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1巻
1-2
しおりを挟む2 なんでもいいよ
私の中で来栖が『いけ好かない同僚』から『まあ普通の同僚』に格上げになって、一か月。
ある時、たまたま小野田と飲む日に、隣の席の来栖にも声をかけてみたことがあった。てっきり断られるかと思っていたのに、彼はあっさりついてきた。
それ以来、週に一度、三人で飲むことが習慣になっている。
騒がしい居酒屋のカウンターで、今日も三人横に並ぶ。私と来栖に挟まれた小野田は、しょんぼりと背中を丸めていた。小野田は優しい性格なのだが、それゆえにか、彼女の苑子ちゃんを怒らせてしまったらしい。
「公一くんって何でもいいよばっかり! って急にキレられちゃって」
半分程空けたビールジョッキを両手で掴み、小野田は泣き言を零す。
「何食べたいって聞いても、いっつもそれだって。でも俺は、本当になんでもいいんだよ」
「なんでもいいって言っといて、後で文句言ったりとかは?」
「俺、そんなこと言うように見える?」
確かに。小野田は言わなさそうだ。苑子ちゃんの出したものなら、何でも喜んで食べる姿しか想像できない。
「見えないねえ。来栖ならともかく」
「そこでなんで俺を引き合いに出すんだ、お前は」
つい比較対象として来栖の名前を出したら、即座に言い返された。けど、私の口も間を置かずに応酬する。
「だってあんた、『なんでもいい』って口癖になってそうなんだもん。そのくせ、作ったら微妙な顔とかしそうだし」
「はあ!? こっちの希望を言ったら『それはちょっと』とか言って、結局自分の希望を通すのは女のほうだろ」
「当たり前でしょ!? 相手の食べたいものと自分の希望を出した上で、じゃあ何にしようかなって、あれこれ考えるのがいいんじゃない!」
それが会話でしょ。コミュニケーションでしょ! どうしてこれがわからないかなあ!
徐々にヒートアップして声が大きくなる私に、来栖が男側の言い分をぶつけてくる。
「こっちは、無理やり脳内で即席ランキングつけさせられてんだよ。だったら最初から自分の食べたいものを言えばいいんだ。そのほうが男は楽なんだよ」
来栖の声は私程大きくないが、はっきりとした口調で早口に意見を並べ立てる。
なんだか、女子が会話でコミュニケーションを取ろうとすることそのものを否定された気がした。ここは黙ってはいられない、と私が言い返すより先に、小野田の突っ込みが割り込んでくる。
「お前らはなんで俺を挟んでヒートアップしてるんだよ」
呆れたような声に、言い返すのは私と来栖の両方だった。
「あんたの問題だからでしょ!」
「お前の問題だからだよ!」
元々は小野田の悩みが原因なのに、何を他人事のように! その思いは来栖も同じだったようで、二人の声が揃った。すると、小野田に仲がいいねと微笑まれ、二人揃って苦虫を噛み潰したような顔になる。
些細なことでいちいち言い合いになるのが私と来栖。毎回板挟みになる小野田には悪いが、近頃はいいストレス発散になっていた。けれど大抵、飲み会の途中で来栖の携帯が着信を知らせる。
今夜も、また――
「菜穂? ああ、今、同期で飲んでる」
着信音が鳴って、すぐにスマホを手に取った来栖はその場で二言三言会話を交わし、長くなりそうだと判断したのか席を立つ。店の外に出て行く背中を、小野田と二人で見送った。
「菜穂ちゃん、この頃ますます束縛激しくなった気がしない?」
「聞く限り、感情の起伏が激しいタイプみたいだなあ」
「菜穂ちゃんが、ねえ……」
好きな人相手には我儘になるタイプなのだろうか。だけど、来栖はあれきり、菜穂ちゃんのことで愚痴ってくることは一度もない。むしろ、その話にあまり触れられたくないようだった。
「大丈夫なのかな」
「自分で別れるなって言った手前、心配はしてんだ?」
「別れるな、とは言ってないよ。ちゃんと謝れって言っただけ! ……せっかく縁あって付き合ったんならさ、一時の感情で仲直りもできないまま別れるなんて悲しいじゃない」
頭に血が上った勢いで別れてしまうと、後から気持ちを残している側が辛くなる。
「え、ってか、別れそうなの?」
「どうだろうなー」
来栖と菜穂ちゃんは、三か月の壁を越え、現在四か月という最長記録を更新中なのだが。
「元々、女の話を楽しそうにする奴じゃないからわからん」
飲み仲間になってまだ日が浅い私と違い、入社当時から来栖と仲良くしていたらしい小野田も首を傾げている。程なくして戻って来た来栖は、やっぱり嬉しそうだとか浮かれてるだとかの要素が見えない顔で、溜息をついた。
「帰りに菜穂んとこ寄ることになったから、もう少ししたら行くわ」
「そうなの?」
「本当に同期と飲んでるのか、他に女がいるんじゃないかってしつこい。ここにはオッサンしかいないっていうのにな」
「オッサンって俺のことかよ! 同い年だろうが!」
オッサンと言われた小野田が憤慨しているのを、けらけら隣で笑っていたら、ばちっと来栖と目が合った。そして、うん、と頷かれる。
「やっぱりオッサンしかいねえ」
その中に私も含まれてるだと!?
「オ、オッサン女子で悪かったわね!」
「女子とは言ってない」
女にすら認定していただけませんでした!
ムカつきながらも反論できなかったのは、その自覚は十分にあるから。
性格は案外キツいようだが外見はふんわり可愛らしい菜穂ちゃんと違い、私は女子として見た目を取り繕う努力を明らかに怠っている。
スーツはシンプルなパンツスーツが多いし、緩くなったパーマをかけ直すことなく、伸びた髪を後頭部で一つにまとめているだけだ。
そこでふと、こんな私を見れば、菜穂ちゃんも安心するのではないか、と思いつく。
「いっぺんここに菜穂ちゃん連れて来たら? そしたら安心するんじゃない。オッサンしかいないことですし?」
オッサン扱いされたのを根に持った言い方になってしまったが、悪い提案ではないはずだ。
なのに、来栖はあからさまに顔を歪めた。
「は? 無理だろ」
「なんでよ? 別に毎回連れて来いって言ってるわけじゃないんだから」
一回連れて来たら安心するだろうって、ただそれだけのことなのに。
「こういう場に、彼女を連れて来るほうがしんどい。そういうタイプじゃないし、あいつ」
「えー、来たいって言うかもしれないじゃない」
「っつうか……お前、何気に菜穂の肩持つよな」
「えっ!」
ぎくっ、として、自分の頬が引き攣ったのがわかった。
いや、別に菜穂ちゃんの肩を持っているわけではない。ただ、古傷が痛むのだ。
私は女に冷たい男が苦手だ。だからつい、来栖に対しては喧嘩腰になってしまうのかもしれない。男と女の話となれば特に。
「別に。女側の意見として、思ったこと言ってるだけだよ?」
「ふーん? まあいいけど」
「ってか、来栖がクール過ぎるのよ。好きだから付き合ってるんでしょ?」
上手く話を誤魔化したのだが、そこで来栖が首を傾げた。
「……わかんねーな、もう」
「えっ?」
「付き合ってくれって言われて……外見もタイプだし、感じも良かったからOKした」
「は?」
それって、別に好きでもなんでもないってことじゃない?
悪びれた様子のない言い方にカチンときて、来栖に向かって口を開こうとした。
だが、気配を察した来栖は、私が何か言う前にふいっと視線を逸らし、財布からお札を出して小野田に渡した。
「これ、飲み代」
「おー、適当に割っとくわ。広瀬は落ち着いて座れー」
小野田に腕を叩かれ宥められる。その隙に来栖はさっさと退散してしまった。
「ちょっ、今の、好きでもないのに付き合ってるってことだよね?」
「あー……広瀬はそういうとこ、意外と頭固いよな。けど、別に普通じゃないか?」
まさか、小野田までそんな風に言うなんて信じられなくて、唖然とする。固まった私を困ったように見て、諭すような口ぶりで話を続けた。
「告白した相手が偶然自分のことを想ってて、実は両想いでした……なんて確率そうそうないだろ。仕事仲間とか知り合いならまた別だけど、ほぼ接点ない相手だし」
「それはそうだけど……だったら断るべきだったんじゃ」
「だから頭固いんだって。そこからスタートすることもあるだろって話だよ。自分が彼氏いない時に、そこそこタイプの男に告られたら迷うだろ? 逆に自分が告白するほうだったら、ちょっとでも可能性あるなら、断られるよりチャンスが欲しいって思うだろ」
「そっ……れは、そうかもしれない、けど」
「来栖だって、最初はいつももうちょい優しくしてるよ。けど、女のほうがすぐにそれ以上を求めるようになるから、互いに不満が溜まって別れる。その繰り返し。元が女にべったりってタイプじゃないから余計なんだろうけどさ、だったら告白してきた女も来栖の何を見て好きだって言ってきたのか、って話だよ」
ここまで小野田が来栖の味方をするとは思わなかった。何か言い返そうと口を開くが、それより先に小野田が続ける。
「来栖の態度は褒められたものではないかもしれないけどさ、お互いさまだろ。結局のところ、惚れられた側が相手の望む程には好きになれなかった、ってだけの話だ」
返す言葉が見つからなかった。反論できるだけの材料が、私の経験の中にはない。むしろ……小野田の意見を裏付けるような記憶が脳裏に浮かび上がってくる。
