勇者のいない世界で

玄城 克博

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Ⅰ Brave

1-12 案内

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「もし良かったらなんですけど、校内を案内してくれませんか?」

 午前の授業が終わり、昼食も学食で済ませ、それ以上やる事もないだろうと帰宅するつもりだった俺に、だが椿は学校の案内を頼んでいた。

 冬休みまで一週間もない今、案内などしたところで休み明けに椿がここにいるかどうかも微妙なところだが、なんとなくそれを口にするのも躊躇われる。結果、椿の頼み通り二人で校内を回る事になっていた。

「これはデートに含まれるのかな?」

「えっ、そう言えば……そうなるのかもしれません」

 何気ない軽口に、椿は簡単に照れる。

 由実のような冷たいスルーも会話を潤滑に進めるためには必要かもしれないが、やはりこういった反応の方がからかい甲斐はある。

「ここが第二保健室で、ベッドは二つだね」

 この奥光学園、学生数に比例して広いのは食堂だけではない。全て回っていては面倒で仕方ないので、主要な場所だけを回る事にした。

「休んでいく?」

「……はい?」

「いや、何でもない。次にいこうか」

 口にするつもりのなかったセクハラが無意識に口をついていた。セクハラはいけない。

「ここが生徒会室、は昨日来たから覚えてるか」

「そう言えば、宗耶さんは生徒会に出なくていいんですか?」

「むしろ出ちゃいけないんだよね。俺は生徒会入ってないし」

「なるほど、そうだったんですか」

 相変わらず妙なところで聞きわけがいい。こちらとしても生徒会との関係を言葉にするのは難しいので、引いてくれる分には都合は良いのだが。

「ん、それより今、宗耶さんって?」

「あ……すいません、みなさんが下の名前で呼んでたのでつい」

 椿の言う通り、クラスメイトの大半は俺の事を下の名前の宗耶で呼んでいる。だからと言って別に俺が人気者だというわけではなく、昔から名字で呼ばれる事を好まない俺の提案を皆が受け入れてくれているだけなのだが。

 同年代の女に囲まれた少年時代、ゆまという女性名にもとれる音で呼ばれる事は男としてのアイデンティティーを揺らがせかねなかった。と、当時の俺がそこまで考えていたとは思えないが、今も昔も遊馬よりは宗耶と呼ばれる方が気分が良いのは確かだ。

「いや、謝らなくても。そっちの方が呼びやすいならそれでもいいよ」

 何か期待するような視線を向ける椿に、非常に普通な言葉を返す。だが内心、椿にはここは慎み深い淑女として二の足を踏んでいてもらいたかった。

「本当ですか! では宗耶さん、と呼ばせてもらうことにします!」

 しかし、椿の反応は歓喜、そして享受。胸元で拳をキュッと握り締めている様は淑女とは呼べないだろう。かわいいなぁ、ちくしょうめ。

「それで、お前は生徒会に出なくていいのか?」

「え、私……」

「ちょっと、先輩、声が大きいですって!」

 話を逸らす意図もあって投げ掛けた俺の問いには、二つの返事が返ってくる。その内の一つ、椿の声はもう一方の大声に打ち消される形になっていた。

「俺の声はともかく、今のお前の声は多分中まで聞こえただろうな」

「なんて事をっ! 先輩はいつにも増して鬼畜外道です!」

「お前もいつにも増してバカでなによりだ」

 壁からぬっと現れた全体的にミニマムな少女は、生徒会書記のはずの藍沢雛姫。何も無い空間から突然現れたように見える藍沢に、椿は声もなく驚く。

「あまりにバカすぎて廊下に立たされてたのか?」

「今時の教師は苦情とかが怖くていくらバカでも廊下に立たせたりできないんだ、って中学の時の先生が悔しそうに言ってました」

「そうか、だが俺は苦情など怖くないから校庭に全裸で立ってなさい」

「それを見て先輩の先輩も立たせちゃったりするんですね!」

 藍沢は平気でこういう事を、しかも大声で口にする。だからこそ、こいつにはセクハラ紛いの発言も躊躇わずにすむのだが、やはり物足りなさを感じるのは贅沢だろうか。

「そんな顔しないで下さい、謝りますから!」

 はたして俺は今、どんな顔をしていたのだろう。

「しかし先輩の目は相変わらずすごいですね、まさか見破られるとは思いませんでした」

「服も脱がずに透明になれるお前の方がすごいだろ」

 藍沢のジョブ、魔法使いは相当に応用が利く。由実のような戦闘専門の力と違い、いろいろと便利な力を手に入れた藍沢は幸運だ。

「一つ注意しておくとすれば、影が消えてなかった事だな」

「なるほど、それは盲点だったかもです」

 書記らしくメモ帳を取り出してメモをする。こんなところでメモしている場合か。

「あとはそうだな、やっぱり服は脱いだ方がいいな」

「その心は?」

「透明人間は服を脱いで興奮を得るのがロマンって奴だからだ」

「それを見て先輩の先輩もフードを脱ぐんですね!」

「…………」

 やっぱりこの娘には恥じらいというものが無かった。代わりに椿が恥じらってくれているので、この場はとりあえず許してやる事にする。

「まぁ、精々生徒会室でストリーキングでも楽しんでくるといい」

「はい、先輩も三号さんとデート楽しんで来て下さい!」

 手を振り振り藍沢と別れる。あれに構っていては、軽く一時間は浪費しかねない。普段ならそれでもいいのだが、椿を連れた今はそういうわけにもいかない。

「今のは藍沢さん、ですよね? 昨日も生徒会室にいた」

 自己紹介くらいは交わしていたのか、藍沢と別れてすぐ椿はそんな確認をする。

「そうだね。大方遅刻して、入るタイミングを窺ってたってとこだろうけど」

「さっき姿を消していたのが藍沢さんの、たしか魔法使いのジョブとかいうものですか?」

 続いた質問は藍沢の力について。

 それも当然だろう。いくら椿でもあんなものを見せられて気にならないはずも無い。

「ああ、藍沢のジョブは聞いたんだ。そうだね、あいつのジョブは魔法使い。といっても何でもできるわけじゃなくって、弱い念動力と光を操る能力の複合みたいな感じなんだけど。さっきみたいに姿を消すのとかはその応用らしい」

 一見して万能の魔法使いに見える藍沢の能力は、そのほとんどがそう『見せる』事に特化している。種が知れると効果は半減するので、勝手にばらしてしまうべきではないかもしれないが、仲間となる椿にその辺りを誤解されているといざという時に面倒な結果を生みかねない。

「なるほど、やっぱり皆さんすごいんですね」

「えっと、あんまり驚いてない?」

 自分で口にしておいて何だが、こうまですんなりと受け入れられるとは思っていなかった。飲み込みが早い、だとか適応力がある、だとかそういう言葉で済ませるにしてはあまりに動揺が無さ過ぎる。

「そう、みたいですね……なんでなのかは自分でも良くわからないんですけど、あまり疑う気にもなれなくて」

 自分自身でもそれを不思議に思っているのか、椿も軽く小首を傾げる。

「まぁ、信じてくれるならそれに越した事は無いんだけど」

 もしかしたら、椿は自分にもそういった超常の力がある事を勘付いている、もしくは記憶を失う前には知っていたのではないだろうか。あまりに淡白な反応から、そんな推測も頭に浮かんだが、今はそれを口にはしない事にした。
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