勇者のいない世界で

玄城 克博

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Ⅰ Brave

1-10 幼馴染

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 映画は、一言で言うと退屈だった。

 何が悲しくて、彼女もいない俺が人の色恋沙汰を眺めなくてはならないというのか。どうせ画面の中、病院のベッドの上で全身に管が繋がれているイケメン俳優も、現実ではピンピンしていて、俺なんかよりよっぽど幸せな日々を過ごしているのだろう。

 俺がこの映画のヒロイン役の女優を好きではないのも、今一つ映画を楽しめていない理由かもしれない。何が嫌かって、ただ単純にあまり顔が好みではないのだ。

「…………」

 それならまだ、俺の隣で映画に見入っている少女の方がかわいげがある。

 随分と感情移入しているのか、気を張り詰めていない由実の表情は割と冗談抜きに見惚れかねない。そんな由実の顔が見れた事だけが、この映画の唯一の功績だった。

「……っ、……ぅ」

 意外な事に、物語は主人公の男の病からの回復を待たずして終わった。観客の解釈に任せるといった形だが、最後の暗転がやたらと意味深に見える。

 それゆえなのか、由実の元からはほとんど聞き覚えの無いすすり泣きの声が聞こえていた。こんな時にハンカチでも差し出せばコロリと堕ちるのかもしれないが、残念ながらこの俺がそんなものを持ち合わせているわけもなく、それに代わる案も思いつかない。

 子供の頃の交友関係上、両親から女の子を泣かせるなと言われた事は数あれど、いざ泣いている女を目の前にした時の対処についてとなると、父からのとりあえず謝っておけばどうにかなるという情けないアドバイスしか思い出せない。

「えっと、なんかごめんなさい」

 なので、とりあえず謝っておく事にした。

「……なにが、だ?」

 当然、由実の反応は困惑。

「えっと、泣いてなくて、かな」

「……なんだそれは。女々しく泣いている私への当てつけか」

 薄く赤らんだ目で睨まれる。どうやら、曲解されてしまったらしい。まぁ、発言した俺ですら意味のわからない言葉に曲解も何もないとも言えるが。

「別にそんなつもりではなく、その、泣いてる由実もかわいいと思います」

「……本当に、お前は適当な事ばかり口にして」

 出任せの本音に、由実が呆れたように溜息をつく。

 うん、そうだ。これがいつもの俺と由実だ。父親の教えはやはり素晴らしい。

「私こそ、付き合わせてすまない。宗耶にはこういった映画は退屈だっただろう?」

「意外とそうでもなかった。由実の顔を見てるだけでも十分飽きなかったし」

「そう、か。……それならよかった」

 いや、やっぱりいつもとは違うかもしれない。

 俺の知っている由実は、ここで頬を赤らめるような初心な少女ではなかったはずだ。映画の影響で一時的に乙女チックな気分に浸ってでもいるのだろうか。

「ほら、映画も終わった事だし部屋に戻りなさい。俺ももう寝るから」

 微妙な空気を断ち切るように、早口に言葉を紡ぐ。

 今の由実とは少しやり難い。相手にされないとわかっているからこそ、俺はいつも軽口を言えるのであって、いざ照れられると俺の方まで恥ずかしくなってしまう。

「その事なんだが……その、お前の部屋で寝ては駄目か?」

 しかしそんな俺の思惑を嘲笑うように、由実の口から出たのはらしくもない言葉。本気なのか、それともいつもの趣向返しか。

 どちらにしても、俺の返す言葉に変わりは無い。

「昔は良く一緒に寝た仲だし、俺としては構わないけど」

「そうか、ありがとう」

 後者であれば逆に戸惑うかとも思ったが、由実は大人しく頭を下げるのみ。俺の後ろにぴったりと付いて来る由実に、今更拒否も出来ずそのまま部屋に入る。

「知ってるだろうけど、ベッドは一つしか無いぞ」

「たしかそこに布団があっただろう。それを敷いて寝る事にでもする」

 言葉の通り、由実が廊下の収納を開けると、そこには布団が詰められていた。よくもまぁ、家主の俺も忘れていたような事を覚えているものだ。幼馴染というものの恐ろしさを改めて認識する。

「やっぱり、椿と同じ部屋で寝るのは嫌か」

 そして、相手の事を良く知っているのはお互い様だ。由実が俺と映画を見ようと、そして同じ部屋で寝ようなどと提案してきた理由にはとっくに見当がついていた。

 食事が終わり、由実が風呂から出た後も、やはりと言うべきか由実と椿の間にまともな会話はなかった。俺も俺で、そんな状況で明るく振舞っていたわけでもないが。

「……そうだな、正直言って私はあの子に対して明るい感情は抱けそうにない」

 手早く敷かれた布団の上、由実は俺に背を向けた姿勢で枕を抱く。

「それなら、ここに泊まるなんて言わなければ良かったんじゃないか?」

「私も夕食前、お前が寝ている時に少しそう思った。だが、やはり心配だったからな」

「随分と信頼されてないみたいで何よりだ」

 由実の目から見て、俺を胸の大きい美少女と二人きりにしておく事は、自分の感情を後回しにしてでも止めるべき事に見えるのだろう。本当に幼馴染は良くわかっている。

「それもあるが、逆に宗耶の身の方の危惧もある」

「ああ……まぁ、どっちにしろ信頼されてない事に変わりは無いか」

「不満を言うくらいなら信頼されるように振舞うんだな」

「まったくもってその通りだ」

 あらゆる面において、俺が由実に信頼される要素は無いに等しい。そして、本気でその事に不満があるわけでも無かった。

「昔のお前は……」

 半ば無意識に呟いたのだろう由実の言葉は、その途中で不自然に途切れる。

「いや、なんでもない」

 心なしか沈んだような由実の声には、失言を悔やむような色があった。その意図を汲んで、俺も追及はしない。

「俺はもう結構眠いから、悪いけど何もせずに普通に寝るぞ」

「そうしてくれ。一応言っておくと、寝込みを襲ったりしたらただでは済まさない」

 今日は少しばかりいろいろな事があり過ぎた。だからこそ、最後は普段と同じような会話で幕を閉じる必要がある。そう考えていたのは由実も同じだったようだ。個人的には普段からもう少しくらいは信頼されていてもいい気もするが。

「おやすみ、由実」

「ああ、おやすみ。宗耶」

 同じ部屋に同年代の少女、それも美少女がいるにもかかわらず、目を閉じるとすぐに眠気が意識を奪っていった。
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