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9話
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次の日の朝は目まぐるしかった。
頭がズキズキと痛く、吐き気がする中、ブーケにドロドロ─なのに何故か美味しい─やつを動けないせいで、あーんで食べさせられ、食べ終わったと思ったら抱きかかえて、風呂へ入らされ、吐き気は収まったが、頭の痛さから動けないでいると、遠慮無く入ってきたブーケに忙しなく洗われた。
ブーケに引っ張られるように風呂を出て、仕立て屋で会った羊に、ビシャビシャのまま、無理矢理服を着込まされ、孔雀と白鳥の美容師が来て─鳥の獣人は腕に羽が生えていた─白鳥の羽でバサバサと思いきり乾かされたり、孔雀に変なメイクをされそうになったりと、ひっきりなしに、代わる代わる人と顔を合わせては移動し、合わせては移動していたが、アンヌと顔を合わせることができなかった。
実は、昨日酒を飲みすぎて記憶がほぼ無い中、最初のアンヌの明日キスをする。という発言と、アンヌを見送って悲しかった。という記憶だけ残っており、何か喧嘩でもしたんじゃないかと、気が気ではないのだ。お酒というものは、恐ろしい物なのだと、身で思い知った。
時は昼前。一息つけそうなタイミングで、ブーケが紅茶を汲んできてくれるので、ありがたく頂く。
「ブーケ、その……アンヌは、まだか?」
「アンヌ王子は、控室へ行かれましたよ。『わー!僕に話しかけないで!ガードの花嫁姿は挙式まで我慢するんだからー!絶対に振り向かないからねー!わー!』って、すぐそばを後ろ向きのカニ歩きで、叫びながら行ったの、聞こえませんでした?滅茶苦茶うるさ……魂の叫びをされてましたけど」
「聞こえなかった……話しかければよかった。いや、気づくのが先か」
「何か気がかりなことでも?よろしければ、私よりお伝えしますよ」
「あぁ、ええっと昨日、喧嘩したんじゃないかって思って……そのままだと挙式挙げるの気まずいかなって、思っただけでそんな大事な事では……」
「喧嘩……?」
こてん、とブーケは頭を横に倒す。今日のブーケの服装は、赤いジャケットに黒いズボン、ネズミの耳には両方共赤いリボンと、バラの飾りが結われていて、祝福をしてくれているとひと目でわかるし、似合っているので、凄く好きだ。
それに対して俺は昨日のような服装─って言ったら、羊たちに怒られるだろう─であるが、頭にはリボンではなく、白いレースがかかり、赤いベストを着て、口には赤いリップが塗られている。正直、孔雀の美容師に「似合うわね!綺麗すぎて、王子倒れちゃうんじゃないかしら。担架用意しとく?」なんて言われたけど、自分にはこれが似合うとは思えなかった。
「喧嘩なんてされたんですか?意外です」
「いや、昨日ワイン貰った関係で、酔っ払っただろ」
「ああ、その事はちゃんと国王に注意しておきましたので、次回からはご安心して、お飲み下さいね」
「う、はい。反省しま……って、違っ……そのときにな、アンヌが離れていって、すごく悲しかった記憶が、あって。でも、分かれた理由が分からないから、喧嘩でもしたんじゃないかと思って」
「……覚えてらっしゃらない感じですか?相当飲んでましたから、当然と言えば当然ですけれど」
キョトン、とした顔をされるが、キョトンとしたいのはこっちだ。あのあと何があったのか必死に思い出したいのに、本当にかけらも思い出せない。ただ覚えてるのはアンヌが去っていって悲しかった事と、アンヌの耳を枕にして眠っている夢を見た事だけだ。
