優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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あなたにふれたい2

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彼女の家の最寄り駅を降りて、歩いている間に話をしていると決して悪い子ではなく寧ろ話しやすいし感じも良かった。
皆で居る場所ではそれほど目立たない、控えめな話し方をする子だったけど二人だと案外話題もぽろぽろ出てくる。

今日の合コンは浩平の大学時代の女友達とのつながりでなされたものだということは聞いていたけれど、その友人と浩平に煽られて追っかけてくる嵌めになったらしい。


「なあに、それ。パン屋さんに並ぶのが用事なの?」


明日の祝日の話になって、好きな人のためにパンを買いに行くのだというと一瞬きょとんとした顔をして、やがてくすくすと笑われた。


「なんか、なんでも聞いてくれそうな雰囲気あるもんね、陽介くん優しいから」
「誕生日プレゼントだから。慎さんがわがままってわけじゃないよ」


まあ、慎さんが男だということは敢えて言わないけど。
そういや……慎さんの名前って漢字がなければ男でも女でも使える名前なんだなとふと気が付いた。


「ふうん……マコトさんっていうんだ」


間違いなく、彼女はマコトを真琴とか麻琴とか女の名前に脳内変換してるんだろう。
彼女は小さく頷き、何故かそこでぴたりと会話が途切れてしまった。

割と洒落た作りのアーチがあるアパートの前で、彼女が振り向いて小さく会釈した。


「ほんとにすみません、こんなとこまで送ってもらって」
「いや、大丈夫。まるきり反対方向でもなかったし」

「そうなんですか?」
「ん、まあ」


途中下車はしたけれど、全く別の沿線でもなかったからそれほど手間でもなかったのは本当だ。


「……ありがとう。お店出る時、もう少し話したいなって思ってたから、良かった」


と、表情を緩ませて改めて礼を言われると、なんだか逆に気恥ずかしくもなる。


……ほんと、結構いい子なんだよな。
なのに、ほんとなんでなんだろう。
別れを済ませてまた駅までの道を歩きながら、ずっと考えていた。

翔子に振られたからといって、決して自棄になっているわけでもない。
相手が慎さんってとこで逆にハードルが上がってるのは間違いないし、慎さんはきっと女の子が好きだ。
いやきっとっていうか、男なんだしゲイじゃないというんだから当然だ。

慎さんの女性客に対する目はめちゃくちゃ優しいし、俺にもそんな目を一度でいいから向けて欲しいと何度願ったかわからない。
アカリちゃんは、今まで俺が付き合ったタイプとはちょっと違って小柄で控えめで(翔子は割と長身だったし気が強かった)

でも、だ。男と恋愛するよりはアリなはずだ。
それなのに。


「なーんでかなー」


欠けた月が随分と高いとこに上っていて、澄んだ夜の空気の中でいつもより煌々として見えて、答えは見えないままどうしても今、慎さんに会いたくなった。

なんでこんな夜に限って、定休日なんだろうか。
例え休みだって、あの店で生活している彼は外出でもしてない限りそこにいるはずだ。

訪ねてみようか。
そう考えたけど、今はもう人様の家を訪問するには非常識な時間だ。
思い直して結局家に帰るしかなかった。


翌朝、なんだか妙に目が冴えて朝もいつもより早く目が覚めてしまった俺は、どこかでモーニングでも食べようと早々に家を出る。
朝食のパンが切れていて、今から飯を炊くのも億劫だったからだが、この時、もしもいつも通り家で朝食を食ってたりしたら。
後から起こることを考えると、まじでぞっとする。

駅前の牛丼屋のデカデカと張られた朝定食の広告にも目もくれず、慎さんの店の方へと足を進めた。
近場で食っとく方が、その後もし慎さんが早く起きてくれたりしたらパン屋に並ぶ前にも会えるかもしれないと考えたからだ。

店の近くの路上で目に付いたのは、あちこちに出されているゴミの袋だった。

そうか、ゴミの日か、と気付いた途端、早足になる。
もう店は目の前で、ゴミ収集車は、まだ来てない。
慎さんのことだから、ゴミ回収の時間ギリギリまで寝てて、今から出すとこくらいかもしれない。

昨夜からずっと募っていた「会いたい」という欲求が爆発したのか、こんな朝早くから迷惑かもしれないなんて思考は頭の隅に追いやられる。
完全に緩みきっていた顔が緊張を取り戻したのは、店の前の階段を降りようとした時だった。

見下ろした店先では、半開きになったメーターボックスから箒が床に落ち、その柄が引っかかって、店の扉が僅かに開いていた。
まるで慌てていて閉めそこなったみたいな、乱雑な様子に何か嫌な予感が頭を掠める。

言い争うような声が聞こえた気がして、慌てて階段を駆け下りた。


「慎さんっ? なんかあった……」
「うわっ」


扉を開けて、すぐに目に入ったのは慎さんの少し色素の薄い髪の色だった。
もう少しでぶつかる、というところで互いに驚いた顔を見合わせる。

顔色が、悪い。
慎さんから、もう一人いるはずのない人間へ自然と視線が向く。

……っのオヤジ!

瞬間、脳が沸騰したみたいに、頭に血が上るのがわかった。
奥歯を噛みしめて一歩進もうとした足を止めたのは、慎さんだった。


「おせぇよ番犬」
「え、すんませ……あ、えっ?!」


急に腕に絡みついてきた身体を、咄嗟に受け止める。
その時の感触に、小さな違和感を確かに覚えたものの、絡みついたまま膝から崩れる慎さんに、それを確かめるどころではなくなった。
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