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夢見の末路
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キィと小さな音に肩がびくりと跳ねた。なんのことはない、ケイレブが戻っただけだ。自分は今どんな顔をしているんだろう、ケイレブは眉を顰めてじっとミュウを窺っている。ジーマの手には盆があり、温かそうな湯気があがっていた。
「どうしました?」
うんうん、とミュウは小さく頷く。わかった気がする、あとはどうすれば目的の夢を見られるか?だ。強く強く願えば叶うのか?
物思いにふけるミュウの手にジーマがマグカップを持たせた。両手で包み込むように持たせ、うつむき加減ではらりと落ちたその銀髪を耳にかけてやる。
「…だから嫌だったんだ。お前がそうなることはわかっていた」
「まぁまぁ、子どものような言い分ですこと」
ジーマはふふと笑った後に、この御方に助けていただくんですから、と言った。ケイレブはふんと鼻を鳴らして、お人好しがとこぼした。
「ケイレブ、必要なもんは古代樹の双葉と水草、アワサクラ草だけやないやろ?」
「知っているのか?」
「うん、あのぷるぷるはオオルリウオ?」
「いや、あれはただのルリウオだ」
「ただの?」
「あぁ、オオルリウオはその名の通り長く生きた個体がそう呼ばれるのだ」
ケイレブの話はこうだ。後に自然薬学の異端児の呼ばれたローガン、晩年をこの国で研究に費やしたという。各地に根差した民間療法や薬学を追い求めるうちに、とある沼沢地を発見した。地盤が悪く水はけも良くないそこは、人が住まうには適していないが近辺には村があった。
「村?」
「そう、そこがローガンの終の住処だと言われている。その沼沢地にはルリウオがいたんだ」
ルリウオはその地方では昔から滋養に良いとされてきた。そして、ローガンはそのルリウオの研究に励んだ。村人曰く、五十年を超える個体はオオルリウオと呼ばれ大変貴重なものとして扱われる。
「ローガンは、村人を説き伏せルリウオを捕獲して良い区画とそうでない区画を取り決めた。そうすることにより禁止区域のルリウオはオオルリウオに育ちあがるからだ」
「それって」
「今後、秘薬が必要になる時いや必要でなくとも、先祖返りはいつの時代にもいる。それを救いたいと思う者のために、ローガンは力を尽くしたんじゃないかと思う」
この世の全てを許さない、そうローガンは言った。それには自分自身も含まれていたのだ。力なくただ奪われてしまった、力があれば知識があればローザを救えたかもしれない。きっとローガンは死ぬまで自分を許さずにこの先の未来に託したのだ。
「今その沼沢地はオーウェン殿下の管理下にある。歴史の研究家でもある殿下は数多ある文献を読み、ルリウオが持つ薬効に期待し私に預けてくだすった」
「…今、オーウェンは?」
最後に見たオーウェンが気にかかる。あれはローガンだと思う、今の話を聞いてもそれは明白だ。だけど、なんだか揺らぎがあるような気がして胸の内がもやもやする。それにオーウェンにとってもジュリアンを治せるかもしれない秘薬の話なのに、この場にいないのがおかしく感じてしまう。
「少し、伏せっておられる」
「え、なんで…」
「元々、殿下は身弱なのだ。幼少のみぎりにはよく原因不明の熱を出しておられたそうだ。成長と共に症状は改善され、歴史に傾倒され始めたのはその頃からだと聞いている。変わり者だと影で揶揄されているがな」
王族なのに、王族のくせに、そんな言葉がそこかしこで囁かれている。両親である国王や王妃、兄である王太子は本復したのならと静観していた。
「今回の戦だが、先導したのはオーウェン殿下だ」
「そ、それは…癒しの力がってこと?」
「本来ジュリアン殿下がああなってしまった以上、婚姻を結ぶのは難しいとされていた。けれど真実を伝えるのも良しとしない。言うなればジュリアン殿下は王家の恥部だからだ」
「そんな…そんなんっ」
「誤解なきよう申し上げるが、陛下も王太子殿下もそのようなことは思っておられない。あくまで外から見た話というわけだ。事が公になった場合、そちらの国がどう出るかわからなかった。ジュリアン殿下が疵者だと知って送り込もうとしたんじゃないか?国に厄災をもたらそうしたのではないか?」
「受けいれてもらえるって考えんかったん?アトレーならそれでも良いって、ジュリアンを好きやからって、そうは思わんかったん?」
ちゃんと言ったつもりなのに、知らず声が震えてしまう。ケイレブは喉を湿らせてからまた口を開いた。
「オーウェン殿下は仰った。歴史が語っていると。これまで先祖返りの者は迫害されてきた。それは王家も然りだ。根底にあるものを覆すのは難しい。それでも構わないとジュリアン殿下がそちらに縁付いたとして表舞台に立てるかい?あの鱗がこの先どこまで侵食するかわからない。今はまだ腕だけだが、足や顔、見える部分にもそれが表れたとして、民の前に立てるかい?同じような子が生まれないと断言できるかい?不幸なんだよ。どのみち、ジュリアン殿下は不幸になるんだ」
「そんなの…そんなのはわからない」
「わかるんだよ。このことに関してはね、人は変わらない。だから、ジュリアン殿下を変えるんだ」
ケイレブの言葉は力強かった。
ミュウは言い返せる言葉を探したがそれは見つからず黙り込むしかできなかった。
「どうしました?」
うんうん、とミュウは小さく頷く。わかった気がする、あとはどうすれば目的の夢を見られるか?だ。強く強く願えば叶うのか?
物思いにふけるミュウの手にジーマがマグカップを持たせた。両手で包み込むように持たせ、うつむき加減ではらりと落ちたその銀髪を耳にかけてやる。
「…だから嫌だったんだ。お前がそうなることはわかっていた」
「まぁまぁ、子どものような言い分ですこと」
ジーマはふふと笑った後に、この御方に助けていただくんですから、と言った。ケイレブはふんと鼻を鳴らして、お人好しがとこぼした。
「ケイレブ、必要なもんは古代樹の双葉と水草、アワサクラ草だけやないやろ?」
「知っているのか?」
「うん、あのぷるぷるはオオルリウオ?」
「いや、あれはただのルリウオだ」
「ただの?」
「あぁ、オオルリウオはその名の通り長く生きた個体がそう呼ばれるのだ」
ケイレブの話はこうだ。後に自然薬学の異端児の呼ばれたローガン、晩年をこの国で研究に費やしたという。各地に根差した民間療法や薬学を追い求めるうちに、とある沼沢地を発見した。地盤が悪く水はけも良くないそこは、人が住まうには適していないが近辺には村があった。
「村?」
「そう、そこがローガンの終の住処だと言われている。その沼沢地にはルリウオがいたんだ」
ルリウオはその地方では昔から滋養に良いとされてきた。そして、ローガンはそのルリウオの研究に励んだ。村人曰く、五十年を超える個体はオオルリウオと呼ばれ大変貴重なものとして扱われる。
「ローガンは、村人を説き伏せルリウオを捕獲して良い区画とそうでない区画を取り決めた。そうすることにより禁止区域のルリウオはオオルリウオに育ちあがるからだ」
「それって」
「今後、秘薬が必要になる時いや必要でなくとも、先祖返りはいつの時代にもいる。それを救いたいと思う者のために、ローガンは力を尽くしたんじゃないかと思う」
この世の全てを許さない、そうローガンは言った。それには自分自身も含まれていたのだ。力なくただ奪われてしまった、力があれば知識があればローザを救えたかもしれない。きっとローガンは死ぬまで自分を許さずにこの先の未来に託したのだ。
「今その沼沢地はオーウェン殿下の管理下にある。歴史の研究家でもある殿下は数多ある文献を読み、ルリウオが持つ薬効に期待し私に預けてくだすった」
「…今、オーウェンは?」
最後に見たオーウェンが気にかかる。あれはローガンだと思う、今の話を聞いてもそれは明白だ。だけど、なんだか揺らぎがあるような気がして胸の内がもやもやする。それにオーウェンにとってもジュリアンを治せるかもしれない秘薬の話なのに、この場にいないのがおかしく感じてしまう。
「少し、伏せっておられる」
「え、なんで…」
「元々、殿下は身弱なのだ。幼少のみぎりにはよく原因不明の熱を出しておられたそうだ。成長と共に症状は改善され、歴史に傾倒され始めたのはその頃からだと聞いている。変わり者だと影で揶揄されているがな」
王族なのに、王族のくせに、そんな言葉がそこかしこで囁かれている。両親である国王や王妃、兄である王太子は本復したのならと静観していた。
「今回の戦だが、先導したのはオーウェン殿下だ」
「そ、それは…癒しの力がってこと?」
「本来ジュリアン殿下がああなってしまった以上、婚姻を結ぶのは難しいとされていた。けれど真実を伝えるのも良しとしない。言うなればジュリアン殿下は王家の恥部だからだ」
「そんな…そんなんっ」
「誤解なきよう申し上げるが、陛下も王太子殿下もそのようなことは思っておられない。あくまで外から見た話というわけだ。事が公になった場合、そちらの国がどう出るかわからなかった。ジュリアン殿下が疵者だと知って送り込もうとしたんじゃないか?国に厄災をもたらそうしたのではないか?」
「受けいれてもらえるって考えんかったん?アトレーならそれでも良いって、ジュリアンを好きやからって、そうは思わんかったん?」
ちゃんと言ったつもりなのに、知らず声が震えてしまう。ケイレブは喉を湿らせてからまた口を開いた。
「オーウェン殿下は仰った。歴史が語っていると。これまで先祖返りの者は迫害されてきた。それは王家も然りだ。根底にあるものを覆すのは難しい。それでも構わないとジュリアン殿下がそちらに縁付いたとして表舞台に立てるかい?あの鱗がこの先どこまで侵食するかわからない。今はまだ腕だけだが、足や顔、見える部分にもそれが表れたとして、民の前に立てるかい?同じような子が生まれないと断言できるかい?不幸なんだよ。どのみち、ジュリアン殿下は不幸になるんだ」
「そんなの…そんなのはわからない」
「わかるんだよ。このことに関してはね、人は変わらない。だから、ジュリアン殿下を変えるんだ」
ケイレブの言葉は力強かった。
ミュウは言い返せる言葉を探したがそれは見つからず黙り込むしかできなかった。
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