「ふふ、心配されなくて大丈夫ですよ。アンヌ王子と喧嘩されてません。あれはアンヌ王子が年頃だから起きただけです。今夜は一緒に眠れる……と言い切れないか。あ、でも悪い意味じゃありませんよ。貴方が素敵すぎて起こることです」
「は、はあ……?」
「ご安心してチューしてきて下さいね。あ、むちゅーになっちゃ駄目ですよ」
「んな……!は、恥ずかしいこと言うな!」
「ふふ、心を和ませる為のネズミギャグですよ!酷いなー」
ニヤニヤとしていたので、どう考えてもおちょくられていたと思うが、ひとまず喧嘩をしていなかった事に安心するとしよう。
□◇□◇□◇□
先程の、おちょくられていたひと時が、恋しい。
明るく照らすシャンデリア、豪華な壁の飾り、きれいな天使のステンドグラス……そんな飾りを隠すように、周りには城の偉い人─アンヌや国王達の親戚や知り合い─が所狭しと並んでおり、俺は入り口でカチコチと固まって、立っていた。
ブーケにおちょくられた後、直ぐに挙式が始まるということで、俺はブーケと一緒に移動してきたのだが……
人の多さ、狭さにびっくりする。広さはあるはずなのに、人で埋まっている。こんなに大勢の前でキスを……?それに、入ってきた時から分かる。興味津々だという皆の目は、ほぼこちらを向いていた。
『じっとしてくれれば、僕からしてあげるから、安心してね』
__なんてアンヌは言ってくれていたが、それ以前に無礼なことをしたらどうしよう。ブーケにそっと目を配ると、こちらの考えに気がついたのか、にこり。と笑い、こっそり耳打ちしてくる。
「大丈夫ですよ、気取らなくて結構、仕草を気にするなんてもっと結構!普段通りに歩いて、行動し、アンヌ王子と見つめ合っていれば、問題ありません」
「そ、そんな物なのか……?本当に?」
「正直言ってしまうと、これからの数日間は、この国の皆様に、愛し合っているお二人の姿を見せる事、貴方の姿を目に焼き付ける。というのが目的なので、お二人が仲睦まじければ、それで良いのです」
「そう、そうか……」
「あ!ほら、あそこにアンヌ王子がいらっしゃいますよー!少しはご安心されるのでは?」
こっそりと指を指すブーケの指先を見ると、確かにアンヌだとわかる─と言っても、身長と耳の関係でしかないけれど─後ろ姿があり、凛と立っていた。
あそこまで、普通に歩いて、アンヌだけを見ていればいい……それなら、ここに立っているより直ぐに側に行きたい。
「では、私はここで。ごゆるりと行ってらっしゃいませ」
「……ありがとうブーケ、行ってくる」
普段通り、普段どおりを心がけ、ゆっくりではあるがアンヌの元へ向かっていく。見られている視線があるが、笑われている感じはしない。先程行っていたとおり、顔を覚えようとしているのかもしれない。
__あと数歩といったところで、神父が何か手で指示をした。なんだろう?ブーケでも知らない事が起きているのか?と焦っていると、アンヌがこちらへ振り返った。
アンヌも少しだけ、昨日と似ている服装だった。が、昨日と違うのは赤い上着に白いベスト、薔薇とうさぎの刺繍が入ったマントを羽織っていることだった。
「凄く素敵だよ。その口元の、赤いリップがより一層……君の綺麗さを、際立ててる」
「お前も、その……かっこいいよ。いつも、だけど」
「……っ、ガード君。僕の隣に来てくれますか」
顔を一気に赤らめ、照れながら俺を横に来るように促してくれる。そんな姿を見て、俺も余計恥ずかしくなり、ぎくしゃくとしながら隣へ立った。
横目でアンヌを見ていると、こちらへくるりと向き、手を握ってくれる。
それに合わせ、俺も横へ向くと両手を繋ぎ、見つめ合う形になった。
