勇者のいない世界で

玄城 克博

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Ⅰ Brave

1-9 夜長

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 俺は本気の喧嘩というものをした事がない。それは最近に限った事ではなく、少なくとも物心ついた頃から今まで、そういった経験は一切無いと断言してもいい。

 嫌いな人間と極力関わらないようにしている事はその一因だろうが、幼少の頃からそのような処世術を身に着けていたわけもなく、そもそも仲が良くても喧嘩をするのが子供というものだ。それなのに俺が喧嘩を経験していない決定的な理由があるとすれば、きっとそれは遊び仲間、幼馴染のほとんどが女だったからなのだろう。

 物心ついて最初の友人が一人の女の子だったからなのか、俺は幼少期に男の友人と遊んだ覚えがない。それでいてやっている事はどちらかと言えば男の遊びだったのだからおかしな話だが、それでも女と喧嘩するのは格好悪いみたいな考えがあったのだろうか。俺は

幼馴染の少女達と喧嘩という喧嘩をした事はなかった。

 しかし、代わりに女同士の喧嘩は幾度か目にした事があり、その内のいくつかは今でもかなり鮮明に記憶に残っている。

「宗耶、映画を見よう」

 さぁ寝よう、とベッドに寝転がっていた俺の元へとやってきた由実の表情は、どこかそんな時のものに似ていた。

「やだよ、眠い」

「そう言うな。ラブロマンスにアクション、コメディやSF、あとアニメもあるぞ」

「なんでそんなにあるんだ……」

 やや早口で捲し立てる由実に半ば強引に腕を掴まれると、そのままベッドから引きずり出され、ずるずるとリビングまで連れていかれる。

「さぁ、好きなのを選んでくれ」

「……じゃあ、これで」

 由実の指の先、いくつか並べられた映画のDVDの中から、ジャンル:ホラーのラベルのものを選ぶ。良くわからない言語のタイトルから、おそらくは外国のホラー映画だろう。

「わかった、これだな。じゃあ見るとしよう」

 由実が俺の選んだケースを開け、中身をプレーヤーに差し込む。

 おかしい。由実はホラー映画が苦手だったはずだ。ホラーを選べば、諦めて寝かせてくれるかと思ったのだが。

「一応明日も学校あるけど、夜更かしなんかしてていいのか?」

「起きられなかったら私が起こしてやるから安心しろ」

 宣伝が流れる最中も、由実に慌てた様子は無い。部屋が明るいのがいけないのか。

「どうせだから、電気は消しとくか」

「ああ、宗耶がその方がいいならそうしよう」

 部屋の明かりを消しても、由実は少しの動揺も見せない。俺も知らぬ間に苦手を克服してしまっていたとでもいうのだろうか。

 冷や汗が背を伝う。由実を引き下がらせるためにホラーを選んだはいいものの、俺の方もあまり怖いものが得意ではない。本当に由実がホラーへの耐性をつけているのなら、辛い目を見るのは俺ばかりになってしまう。

 予告編が終わり、いよいよ本編が始まる。引き返すなら今しかない。

「なぁ、やっぱり――」

 俺の声に重なるように、大音量のBGMが鼓膜を揺らした。

「な、なんだ?」

 リモコンを手に音量を下げる由実の顔をテレビの光が照らすも、そこにはやはり微塵の恐怖の色もない。その理由も、今となれば明らかだった。

「これホラーじゃなくね?」

 テレビの画面が映していたのは、一面の青空とその下を歩く一組の男女。そして何よりも、その二人共が有名な日本人の役者だった。

「こういった始まり方のホラーがあってもいいじゃないか」

「いや、俺この映画知ってるし」

 一時期テレビでもCMが流れていた恋愛映画。画面中央に映る主演二人の組み合わせからして、今目の前で流れているのはその映画で間違いない。

「えっ……もしかしてもう誰かと見た、とか?」

「いや、見た事はないけど」

 見たと言えばよかった、と思った時にはもう遅かった。

「じゃあ、別にいいだろう。もう始まってしまった事だし、今回はこれを見るとしよう」

 俺がホラーを選ぶ事を予想した由実は、あらかじめケースの中身を恋愛モノにすり替えておいたのだろう。流石は幼馴染、よくわかっていらっしゃる。

「つまり、由実は俺と一緒に仲良くラブストーリーが見たかったのか?」

「な、何を言っているんだ。お前の選んだケースにこれが入っていただけだろう」

「そっか、特に見たいわけじゃないならホラーにしよう。俺はホラーが見たい」

 リモコンへと伸ばした俺の手は、だが由実に払いのけられる。

「いいからこれを見るんだ! ホラーが見たいなら後で見ればいいだろう!」

 もはや力押しでくるつもりらしい。仕方ないので付き合ってやる事にしよう。俺は昔から、喧嘩をするのは好きじゃないのだ。
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