6 / 11
君の辛さは分からないから④
しおりを挟む
「やりますよ、それ」
「んーん、大丈夫。……ありがと」
洗浄はある程度済ませていたようで、後は消毒そして絆創膏やガーゼで傷の保護としていたのだけれど、やはり経験もないましてや自身に対しての包帯の巻き方は覚束無い。その後食い下がるも古城さんは引かなかった。
どうせ今日だけじゃないから、と。非常に腹の立つ理由だ。その上「じゃあ帰りにおっきい絆創膏買いに行きましょう」なんて、腫れ物には触れず自分の願いだけ通そうとした私自身に嫌気がさす。
「ありがたいけどやめとく。俺がバイトで稼いだ金を、一円だってあいつら起因で使いたくないから」
けれど古城さんは無垢に微笑む。私はそれで辛くなるどころか、気を楽にして罪科を忘れるのだから救いようが無い。
そんな楽観を、陰鬱とした会話の中で高揚が醒めてきた私は自覚してしまった。そして彼に対して昏い感情が小さく芽吹いた。そんな辛い目にあって何故私と会話してそう屈託なく笑えるのか。私は出来なかったのに、と。
それを嫉妬心と呼ぶのか僻みと形容すればいいのか分からない。それとも私ほど辛くないんだと、堕落的な不幸比べをしているのか。何にせよ、人の痛みを前にして自分を比較に置いてしまうなんて浅ましいにも程がある。
それは、私が友人とのやり取りで一番苦しんだ事であるというのに。
「……髙橋はどうしたの?」
耳の近くで聞こえた声にハッとする。どうやらわざわざ古城さんを引き留めてまで、一人で思考を煮詰めていたみたいだ。
古城さんは歪ながらも治療を終えて、今はただどうしようもない頬の痛みを押さえていた。たださっきまで逃げていた視線と顔は、心配そうにこっちを見つめていた。
「い、いやっ‥‥私は」
なんでこんな目に遭っている人に心配されているんだ。違うでしょ、優先順位が違う。
真っ直ぐな瞳に勝手に糾弾されて、自分の事ばかり考える浅ましい自分の思考が恥ずかしくて仕方なくなる。ついさっきまで古城さんを救いにさえ思えたのに、私は自分で自分を追い詰めてそれさえもふいにして。
「大した事無いですよ、全然」
思い出せた笑顔をまた作ろうとして、作れたはずだけどそれと同時に頬を涙が伝った。悲しくてなのか情け無くてなのか、どちらでもない気もする。
自分が分からない。情緒と呼ばれるものが定まらない。考えがまとまらない。
ついさっきまで最近で一番笑えて楽しいと思えていたのに、私の感情は決壊した。
泣き笑いして、その内自分の今の表情さえ分からなくなった。ただ涙が出ている事は間違い無い。古城さんが私を見つめながらずっと涙を拭ってくれているから。
けれどその優しさを前にして私の自尊心は曝されて、視点も合わず表情も分からずただ涙を流す時間はしばらく続いた。
「んーん、大丈夫。……ありがと」
洗浄はある程度済ませていたようで、後は消毒そして絆創膏やガーゼで傷の保護としていたのだけれど、やはり経験もないましてや自身に対しての包帯の巻き方は覚束無い。その後食い下がるも古城さんは引かなかった。
どうせ今日だけじゃないから、と。非常に腹の立つ理由だ。その上「じゃあ帰りにおっきい絆創膏買いに行きましょう」なんて、腫れ物には触れず自分の願いだけ通そうとした私自身に嫌気がさす。
「ありがたいけどやめとく。俺がバイトで稼いだ金を、一円だってあいつら起因で使いたくないから」
けれど古城さんは無垢に微笑む。私はそれで辛くなるどころか、気を楽にして罪科を忘れるのだから救いようが無い。
そんな楽観を、陰鬱とした会話の中で高揚が醒めてきた私は自覚してしまった。そして彼に対して昏い感情が小さく芽吹いた。そんな辛い目にあって何故私と会話してそう屈託なく笑えるのか。私は出来なかったのに、と。
それを嫉妬心と呼ぶのか僻みと形容すればいいのか分からない。それとも私ほど辛くないんだと、堕落的な不幸比べをしているのか。何にせよ、人の痛みを前にして自分を比較に置いてしまうなんて浅ましいにも程がある。
それは、私が友人とのやり取りで一番苦しんだ事であるというのに。
「……髙橋はどうしたの?」
耳の近くで聞こえた声にハッとする。どうやらわざわざ古城さんを引き留めてまで、一人で思考を煮詰めていたみたいだ。
古城さんは歪ながらも治療を終えて、今はただどうしようもない頬の痛みを押さえていた。たださっきまで逃げていた視線と顔は、心配そうにこっちを見つめていた。
「い、いやっ‥‥私は」
なんでこんな目に遭っている人に心配されているんだ。違うでしょ、優先順位が違う。
真っ直ぐな瞳に勝手に糾弾されて、自分の事ばかり考える浅ましい自分の思考が恥ずかしくて仕方なくなる。ついさっきまで古城さんを救いにさえ思えたのに、私は自分で自分を追い詰めてそれさえもふいにして。
「大した事無いですよ、全然」
思い出せた笑顔をまた作ろうとして、作れたはずだけどそれと同時に頬を涙が伝った。悲しくてなのか情け無くてなのか、どちらでもない気もする。
自分が分からない。情緒と呼ばれるものが定まらない。考えがまとまらない。
ついさっきまで最近で一番笑えて楽しいと思えていたのに、私の感情は決壊した。
泣き笑いして、その内自分の今の表情さえ分からなくなった。ただ涙が出ている事は間違い無い。古城さんが私を見つめながらずっと涙を拭ってくれているから。
けれどその優しさを前にして私の自尊心は曝されて、視点も合わず表情も分からずただ涙を流す時間はしばらく続いた。
0
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる