67 / 68
4.これはフィクション?
その8、秋人さんは映子の恋人。①
しおりを挟む俗に言う『食堂専務強奪事件』(失礼な。強奪なんかしていない)から丸半年。
季節は移ろい、日は巡り……私はいまだ、経理部の平社員として働いていた。
「あンのクソ部長~、今度こそほんとにコ○ス……っ」
「た、田中先輩。出てます、心の声出ちゃってますぅ」
「多少出した方がいいのよこんなのはっ、棚橋くんも出しなさいっ!」
「む、無理です出せません~」
「もう、いっつも月末に仕事押し付けるぅう……!」
春になって入ってきた新入社員の棚橋くんは、今どきの気の弱い男の子だった。下っぱの私は、早織ちゃんのときと同様、彼の教育係を押し付けられ、今に至る。
早織ちゃんも相変わらず元気に秘書業を頑張っている。今は大塚早織ではなく……なんだったっけ、サヴィーニ早織だったかサヴィニー早織だったか、そんな風変わりな名前になっていた。
そう、例のフランス人彼氏と仲直りのち結婚したのだ。そのスピードと言ったら新幹線のぞみもびっくりするほどの速さで度肝を抜いた。
そもそも彼らの喧嘩は『結婚するか否か』だった。フランスといえば事実婚の多い国らしくて、彼氏は籍を入れない派、早織ちゃんは絶対入れる派で猛反発。数日の抗争ののち、日本での結婚と事実婚における社会保障の差を熱弁するとあっさり折れてくれたそうだ。曰く、そんなに差があるとは知らなかった、とのこと。
文化の違いというのは侮れない。
まぁそれも、今ではお笑い種なんだけど。
「田中先輩、あとやっとくんで、明日確認してください」
「えっダメだよ悪いよ。私もやるよ」
「でも今日週末じゃないですか。デートでしょう?」
「ゔっ」
「この量ならあと一時間くらいでなんとかなりますんで、ほんと」
そうだった。棚橋くん、気は弱いけど力持ち……じゃなく、資格持ち。それも難しいのを複数。
おかげで経理のパソコン仕事はかなり早くて正確で、同僚たちがみんな驚いていた。役職が付くのも時間の問題かもしれない。
「じゃあ、ごめん。お願いできる?」
「はい、お疲れ様でした。専務によろしく伝えておいてください」
「なんで」
「や、専務に覚えてもらったら出世が早いかなって」
「そういうタイプじゃないよ、あの人は。おつかれさま。お先です」
気が弱いくせにちゃっかりしてる。
平社員の私と専務の彼との間柄は、半年前のあの日じゅうに全社員の知るところとなってしまった。今ではこんな風にからかわれる事も少なくない。それも日常の一部になっている。
あのときは大騒ぎを起こしたかどで何らかの処分があると覚悟していたし、ほんとに退職願を出そうかと思っていたくらいだけど、他でもないうちの部長に止められた。
『何も悪いことしてないのに、処分なんてしませんよ』
『大塚さんをあそこまで育ててくれたんだから』
『これからも経理部の一員として、頼みます』
そんな風に言われたから……まだ、ここにいる。
それに既婚者男性が多い経理部では、色恋の話はそこまで長く続かなかった。ふーん、そうなんだ、良かったね。それで終わり。
本当は気になるのかもしれないけど、それ以上にセクハラやパワハラを怖がる男性陣の中に埋もれていると、ことのほか楽に生活できた。食堂なんかではまだ、たまにコソコソされる事もあるけど慣れた。それでも面倒なときは、部内でお弁当を食べるか早織ちゃんを呼び出している。
私服に着替える。
今日は白のアンクルパンツに淡いベージュのレーヨンブラウス。上にすこし濃いベージュのトレンチコートを合わせて統一感? 服なんて未だによく分からないけど、最近は明るい色が多い。
化粧を整える。
うう、Tゾーンの崩れがひどい。パフで軽く押さえて、新色の明るいピンクのリップをさっと塗る。どうせまた崩れるんだし、そんなに気にしなくていい……はず。うん。
ライン画面を開く。
雑種犬アイコンをタップ。
『もうすぐ出ます』
『え、月末なのに早くない?』
『後輩くんが仕事引き受けてくれたので』
『やるな棚橋』
『まだかかります?』
『先におうちで待ってましょうか』
『いや、俺も出る』
『下でまってて』
『はーい』
靴を履き替えて、水筒のお茶を飲み干して……ついでに軽くゆすいでおく。
最後にロッカールームの鏡で全身チェック。
わざとゆっくり準備を済ませる。
あ。
忘れていたものを、鞄の中から取り出して嵌めた。これでいい。廊下へ出て、エレベーターのボタンを押して……
13
あなたにおすすめの小説
不埒な社長と熱い一夜を過ごしたら、溺愛沼に堕とされました
加地アヤメ
恋愛
カフェの新規開発を担当する三十歳の真白。仕事は充実しているし、今更恋愛をするのもいろいろと面倒くさい。気付けばすっかり、おひとり様生活を満喫していた。そんなある日、仕事相手のイケメン社長・八子と脳が溶けるような濃密な一夜を経験してしまう。色恋に長けていそうな極上のモテ男とのあり得ない事態に、きっとワンナイトの遊びだろうとサクッと脳内消去するはずが……真摯な告白と容赦ないアプローチで大人の恋に強制参加!? 「俺が本気だってこと、まだ分からない?」不埒で一途なイケメン社長と、恋愛脳退化中の残念OLの蕩けるまじラブ!
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
【全16話+後日談5話:日月水金20:00更新】
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる