映した鏡

はんぺん

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君の辛さは分からないから④

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「やりますよ、それ」
「んーん、大丈夫。……ありがと」

 洗浄はある程度済ませていたようで、後は消毒そして絆創膏やガーゼで傷の保護としていたのだけれど、やはり経験もないましてや自身に対しての包帯の巻き方は覚束無い。その後食い下がるも古城さんは引かなかった。
 、と。非常に腹の立つ理由だ。その上「じゃあ帰りにおっきい絆創膏買いに行きましょう」なんて、腫れ物には触れず自分の願いだけ通そうとした私自身に嫌気がさす。

「ありがたいけどやめとく。俺がバイトで稼いだ金を、一円だってあいつら起因で使いたくないから」

 けれど古城さんは無垢に微笑む。私はそれで辛くなるどころか、気を楽にして罪科を忘れるのだから救いようが無い。

 そんな楽観を、陰鬱とした会話の中で高揚が醒めてきた私は自覚してしまった。そして彼に対して昏い感情が小さく芽吹いた。そんな辛い目にあって何故私と会話してそう屈託なく笑えるのか。私は出来なかったのに、と。
 それを嫉妬心と呼ぶのか僻みと形容すればいいのか分からない。それとも私ほど辛くないんだと、堕落的な不幸比べをしているのか。何にせよ、人の痛みを前にして自分を比較に置いてしまうなんて浅ましいにも程がある。
 それは、であるというのに。



「……髙橋はどうしたの?」

 耳の近くで聞こえた声にハッとする。どうやらわざわざ古城さんを引き留めてまで、一人で思考を煮詰めていたみたいだ。
 古城さんは歪ながらも治療を終えて、今はただどうしようもない頬の痛みを押さえていた。たださっきまで逃げていた視線と顔は、心配そうにこっちを見つめていた。

「い、いやっ‥‥私は」

 なんでこんな目に遭っている人に心配されているんだ。違うでしょ、優先順位が違う。
 真っ直ぐな瞳に勝手に糾弾されて、自分の事ばかり考える浅ましい自分の思考が恥ずかしくて仕方なくなる。ついさっきまで古城さんを救いにさえ思えたのに、私は自分で自分を追い詰めてそれさえもふいにして。

「大した事無いですよ、全然」

 思い出せた笑顔をまた作ろうとして、作れたはずだけどそれと同時に頬を涙が伝った。悲しくてなのか情け無くてなのか、どちらでもない気もする。
 自分が分からない。情緒と呼ばれるものが定まらない。考えがまとまらない。
 ついさっきまで最近で一番笑えて楽しいと思えていたのに、私の感情は決壊した。

 泣き笑いして、その内自分の今の表情さえ分からなくなった。ただ涙が出ている事は間違い無い。古城さんが私を見つめながらずっと涙を拭ってくれているから。
 けれどその優しさを前にして私の自尊心は曝されて、視点も合わず表情も分からずただ涙を流す時間はしばらく続いた。

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