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後輩は暴走しがち
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能勢恭一郎、幼い頃の彼のあだ名は恭ちゃんだった。それがいつの間にか、ノーちゃんになった。能勢ののではない、無表情のNOちゃんだ。
能勢の表情筋はあまり仕事をしない、本人的にはビックスマイルなのだが他者から見ると微妙だったりするのだ。それでもそこそこ整った顔立ちは成長するにつれ、かっこいいと形容されるようになり、仕事しない表情筋はミステリアスだと言われるようになった。
そんなもんだったからそれなりに恋人もできたが早ければ一週間、「なんか違う」と言われて去られた。能勢からしたらそっちから言い寄ってきておいて、こっちこそ「なんか違う」だ。
それでも長く続いた相手もいたが、能勢は三人いる恋人の一人だった。そんな恋愛関係では散々な学生時代を過ごした能勢は中堅企業に就職した。研修会では友人もできてなかなか良い滑り出しだった。
会社での雰囲気や先輩への接し方等それなりに馴染んできた頃、少し余裕が出来たのか仕事以外のことも耳に入るようになってきた。課長の娘が絶賛反抗期中であるとか、先輩の一人が合コン三昧だとか、そんな話の中にちょくちょく出てくる人がいた。
その先輩はヘルメットというあだ名を付けられていた。
「ちょーっと遅れただけじゃん!くっそ、あのヘルメット!!」
領収書の精算、出張費の仮払いなど締切厳守の厳しい人らしい。まだ見ぬその先輩を融通のきかない人なんだな、と能勢は思っていた。
そんな先輩に出会ったのは同期の一ノ瀬がきっかけだった。社員食堂で一緒になった時の先輩は野菜炒め定食を食べていた。
ヘルメットだ…というのが第一印象、第二印象は箸の持ち方が少し変、第三印象は変な癖に綺麗に食べ尽くした、第四印象は食事後に茶を飲んでほぅと吐いた息が妙に気になった、その時はただそれだけの人だった。
「…いい尻してる」
「はあ!?」
一足先に食堂を出る先輩と一ノ瀬、その後ろ姿に思わず声が出た。スラックスの上からでもわかる、あのぷりんとした尻、大きすぎず小さすぎない、程よい肉感に釘付けになった。
第五印象、そして最も強烈なそれは脳裏に焼き付いた。
そんなわけでその時から能勢は先輩の、いや正確には先輩の尻の虜になった。
「何回も言うけどさ、それ好きじゃん」
「男だぞ」
「だからなに?」
「俺はただあの尻が…」
お前はよォ…と一ノ瀬は頭を抱えた。同期三人、行きつけの飲み屋は全国展開しているありふれた居酒屋だ。今日も今日とて終業後、同期の三人は飲みにきていた。
「男だろうが女だろうが、好きじゃなかったら二年も尻を思い続けるなんてことできないだろうが」
とは一ノ瀬の弁で、そういうもんかな?と能勢は首を傾げた。
「尻を追いかける、とかも言うしな。まさに能勢の状態じゃん」
これは御堂であははと笑いながら言う。
「あのさぁ、なんかアクション起こすなら今しかないよ?」
「アクションって…」
「先輩、仕事辞めると思う」
ふぇ?と間抜けな声が出た。
あの箸の変な持ち癖が、あの重力に逆らえない髪が、あの満足気なため息が、あのぷりんぷりんの尻がいなくなってしまう?
「なんで?」
「あの人さ、デスクの上とか割と雑にしてたんだよね。自分がわかってりゃいいみたいな片付けの仕方、わかる?それがさ、なんかスッキリ整頓されてんの。ちっちゃいミーアキャットのフィギアとか並べてたのに無くなってるし」
「うわぁ怪しい」
「それに最近さ、一ノ瀬くんはもう大丈夫だねぇとか言うの」
「そりゃますます本格的だな」
「だろ?」
一ノ瀬と御堂の会話がずしりと肩にのしかかった。もうあのぷりんぷりんが見れない?そんな、そんなのは──嫌だ!思わず叫んでいた。
「だったら、なんかアクション起こせ」
「アシストしてやるから一歩踏み出せ」
隣の御堂に後頭部をはたかれ、対面の一ノ瀬にデコピンをされてやっとこさ能勢は一念発起したのだった。
「いいか?偶然を装ってスマートにご飯どうですか?とかなんつって誘うんだぞ?」
スマートとは?
