7 / 17
サウスエンド
しおりを挟む
サウスエンド、そういうからには南にあるのだろうとディアドリは当たりをつけて南に向かって歩いていた。
肩からさげられた鞄はグリーン婦人お手製のもので大きな木の刺繍が入っている。
その中に淡いブルーの包装紙でラッピングされた届け物。
サウスエンドに住むグリーン婦人の友人はホープ婦人という。
「アマンダの焼くアップルパイは絶品よ。是非いただいてきなさいな」
軽い口調で送り出されたディアドリはそれでもそんな図々しいことはできない、と思いながら歩く。
一度だけショーウィンドウにあるアップルパイを見たことがある。
網目状で丸くて艶々として菓子というよりは、宝石みたいにキラキラしていた。
きっと高価な菓子なんだと思う。
そんなことを考えながら、駅前まで歩いてくるりと振り向いた。
「アーサーさん、なんで着いてくるんですか?」
「なぁに言ってんだ?ディーが俺の前を歩いてるんだ」
「そうですか。ではお先にどうぞ」
お辞儀をして手を先に向かって広げる。
「っかー、ディー!可愛くないぞ」
「可愛くなくていいです」
「アーサーおじさま、ぼくといっしょにサウスエンドにいってくださいな。って言ってみ?そしたら、アイスクリームを買ってやろう」
「はぁ・・・暇なんですか?」
わははと笑ってアーサーは露店でアイスクリームを二つ買い求めた。
コーンにのったそれは赤くてラズベリーがたっぷり入っていて、甘くて冷たくてほんのちょっぴり酸っぱい。
ここへ来てから初めて食べるものばかりだ。
二人でアイスクリームを舐めながらサウスエンドへ向かう。
「アーサーさんは・・・」
「アーサーおじさまって可愛く言って」
「・・・アーサーおじさまはどうしてどこかの病院とか診療所で働かないんですか?」
「聞きたいか?」
へらへらと笑うアーサーの顔がつと引き締まり、手に少し残ったコーンをぽいと口に放り込んだ。
その真剣な表情にディアドリもゴクリと唾を飲む。
「俺はな・・・朝、起きられないんだ」
「はぁ?」
「朝がなぁ、弱いんだよぉ」
へにょりと眉を下げて泣き真似までするアーサーにぷッと吹き出してしまう。
「それに、一所に落ち着ける性分じゃないんだ」
「ほんとに大人ですか?」
もちろん、と言ってわははと笑う。
大きな口をあけて、目なんて糸のように細くして。
「ディー、笑っとけ。笑顔はどんな時でも武器になる」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味だ」
武器か、とディアドリはアーサーが言ったことを反芻する。
自分には何もない、何もないけれど体は元気でこれから生きて行こうという気概もある。
笑うだけで世間を渡っていけるとは思わないが、でも笑って乗り越えられるものなら笑って乗り越えたい。
「アーサーおじさま。ありがとう」
「おうよ、ほら、ホープ婦人の家が見えてきた」
アーサーが指さした先は小さな一軒家で申し訳程度に庭がついている。
そこの庭に立つ小柄な女の人とあれは・・・
「警官がいる」
「だな、なんかあったんだろうか」
目を合わせてお互いに首を傾げる。
わからないながらも足を進めて庭先で声をかけた。
「ホープ婦人」
「あら、アーサーさん。こんにちは」
「こんちは。どうした?」
「それがねぇ」
ホープ婦人は顎に手のひらをあてて眉尻を下げた。
そして、道の向こうの家を指して言う。
「お向かいのマルクさんが死んだってのよ」
「え!」
「自殺らしいんだけど・・・ちょ、ちょっとアーサーさん!?」
ホープ婦人の言葉を最後まで待つことなくアーサーは向かいの家に駆けていった。
どうしよう、とディアドリは一瞬だけ逡巡したが直ぐにその後を追いかけた。
アーサーは既にその向かいの一軒家の玄関扉を開けて中に踏み込もうとしている。
「ちょっと!おじさま、いいの?」
叫びながらディアドリもその後に続いた。
玄関から入ってすぐの応接室、そこにマルクと呼ばれていた男がぶら下がっている。
その下には制服警官が二人、マルクを下ろそうとしていた。
マルクの傍にはスツールが一脚転がっており、それに乗って飛んだのだということがわかる。
「こりゃぁまた・・・」
下ろそうとする制服警官を押しとどめアーサーがマルクを検分し始めた。
「おじさま」
「ディー、見るな。婦人のとこで待ってろ」
「でも、おじさま」
「ディー、言うことを聞け」
「だって!その人、自殺じゃないよ」
マルクを指さすディーの人差し指はカタカタと震えている。
父が吊った時と今のマルクは全然違う。
マルクは綺麗だった。
もちろん首は伸びて、汚物がズボンを濡らしている。
けれど、もがいた後がない。
どんなに死にたいとそう願ってそれを実行しても、体はもがくものだ。
心と体は別物なのだ。
だから、死に直面すると人はもがいて首にかかった縄から逃れようとする。
なのに首に掻きむしった痕もなければ、だらりと垂れた指先は綺麗だ。
目も閉じられ、閉じた口からは涎の跡が一筋あるだけだ。
「ディー、お前は・・・」
アーサーは目を丸くして小さく震えるディアドリを見つめることしかできなかった。
肩からさげられた鞄はグリーン婦人お手製のもので大きな木の刺繍が入っている。
その中に淡いブルーの包装紙でラッピングされた届け物。
サウスエンドに住むグリーン婦人の友人はホープ婦人という。