こう見ると、アンヌの瞳は、赤いのに透き通り、闇も影も何も知らない、宝石や太陽のような色をしている。このきらびやかなシャンデリアの明かりが、より一層透き通る目を、輝かせている。
俺の瞳を海の底、と称したのはあながち間違っていないと思うが、その目に俺の目は、どのような海に写っているのだろう。
神父が何か言っているのが聞こえるが、アンヌの瞳に魅入られ、耳に入ってこず、頭がぼうっとする。
そんな俺の目を覚まさせるように、アンヌが俺の左手を、上に上げてから手を離し、小さな小箱を取り出した。
開けてくれた箱の中には、小さな薔薇で編まれた指輪が入っており、それをそっとアンヌは取り出した。
「この指輪は、この国で生まれ、この国の水で育ち、この国の太陽を浴び、輝きで人々を喜ばせ、小さいながらも寿命を全うした薔薇で編んだ物」
俺が見たことのある赤い薔薇の中でも、小指の先ほどしかない花、咲き誇る姿は、力強い。
「この薔薇のように……この国で新しく妃として生まれ変わり、子供達と一緒に育ち、王国の民を支え……はかない僕の命が尽きるその時まで、一緒にいて欲しい」
「っ……」
いつの間にか、指輪を嵌める時にまでなってしまっていたようで、焦る。そうか、この指輪はそういうことか……ここで、はい。と、答えたいが答えられない。
ミーナが来るのは三日後程と言っていた─俺の生死を確かめるのに、余裕を持った時間らしい─ので、パレードか、即位式頃。いくらこの国に留まれたとして、アンヌの言った、最初の言葉は確実に叶えられない。
そんな俺に、どう思ったか分からないが、聞くだけでも恥ずかしい言葉を言い切ったアンヌは、俺の左薬指に、薔薇の指輪を嵌めた。
こんなにゴツゴツとした指でも、きれいな薔薇の指輪が嵌まるだけで、美しく見える。つい眺めていると、アンヌの手が、レースを捲り、両方ともそのまま頬に添えられる。
その手に任せるまま、力を抜くと、アンヌの顔が近づいてきた。
昨日より、遠い……のは、そうか。身長差か……
ちら、とアンヌの足元を見ると背伸びが限界そうに見える、じっとしていればいい。そう言っていたが……全てを任せるのは、申し訳ないと思っていたし、出来ないのは悲しい。恥ずかしいが……勢いで行けば、なんとかなる。
ゆっくりと近づいてきていた、アンヌの顔_否、口に思い切り顔を近づけ、キスをした。勢いのせいか、唇が強く当たり、歯に押し付けられる痛みが強く、驚いて離れようとする。しかし、アンヌの手が優しくも、頬を強く掴んでいて、離してくれない。
そういうものなのか?と思い身を任せるが、息の仕方がわからず苦しくなってくる。いつ離されるのか?もしかして、アンヌの息が苦しくなるまで?と、焦ってアンヌの胸元に手を添えると、伝わったのか離れてくれる。
勢い良く離れ、急いで肺に空気を入れていると、パチパチと周りから、大きな拍手が聞こえた。
そうだった、人に見られてるんだった。と言う事を思い出し、恥ずかしくなるがアンヌの顔を見て、そんな事は吹っ飛んだ。
幸せそうに目を細め、頬が染まり、口元で幸せを噛み締めていた。
透き通った瞳は、嬉し涙か、痛みの涙か分からないが、余計水に映し出されたような宝石に__
リップの跡が少し不格好に見えるが、この顔を見れるなら、少し恥ずかしいが……して良かったな。
「新たな夫婦に祝福をー!皆様ー!花びらを手いっぱいに持ちくださいー!せーのっ!」
ブーケが大きな声で、合図を出すと、所狭しと詰まった人達は、薔薇の花びらを空へと舞わせ始める。
ひらひらと舞う花びらは、ステンドグラスやシャンデリアの光で縁が透け、とても綺麗だった。
「ガード君、一緒に出ようか、手を握っても……いいかな」
「ん……」
手を繋ぎ、二人で祝われながら歩く。