「シネコンの近くに隠れ家的ないい感じのカフェがあるからそこ行けよ?間違ってもその辺のラーメン屋で餃子にラーメンとかダメだかんな?」
ラーメン美味いじゃないか、なぜ駄目なのか。
あれこれそれとアドバイスしてくれる一ノ瀬と御堂の話を思い出しながら、能勢は今シネコンにいた。話題のインド映画のチケットはとれなかったが、パンフレットは買えた。ネットでネタバレも見たので話を合わすことはできるはず。
しかし、この人混みの中で目的の人を見つけることができるのだろうか…いた、いたわ、先輩はすぐに見つかった。人に揉まれていてもあのヘルメットの様な丸い頭は見間違えようがない。
「矢野先輩!」
振り向いた先輩の表情は無防備で眼鏡の奥の小さな目が可愛い。白いVネックのTシャツにジーンズ、足元はサンダルで先輩は絶妙にダサかった。一ノ瀬の名前を出された時にはイラッとしたが、スマートにカフェまで連れてくることに成功した。
先輩の頼んだジェノベーゼとやらは緑のパスタで得体の知れないそれを笑いながら食べた。目を合わせてクスクスと笑う先輩はとても可愛く見えて、Vネックからチラ見えする鎖骨に胸がギュンとした。
一時期流行っていた歌が『胸がキュンとする』と歌っていたがそんなもんじゃない。ギュンだ、先輩を見てると胸がギュンと締め付けられる。
そういえばあんなに予習したインド映画の話題は終ぞ出なかった。もしかして見たフリがバレてたのだろうか。だから、あえて話題を出さなかった?なにそれ、優しい。
やっぱり胸がギュンギュンする。
「スパ銭はさぁ、いつ行くか決めてないんだってよ。どこに行くかも決めて無いっつってたけど、この間、課長と郊外の健康ランドみたいな古くさいとこの話してたからそこかも」
あんまり突っ込むのも変だしさぁ、と一ノ瀬が言っていたが情報を集めてくれたのはありがたい。
わからないなら来るまで張るのみだ。
朝イチから入口を張っていればいい、待っている間は調べ物に費やした。
前立腺か…覚えておこう。
認識していなかったが、自分は想像力が逞しいということを思い知った。
空振りに終わったお盆休み二日目、熱心に調べたおかげで自分の頭の中の先輩は常にいやらしかった。あんなに自慰に耽ったのは中学生以来かもしれない。おかげで寝不足だ。
今日も空振りだったらどうしようか、という思いは杞憂に終わった。先輩は小型のバスに乗ってやって来た。またしてもキョトンとした顔が可愛い。
戸惑う先輩を少し押したら一緒に過ごす了承をあっさりと得られた。映画の時も思ったがチョロすぎる、こんなにチョロくて大丈夫なんだろうか。
しかし、押せばいけるということがわかったのは収穫だった。ガンガン押していきたい。
風呂に入る、という先輩を止めることはできない。何しに来たの?なんて聞かれたら、風呂としか答えられない。
いやしかし、昨夜さんざんオカズにしてしまった先輩と風呂に入るというのは…悶々と巡らせていた思考は先輩により吹っ飛んでいった。
警戒もなくTシャツを脱いだ先輩の体は端的に言っていやらしかった。ちっちゃい乳首の割には大きめの乳輪がエロい、しかもベージュがかったピンクというのかそれがエロさに拍車をかけている。
あの乳輪に舌を這わせてちっちゃい乳首を指で転がして、乳輪ごと口に含んで舌先で硬くなったそれを突きたい。
「能勢くん、鼻から血が出てるよ?」
そりゃ出るだろう、出ない方がどうかしている。
先輩はもしかしたらエロいことを司るピンクの悪魔なのかもしれない。あの野暮ったい姿は世を忍ぶ仮の姿で、本性はピンクでキュートなエロい悪魔。
転ぶと危ないと差し出した腕に乳首を押し付けられた、ふにりと柔らかい感触は腕に残った。はぁと喘ぎ声にも似た吐息を吐きながら湯に浸かる先輩、気持ちいいねと誘惑するような台詞。
体が熱い、頭がぼんやりする、気持ちいいねという先輩の言葉が脳内を反響している。
やはり先輩はピンクの悪魔だったのか…そこで意識が途切れた。
目が覚めたらピンクの悪魔、ではなくダサいムームーがやけに良く似合う先輩がいた。
濡れた髪を後ろに流して丸くて広い額が丸見えだった。そんなとこまで可愛く見えてしまう。
風呂でのぼせて気を失うという失態を見せたのにも関わらず先輩は、「いいよぉ」と笑った。悪魔じゃなくて天使なのかもしれない。
腹が減ってはなんとやら、というのでとりあえず飯を食う。食いながら考える。
先輩はピンクな悪魔で天使で、尻も胸もエロくて優しくて笑うと可愛い。あの分厚いレンズの向こうの小さい目が弧を描くと胸がギュンとする。
押しに弱いことはわかっている、ここも押していく。先輩の優しさに漬け込むようで悪い気もしないでもないが、引かずに押して押して、押していくとピンクの悪魔に誓う。
アルコールを摂取している先輩、薄らと赤く染まった肌、噛み締めるように食べる様も可愛い。
「先輩のことが好きみたいです」
ひよったーーっ!あんなにも意気込んだのに、いざ先輩を目の前に告白するとなると保険をかけてしまった。すぐにフラレたくない、強固な決意も案外脆いものだったりするのだ。ピンクの悪魔に誓ったのに!
先輩が宇宙猫みたいな顔してる、キョトンとして首を傾げてる。なにをしても可愛いく見えていよいよ自分はどうかしているかもしれない。
尊敬とかそんなのじゃなくて先輩のことが好きなのに、ずっと見つめ続けた思いがやっと恋だと気づけたのに──。
こんなことで終わってたまるか、そう思ったら土下座していた。チャンスをくれ、と。なんともみっともないが、それくらい先輩のことが好きなんだ。
土下座が功を奏したようで先輩からお付き合いの了承がもらえた。今すぐかっさらって行きたいのに先輩は「ジャグジー行く」と言う。
またあのいやらしい体を公衆の面前に晒すのかと思うといい気分はしなかったが、ほわわぁと笑う先輩に完全降伏せざるを得ない。
ジャグジーでの先輩は、あぁぁだとかはぁぁだとか極めつけは「気持ちいねぇ」と感じ入るものだから気が気でなかった。そわそわと待っていると「トイレ?」と聞かれた、あながち間違いではない。
ぶくぶくと泡にまみれて満足した先輩をとっとっと着替えさせる。「瓶の牛乳!」とか言うもんだからそれもさっさと飲ませたら、急かしすぎたのか口の端から牛乳が垂れて胸がギュンギュンしすぎて昇天しそうになった。
とっとっと連れて帰ろうと車に乗せると先輩は「僕、ペーパードライバーなんだよねぇ」だとか、「能勢くん運転うまいねぇ」とかなんだか楽しそうにしていたがすぐにうつらうつらと眠ってしまった。
無防備過ぎる、男はみんな狼なんだということを知らないのかもしれない。
そして今、能勢は四時間ぶり三度目の土下座をしていた。
「尻を触らせてください!」
へ?という小さな声には疑問が凝縮されていて、眼鏡の奥の小さな目が丸くなっていた。
土下座すればワンチャンあるかも、と思って実行したがさすがの先輩もこれには…。先走りすぎたか?体目当てだと思われて軽蔑されたらどうしよう。
「…ちょっとくらいなら」
いいのかよ!と胸の内で叫んで先輩に飛びついた。
髪の毛つるつるしてる、頭の形がすごくいい、いい匂いがする、肌がしっとりしてて噛みつきたい。
されるがままの先輩にギュンギュンしながら、念願の尻に触れた時は感極まって涙が溢れそうになったが、そこはぐっと堪えた。鼻血は出しても涙は出さない、男とはそういうものだ。
念願の尻に触れたことにより能勢の思考は徐々にとち狂っていった。
丸く手のひらにフィットする尻、想像通りの肉感、押すと跳ね返してくる弾力、先輩の尻は完璧だった。布越しでこれならば直に触れたらどんな感じなんだろうか。
きっとすべすべでもちもちなんだろう、想像しただけで股間がズキズキと痛む。もにもにすりすりと堪能していると、先輩の口から押し殺したような吐息が聞こえた。
ワンチャンどころか全ツッパありだな、と能勢は口を開いた。
初めてだと先輩は言った。それはキスの反応で十分わかっていた事だった。たどたどしく舌を合わせようとするところとか、息継ぎが上手くできなかったところでそれは予測できたことだ。初めてをいただく栄誉を授けてくれた先輩はやはり天使だと思っていたのに…。
綿密な調査の結果、そこは最初は固く閉ざされていてゆっくりじっくりと時間をかけて入れるようにするという。それがどうだ、するっと入ってしまった。撫でて伸ばして、今日は出来なくてもいい、素股さえ出来ればと思っていたのに。
その思いに反して先輩のナカはうねうねと誘うように指を飲み込んでいく。他の場所とは違うしこりのようなところは前立腺かな?と撫でると先輩が大きく仰け反った。
これ、初めてじゃないんじゃないか?そう思うと頭に血が一気に上った。いつ、誰が、先輩を暴いたのだ。
キスをしてちっちゃい乳首を舐めて触って、全ての反応が初々しくて可愛くて、尻は好きだけどちんこはどうかなぁという一抹の不安もいざそれを目の当たりにすれば吹っ飛んだ。
先輩も同じように興奮して勃ってるのかと思うと、イかせたいと自然に思えた。片手でにぎり込めてしまうソレを扱いて先っぽを刺激してやるとあっという間に先輩は果てた。
真っ赤な顔でぎゅうと目を瞑ったイキ顔が可愛すぎた。そうだった、先輩はエロを司るピンクでキュートな悪魔だった。男を喜ばせるランキング上位に君臨する″初めて″も使いこなしてるに違いない。
そう思うと悔しいやら悲しいやらでつい意地悪なことを言ってしまう。本当はもっと優しくしたいのに…しかし、ひんひん喘いでる先輩可愛いな。
「あのね、能勢くん。その…ずっと抱かれたいって思ってて…それで、一人でシてたんだ…だから、その」
なんてこった、まさか先輩もずっと抱かれたいと思っていただなんて。一体いつから?そういう素敵な報告はもっと早く言ってほしかった。
先輩は押しに弱いんじゃなくて俺のことが好きだったのか、ごめん先輩、好きだと気づくのが遅くて。もっと早く自分の気持ちに気づいていれば、一人でさせることなかったのに。感極まって抱きつけば先輩も背中に手を回してくれた。
「ちゃんと入って嬉しい」と先輩はふにゃと表情を崩した。
ちゃんとが何を指すのかわからないが、全部は入っていない。まだ少し余っている。念願だった先輩のナカは熱くてキツくて、控えめに言ってもだいぶ具合が良かった。だから本音は全部入れて、思い切り動きたい。奥を叩いて結腸とかいうところも責めてみたい。
だけどふにゃふにゃと笑う先輩を見てるとそんなことは言えないし、その顔を見れただけでまぁいいかという気分になった。
ゆっくり焦らすように動くのも、カリ首で前立腺をひっかけるのも入れるギリギリ奥に向かって大きく動くのも何もかもがいい。ぎゅうと全身で抱きつかれると最初よりもまた奥へ導かれて、耳に直接吹き込まれる甘い声がたまらない。
「好きだ」と何度も言った、みたいじゃなくてちゃんと好きになっていたと、その度に先輩はこくこくと頷くだけで伝わっているのかどうかわからない。ぎゅうぎゅうとひっついてくるそれが答えなのだと思いたい。
「もう一回したい」という先輩の可愛い提案を受け入れ、満足いくまで抱き合った。結腸を責める日が来るのも近いかもしれない。
翌日、目が覚めると腕の中の先輩はだらしなく口を開けて寝ていた。夢じゃなくて良かった、噛み締めていると先輩がクスリと笑った。「これからよろしくね」という密やかな声を耳はちゃんと拾った。
好きだから可愛いのか、可愛いから好きなのか。
「「 おはよう 」」
挨拶もキスも同時で、それはまるで昔からそうしてたように自然だった。むぎゅうと押し付けられた頬の温かみに、結婚しようと決意する。先輩は天使でも悪魔でもない可愛い恋人。
お盆休暇はあと二日、ひとまず婚約指輪でも買いに行くか。
仁志がその能勢の決意を聞かされるのはこれより二分後の話である。
※読んでくださりありがとうございました!
能勢の表情筋はあまり仕事をしない、本人的にはビックスマイルなのだが他者から見ると微妙だったりするのだ。それでもそこそこ整った顔立ちは成長するにつれ、かっこいいと形容されるようになり、仕事しない表情筋はミステリアスだと言われるようになった。
そんなもんだったからそれなりに恋人もできたが早ければ一週間、「なんか違う」と言われて去られた。能勢からしたらそっちから言い寄ってきておいて、こっちこそ「なんか違う」だ。
それでも長く続いた相手もいたが、能勢は三人いる恋人の一人だった。そんな恋愛関係では散々な学生時代を過ごした能勢は中堅企業に就職した。研修会では友人もできてなかなか良い滑り出しだった。
会社での雰囲気や先輩への接し方等それなりに馴染んできた頃、少し余裕が出来たのか仕事以外のことも耳に入るようになってきた。課長の娘が絶賛反抗期中であるとか、先輩の一人が合コン三昧だとか、そんな話の中にちょくちょく出てくる人がいた。
その先輩はヘルメットというあだ名を付けられていた。
「ちょーっと遅れただけじゃん!くっそ、あのヘルメット!!」
領収書の精算、出張費の仮払いなど締切厳守の厳しい人らしい。まだ見ぬその先輩を融通のきかない人なんだな、と能勢は思っていた。
そんな先輩に出会ったのは同期の一ノ瀬がきっかけだった。社員食堂で一緒になった時の先輩は野菜炒め定食を食べていた。
ヘルメットだ…というのが第一印象、第二印象は箸の持ち方が少し変、第三印象は変な癖に綺麗に食べ尽くした、第四印象は食事後に茶を飲んでほぅと吐いた息が妙に気になった、その時はただそれだけの人だった。
「…いい尻してる」
「はあ!?」
一足先に食堂を出る先輩と一ノ瀬、その後ろ姿に思わず声が出た。スラックスの上からでもわかる、あのぷりんとした尻、大きすぎず小さすぎない、程よい肉感に釘付けになった。
第五印象、そして最も強烈なそれは脳裏に焼き付いた。
そんなわけでその時から能勢は先輩の、いや正確には先輩の尻の虜になった。
「何回も言うけどさ、それ好きじゃん」
「男だぞ」
「だからなに?」
「俺はただあの尻が…」
お前はよォ…と一ノ瀬は頭を抱えた。同期三人、行きつけの飲み屋は全国展開しているありふれた居酒屋だ。今日も今日とて終業後、同期の三人は飲みにきていた。
「男だろうが女だろうが、好きじゃなかったら二年も尻を思い続けるなんてことできないだろうが」
とは一ノ瀬の弁で、そういうもんかな?と能勢は首を傾げた。
「尻を追いかける、とかも言うしな。まさに能勢の状態じゃん」
これは御堂であははと笑いながら言う。
「あのさぁ、なんかアクション起こすなら今しかないよ?」
「アクションって…」
「先輩、仕事辞めると思う」
ふぇ?と間抜けな声が出た。
あの箸の変な持ち癖が、あの重力に逆らえない髪が、あの満足気なため息が、あのぷりんぷりんの尻がいなくなってしまう?
「なんで?」
「あの人さ、デスクの上とか割と雑にしてたんだよね。自分がわかってりゃいいみたいな片付けの仕方、わかる?それがさ、なんかスッキリ整頓されてんの。ちっちゃいミーアキャットのフィギアとか並べてたのに無くなってるし」
「うわぁ怪しい」
「それに最近さ、一ノ瀬くんはもう大丈夫だねぇとか言うの」
「そりゃますます本格的だな」
「だろ?」
一ノ瀬と御堂の会話がずしりと肩にのしかかった。もうあのぷりんぷりんが見れない?そんな、そんなのは──嫌だ!思わず叫んでいた。
「だったら、なんかアクション起こせ」
「アシストしてやるから一歩踏み出せ」
隣の御堂に後頭部をはたかれ、対面の一ノ瀬にデコピンをされてやっとこさ能勢は一念発起したのだった。
「いいか?偶然を装ってスマートにご飯どうですか?とかなんつって誘うんだぞ?」
スマートとは?