「アマンダの焼くアップルパイは絶品よ。是非いただいてきなさいな」
軽い口調で送り出されたディアドリはそれでもそんな図々しいことはできない、と思いながら歩く。
一度だけショーウィンドウにあるアップルパイを見たことがある。
網目状で丸くて艶々として菓子というよりは、宝石みたいにキラキラしていた。
きっと高価な菓子なんだと思う。
そんなことを考えながら、駅前まで歩いてくるりと振り向いた。
「アーサーさん、なんで着いてくるんですか?」
「なぁに言ってんだ?ディーが俺の前を歩いてるんだ」
「そうですか。ではお先にどうぞ」
お辞儀をして手を先に向かって広げる。
「っかー、ディー!可愛くないぞ」
「可愛くなくていいです」
「アーサーおじさま、ぼくといっしょにサウスエンドにいってくださいな。って言ってみ?そしたら、アイスクリームを買ってやろう」
「はぁ・・・暇なんですか?」
わははと笑ってアーサーは露店でアイスクリームを二つ買い求めた。
コーンにのったそれは赤くてラズベリーがたっぷり入っていて、甘くて冷たくてほんのちょっぴり酸っぱい。
ここへ来てから初めて食べるものばかりだ。
二人でアイスクリームを舐めながらサウスエンドへ向かう。
「アーサーさんは・・・」
「アーサーおじさまって可愛く言って」
「・・・アーサーおじさまはどうしてどこかの病院とか診療所で働かないんですか?」
「聞きたいか?」
へらへらと笑うアーサーの顔がつと引き締まり、手に少し残ったコーンをぽいと口に放り込んだ。
その真剣な表情にディアドリもゴクリと唾を飲む。
「俺はな・・・朝、起きられないんだ」
「はぁ?」
「朝がなぁ、弱いんだよぉ」
へにょりと眉を下げて泣き真似までするアーサーにぷッと吹き出してしまう。
「それに、一所に落ち着ける性分じゃないんだ」
「ほんとに大人ですか?」
もちろん、と言ってわははと笑う。
大きな口をあけて、目なんて糸のように細くして。
「ディー、笑っとけ。笑顔はどんな時でも武器になる」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味だ」
武器か、とディアドリはアーサーが言ったことを反芻する。
自分には何もない、何もないけれど体は元気でこれから生きて行こうという気概もある。
笑うだけで世間を渡っていけるとは思わないが、でも笑って乗り越えられるものなら笑って乗り越えたい。
「アーサーおじさま。ありがとう」
「おうよ、ほら、ホープ婦人の家が見えてきた」
アーサーが指さした先は小さな一軒家で申し訳程度に庭がついている。
そこの庭に立つ小柄な女の人とあれは・・・
「警官がいる」
「だな、なんかあったんだろうか」
目を合わせてお互いに首を傾げる。
わからないながらも足を進めて庭先で声をかけた。
「ホープ婦人」
「あら、アーサーさん。こんにちは」
「こんちは。どうした?」
「それがねぇ」
ホープ婦人は顎に手のひらをあてて眉尻を下げた。
そして、道の向こうの家を指して言う。
「お向かいのマルクさんが死んだってのよ」
「え!」
「自殺らしいんだけど・・・ちょ、ちょっとアーサーさん!?」
ホープ婦人の言葉を最後まで待つことなくアーサーは向かいの家に駆けていった。
どうしよう、とディアドリは一瞬だけ逡巡したが直ぐにその後を追いかけた。
アーサーは既にその向かいの一軒家の玄関扉を開けて中に踏み込もうとしている。
「ちょっと!おじさま、いいの?」
叫びながらディアドリもその後に続いた。
玄関から入ってすぐの応接室、そこにマルクと呼ばれていた男がぶら下がっている。
その下には制服警官が二人、マルクを下ろそうとしていた。
マルクの傍にはスツールが一脚転がっており、それに乗って飛んだのだということがわかる。
「こりゃぁまた・・・」
下ろそうとする制服警官を押しとどめアーサーがマルクを検分し始めた。
「おじさま」
「ディー、見るな。婦人のとこで待ってろ」
「でも、おじさま」
「ディー、言うことを聞け」
「だって!その人、自殺じゃないよ」
マルクを指さすディーの人差し指はカタカタと震えている。
父が吊った時と今のマルクは全然違う。
マルクは綺麗だった。
もちろん首は伸びて、汚物がズボンを濡らしている。
けれど、もがいた後がない。
どんなに死にたいとそう願ってそれを実行しても、体はもがくものだ。
心と体は別物なのだ。
だから、死に直面すると人はもがいて首にかかった縄から逃れようとする。
なのに首に掻きむしった痕もなければ、だらりと垂れた指先は綺麗だ。
目も閉じられ、閉じた口からは涎の跡が一筋あるだけだ。
「ディー、お前は・・・」
アーサーは目を丸くして小さく震えるディアドリを見つめることしかできなかった。
19
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
《完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
偽物勇者は愛を乞う
きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。
六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。
偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる