逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

文字の大きさ
170 / 190
変わらぬ執着と近づく悪意

3

しおりを挟む


「……ねぇ。俺とお姉さんって、やっぱりどこかで会ったことあるんだよね?」
「……どうしてそう思うの?」
「分からないけど……お姉さん見てると、何か変な感じがするんだよね」
「……何それ」
「上手く言えないけど……あの日からさ、俺、お姉さんのことばっかり考えてたんだよ。だからさ、何か知ってるなら教えてよ」
「それを教えたところで、つば……黒瀬くんは、私の言うことなんて信じてくれないと思う」
「んー、それじゃあさ、お姉さんのこと、もっと教えてよ。そしたら、この変な感じの正体が何なのか、分かりそうな気がするんだよね」

 椿くんはニコニコと屈託のない笑みを浮かべながら、私の顔をジッと見つめてくる。

「……何よ、記憶がなくても、椿は椿じゃない」
「百合子ちゃんに対しての異様なまでの執着は、もう魂にまで刻まれてるんじゃないの?」

 美代さんと萌黄さんが、コソコソ話している声が聞こえてくる。

「百合子ちゃん、そのまま椿に送ってもらいなさいよ」
「え? いえ、私は……」
「へぇ、お姉さん、百合子さんっていうんだ。綺麗な名前だね」

 戸惑っていれば、距離をとった椿くんは、カウンターから様子を窺っていたマスターの方に歩いていく。
 というか今更だけど、タイミングよく他のお客さんがいなくて本当によかった……。

「マスター、久しぶりだね」
「椿、お前なぁ……」
「あ、やっぱり俺、最近無断欠勤しちゃってた感じ? スマホも失くしちゃったし、実はちょっと体調も悪くてさ」
「……はぁ。もういい。お前のいい加減なところは、今に始まったことじゃないからな。その代わり、香月さんを家まできちんと送り届けるんだぞ」
「りょうかーい」

 マスターに話を付けた椿くんは「お姉さん、行こう」と手を差し伸べてくる。だけど、何だかその手を掴む気にはなれなくて、私は一人で椅子から立ち上がった。
 だけど椿くんは然して気にしていない様子で、機嫌良さそうに笑いながら私の後を付いてくる。

「……椿。嬢ちゃんのこと、しっかり家に送り届けろよ」
「はいはい、分かってるって。皇さんの大事な人を傷つけたりしないよ」
「え、あの、別に私と皇さんは、そういう関係じゃ……」

 ――多分椿くんは、勘違いしている。そう思って否定しようとした言葉は、扉の閉まるベルの音でかき消されてしまった。
 だけど今の椿くんは、私と皇さんとの関係に然して興味はないのだろう。ゆったりとした足取りで歩きながら、別の話題を振ってくる。

「お姉さんってさ、仕事は何してるの? 好きな食べ物は?」
「え? ……急に何ですか?」
「言ったでしょ。お姉さんのこと、色々教えてって。あとその敬語止めてよ。何か違和感あるから」
「……仕事は普通にOLやってて、好きな食べ物は……プリンとかケーキとか、甘いものかな」
「へぇ、そっか。それじゃあ今度、一緒にカフェでも行こうよ。お姉さんのおすすめのケーキ、教えてほしいな」

 さらりと次の会う約束を取り付けてきた椿くんを見上げれば、左頬が赤く腫れてきていることに気づいた。口の端も切れている。

「……頬っぺた、痛い?」
「ん? ……あぁ、さっき皇さんに殴られたところ? まぁ普通に痛かったけど……あそこまでキレてる皇さんなんて中々見ないし、俺がお姉さん絡みのことで何かしちゃったんだよね?」
「……」

 何て答えていいのか分からなくて困っていれば、足を止めた椿くんは、真面目な顔をして私を見つめてくる。

「俺さ、別に過去を懐かしんだり振り返ったりするようなタイプじゃないんだけど……でも、何か大切なことを忘れているんだとしたら、ちゃんと思い出したいって思うんだ」
「それじゃあ……私のことも、思い出してくれる?」

 私がポツリと呟くと、椿くんは僅かに驚いた。そして、すぐに物憂げな笑みを浮かべる。

「……うん。お姉さんのことも、絶対に思い出すからさ。待ってて」

 そう言って、私の頭をそっと撫でてくれた。

 ――やっぱり、椿くんは椿くんだ。

 何だか涙がこみあげてきて、でもここで泣いたら椿くんを困らせちゃう気がしたから、グッと堪えて笑顔を作った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Bravissima!

葉月 まい
恋愛
トラウマに悩む天才ピアニストと 俺様キャラの御曹司 かつ若きコンサートマスター 過去を乗り越え 互いに寄り添い いつしか最高のパートナーとなる 『Bravissima!俺の女神』 ゚・*:.。♡。.:*・゜゚・*:.。♡。.:*・゜ 過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。 互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。 ✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧ 木村 芽衣(22歳) …音大ピアノ科4年生 如月 聖(27歳) …ヴァイオリニスト・如月フィルコンサートマスター 高瀬 公平(27歳) …如月フィル事務局長

好きだから傍に居たい

麻沙綺
恋愛
前作「ヒ・ミ・ツ~許嫁は兄の親友~(旧:遠回りして気付いた想い)」の続編です。 突如として沸いた結婚話から学校でのいざこざ等です。 まぁ、見てやってください。 ※なろうさんにもあげてあります。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

甘い年下、うざい元カレ

有山レイ
恋愛
会社のイベントで年上の OL が酔払い、若いインターンと一夜の関係になった。偶然、翌日には嫌いな元彼が突然現れた。

工場夜景

藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...