「シネコンの近くに隠れ家的ないい感じのカフェがあるからそこ行けよ?間違ってもその辺のラーメン屋で餃子にラーメンとかダメだかんな?」
ラーメン美味いじゃないか、なぜ駄目なのか。
あれこれそれとアドバイスしてくれる一ノ瀬と御堂の話を思い出しながら、能勢は今シネコンにいた。話題のインド映画のチケットはとれなかったが、パンフレットは買えた。ネットでネタバレも見たので話を合わすことはできるはず。
しかし、この人混みの中で目的の人を見つけることができるのだろうか…いた、いたわ、先輩はすぐに見つかった。人に揉まれていてもあのヘルメットの様な丸い頭は見間違えようがない。
「矢野先輩!」
振り向いた先輩の表情は無防備で眼鏡の奥の小さな目が可愛い。白いVネックのTシャツにジーンズ、足元はサンダルで先輩は絶妙にダサかった。一ノ瀬の名前を出された時にはイラッとしたが、スマートにカフェまで連れてくることに成功した。
先輩の頼んだジェノベーゼとやらは緑のパスタで得体の知れないそれを笑いながら食べた。目を合わせてクスクスと笑う先輩はとても可愛く見えて、Vネックからチラ見えする鎖骨に胸がギュンとした。
一時期流行っていた歌が『胸がキュンとする』と歌っていたがそんなもんじゃない。ギュンだ、先輩を見てると胸がギュンと締め付けられる。
そういえばあんなに予習したインド映画の話題は終ぞ出なかった。もしかして見たフリがバレてたのだろうか。だから、あえて話題を出さなかった?なにそれ、優しい。
やっぱり胸がギュンギュンする。
「スパ銭はさぁ、いつ行くか決めてないんだってよ。どこに行くかも決めて無いっつってたけど、この間、課長と郊外の健康ランドみたいな古くさいとこの話してたからそこかも」
あんまり突っ込むのも変だしさぁ、と一ノ瀬が言っていたが情報を集めてくれたのはありがたい。
わからないなら来るまで張るのみだ。
朝イチから入口を張っていればいい、待っている間は調べ物に費やした。
前立腺か…覚えておこう。
認識していなかったが、自分は想像力が逞しいということを思い知った。
空振りに終わったお盆休み二日目、熱心に調べたおかげで自分の頭の中の先輩は常にいやらしかった。あんなに自慰に耽ったのは中学生以来かもしれない。おかげで寝不足だ。
今日も空振りだったらどうしようか、という思いは杞憂に終わった。先輩は小型のバスに乗ってやって来た。またしてもキョトンとした顔が可愛い。
戸惑う先輩を少し押したら一緒に過ごす了承をあっさりと得られた。映画の時も思ったがチョロすぎる、こんなにチョロくて大丈夫なんだろうか。
しかし、押せばいけるということがわかったのは収穫だった。ガンガン押していきたい。
風呂に入る、という先輩を止めることはできない。何しに来たの?なんて聞かれたら、風呂としか答えられない。
いやしかし、昨夜さんざんオカズにしてしまった先輩と風呂に入るというのは…悶々と巡らせていた思考は先輩により吹っ飛んでいった。
警戒もなくTシャツを脱いだ先輩の体は端的に言っていやらしかった。ちっちゃい乳首の割には大きめの乳輪がエロい、しかもベージュがかったピンクというのかそれがエロさに拍車をかけている。
あの乳輪に舌を這わせてちっちゃい乳首を指で転がして、乳輪ごと口に含んで舌先で硬くなったそれを突きたい。
「能勢くん、鼻から血が出てるよ?」
そりゃ出るだろう、出ない方がどうかしている。
先輩はもしかしたらエロいことを司るピンクの悪魔なのかもしれない。あの野暮ったい姿は世を忍ぶ仮の姿で、本性はピンクでキュートなエロい悪魔。
転ぶと危ないと差し出した腕に乳首を押し付けられた、ふにりと柔らかい感触は腕に残った。はぁと喘ぎ声にも似た吐息を吐きながら湯に浸かる先輩、気持ちいいねと誘惑するような台詞。
体が熱い、頭がぼんやりする、気持ちいいねという先輩の言葉が脳内を反響している。
やはり先輩はピンクの悪魔だったのか…そこで意識が途切れた。
目が覚めたらピンクの悪魔、ではなくダサいムームーがやけに良く似合う先輩がいた。
濡れた髪を後ろに流して丸くて広い額が丸見えだった。そんなとこまで可愛く見えてしまう。
風呂でのぼせて気を失うという失態を見せたのにも関わらず先輩は、「いいよぉ」と笑った。悪魔じゃなくて天使なのかもしれない。
腹が減ってはなんとやら、というのでとりあえず飯を食う。食いながら考える。
先輩はピンクな悪魔で天使で、尻も胸もエロくて優しくて笑うと可愛い。あの分厚いレンズの向こうの小さい目が弧を描くと胸がギュンとする。
押しに弱いことはわかっている、ここも押していく。先輩の優しさに漬け込むようで悪い気もしないでもないが、引かずに押して押して、押していくとピンクの悪魔に誓う。
アルコールを摂取している先輩、薄らと赤く染まった肌、噛み締めるように食べる様も可愛い。
「先輩のことが好きみたいです」
ひよったーーっ!あんなにも意気込んだのに、いざ先輩を目の前に告白するとなると保険をかけてしまった。すぐにフラレたくない、強固な決意も案外脆いものだったりするのだ。ピンクの悪魔に誓ったのに!
先輩が宇宙猫みたいな顔してる、キョトンとして首を傾げてる。なにをしても可愛いく見えていよいよ自分はどうかしているかもしれない。
尊敬とかそんなのじゃなくて先輩のことが好きなのに、ずっと見つめ続けた思いがやっと恋だと気づけたのに──。
こんなことで終わってたまるか、そう思ったら土下座していた。チャンスをくれ、と。なんともみっともないが、それくらい先輩のことが好きなんだ。
土下座が功を奏したようで先輩からお付き合いの了承がもらえた。今すぐかっさらって行きたいのに先輩は「ジャグジー行く」と言う。
またあのいやらしい体を公衆の面前に晒すのかと思うといい気分はしなかったが、ほわわぁと笑う先輩に完全降伏せざるを得ない。
ジャグジーでの先輩は、あぁぁだとかはぁぁだとか極めつけは「気持ちいねぇ」と感じ入るものだから気が気でなかった。そわそわと待っていると「トイレ?」と聞かれた、あながち間違いではない。
ぶくぶくと泡にまみれて満足した先輩をとっとっと着替えさせる。「瓶の牛乳!」とか言うもんだからそれもさっさと飲ませたら、急かしすぎたのか口の端から牛乳が垂れて胸がギュンギュンしすぎて昇天しそうになった。
とっとっと連れて帰ろうと車に乗せると先輩は「僕、ペーパードライバーなんだよねぇ」だとか、「能勢くん運転うまいねぇ」とかなんだか楽しそうにしていたがすぐにうつらうつらと眠ってしまった。
無防備過ぎる、男はみんな狼なんだということを知らないのかもしれない。
そして今、能勢は四時間ぶり三度目の土下座をしていた。
「尻を触らせてください!」
へ?という小さな声には疑問が凝縮されていて、眼鏡の奥の小さな目が丸くなっていた。
土下座すればワンチャンあるかも、と思って実行したがさすがの先輩もこれには…。先走りすぎたか?体目当てだと思われて軽蔑されたらどうしよう。
「…ちょっとくらいなら」
いいのかよ!と胸の内で叫んで先輩に飛びついた。
髪の毛つるつるしてる、頭の形がすごくいい、いい匂いがする、肌がしっとりしてて噛みつきたい。
されるがままの先輩にギュンギュンしながら、念願の尻に触れた時は感極まって涙が溢れそうになったが、そこはぐっと堪えた。鼻血は出しても涙は出さない、男とはそういうものだ。
念願の尻に触れたことにより能勢の思考は徐々にとち狂っていった。
丸く手のひらにフィットする尻、想像通りの肉感、押すと跳ね返してくる弾力、先輩の尻は完璧だった。布越しでこれならば直に触れたらどんな感じなんだろうか。
きっとすべすべでもちもちなんだろう、想像しただけで股間がズキズキと痛む。もにもにすりすりと堪能していると、先輩の口から押し殺したような吐息が聞こえた。
ワンチャンどころか全ツッパありだな、と能勢は口を開いた。
初めてだと先輩は言った。それはキスの反応で十分わかっていた事だった。たどたどしく舌を合わせようとするところとか、息継ぎが上手くできなかったところでそれは予測できたことだ。初めてをいただく栄誉を授けてくれた先輩はやはり天使だと思っていたのに…。
綿密な調査の結果、そこは最初は固く閉ざされていてゆっくりじっくりと時間をかけて入れるようにするという。それがどうだ、するっと入ってしまった。撫でて伸ばして、今日は出来なくてもいい、素股さえ出来ればと思っていたのに。
その思いに反して先輩のナカはうねうねと誘うように指を飲み込んでいく。他の場所とは違うしこりのようなところは前立腺かな?と撫でると先輩が大きく仰け反った。
これ、初めてじゃないんじゃないか?そう思うと頭に血が一気に上った。いつ、誰が、先輩を暴いたのだ。
キスをしてちっちゃい乳首を舐めて触って、全ての反応が初々しくて可愛くて、尻は好きだけどちんこはどうかなぁという一抹の不安もいざそれを目の当たりにすれば吹っ飛んだ。
先輩も同じように興奮して勃ってるのかと思うと、イかせたいと自然に思えた。片手でにぎり込めてしまうソレを扱いて先っぽを刺激してやるとあっという間に先輩は果てた。
真っ赤な顔でぎゅうと目を瞑ったイキ顔が可愛すぎた。そうだった、先輩はエロを司るピンクでキュートな悪魔だった。男を喜ばせるランキング上位に君臨する″初めて″も使いこなしてるに違いない。
そう思うと悔しいやら悲しいやらでつい意地悪なことを言ってしまう。本当はもっと優しくしたいのに…しかし、ひんひん喘いでる先輩可愛いな。
「あのね、能勢くん。その…ずっと抱かれたいって思ってて…それで、一人でシてたんだ…だから、その」
なんてこった、まさか先輩もずっと抱かれたいと思っていただなんて。一体いつから?そういう素敵な報告はもっと早く言ってほしかった。
先輩は押しに弱いんじゃなくて俺のことが好きだったのか、ごめん先輩、好きだと気づくのが遅くて。もっと早く自分の気持ちに気づいていれば、一人でさせることなかったのに。感極まって抱きつけば先輩も背中に手を回してくれた。
「ちゃんと入って嬉しい」と先輩はふにゃと表情を崩した。
ちゃんとが何を指すのかわからないが、全部は入っていない。まだ少し余っている。念願だった先輩のナカは熱くてキツくて、控えめに言ってもだいぶ具合が良かった。だから本音は全部入れて、思い切り動きたい。奥を叩いて結腸とかいうところも責めてみたい。
だけどふにゃふにゃと笑う先輩を見てるとそんなことは言えないし、その顔を見れただけでまぁいいかという気分になった。
ゆっくり焦らすように動くのも、カリ首で前立腺をひっかけるのも入れるギリギリ奥に向かって大きく動くのも何もかもがいい。ぎゅうと全身で抱きつかれると最初よりもまた奥へ導かれて、耳に直接吹き込まれる甘い声がたまらない。
「好きだ」と何度も言った、みたいじゃなくてちゃんと好きになっていたと、その度に先輩はこくこくと頷くだけで伝わっているのかどうかわからない。ぎゅうぎゅうとひっついてくるそれが答えなのだと思いたい。
「もう一回したい」という先輩の可愛い提案を受け入れ、満足いくまで抱き合った。結腸を責める日が来るのも近いかもしれない。
翌日、目が覚めると腕の中の先輩はだらしなく口を開けて寝ていた。夢じゃなくて良かった、噛み締めていると先輩がクスリと笑った。「これからよろしくね」という密やかな声を耳はちゃんと拾った。
好きだから可愛いのか、可愛いから好きなのか。
「「 おはよう 」」
挨拶もキスも同時で、それはまるで昔からそうしてたように自然だった。むぎゅうと押し付けられた頬の温かみに、結婚しようと決意する。先輩は天使でも悪魔でもない可愛い恋人。
お盆休暇はあと二日、ひとまず婚約指輪でも買いに行くか。
仁志がその能勢の決意を聞かされるのはこれより二分後の話である。
※読んでくださりありがとうございました!
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とっても幸せそうなカップルの誕生が見られて楽しかったです。
ありがとうございました!
表情筋死亡くん
君は下半身脳なのか…
下半身から人を好きになるのか…
尻に一目惚れ、それも新たな恋のカタチ💗
それで二人が幸せなら良いけれど(笑)
ヘルメット頭?
マッシュルーム
/ ̄ ̄\
(;;;;_ o'ω'o)
丿 !
(_,,ノ
ヘア?
一ノ瀬くん良い奴やな〜ウンウン
面白かったです。
ちょっとおかしな二人と、その日常風景がちょっとほっこりするの、かわいかったです。
ありがとうございます!