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サウスエンド

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サウスエンド、そういうからには南にあるのだろうとディアドリは当たりをつけて南に向かって歩いていた。
肩からさげられた鞄はグリーン婦人お手製のもので大きな木の刺繍が入っている。
その中に淡いブルーの包装紙でラッピングされた届け物。
サウスエンドに住むグリーン婦人の友人はホープ婦人という。

「アマンダの焼くアップルパイは絶品よ。是非いただいてきなさいな」

軽い口調で送り出されたディアドリはそれでもそんな図々しいことはできない、と思いながら歩く。
一度だけショーウィンドウにあるアップルパイを見たことがある。
網目状で丸くて艶々として菓子というよりは、宝石みたいにキラキラしていた。
きっと高価な菓子なんだと思う。
そんなことを考えながら、駅前まで歩いてくるりと振り向いた。

「アーサーさん、なんで着いてくるんですか?」
「なぁに言ってんだ?ディーが俺の前を歩いてるんだ」
「そうですか。ではお先にどうぞ」

お辞儀をして手を先に向かって広げる。

「っかー、ディー!可愛くないぞ」
「可愛くなくていいです」
「アーサーおじさま、ぼくといっしょにサウスエンドにいってくださいな。って言ってみ?そしたら、アイスクリームを買ってやろう」
「はぁ・・・暇なんですか?」

わははと笑ってアーサーは露店でアイスクリームを二つ買い求めた。
コーンにのったそれは赤くてラズベリーがたっぷり入っていて、甘くて冷たくてほんのちょっぴり酸っぱい。
ここへ来てから初めて食べるものばかりだ。
二人でアイスクリームを舐めながらサウスエンドへ向かう。

「アーサーさんは・・・」
「アーサーおじさまって可愛く言って」
「・・・アーサーおじさまはどうしてどこかの病院とか診療所で働かないんですか?」
「聞きたいか?」

へらへらと笑うアーサーの顔がつと引き締まり、手に少し残ったコーンをぽいと口に放り込んだ。
その真剣な表情にディアドリもゴクリと唾を飲む。

「俺はな・・・朝、起きられないんだ」
「はぁ?」
「朝がなぁ、弱いんだよぉ」

へにょりと眉を下げて泣き真似までするアーサーにぷッと吹き出してしまう。

「それに、一所に落ち着ける性分じゃないんだ」
「ほんとに大人ですか?」

もちろん、と言ってわははと笑う。
大きな口をあけて、目なんて糸のように細くして。

「ディー、笑っとけ。笑顔はどんな時でも武器になる」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味だ」

武器か、とディアドリはアーサーが言ったことを反芻する。
自分には何もない、何もないけれど体は元気でこれから生きて行こうという気概もある。
笑うだけで世間を渡っていけるとは思わないが、でも笑って乗り越えられるものなら笑って乗り越えたい。

「アーサーおじさま。ありがとう」
「おうよ、ほら、ホープ婦人の家が見えてきた」

アーサーが指さした先は小さな一軒家で申し訳程度に庭がついている。
そこの庭に立つ小柄な女の人とあれは・・・

「警官がいる」
「だな、なんかあったんだろうか」

目を合わせてお互いに首を傾げる。
わからないながらも足を進めて庭先で声をかけた。

「ホープ婦人」
「あら、アーサーさん。こんにちは」
「こんちは。どうした?」
「それがねぇ」

ホープ婦人は顎に手のひらをあてて眉尻を下げた。
そして、道の向こうの家を指して言う。

「お向かいのマルクさんが死んだってのよ」
「え!」
「自殺らしいんだけど・・・ちょ、ちょっとアーサーさん!?」

ホープ婦人の言葉を最後まで待つことなくアーサーは向かいの家に駆けていった。
どうしよう、とディアドリは一瞬だけ逡巡したが直ぐにその後を追いかけた。
アーサーは既にその向かいの一軒家の玄関扉を開けて中に踏み込もうとしている。

「ちょっと!おじさま、いいの?」

叫びながらディアドリもその後に続いた。
玄関から入ってすぐの応接室、そこにマルクと呼ばれていた男がぶら下がっている。
その下には制服警官が二人、マルクを下ろそうとしていた。
マルクの傍にはスツールが一脚転がっており、それに乗って飛んだのだということがわかる。

「こりゃぁまた・・・」

下ろそうとする制服警官を押しとどめアーサーがマルクを検分し始めた。

「おじさま」
「ディー、見るな。婦人のとこで待ってろ」
「でも、おじさま」
「ディー、言うことを聞け」
「だって!その人、自殺じゃないよ」

マルクを指さすディーの人差し指はカタカタと震えている。
父が吊った時と今のマルクは全然違う。
マルクは綺麗だった。
もちろん首は伸びて、汚物がズボンを濡らしている。
けれど、もがいた後がない。
どんなに死にたいとそう願ってそれを実行しても、体はもがくものだ。
心と体は別物なのだ。
だから、死に直面すると人はもがいて首にかかった縄から逃れようとする。
なのに首に掻きむしった痕もなければ、だらりと垂れた指先は綺麗だ。
目も閉じられ、閉じた口からは涎の跡が一筋あるだけだ。

「ディー、お前は・・・」

アーサーは目を丸くして小さく震えるディアドリを見つめることしかできなかった。
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