そうか。
そういう、ものなのか。
特別酷いことを言われたわけじゃない。だけど、ガンッと強く頭を殴られたみたいな衝撃を受けた。
告白したら両想いだったなんて幸運は、そうそうない。
たとえ両想いになったとしても、想いの強さは同じじゃなくて、ただ「付き合っている」という事実があるだけ。……私はそれがわからなかったから、失敗したのかもしれない。
「おーい。広瀬? どうしたー?」
「……別に。だったら菜穂ちゃん、可哀想だなって思っただけ」
「恋愛なんてそんなもんだろ。上手くいくにしろいかないにしろ、どこかで誰かが泣くようにできてるんだよ」
――育ってもいない『愛』を求めるな。
耳に蘇る低い声。とっくに忘れていたはずのその声に、なじられたような錯覚に陥る。
来栖の顔とかつての恋人の顔が重なって、胸の奥の古傷が痛んだ。
* * *
今から二年程前。私は恋をしていた。
私の進める企画の打ち合わせで何度か会った、商品開発部の二つ年上の人だ。落ち着いた大人の雰囲気の彼にあこがれ、告白して付き合うことになった時は本当に嬉しかった。
けれど、その喜びはすぐに寂しさに変わった。
私は何の疑問も持たず、会いたいのは向こうも同じだと思い込んでいた。私が電話で話したいと思うように、向こうも話したいと思ってくれていると、当たり前みたいに考えていたのだ。
彼はあまり、恋愛に重きを置くタイプではなかったのに。
かつての私は、菜穂ちゃん程激しくはなかったけれど、電話に出てくれない彼に寂しさを募らせていた。そのうち、仕事の後は何をしてるのか気になって仕方がなくなり、会ってくれない彼に不満を溜め込むようになっていった。
「仕事がしづらくなるから、周りには内緒にしておこう」
彼にそう言われていたことが、余計に私を不安にした。
そんな溜まりに溜まった気持ちが、全部表情に出ていたのだろう。
「不満があるなら、もういい」
中々デートの日程が合わないことで私が膨れた時、いきなり告げられた一言。
そのたった一言で私たちは終わった。
多分、彼にもそれまで蓄積させてた不満があったのだろうと、今ならわかる。
当時の私は、元カレにとっては面倒くさい存在でしかなかったのだろう。最初は違ったのかもしれないが、いつの間にか、そういう存在になってしまった。
それなのに私は、好きな人と付き合えた事実に舞い上がるばかりで、彼との温度差に気づかなかった。気づかないまま不安になって、その言動で彼からの評価を下げてしまった。
小野田が言ったことは、きっとそういうこと。
もちろん、あの二人は私の過去の失恋など知らないだろうけど、もしも知ったら、面倒くさい女と思われるのだろうか。
そう考えたらなんとなく気が乗らなくなって、私は週一回の恒例の飲み会から足が遠ざかるようになってしまった。
* * *
その日も私は、デスクでダカダカダカとキーボードを叩いていた。
気持ちと裏腹に仕事はなんだか調子がよく、今なら上手く企画書がまとまりそうな気がする。私は、余計なことを考えず、ひたすら企画書作りに没頭していた。
右隣から、時折、物言いたげな視線が飛んでくるけれど、気づかないフリを貫く。
「……最近、付き合い悪いよな」
「あー、ごめん。ちょっと仕事がいい感じに集中できてて」
っつうか、まさか来栖からこんな風に言ってくるとは驚きだ。ついこの間まで、挨拶と業務連絡しか交わしていなかったとは思えない。しかも仕事中の会話なだけに驚きは二倍だ。
「そんだけか?」
「そうだけど?」
「……小野田が、気にしてた。あの日、俺が帰った後、なんの話してたんだ?」
どうやら、来栖が気にかけているのは、私ではなく小野田らしい。
多分、小野田は私が飲み会に行かない理由に見当がついているはずだ。でもその内容を、来栖には話していないようで、ほっとした。
「大した話はしてないよ。ちょっと見解の相違というか考え方の違いというか? はあったけど、でも別に、それが理由ってわけでもないし」
カタカタカタ、とキーボードを叩きつつ、目はまっすぐパソコン画面に向けたままそう言った。
「……今週の金曜は?」
「あー、わかんないかな」
「新人歓迎会」
「げ」
忘れてた。
この四月に入社した新人の歓迎会があるんだった。
「……すっかり忘れてた」
「ほんとに余裕ないのか」
ただ単に記憶から抜け落ちてただけなのだが、上手く誤解してもらえたらしい。付き合いの悪さをここぞとばかりに便乗させて、私はこくこく頷いた。
「歓迎会は参加にしてあるよ」
「小野田が言い過ぎたって気にしてたから、連絡入れるかなんかしてやれよ」
「別に気にすることないのに。もっと言いたい放題の奴が隣にいるしねえ」
来栖を引き合いに出して冗談ぽく誤魔化した。
「お互いさまだろ」
「そうだよ。だから小野田にも気にしないでって言っといて」
小野田は悪くない。
たまたま言われたことが、私の古傷に触れただけのことだ。
「次会った時にお前から言ってやれよ」
今回は企画営業部の歓迎会だから、小野田は来ない。
キーボードを叩く手を止め……私はこっくりと、素直に頷いた。
「次は行くよ」
小野田や来栖と飲むのは好きだ。来栖と忌憚なくものを言い合うのも嫌いじゃない。
それを失うのは嫌だと思った。
ここ二年程人員の入れ替わりがなかった企画営業部だが、この四月から一人、若い男の子が配属され、無事研修期間を終えての歓迎会となった。
店は会社近くにある全国チェーンの居酒屋の奥座敷だ。このところ小野田と来栖とばかり飲んでいたが、別に女性社員と交流がないわけではない。私は部署で仲のいい女性数人と一緒に、テーブルの一番端を陣取った。
「結、まだ企画頑張ってんだって?」
そう言って私にビールを注いでくれたのは、二年先輩の和田さん。今となっては企画営業部のお局さまだ。ありがたく、グラスを両手で持って頂戴する。
この部署の女性社員は全体の半分くらいだが、どちらかというと市場調査や資料集めを中心とした仕事が多く、私みたいに中々通らない企画書をネチネチ作り続けている女性社員は少ない。
「頑張ってますよー、中々通らないですけどね」
「よく、くじけないもんだと感心するわ」
「特別この仕事が好きってわけでもないんですけど……やっぱり会議に通ると嬉しいので」
「私、まったく興味ないわけじゃないんですけど、企画書を見てもらうのが恥ずかしいというか怖いというか……人に見られるのって緊張しません?」
自信なさげな声でテーブルの向かいから聞いてきたのは、二つ年下の後輩だ。
確かに慣れるまでは緊張どころの話ではなかったな、と入社したての一年目の頃を思い出す。この期間に諦めてしまう人間が結構、多い。
「まあ……慣れ、かな」
「えー」
「こんな企画書いてきてアホか、みたいな目で見られるのも、そのうち慣れるから」
私だって涙も汗も散々流したし、顔が真っ赤になるような経験もたくさんした。一度の失敗でいちいちメンタルをやられてる時期は、とっくに通り過ぎてしまっただけだ。
まだ若い女子二人には理解し難いようで、眉尻を下げている。
「ええええ」
「クソ度胸があんのよ、この子は。だから、一目置かれんの」
「えー、なんですかそれ」
和田先輩の言葉に苦笑いを浮かべて、私はビールジョッキを呷った。
「男性社員から、こいつは諦めが悪いって思われてて」
「いやそれ、一目置かれてるって言います?」
どこにも一目置かれる要素がない。と、思っていたら。
「女子からは敵視されたり。特に最近、あんた来栖くんとよく飲みに行ってるでしょ?」
どうやら和田先輩は、この話をしたかったらしい。
何やら社内で、来栖のことを引き合いに出して私を悪く言う人間がいるらしい。
「二人でじゃないよ、小野田も一緒だし」
敵視される要素などどこにあるというのか。
「それでも、一部の女子たちは気に入らんのよ。まあ、その中心は戸川菜穂だけど」
「え……」
驚いて、ツマミに伸ばしかけていた箸が止まる。すると向かいの二人が、憤慨した様子で声を上げた。
「そうですよ、実際言ってるのは戸川さんの周囲の人間だけど、それを言わせてるのは彼女に決まってます」
「え、言ってるって何を?」
「……広瀬さんが、来栖さんを誘惑してるって」
「……ゆ?」
誘惑って。
あの赤ちょうちんが揺れるオッサン居酒屋で?
あまりに突拍子もない話に呆気にとられていると、より辛辣な言葉が和田先輩の口から飛び出した。
「仕事に行き詰まって結婚に逃げたいオバサンが、人の男に色目使ってむかつくって吹聴しまくってるよ」
「おば……」
大きな衝撃を受けて、私の手から箸がころんと転がり落ちた。
「私たちはそんなこと全然思ってませんからね!」
「え、同じ二十代なのに、私オバサンって言われるの?」
来栖と小野田にはオッサン扱いされ、若い子たちにはオバサン扱い……
さすがに女子として、なんか色々まずい気がする。
「さすがに枯れ過ぎ? 女子力ってどうすれば身につく?」
「広瀬さん、論点がズレてます」
そうじゃなくって! と向かいの後輩たちがヤキモキする中、私の隣に座る和田先輩はゲラゲラ笑っていた。
「笑いごとじゃないですよ、後三年もすれば同じ年になるのに、よくもそこまで人を馬鹿にできますよね。若いってすごいなー」
「その時には、私もあんたも更に上だからよ。自分を基準にしか人を見てないんでしょ」
「もー、二人とも年の話から離れてくださいって! そうじゃなくて戸川さんには気をつけたほうがいいってことです。そのうち、今以上にあることないこと言われますよ」
気をつけたほうがいい、と言われても、誘惑なんて身に覚えのないことを言われているのだから、どうしようもない。それに、ここ数回は飲み会をキャンセルしてたってのに……
でも、それくらい戸川さんも不安なのかもしれない。
飲んでいる時、来栖は彼女からの電話には必ず対応していたけれど、いつもあまり嬉しそうな顔をしていなかった。他人事とはいえ、どうしても気になってしまう。上手くいっているようには、とても見えないのだ。
相手を問い詰めたり、自分の気持ちを押し付けたりするのは逆効果だ……と、過去の痛い経験からつい心配をしてしまった時だった。
座敷の襖が開く音がして、自然とそちらに目がいく。
「こんばんはぁ。ここで飲んでるって聞いて、ちょっと覗きに来ちゃいました」
件の戸川菜穂が、笑顔で入ってきた。
「え……」
私たちは、驚いて顔を見合わせる。
だが、男性陣は歓迎ムードで彼女を迎え入れた。
「おー! 戸川さん。彼氏に会いに来たの?」
「いえ、私も友達と近くで飲んでて。せっかくだし、ちょっとだけ顔を出してみようかなって」
そう言って肩を竦める姿は実に可愛らしい。申し訳なさそうに周囲にぺこぺこと頭を下げつつ、それでもしっかり座敷の中を来栖の席に向かって進んでいく。それを見た後輩が、テーブル越しに私と和田先輩へ顔を寄せた。
「わー……普通、他部署の飲み会に乗り込んで来ます?」
「……あんたのこと牽制しに来たんじゃない」
「え、いや……えー?」
マジで?
そんなことしたら絶対逆効果だ。来栖を見ると案の定、これ以上ないくらいに不機嫌な顔をしていた。いや、不機嫌なんてものじゃない。こんなに険しい表情は見たことがない。
「お前、何しに来たんだよ」
「だって、ほんとに近くで飲んでたんだもん。だからちょっとだけ顔を見に来たの……」
「だったらもういいだろ、帰れ」
強い拒絶の言葉にびくっと、怯えた顔を見せた彼女に、一瞬気まずそうにしながらも来栖は言葉を撤回しようとはしない。そこへ周囲の男性陣からフォローが入った。
「おいおい来栖、照れんなって!」
「戸川さんも来栖の隣に座って。なんか飲む?」
「あ、いえ! 私はほんとに」
「どうせ飲み放だし。もし怒られたら来栖が出すって。な!」
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