14 / 40
Ⅰ Brave
1-13 椿
しおりを挟む
「椿さんは、早く元の生活に戻りたいとか思わない?」
なんだかんだで日が暮れるまでを一緒に過ごし、今も隣で楽しそうに夕食の用意をする椿を見ている内に、そんな疑問が自然と口から出た。
「……やっぱり、私はお邪魔ですよね」
「いやいや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど」
鼻歌が止まり、一気にテンションの下がった様子の椿を見て、不用意な発言を後悔する。
生活と行動の多くを俺に依存せざるを得ない今の椿にとって、俺からの拒絶は精神的にというよりも現実的に厳しい。人一倍敏感に発言の裏を読んでしまうのは仕方ない事であり、俺もそれを被害妄想と言い切れるほど強くはない。
「俺はこれで結構楽しいけど、椿さんは色々と不安じゃないのかな、って」
フォローを添えながらの補足にも、椿の表情は元に戻るとまではいかない。
「私は……私も、実は少し今の状況が楽しいんです。それに、私は何も覚えていないので。もちろん早く記憶が戻って元の生活に戻れた方がいいのはわかってるんですけど、会いたい人や、したい事なんかも、何一つ思い出せないんです」
俺に対するそれとも少し違った椿の不安の表情に、そもそも記憶喪失というものへの認識が間違っていた事に気付く。
人が何かを失った時、それを取り戻したいと思うのは当然だと思っていた。
失ったものが大きければ大きいほど、そのものへの未練は強く残る。取り戻せる可能性があるのであれば、恥も外聞も捨ててそれにしがみ付くのが普通だと。
だが、失ったものの記憶が無いのなら、そこに残る感情とはいかなるものなのか。記憶そのものを失っている椿は、それがどれだけ大切だったかすらわからないはずだ。
「……ごめん、こんなよくわからない事に巻き込んで」
俺はまだ、椿ほど今の状況を受け入れられているわけではない。
謳歌がわざわざ無関係な椿を巻き込んだ理由には察しがつかないでもないが、それが許される行為でない事は理解しているつもりだった。
「そんな、謝らないでください! 宗耶さんは何も悪くないじゃないですか。それどころか私なんかを家に置いてくれて、頭を下げるなら私の方です」
そう、直接的には俺が悪いわけではない。
しかし、椿の立場でそう言い切る事のできる者がどれだけいるだろうか。
そうなったのは、そうさせてしまったのは、椿が俺に抱いている信頼と好意。そんな椿の感情すら、『ゲーム』を円滑に進めるため、記憶を奪うのと同時に謳歌が植え付けたものなのではないか。そう考えるのが自然なくらい、椿は俺へ理由もわからない好意を注いでくれているから。
「なんか変な話になっちゃったね。まぁ、椿さんの方が俺と一緒にいるのがそれほど嫌じゃないなら、俺としてはそれでいいかな」
「それはもうっ、全然嫌なんかじゃないですっ!」
ただ笑いかけるだけで、この場を誤魔化せるとわかってしまっていた。
「宗耶さんは、本当に迷惑じゃないんですか?」
「ああ、もちろん」
暗い空気が消えても、椿の遠慮まで消えるわけでもない。できるだけ間をおかず、簡潔に返す事で嘘だと思わせない努力をする。
「でも、そうだとしても白樺さんはやっぱりあんまりいい気持ちはしないですよね……」
「いや、だから由実と俺は付き合ってないんだって」
「じゃあ、佐久間さんと付き合ってるんですか?」
幾度目かの焼き直しのような問答。どうしても俺を誰かと付き合わせたいのだろうか。
「今、傍から見れば、俺は椿さん以外とは付き合ってるようには見えないと思うよ」
「……っ、私と宗耶さんが、付き合ってるように見えますか?」
「そう見られたくなかったら、あんまり浮気を疑うみたいな事を言わない方がいいかもね」
顔を赤くした椿の前、鍋から料理を食器によそい、食卓へと運ぶ。
あまり余計な事を言わない方がいいのは、どうやら俺も同じらしい。
これからしばらく生活を共にする以上、理性を保ち続けるためにあまり椿の女の部分を引き出さないようにしようと、火照った顔を隠しながら密かに心に決めた。
