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本編

21 冒険者と王都騎士団

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「……それは?」
「チャリンコです。大丈夫、電動です」
「……ごめんスイ。俺は異世界語がよくわからない」

 スイはエミリオに貸した客間のウォークインクローゼットの奥からブランド物の電動自転車をごそごそと出してきた。
 
 以前日本にいたころ、通勤用に買ったものだ。
 マンションの駐輪場に留めていたら、歴代の自転車を鍵をかけていたのに三台連続で盗まれた経験から、かさばるのを我慢して使っていない部屋のウォークインクローゼットに保管していた。
 そのおかげか、こうして部屋ごと転移してきたのと一緒に自転車も持ってこれたのだ。

 先人の稀人も自転車を持ち込んだかこちらで作ったかはあったらしいので、パブロ王国の人々も自転車の存在は知っているらしく、エミリオにも自転車はこういうものだと教えられたが、パブロ王国に伝わったのは地球でいうところの十九世紀ごろの前輪が大きく後輪が小さい型(ペニー・ファージング型というらしい)のものだったので、スイの電動自転車みたいなものはエミリオも初めて見たようだ。

「ちなみに、王都で自転車を乗っている人は」
「ほとんどいないな……前輪が大きくて転倒して頭を打つ危険性があるから誰も乗らなくなって廃れたって歴史があるらしいから……」
「稀人の先人って十九世紀のイギリス人だったのね」

 先人もそれ以上開発を進めなかったということは技術者とかではなかったようだ。

 スイはこのシャガ地方では自転車にたまに乗るけれど、これに乗っていても「スイちゃんの道具は相変わらず変わってるね」とか「スイちゃん稀人だからね」とそれほど相手にされない。色んな意味で田舎は平和だ。
 結構な技術力でできている代物なのに、自転車は乗り方が難しいのか誰も挑戦しようとしないので関心をもたれないでいる。

 とりあえず後ろの席にバスタオルを敷いて(ケツが痛かろうので)、エミリオを後ろに二ケツでシャガ中町の冒険者ギルドに出発することにした。
 自転車の二人乗りは日本じゃ怒られるけれどもね。

「だ、大丈夫なのか? こんな不安定な車輪で……」

 エミリオはこちらで伝わっているペニー・ファージング型の自転車の危険さを知っているからか、スイが「おう、乗れよ」と歯をキラッとさせながら誘ったのに及び腰である。
 余談だがスイの「おう、乗れよ」のセリフをエミリオはベッドで聞きたかったと後に語っていたらしい。魔力枯渇の影響でどこまでもエロエロ脳だったようで、彼にとっての黒歴史だそうだ。

「大丈夫だって~。あたし五歳でもう補助無し乗れたくらいにキャリアあるから! エミさん一人後ろにのせてもまだ余裕あるし!」

 エミリオは魔術師にしては細マッチョだけれど、スイにはシュクラからの愛し子チート「体力アップ」があるので二人乗りの自転車をこぐくらい平気だ。

 おそるおそる後ろに乗って、スイの腰に腕を回してつかまるエミリオを確認すると、スイも自転車をこぎ始める。ちなみに電動自転車なので、これもスイの魔力で勝手に通電して動いているらしい。

 シュクラ神殿の敷地内なので、参道を掃き掃除している聖人のおっちゃんに「スイ様、行ってらっしゃいませ」と挨拶をされたのを、エミリオとともに元気に「行ってきます」と告げてからシャガ中町の冒険者ギルドに繰り出した。


 シャガ地方のメインの街であるシャガ中町は、この自動生成ダンジョンが多発するシャガ地方に集まる冒険者たちの拠点の街となっている。
 冒険者ギルドに始まり、彼らの生活に欠かせない武器・防具などの商業ギルド、技術者ギルドなど、さまざまな組合がそろっていて、この町でなら冒険者の武器防具道具類が一式すべて揃えられるくらいの品ぞろえの店がたくさんある。

「あ、あそこ。冒険者ギルド」
「ああ、数日ぶりだ」

 ギルドの手前の馬小屋を借りてチャリンコを降りてそこに留め、鍵をかけてから冒険者ギルドに二人で入った。
 ギルドに入ってすぐ、受付嬢のリオノーラ嬢がスイたちを見て挨拶をしてきた。スイにとってはこのシャガで初めてできた友人でもある。

「あらスイ。いらっしゃい」
「リオさんおはようございます」
「あのダンジョンのマップもうできたの? 締め切りまでまだあるけども」
「あ、それはまだ。今日は依頼したいって人を連れてきたの。こちら、エミリオ・ドラゴネッティさん」
「先日ぶりです」
「あら、お世話様。マスターを呼んできますね」

 数日前に件のダンジョンのことで派遣された騎士団でここを訪れたらしいエミリオは、リオノーラ嬢とも顔見知りのようだ。

 ほどなくして、リオノーラがスキンヘッドにこめかみに三本の傷跡があるいかつい壮年の男を伴って戻ってきた。
 冒険者ギルドのギルドマスター、アンドリュー氏である。今はもっさいオヤジだが、若い頃はイケメンだったと豪語して、以前スイに肖像画を見せてくれたことがあったけれども、若い頃もいかつすぎてスイの好みじゃなかった。ホモ受けしそうだなとは思ったけれども。

