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閑話/それは苦くも甘く
しおりを挟む「今年は貴方にチョコ無いわよ」
その言葉は、俺の息の根を留めるには充分過ぎる刃であった。
ー2月13日、朝の事
俺は明日のバレンタインでソワソワしていた。
他の女からなんて要らない、貰わない、渡されても返却する、それを徹底しているからか、最近は〝俺を良く知らない〟女からしか渡されない。
大変、ラクだ。
(今年はどんなチョコかな…)
そんな事を思いながら、俺はリビングへと向かう。
姉さんは、珍しく起きていた。
「おはよう、姉さん」
後ろから声を掛けると、姉さんはゆっくり振り返って「おはよう、唯衣」と返してくれた。
あぁ、凄く可愛い、可愛い、可愛い可愛い可愛い可愛い!
「珍しく早起きだね」
椅子を引くと姉さんの隣に座る。
そしてテーブルに置かれている新聞を開いた。
「明日に向けて色々やる事あるからねぇ」
姉さんは、先に食べ始めていた朝食のサラダのトマトをフォークで撫でた後、プツッと刺して口許へと運んだ。
「明日、あぁ…俺も楽しみにしてるね」
新聞の活字に目を通しながら俺は毎年恒例のセリフを吐く。
姉さんからは毎年恒例のセリフが返ってくると信じていた。
ーだが、今年は
「今年は貴方にチョコ無いわよ」
「え?」
姉さんの放った言葉が俺の心臓を貫く。
「今年は〝依くん〟にしかあげない」
〝依くん〟とは、姉さんの彼氏の名前だ。
ちゃんとした名前は知らない。
「ご、ごめん、今なんて?」
読んでいた新聞を閉じると姉さんを見つめた。
「だから、依くんにしかあげないから、唯衣には無いよ」
自分でも解る程、俺の目は見開いた。
「え、なんで??毎年くれたじゃないか」
「もう、お姉ちゃんの義理に頼らなくても、唯衣なら沢山貰えるでしょう?」
トーストを齧りながら姉さんは言う。
俺の精神をズタズタにする様にー
「でも!」
「もう!!唯衣!!!」
姉さんの目が「煩い」と言っている。
俺は静かに黙り込んだ。
******
「死相が見えます」
教室の自分の席で突っ伏していると、久城がマジマジと俺を見つめながら、そんな事を呟いた。
「お姉様関係ですね」
「…煩い」
ズバリを言われ、俺の唇は尖る。
「何があったのですか?」
「…バレンタイン…」
「察しました」
久城は小さく呟いた。
そして俺の背中を撫でる
その撫で方は、とても優しく、子供をあやす様であった。
「慰めてるの?」
クスリと微笑みながら久城を見遣る
久城は否定も肯定もせずに、ただ、ずっと撫でてくれた。
「…今年は、彼氏にだけ渡すんだってさ」
拗ねた様に俺が呟く。
すると久城の手がピクッと止まった。
「毎年、義理だって理解っているけどさ、やっぱ嬉しいじゃん?」
(好きな女の子から貰えるとさ)
「では、今年は自分がチョコを差し上げましょう」
久城は自分の胸元をポンっと軽く叩くと、胸を張って見せた
「…はは、ありがとう」
久城に微笑むと、久城は少しだけ頬を染めた。
「凄いのを用意しますので、期待していて下さい」
久城はそう言うと勝ち誇ったように口許と瞳を歪ませた。
*****
家に帰るのが嫌で、夜遅くまで街をブラブラした。
言い寄ってきた女の誘いに乗ってホテルにも行った。
そうして時間を潰した。
時計の針が23時過ぎを指した頃、俺はやっと自宅へと帰宅した。
帰宅すると姉さんは、赤と黄色のチェック柄のエプロンを身に付けてキッチンに立っていた。
「ただいま」
鞄を椅子に置くと、キッチンにいる姉さんに声を掛ける
「お帰り…というか、あんたねぇ、何時だと思ってるの?お母さんカンカンだったわよ」
俺の方を見る事なく返事だけが返ってきた。
どうやら明日のチョコを作っている様だ。
やたらと煩わしい程のチョコの香りが俺の鼻を刺激してきた。
「…そう、ごめん」
冷蔵庫を開けながら謝罪を告げると、ミネラルウォーターを取り出してゴクッゴクッと喉を鳴らして飲み込んだ。
スゥーッと綺麗な水が、汚れた身体に染み渡る気がして心地良い。
ミネラルウォーターを冷蔵庫に戻すと、姉さんを見ずに「おやすみ」と呟いてキッチンを出ようとした、その時
「ね、唯衣」
姉さんに呼び止められた。
「何?」
振り返らず返事だけをする
「ちょっと味見してくれない?」
「は?なんで…自分で味見したら良いじゃないか」
(なんで俺が!他の男にやるチョコの味見をしなきゃならないんだ、そんなの拷問だろ)
ギリッと歯を噛み締める
「唯衣、コッチを見なさい」
やや強めに言われ、俺は渋々と姉さんの方を見た。
「ーッ」
姉さんは人差し指を俺の方へ差し出していた。
その指先には溶けたチョコレートが付いている。
「え…」
「味見、して?」
「私じゃイマイチ解らないの」と、姉さんは小さく笑った。
「……」
俺は引き寄せられるように、姉さんの元まで近寄ると差し出された指先を見つめた。
「いいの?」
「お願いしてるのは、私の方なんだけど?」
姉さんが首を傾げて笑う
俺は姉さんの手首を掴むと、指先に付いたチョコレートを眺めた。
そしてーー
ゆっくり口を開いて
姉さんの指先を口に含む。
口の中に、ほろ苦い、だけど甘い味が広がった。
舌先で丹念にチョコレートを舐め取る。
そのまま舌先を指先の付け根まで滑らせると、キツく付け根に吸い付いた。
「美味しい?」
姉さんが問い掛ける
「ん、凄く…」
名残惜しそうに指先を咥えたまま、俺は頷いた。
「あら、日付けが変わっちゃったね」
姉さんの視線が壁時計に向かう。
確かに針は0時を指していた。
「唯衣、おやすみ」
「姉さん…」
「私はコレを固めてから寝るから」
ツッと俺の口から自分の指を抜くと、型に流し込んでいたチョコレートを冷凍庫へと入れた。
「…味見してくれてありがと」
日付けが変わって2月14日ー
(あぁ、そうか…)
「凄く美味しかったよ、おやすみ、姉さん」
瞳を細めると柔らかく微笑んだ。
姉さんも自分の意図に気付かれたと知ると、眉を下げ微笑んだ。
階段を上り、自室へ入ると直ぐにベッドへと倒れ込んだ。
(久城には悪いけど、チョコは受け取らずに返そう…)
あぁ、姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん、大好きな姉さん…姉さんから貰えた味見だけで充分だ
*****
久城が宣言通り、チョコを持ってきてくれたが、そのチョコはチロルチョコ詰め合わせだった。
なんでも手作りが失敗したらしい。
申し訳なさそうにチロルチョコ詰め合わせを差し出してくる久城に、俺は笑って受け取ってしまった。
(コレならセーフ)
「2人で食べようか?」
「…です!」
お互い見つめ合うと笑い合った。
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