最初はジロジロと怖かった目だが、今は祝福の目に変わり、皆笑顔である。
この顔や空気を味わえただけでも、この国に、来れて良かった。
頭がズキズキと痛く、吐き気がする中、ブーケにドロドロ─なのに何故か美味しい─やつを動けないせいで、あーんで食べさせられ、食べ終わったと思ったら抱きかかえて、風呂へ入らされ、吐き気は収まったが、頭の痛さから動けないでいると、遠慮無く入ってきたブーケに忙しなく洗われた。
ブーケに引っ張られるように風呂を出て、仕立て屋で会った羊に、ビシャビシャのまま、無理矢理服を着込まされ、孔雀と白鳥の美容師が来て─鳥の獣人は腕に羽が生えていた─白鳥の羽でバサバサと思いきり乾かされたり、孔雀に変なメイクをされそうになったりと、ひっきりなしに、代わる代わる人と顔を合わせては移動し、合わせては移動していたが、アンヌと顔を合わせることができなかった。
実は、昨日酒を飲みすぎて記憶がほぼ無い中、最初のアンヌの明日キスをする。という発言と、アンヌを見送って悲しかった。という記憶だけ残っており、何か喧嘩でもしたんじゃないかと、気が気ではないのだ。お酒というものは、恐ろしい物なのだと、身で思い知った。
時は昼前。一息つけそうなタイミングで、ブーケが紅茶を汲んできてくれるので、ありがたく頂く。
「ブーケ、その……アンヌは、まだか?」
「アンヌ王子は、控室へ行かれましたよ。『わー!僕に話しかけないで!ガードの花嫁姿は挙式まで我慢するんだからー!絶対に振り向かないからねー!わー!』って、すぐそばを後ろ向きのカニ歩きで、叫びながら行ったの、聞こえませんでした?滅茶苦茶うるさ……魂の叫びをされてましたけど」
「聞こえなかった……話しかければよかった。いや、気づくのが先か」
「何か気がかりなことでも?よろしければ、私よりお伝えしますよ」
「あぁ、ええっと昨日、喧嘩したんじゃないかって思って……そのままだと挙式挙げるの気まずいかなって、思っただけでそんな大事な事では……」
「喧嘩……?」
こてん、とブーケは頭を横に倒す。今日のブーケの服装は、赤いジャケットに黒いズボン、ネズミの耳には両方共赤いリボンと、バラの飾りが結われていて、祝福をしてくれているとひと目でわかるし、似合っているので、凄く好きだ。
それに対して俺は昨日のような服装─って言ったら、羊たちに怒られるだろう─であるが、頭にはリボンではなく、白いレースがかかり、赤いベストを着て、口には赤いリップが塗られている。正直、孔雀の美容師に「似合うわね!綺麗すぎて、王子倒れちゃうんじゃないかしら。担架用意しとく?」なんて言われたけど、自分にはこれが似合うとは思えなかった。
「喧嘩なんてされたんですか?意外です」
「いや、昨日ワイン貰った関係で、酔っ払っただろ」
「ああ、その事はちゃんと国王に注意しておきましたので、次回からはご安心して、お飲み下さいね」
「う、はい。反省しま……って、違っ……そのときにな、アンヌが離れていって、すごく悲しかった記憶が、あって。でも、分かれた理由が分からないから、喧嘩でもしたんじゃないかと思って」
「……覚えてらっしゃらない感じですか?相当飲んでましたから、当然と言えば当然ですけれど」
キョトン、とした顔をされるが、キョトンとしたいのはこっちだ。あのあと何があったのか必死に思い出したいのに、本当にかけらも思い出せない。ただ覚えてるのはアンヌが去っていって悲しかった事と、アンヌの耳を枕にして眠っている夢を見た事だけだ。
「ふふ、心配されなくて大丈夫ですよ。アンヌ王子と喧嘩されてません。あれはアンヌ王子が年頃だから起きただけです。今夜は一緒に眠れる……と言い切れないか。あ、でも悪い意味じゃありませんよ。貴方が素敵すぎて起こることです」
「は、はあ……?」
「ご安心してチューしてきて下さいね。あ、むちゅーになっちゃ駄目ですよ」
「んな……!は、恥ずかしいこと言うな!」
「ふふ、心を和ませる為のネズミギャグですよ!酷いなー」
ニヤニヤとしていたので、どう考えてもおちょくられていたと思うが、ひとまず喧嘩をしていなかった事に安心するとしよう。
□◇□◇□◇□
先程の、おちょくられていたひと時が、恋しい。
明るく照らすシャンデリア、豪華な壁の飾り、きれいな天使のステンドグラス……そんな飾りを隠すように、周りには城の偉い人─アンヌや国王達の親戚や知り合い─が所狭しと並んでおり、俺は入り口でカチコチと固まって、立っていた。
ブーケにおちょくられた後、直ぐに挙式が始まるということで、俺はブーケと一緒に移動してきたのだが……
人の多さ、狭さにびっくりする。広さはあるはずなのに、人で埋まっている。こんなに大勢の前でキスを……?それに、入ってきた時から分かる。興味津々だという皆の目は、ほぼこちらを向いていた。
『じっとしてくれれば、僕からしてあげるから、安心してね』
__なんてアンヌは言ってくれていたが、それ以前に無礼なことをしたらどうしよう。ブーケにそっと目を配ると、こちらの考えに気がついたのか、にこり。と笑い、こっそり耳打ちしてくる。
「大丈夫ですよ、気取らなくて結構、仕草を気にするなんてもっと結構!普段通りに歩いて、行動し、アンヌ王子と見つめ合っていれば、問題ありません」
「そ、そんな物なのか……?本当に?」
「正直言ってしまうと、これからの数日間は、この国の皆様に、愛し合っているお二人の姿を見せる事、貴方の姿を目に焼き付ける。というのが目的なので、お二人が仲睦まじければ、それで良いのです」
「そう、そうか……」
「あ!ほら、あそこにアンヌ王子がいらっしゃいますよー!少しはご安心されるのでは?」
こっそりと指を指すブーケの指先を見ると、確かにアンヌだとわかる─と言っても、身長と耳の関係でしかないけれど─後ろ姿があり、凛と立っていた。
あそこまで、普通に歩いて、アンヌだけを見ていればいい……それなら、ここに立っているより直ぐに側に行きたい。
「では、私はここで。ごゆるりと行ってらっしゃいませ」
「……ありがとうブーケ、行ってくる」
普段通り、普段どおりを心がけ、ゆっくりではあるがアンヌの元へ向かっていく。見られている視線があるが、笑われている感じはしない。先程行っていたとおり、顔を覚えようとしているのかもしれない。
__あと数歩といったところで、神父が何か手で指示をした。なんだろう?ブーケでも知らない事が起きているのか?と焦っていると、アンヌがこちらへ振り返った。
アンヌも少しだけ、昨日と似ている服装だった。が、昨日と違うのは赤い上着に白いベスト、薔薇とうさぎの刺繍が入ったマントを羽織っていることだった。
「凄く素敵だよ。その口元の、赤いリップがより一層……君の綺麗さを、際立ててる」
「お前も、その……かっこいいよ。いつも、だけど」
「……っ、ガード君。僕の隣に来てくれますか」
顔を一気に赤らめ、照れながら俺を横に来るように促してくれる。そんな姿を見て、俺も余計恥ずかしくなり、ぎくしゃくとしながら隣へ立った。
横目でアンヌを見ていると、こちらへくるりと向き、手を握ってくれる。
それに合わせ、俺も横へ向くと両手を繋ぎ、見つめ合う形になった。
こう見ると、アンヌの瞳は、赤いのに透き通り、闇も影も何も知らない、宝石や太陽のような色をしている。このきらびやかなシャンデリアの明かりが、より一層透き通る目を、輝かせている。