「おう。スイちゃんに……先日の騎士団の兄ちゃんじゃねえか」
「お久しぶりです。討伐隊魔術師隊長を任じられておりました、エミリオ・ドラゴネッティと申します」
「そうか。まあこっちで話そうや」

 長年の経験か、相手の表情などを見て大っぴらに話す内容じゃないことを悟ったらしいアンドリューは、応接室へとエミリオを促す。
 アンドリューに従い、エミリオは彼について歩きだした瞬間、ロビーのほうでこちらに大声で声をかけてくる冒険者がいた。

「あれ~? そこにいるのは王都騎士団の方じゃないですかぁ~? たったお一人でどうされたんですか~?」

 使いこまれた武器防具を纏った短髪の剣士と見ゆる冒険者の男だった。スイとも顔見知りだが、自信家すぎてスイはあまり好きではなかった。
 仕上がったマップをギルドに届けにくるたびに「よお、スイ」と声をかけて、食事に行かないかとか遊びに行かないかとかナンパしてくるので、ちょっと辟易している相手だ。

 エミリオを見て、いかにもバカにしたかのようにふんぞり返って声をかけている。

「あの被害届のあった上級ダンジョンの件はどうなったんですかぁ? マップなぞいらないとか、時間の無駄だとそちらの討伐隊隊長さんが勇んで出かけられたのに。そこのスイがもう少し待てばマップを仕上げてくれたのに、それも無視しちまってさあ」
「…………」

 エミリオは表情を一切なくして静かに顔だけそちらに向ける。言葉がないのは臆したととったか、その男はさらにバカにしたような口調でエミリオに言う。

「ほかの方はどうされました? まーさーかーぁ、王都の騎士団が全滅なんてことはありませんよねえ?」
「……全滅はしていないが、危険と判断して脱出させた」
「へえ? 今をときめく王都の騎士団の方が、敵わないと悟ってケツ捲って逃げ出したってわけですか? それでも王都の騎士団ですか? なっさけないですねえ?」

 いかにもバカにしきったような男の声に、エミリオは怒るでもない無表情でただ相手を見据えて黙るのみだ。一方的に敵意を剥き出す相手に感情的になってはいけない。
 
 王都の騎士団と冒険者は折り合いがあまり良くないと聞いたことがある。騎士団は貴族の嫡男以外の兄弟子息が多く所属していて、エミリオもそうだが、爵位こそ騎士爵位だけれど、平民からすれば上級貴族というイメージがあって、近寄りがたい。
 冒険者や傭兵になる人間には貴族に対してコンプレックスがある人間もいるので、貴族的な騎士団とは折り合いが悪いらしい。

 スイがエミリオの代わりに言い返してやろうと息を吸い込んだ瞬間、ギルドマスター・アンドリュー氏が活を入れるように声を荒げた。

「黙れ。貴様には関係ないだろう」
「ギルマス! 忘れたんですか、あの時こいつら騎士団はマッピングを軽視し、ダンジョンを軽く見て、俺らの忠告を無視していったんですよ! 俺ら冒険者ギルドがバカにされたんですよ!」
「やめろ。それにマップもいらない時間がないと言っていたのはこの人じゃねえ。討伐隊隊長だった騎士様だよ。この人に八つ当たりするのはよせ。それに、撤退したとはいえ、あれからぱったりとモンスターの被害は無くなったじゃねえか。この人らのおかげだろ」

 そういえばエミさんはズタボロになっていたけど、あれからモンスターに食害されたとかいう事件事故は聞かなくなったなあとスイは思い返す。
 エミリオはアンドリュー氏の言葉を聞いて、あの最後の力を振り絞って戦って倒した巨大なミノタウロスがあの二重ダンジョンのボスだったのではと思うに至る。モンスターを率いるボスを倒せば統率が取れなくなって近隣の町村への被害は減るからだ。

「これ以上この人にちょっかいを出すようなら、今後の依頼から貴様を外す」
「……っ、わ、わかりましたよ……」

 言いくるめられてこぶしを握り締めながらうつむいて苦々しい顔をする男に向かって、スイは「イーッ!」という顔をしてやった。イケメンを虐めるゴリラなぞウ○コでも踏んで恥ずかしい思いでもすればいいと思う。

「……悪かったな兄ちゃん。うちに所属してる連中はどうにもしつけがなってなくていけねえ」
「……いいえ。気にしません」
「ありがとうよ。こっちだ」

 アンドリューに促されてエミリオは彼について応接室に向かう。そのあとを付いていこうとしたスイの赤いフード付きのケープの裾を引っ張る人がいた。リオノーラ嬢だった。

「スイ、スイ」
「なになに、リオさん」
「あの魔術師のお兄さんとスイ、どういう関係なの?」
「え、どうって」
「スイが好きそうなハンサムだし~、仲良く一緒にギルド訪れるなんて、何かあったんだと思うじゃない?」

 スイはリオノーラ嬢にどう答えていいやら脳みそフル回転でいろいろ考えた。どうする。本番行為以外のことならちょっとしちゃった、なんて言えるわけがない。

「ちょ、ちょっと仲良しになったお客さん!」
「あ、ちょっと、スイ!」

 それだけ言い置いて、アンドリュー氏とエミリオが行ってしまった応接室に慌てて駆け去るスイの姿を見て、リオノーラ嬢はクスクス笑った。
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