朝餉添えの贄

琴里 美海

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第参話

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 部屋の中でぼんやりと天井を見つめていた。染みが幾つかあったけど、途中でどれをどこまで数えていたのか分かんなくなって数えるのを止めた。

「おい!」
「!!」

 突然部屋の扉を勢い良く開けられて、驚いて扉の方を見た。其処には暁光さんと、その後ろに少し幼い見た目の女の子が立っていた。

「うわ!あんさんのこれ監禁じゃないっすか!嫌われるっすよ?」
「煩ェ!!焼き鳥にするぞ!?」
「止めてくださいっす!!」

 あれ、この人達私の目の前で何をしているんだろう。と言うか、暁光さんは何の用で部屋に来たんだろう。と言うかあの女の子誰だろ。

「あの、暁光さん……………」
「あ、悪かったな。こいつは雀、俺の知り合いだ。」
「どうもっす!!」

 あ、良かった、別に悪そうな人じゃない。寧ろとっても優しそう。

「それで、えっと、何の御用でしょうか?」
「そうだった、お前の名前確認してなかった。」
「名前、えっと、塵芥じんかいです…………」

 私の言葉に二人共硬直した。

「じ、塵芥って詰まり要約するとゴミって事じゃないっすか!!」

 暁光さんが私の肩に手を置くと、凄い顔で見られた。

「お前、其れは名前って言わない。」

 首を横に何度も振りながら暁光さんはそう言った。

「え、でも……………」

 村の人達は全員私の事をそう呼んでいたから、てっきりそれが私の名前だと思っていたのに。何だろう、ここ二日で私の普通や常識が一気に覆されてしまっている気がする。

「それは名前じゃないからな、断じて違うからな。」
「でも、名前ってそう言う物なんじゃないですか?」

 人や物に与えられた言葉。其れが名前なんじゃないのかな。それだったらきっと塵芥だって名前に入ると思う。

「……………じゃあよ、俺がお前を呼ぶ時、俺はお前って呼んでるけど、其れは名前に入るか?」
「え、それは唯の呼び方だから、名前には入らないと……………」
「それと一緒だっての。」

 そう言われて私は黙った。ここ二日で私の思っていた当たり前な事が全部違っているんだから、やっぱり私のこの塵芥と言う呼ばれ方も、やっぱり違うのかもしれない。
 でもそうだとしたら……………

「だったら、私名前ありません。」
「だよな……………」
「え?」

 どうして、だよなって言ったんですか?

「あのー、お取り込み中失礼するっすけど、名前が無いなら付けてもらえば良いんじゃないっすか?」
「え。」
「そうだな、別に付けて怒る奴なんかいないだろ。」
「あの…………」
「どうせならとっても綺麗な名前にするっす!!」

 私の別に要らないと言う言葉を言う隙が一切無い。
 暁光さんは私の目をジッと見つめている。人と違うこの容姿の、其の目をジッと。

「つっても、元々考えたんだけどな。」
「え?」
氷柱つららってのはどうだ?」
「えー、冷たい感じたするっす。」
「お前は黙ってろ!!」

 そう言って暁光さんは雀さんの頭を思い切り殴った。何も殴らなくても良いじゃないのかな。そう思っていたら雀さんが全く同じ事を暁光さんに言ったので、私は黙っておく事にした。

「あの、どうして氷柱なんですか?」
「ん?あぁお前の目。」

 他の人と違って真っ青なこの目。この目が何なんだろう、冷たい感じがしたのかな。

「冬の雪の中に日の光を浴びて反射する氷柱みたいに綺麗だから。」
「え?」

 綺麗。今まで人にそんな事を言われた事無かった。それに、そんな素敵な理由の名前で呼んでもらった事が無かった。
 そのせいか、嬉しくて私は泣いてしまった。

「んあ!?」
「あー!暁光泣かせたっす!!」
「煩ェ!!」

 二人のやり取りの半分は聞こえなかった。
 唯々嬉しかった。人にそんな風に思ってもらえなかったから、言ってもらえなかったから。

 やっと泣き止んだ時、もう疲れて眠くて仕方が無かった。

「大丈夫か?」
「………あ、はい…………」
「取り合えず寝とけ、な?」

 そう言って暁光さんは私の事を抱きしめて頭を撫でてくれた。
 あれ?この人こんなに優しい人だったっけ?最初はもっと怖かったよね?
 でも何だろう、とっても懐かしい感じがする。私の見た目が普通だったなら、お父さんとお母さんは私の傍に居てくれて、こんな風にしてくれたのかな。
 こんな風に名前をくれて、こんな風に抱きしめてくれて、こんな風に頭を撫でてくれるのかな。

「氷柱。」

 その声を聞いて一瞬何処かの景色が浮かんだ。
 森の中、草もたくさん生えてて道らしい道も無くて、そんな中に凄くボロボロの建物が一つだけ。
 此処は何処だっけ?
 そんな事を考えながら眠った。
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