逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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微かな予感には蓋をしたままで

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「んっ……! ちょ、椿くんまっ、……んっ」

 待ったを掛けようと口を開けば、椿くんの舌が口内に侵入してくる。逃げようにも、腰元に回された椿くんの腕が、それを許してはくれない。終わることのない深い口づけに、頭がくらくらしてくる。

「っ、ん……はぁ、はぁ……」

 やっと唇が離れた時には息も絶え絶えだったけど、椿くんは何てことないような涼しい顔をして、私の火照った頬をすりすりと撫でてくる。

「百合子さん、大丈夫?」
「っ、はぁ、大丈夫じゃないよ……!」
「ごめんごめん。百合子さんが俺以外の男の話なんてするから、妬いちゃった」
「妬いちゃった、って……」
「前にも言ったと思うけどさ、百合子さんは男に対しての警戒心がぜんっぜん足りないんだよ。もしそいつにいかがわしいことでもされそうになったら、どうするの?」

 椿くんは至極真面目な顔をして聞いてくるけど、林くんが私にいかがわしいことをしてくる姿なんて、全く想像ができない。
 それに、もし万が一、林くんが私に好意を寄せてくれているようなことがあったとしても、彼は好きな子相手に無理強いをするようなタイプではないと思う。

「林くんはただの職場の後輩だし……そもそも今回は佐々木ちゃんも一緒なんだから、何かが起きる心配なんてないよ」
「……」

 私の返答が、どうやら椿くんはお気に召さないらしい。むすっとした顔で黙り込みながら、何かを訴えるようなまなざしで見下ろされる。
 かと思えば、腰元を引き寄せられた。反対の手で両手首を掴まれ、拘束されてしまう。

「そこまで言うならさ、本気で抵抗してみてよ。俺の拘束から抜け出すことができたら、付いていくのは諦めるからさ」
「……」

 掌を握りしめて、グッと力を込めてみるけど、びくともしない。男と女時点に、そもそも私が、椿くんに力で敵うはずがない。それに、私は……。

「……無理だよ」
「ほらね。だったら…「だって私、本気で抵抗する気がないから。黒瀬くんになら……いかがわしいことだってされてもいいって、思ってるし」

 私の言葉に、椿くんの動きがピタリと止まる。手の力も緩んだので、この隙にと拘束から抜け出して、距離をとろうとした。
 だけどそう簡単に逃がしてもらえるはずもなく、すぐに肩を引き寄せられ捕まってしまう。

「……百合子さんさ。それ、意味分かって言ってるんだよね?」
「わ、分かってるよ」

 旅行の時には萌黄さんたちが訪ねてきたり、椿くんが怪我をしてしまったりで、あれ以来そういう・・・・雰囲気になることはなかった。
 でも、この時間帯に家を訪ねてくる人はいないだろうし、椿くんの背中の傷もふさがっている。

「……俺を煽った百合子さんが悪いんだからね?」
「煽ったって……別にそんなつもりは、」

 反論の言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。

 さっきよりもずっと性急なキス。舌の絡まり合う音がダイレクトに鼓膜に響いて、恥ずかしくなる。思わず舌を引っ込めそうになったけど、椿くんはそれを許してはくれない。
 執着に追いかけてきて、まるで全部食べられちゃうみたいな、貪るような口づけに、何も考えられなくなる。
 背中から頭のてっぺんまで、何かがぞくりと駆けあがってくるような、おかしな感覚。それが少しだけ怖くて、だけどそれ以上に、気持ちいいって感情が勝ってしまって。

「んっ……ふぁっ……」

 鼻から息が抜けて、自分のものとは思えない甘ったるい声が漏れる。くたりと身体の力が抜けてしまった。長い口づけから解放されたかと思えば、そのまま椿くんに横抱きにされ、寝室まで連れていかれる。

「百合子さん、緊張してるの? ……可愛い」

 優しくベッドに下ろされたかと思えば、どろりと甘い笑みを浮かべた椿くんが、私の目尻にちゅっと口づけを落とす。髪を撫でてくれるその手つきは優しくて、私を安心させようとしてくれていることが伝わってくる。

「……ねぇ、椿くん」
「ん? なぁに、百合子さん」
「……私、椿くんのことが大好き」

 椿くんを見上げていたら、何だかきゅうって、胸が苦しくなってきて。訳も分からず泣いてしまいそうになってしまって。――多分、これが愛しいって感情なんだろうな。

「……うん。俺も、百合子さんが大好き。百合子さんがいてくれれば、他に何もいらない。一生大切にするって約束する」

 私の言葉に、きゅっと眉根を寄せた椿くんは、切なさと愛しさが混じり合ったような顔をして目を細める。熱を帯びた目が、私を捉えて離さない。

「百合子さん、愛してるよ」
「……うん、私も」

 椿くんの背中に手を回す。それが合図。
 ――長くて甘い夜の、始まりだった。

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