なんだかんだで日が暮れるまでを一緒に過ごし、今も隣で楽しそうに夕食の用意をする椿を見ている内に、そんな疑問が自然と口から出た。
「……やっぱり、私はお邪魔ですよね」
「いやいや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど」
鼻歌が止まり、一気にテンションの下がった様子の椿を見て、不用意な発言を後悔する。
生活と行動の多くを俺に依存せざるを得ない今の椿にとって、俺からの拒絶は精神的にというよりも現実的に厳しい。人一倍敏感に発言の裏を読んでしまうのは仕方ない事であり、俺もそれを被害妄想と言い切れるほど強くはない。
「俺はこれで結構楽しいけど、椿さんは色々と不安じゃないのかな、って」
フォローを添えながらの補足にも、椿の表情は元に戻るとまではいかない。
「私は……私も、実は少し今の状況が楽しいんです。それに、私は何も覚えていないので。もちろん早く記憶が戻って元の生活に戻れた方がいいのはわかってるんですけど、会いたい人や、したい事なんかも、何一つ思い出せないんです」
俺に対するそれとも少し違った椿の不安の表情に、そもそも記憶喪失というものへの認識が間違っていた事に気付く。
人が何かを失った時、それを取り戻したいと思うのは当然だと思っていた。
失ったものが大きければ大きいほど、そのものへの未練は強く残る。取り戻せる可能性があるのであれば、恥も外聞も捨ててそれにしがみ付くのが普通だと。
だが、失ったものの記憶が無いのなら、そこに残る感情とはいかなるものなのか。記憶そのものを失っている椿は、それがどれだけ大切だったかすらわからないはずだ。
「……ごめん、こんなよくわからない事に巻き込んで」
俺はまだ、椿ほど今の状況を受け入れられているわけではない。
謳歌がわざわざ無関係な椿を巻き込んだ理由には察しがつかないでもないが、それが許される行為でない事は理解しているつもりだった。
「そんな、謝らないでください! 宗耶さんは何も悪くないじゃないですか。それどころか私なんかを家に置いてくれて、頭を下げるなら私の方です」
そう、直接的には俺が悪いわけではない。
しかし、椿の立場でそう言い切る事のできる者がどれだけいるだろうか。
そうなったのは、そうさせてしまったのは、椿が俺に抱いている信頼と好意。そんな椿の感情すら、『ゲーム』を円滑に進めるため、記憶を奪うのと同時に謳歌が植え付けたものなのではないか。そう考えるのが自然なくらい、椿は俺へ理由もわからない好意を注いでくれているから。
「なんか変な話になっちゃったね。まぁ、椿さんの方が俺と一緒にいるのがそれほど嫌じゃないなら、俺としてはそれでいいかな」
「それはもうっ、全然嫌なんかじゃないですっ!」
ただ笑いかけるだけで、この場を誤魔化せるとわかってしまっていた。
「宗耶さんは、本当に迷惑じゃないんですか?」
「ああ、もちろん」
暗い空気が消えても、椿の遠慮まで消えるわけでもない。できるだけ間をおかず、簡潔に返す事で嘘だと思わせない努力をする。
「でも、そうだとしても白樺さんはやっぱりあんまりいい気持ちはしないですよね……」
「いや、だから由実と俺は付き合ってないんだって」
「じゃあ、佐久間さんと付き合ってるんですか?」
幾度目かの焼き直しのような問答。どうしても俺を誰かと付き合わせたいのだろうか。
「今、傍から見れば、俺は椿さん以外とは付き合ってるようには見えないと思うよ」
「……っ、私と宗耶さんが、付き合ってるように見えますか?」
「そう見られたくなかったら、あんまり浮気を疑うみたいな事を言わない方がいいかもね」
顔を赤くした椿の前、鍋から料理を食器によそい、食卓へと運ぶ。
あまり余計な事を言わない方がいいのは、どうやら俺も同じらしい。
これからしばらく生活を共にする以上、理性を保ち続けるためにあまり椿の女の部分を引き出さないようにしようと、火照った顔を隠しながら密かに心に決めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる