夢見のミュウ

谷絵 ちぐり

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転生遊戯

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 パラパラと降ってくる小さな欠片は石だった。この尖塔は石造りなのでそういうこともある…いやないだろう。どんだけ強い力で殴ったんだ、フィル。

「…痛てて」

 積み上げられた本の山は崩れ石壁にイーハンが激突していて、頬を押さえていた。それをフィルが怒りの形相で見下ろしている。握られた拳が小さく震えていた。

「答えろ、イーハン!ミュウが泣いてるのはなぜだ、お前はミュウになにをしようとしたんだ!」
「…話してただけだよ」
「今にも口づけそうだったじゃないか!」
「誤解だよ、ミューロイヒも言ってやってよ」

 そうなのか?振り返ったフィルにミュウは一も二もなく頷いた。それも高速で何度も何度も。その間も揺らめく蒼い炎は消えることなくミュウの足下で踊っている。けれど不思議なことにちっとも熱くない。

「今後、私以外の者とあんな距離で話してはいけない」
「わ、わかった」

 歩み寄ってきたフィルに肩を掴まれ、コクコクとミュウは頷いた、というか頷かされた。そうしているうちに炎は小さくなっていき消えてしまった。

「で?なんの話をしていたんだ?」
「…えーと、イーハンがフィルのことが大好きって話を…」
「…………は?」
「新たな誤解を生むな!」

 イーハンが勢いよく立ち上がった拍子にまた本の山が崩れた。イーハン…とフィルが申し訳なさそうな顔をする、違う違うと首を振るイーハン、それにミュウがへらへらと笑って一旦その話はお開きになった。


 崩れた本の山、とりあえずこれを片付けないといけない。分類も大きさも厚さもなにもかもが違う数々の本、これを機にきちんと片付けた方がいいんじゃないだろうか。

「なんていうか、無節操やな」

 ミュウが手にしている本は『家庭で育てるハーブ』や『豆百選!これが本当に美味しい豆料理』『星の動き―入門編―』『もう会話に困らない!社交界での処世術』などなど。

「マージはなにがなにに繋がっているかわからないから色んな本を集めてる…と言い訳していた」
「本の重みでいつか崩れるぞ、いつから建ってるかわからん塔なんだから」
「そうなん?」
「あぁ、かなり昔からある。なぁ?」

 イーハンはこくりと頷き、どさりと本を床に下ろし腰を伸ばしてぐるりと部屋を見渡した。各々目を合わせて、そっとため息を吐く。ここから目当ての本を見つけるのは大変そうだ。

 ミュウはとにかく″夢″という文言がある書物を探した。『見たい夢が見れるおまじない』とか『夢に潜むあなたの深層心理』とか役に立つような立たないようなものばかりで、先は遠い。

「ミューロイヒ、お茶でも淹れてこよう」
「いいん?」
「あぁ、フィルと待っていろ」

 そう言うとイーハンはさっさと階段を下っていった。まさか逃げたのではあるまいな?とミュウはその後ろ姿を見ながらペたりと床に座り込んだ。その隣にフィルも胡座をかいて座る。本棚を背もたれにして、フィルはミュウの手に自分の手を重ねた。

「ミュウ、寒くはないか?」
「ううん、なんで?僕、冷たい?」
「いや…そんなことないな」

 フィルの手は重ねられたままで、胡桃色にはミュウただ一人が映っている。ミュウ、と密やかに呼ぶ声にはなぜか焦燥が滲んでいた。なに?と目で問うその顔にフィルが距離を詰めていく。鼻先がちょんと触れて、ミュウの肩がピクリと跳ねた。

「なにしてんの?」

 うわっ、驚いたフィルが大きく体を揺らしドンとぶつかった本棚からバラバラと本が落ちてきた。イーハンは逃げたわけではなかった、手に持った盆からは良い香りが漂ってきている。

「なに、もうそんな仲なの?」
「イーハン!!」

 勢いよく立ち上がったフィルの衝撃でまた本棚が揺れてミュウの頭上から本が落ちてくる。ばさりと音を立てて落ちてきた本…のようなもの。表紙はなく紐で綴じてある、えらく薄汚れていてキラキラと埃が宙に舞った。
 水に濡れてしまったのかところどころ滲んでいて、紙はゴワゴワとして膨らんでしまっていた。パラパラと捲ると医者の所見が書いてあるようだった。

 ─…カルテってやつか?

 本当にここはなんでもあるなぁ、とミュウは改めてそれに目を落とした。
『ローザ・ウィッシュの記録』記録者の名前は虫食いに阻まれていて全部は読めないが、ローガンとは読み取れた。今度は丁寧に一枚捲ってみる。

 ──私の知るローザの悲劇をここに記す。
 ──今後、第二のローザが現れないことを願う。




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