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第3話

6・エンカウント(その2)

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 な、なんだよ、お前!
 さっきまでだいぶ前のほうを歩いていただろ!

「あいにく視線がチクチク刺さってうるさかったので。まさか、見ているのがあんただとは思いませんでしたが」

 ああ、そうかよ。悪かったな、ついつい見てしまって。
 つーか──

(こいつ、結構がっしりした体格だよな)

 今まで気にしたことがなかったけど、青野って肩幅広めで筋肉もしっかりついているっぽい。
 なんだよ、うらやましいじゃねーか。運動部でもないのにこの体型って。

(で、俺はこいつに押し倒されていた……と)

 ──いや、今のは語弊があるな。
 押し倒されていたのは、あくまでこっちの世界の俺だ。俺自身はそんなことされていないし、これからもされる予定はねぇ。

(いや、でも……ちょっとだけ興味あるかも)

 いつも仏頂面のこいつが、どんな顔して俺を抱いてたのか。
 やっぱ、気持ち良さそうな顔とかすんのかなー。
 それとも、やってるときすらずっと仏頂面とか?
 うわ、それはさすがに嫌だな。
 ずっと真顔で腰振られて、そのままフィニッシュって……

「大丈夫ですか、頭」
「へっ」
「星井から聞きました。あんた、本当に記憶障害だったって」

 ああ、そっちか!
 びっくりした。俺の不埒な想像がバレたのかと思った。

「ああ、ええと……そのことだけどさ。あのときはちょっとパニック状態で……それで一時的にいろいろ忘れてたみたいでさ!」
「……本当ですか?」
「ほんとほんと! 今はちゃんと思い出したから!」

 この言い訳は、昨日八尾と考えたもの。通じるかどうかドキドキだったけど、ひとまず青野は納得してくれたらしい。

「だったらいいです。最近のあんた、ちょっと様子がおかしかったから気になって」
「ごめんな。昨日も心配してナナセに連絡してくれたんだって?」
「はぁ……まあ、あれは皮肉半分でしたけど」

 あ、やっぱり?

「てっきり、あんたが忘れたふりをしているんだと。だから、ついムカついて、星井に連絡したんですけど」

 まさか、本当に記憶障害だったとは思わなくて──そうこぼした青野の声は、頼りなさげで少し震えていた。
 ああ、やっぱりこいつ、いいやつだよな。
 ちょいちょいふてぶてしくてムカつくけど、こっちの世界のこいつのこともけっこう好きだな。もちろん「人として」だけど。

「大丈夫。もうちゃんと思い出したから」

 俺は、青野のくせ毛を軽く撫でた。

「ほんと、昨日はありがとな。それと──一時的にとはいえ、大事な思い出を忘れちまってごめん」
「……いえ、べつに」

 俺ら、もう別れましたし。
 そう付け加えたわりに、青野の眼差しは揺れていた。
 ああ、きっとこいつはまだ「こっちの世界の俺」のことが好きなんだろうな。
 だったら、なおさら元の世界に戻るすべを探さないと。「こっちの世界の俺」が戻りさえすれば、元サヤになれるかもしれないんだから。
 と、青野の指先が、俺のこめかみに触れた。

(えっ……)

 すっと動いたそれは、俺の髪の毛をひっかけてそのまま耳裏へとすべる。
 昨日の、額田と同じ行為。
 なのに俺の心臓は、バクバクと高鳴りはじめた。

「な、なにすんだよ、いきなり」
「ああ……すみません。髪の毛、邪魔そうだったのでつい」

 青野の声が、気まずそうにどんどん小さくなる。
 俺は俺で、なんとなく青野の顔を見られない。
 なんだよ、これ。
 どういうことだ?
 昨日、額田にやられたときは嫌悪感でいっぱいだったのに。
 そのまま無言で学校まで歩き、正面玄関で青野と別れた。「じゃあ」「おう」と声をかけあったときですら、俺たちはお互いの顔を見ることができなかった。
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