智恵の実は、まだ熱い

『旧約聖書』創世記 第3章1節(新共同訳より)
「主なる神が造られた野の生き物のうちで、蛇が最も賢かった。」

……それ自体が、最初の呪いだったのではないか。

黒瀬凪には、世界が「透けて」見えてしまう。
他人の笑顔の裏にある打算、優しさという名の自己満足、そして誰もが目を逸らしている醜い本性。開きっぱなしの聖書と哲学書に囲まれた彼の自室は、知恵という名の孤独で満たされていた。

彼の通う学園には、眩しいほどの「無垢」を纏う二人がいた。
搾取されていることに気づかない善人・安堂朔夜。
踏みにじられていることを自覚しない聖女・一ノ瀬唯花。

何も知らぬまま「楽園」を享受する彼らが、黒瀬には耐え難かった。
「君たちが信じているその楽園は、ただの書き割りに過ぎない」

黒瀬は蛇となり、二人に「知恵の実」を食わせる。
それは悪意か、それとも救済か。
やがて訪れるのは、責任のなすりつけ合いと、対話の断絶。
だが、その絶望の果てに、黒瀬は自分すら予期しなかった「他人の熱」に触れることになる――。

これは、楽園を追放された者たちが、泥沼の中で初めて「自分」を見つけるまでの、残酷で温かい再生の物語。
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