俺の瞳を海の底、と称したのはあながち間違っていないと思うが、その目に俺の目は、どのような海に写っているのだろう。
神父が何か言っているのが聞こえるが、アンヌの瞳に魅入られ、耳に入ってこず、頭がぼうっとする。
そんな俺の目を覚まさせるように、アンヌが俺の左手を、上に上げてから手を離し、小さな小箱を取り出した。
開けてくれた箱の中には、小さな薔薇で編まれた指輪が入っており、それをそっとアンヌは取り出した。
「この指輪は、この国で生まれ、この国の水で育ち、この国の太陽を浴び、輝きで人々を喜ばせ、小さいながらも寿命を全うした薔薇で編んだ物」
俺が見たことのある赤い薔薇の中でも、小指の先ほどしかない花、咲き誇る姿は、力強い。
「この薔薇のように……この国で新しく妃として生まれ変わり、子供達と一緒に育ち、王国の民を支え……はかない僕の命が尽きるその時まで、一緒にいて欲しい」
「っ……」
いつの間にか、指輪を嵌める時にまでなってしまっていたようで、焦る。そうか、この指輪はそういうことか……ここで、はい。と、答えたいが答えられない。
ミーナが来るのは三日後程と言っていた─俺の生死を確かめるのに、余裕を持った時間らしい─ので、パレードか、即位式頃。いくらこの国に留まれたとして、アンヌの言った、最初の言葉は確実に叶えられない。
そんな俺に、どう思ったか分からないが、聞くだけでも恥ずかしい言葉を言い切ったアンヌは、俺の左薬指に、薔薇の指輪を嵌めた。
こんなにゴツゴツとした指でも、きれいな薔薇の指輪が嵌まるだけで、美しく見える。つい眺めていると、アンヌの手が、レースを捲り、両方ともそのまま頬に添えられる。
その手に任せるまま、力を抜くと、アンヌの顔が近づいてきた。
昨日より、遠い……のは、そうか。身長差か……
ちら、とアンヌの足元を見ると背伸びが限界そうに見える、じっとしていればいい。そう言っていたが……全てを任せるのは、申し訳ないと思っていたし、出来ないのは悲しい。恥ずかしいが……勢いで行けば、なんとかなる。
ゆっくりと近づいてきていた、アンヌの顔_否、口に思い切り顔を近づけ、キスをした。勢いのせいか、唇が強く当たり、歯に押し付けられる痛みが強く、驚いて離れようとする。しかし、アンヌの手が優しくも、頬を強く掴んでいて、離してくれない。
そういうものなのか?と思い身を任せるが、息の仕方がわからず苦しくなってくる。いつ離されるのか?もしかして、アンヌの息が苦しくなるまで?と、焦ってアンヌの胸元に手を添えると、伝わったのか離れてくれる。
勢い良く離れ、急いで肺に空気を入れていると、パチパチと周りから、大きな拍手が聞こえた。
そうだった、人に見られてるんだった。と言う事を思い出し、恥ずかしくなるがアンヌの顔を見て、そんな事は吹っ飛んだ。
幸せそうに目を細め、頬が染まり、口元で幸せを噛み締めていた。
透き通った瞳は、嬉し涙か、痛みの涙か分からないが、余計水に映し出されたような宝石に__
リップの跡が少し不格好に見えるが、この顔を見れるなら、少し恥ずかしいが……して良かったな。
「新たな夫婦に祝福をー!皆様ー!花びらを手いっぱいに持ちくださいー!せーのっ!」
ブーケが大きな声で、合図を出すと、所狭しと詰まった人達は、薔薇の花びらを空へと舞わせ始める。
ひらひらと舞う花びらは、ステンドグラスやシャンデリアの光で縁が透け、とても綺麗だった。
「ガード君、一緒に出ようか、手を握っても……いいかな」
「ん……」
手を繋ぎ、二人で祝われながら歩く。
最初はジロジロと怖かった目だが、今は祝福の目に変わり、皆笑顔である。
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