? 待って。前、見えない。なに、これ……!」

 右を向いても左を向いても。
 絵麻の周りは隙間なく薄紅色で囲われている。

「ちょっ、なんで、こんな。みんな、どこ……っ?!」

 聞こえない。
 友人の声も。卒業式特有の高揚したざわめきも。
 風の音しか、聞こえない。

 花弁の嵐で身動きがとれない。

「無理……!」

 両腕で顔を庇い咄嗟に座り込む。

 数秒か数分か。それからどれくらいの間そうしていたのか。
 ザァザァと吹いていた風が止み、そろそろと瞼を開ける。

 級友たちはまだ次の嵐に備えているのか、周囲がやけに静かだ。

「……も~! なに、今の風! ヤバくない?! ビックリしたね! みんな、だいじょう……」

 大丈夫。
 友に問いかける言葉は、最後まで発することができなかった。


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