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貴女が涙を飲んだワケ2
しおりを挟む一旦寝室に戻ってベッドの中を確かめて、何もしないよりはマシだろうと、バスタオルを敷いてからいそいそとリビングに戻る。
ソファを見下ろすと、さっきと全く変わらない状態で気持ちよさそうに眠っていた。
……熟睡、してくれてるかな?
こういう時、ちょっとした罪悪感もあるのは、多分。
彼女をベッドに運ぶ行為って、結構、男の自己満足みたいなものがあったりするからだと思う。
なんか、こう。
自分に全力で委ねられてるって感じが、庇護欲を掻き立てて、更には、彼女を守ってるのは俺っていう、充足感を得られる、というのか。
そんな下心があることを、頭でわかっているからだ。
所詮、自己満足。
なんだけどさ。
慎さんをベッドに寝かせて、俺がソファに寝てるとこ見つかったら、めっちゃ怒るんだろうなあ。
病人のくせに何やってるんですか!
つって。
でももう熱下がったっぽいしな。
明日の朝怒られる覚悟をしてにへにへ笑いながら、慎さんをしっかり毛布に包み直して首の下と膝の裏に、腕を通す。
背は高くても兎に角細いから、それほど重くはない。だけど、持上げる時にふらつくと目を覚ましそうで。
慎重に慎重に……と彼女の体重をソファから腕に移行させてゆっくり腰を上げる。
その途中で、熱の後だからか昨日殆ど食えてないからか、一瞬足に力が入らなかった。
うわ!
と、声はかろうじて我慢したものの、ぐらっと揺れた拍子に、腕を彼女の頭がころんと転がる。
瞬間、ばちっと、目が合った。しまった、と思った。
大きく見開かれた慎さんの目に、一瞬で怯えの色が混じったのがわかったから。
それからは数秒の間もない。
「やっ、」という小さな拒絶の声が聞こえ、ドン、と胸を突かれた衝撃でよろける。
すぐに落とさずに済んだのは、毛布に包んでいたからそれほど大した威力がなかったからだ。
「うわっ、慎さ、あぶなっ」
「放せ!」
「放しますから暴れないで!」
未だ手と足をばたつかせる慎さんを、どうにかソファの上にころんと転がして、かろうじて床に落とさずには済んだ。
彼女は素早く起き上がりながら周囲に目を走らせ、最後に俺を見る。
「ソファで寝ちゃってたから運ぼうと思って! そんだけです!」
目の前で床に正座しながら、顔を覗き込んだ。
数秒固まっていた慎さんだったけれど、暫くして状況が飲み込めたのか、ほっと息を吐き出し強張っていた表情も緩む。
「すみません、少し、寝惚けた」
「当然です、まだ真夜中だし」
時刻は深夜三時になろうとしているところで、こんな時間にいきなり起こされたら寝ぼけても当然だ。
ソファの上でこじんまりとまとまっている慎さんは、話してる内に身体の力も抜けてくれる。
相手が誰かわかって安心してくれたんだと思うと、俺としては嬉しいくらいだったんだけど。
慎さんは、暴れた自分を申し訳なく思ってるみたいだった。
「一瞬、どこにいるのかわかんなくて……」
「俺が脅かしたのが悪かったんす。大丈夫ですか」
頷きながら、しっかり目を覚まそうとしているのか自分の頬をぺちぺち叩く。
それから、急に何かを思い出したみたいに、目を見開いた。
「熱は?!」
と言いながら、いきなり俺の額に手を押し当てる。
俺は正座したままそれを受けて、ついへらっと顔が緩んだ。
「下がったみたいっす」
「……ほんとですね。でもちゃんと測らないと」
「大丈夫ですって。これで遊園地行けますね」
「病み上がりで何言ってんですか。まさか朝になったら行こうとか思ってないでしょうね」
え……、と言葉に詰まった俺を、慎さんが呆れた顔で見下ろす。
まじでそのつもりでした俺。
「だめですよ、いくらなんでも。昨日は何も食べてないんだし、せめて数日身体休めてから……」
「あ。あのお粥食べたい。俺の為に作ってくれたんすよね?」
キッチンの方を指差しながらそう言うと、慎さんも「ああ」と思い出したように視線を向ける。
「温めてきます。食べれそうですか」
「めっちゃ食べれます。やった、慎さんの初手料理だ」
「いや……ただのお粥ですけどね」
テーブルに運ばれてきたお粥は程よく温めてあり、梅干しと昆布の佃煮が小皿に乗せて添えてあった。
「美味しいです、めっちゃ」
「それは良かった」
「慎さんはなんか食べたんすか」
「まあ、適当に」
食に関することで慎さんのこの返事は、絶対怪しい。
殆ど食べてないんじゃないだろうか。
向いに座る慎さんの顔をじっと見ていて、なんだか少し、いつもと違うような気がした。
受け答えに、元気がないような、気がするのだ。
「なんかあったんすか?」
「え?」
箸を休めて、慎さんの顔を覗き込む。
頬杖をついていた慎さんは、気付いて少し顔を上げた。
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